第14話 優の現状
優の母親とカフェに入る。お互いにアイスコーヒーを頼む。各自で会計をする予定だったが、優の母親が奢ってくれた。
店員からアイスコーヒーを受け取り、空いている店内の壁際の1席に移動する。彼女とは向かい合わせになる形で席に着く。しばらくはお互いに無言だった。緋那も自分から話を切り出せず、優の母親もどう切り出せばいいのか考えているのか、アイスコーヒーに刺してあるストローを遊ばせている。
「なんて、言えばいいのかな」
少しして彼女は重たい口を開いた。少し考え込むようにコーヒーをストローで一口飲む。感情が少し抜け落ちたような声に緋那は背筋に嫌な汗が伝うのを感じる。
「脳に異常はないけど、気になる影はあるみたいなの。でもそれは他の人にも見たことはあるけど、優みたいな症状は起きたことがないって、本当に原因が何一つわかってないの」
そこで彼女は一度言葉を切る。そして真剣な瞳で緋那を見た。
「緋那君は見てるよね、検査のために全身にセンサーをつけてコードに繋がれていた優を」
机の上で組んでいる手は微かに震えている。しかし緋那はそれを見えないふりをした。彼女はそれだけ弱っている。それが優の未来への嫌な予感しか感じられなかった。
「あんなに検査をして異常無しって言われた数十分後に倒れたの。異常は確実にあるはずなのに、現代医学ではわからない。もしかしたら、優は今後ずっと入院生活かも知れない......」
彼女の母親は今緋那に弱音を吐いていた。きっと、優にも夫にも同じ心配をしていることが分かってるからこそ吐けなかった気持ちを吐露しているのだ。
緋那と優は幼馴染で小さい頃からお互いの家に入り浸っていた。親同士も仲がいい。だからお互いの両親もそれぞれを実の子供のように可愛がってくれていた。
そんな付き合いだが、ここまで優の母親が弱っているのを緋那は初めて見たのだ。
きっと家族のようだが、血が繋がっていないその微妙な違いが彼女の弱音を引き出したのだろうと緋那は考えた。
しかし、上手く返す言葉が思いつかない。緋那はコーヒーを一口飲む。そして真剣に彼女の母親を見た。
「これから原因がわかる可能性もまだあります。俺も毎日お見舞いに来る予定ですし、きっと大丈夫です。優が病に負ける姿、想像できます?」
無責任だと思いながらも緋那はそういう事しか出来なかった。優の母親は少し考えてから笑った。
「そうよね、元気だけが取り柄の優だもの。きっと勝つに決まってるわ」
お互いに微かに笑う。それがただの希望的観測である事はお互いにわかっていた。しかし、今はそれを信じる事でしか前には進めない。だからこそ、その希望を信じることにした。
2人はコーヒーを飲み終えると、返却口にコップを返して、カフェを後にして、優の病室へと向かった。
「2人でお茶した事は内緒よ。優がヤキモチ妬いちゃうから」
病室に向かいながら彼女の母親は悪戯をしたかのように笑った。緋那もそうだなと頷くのだった。
♢♢♢♢
優の病室で、優はパイプ椅子に座りながら笑顔で話しかけてくる優の話を聞いていた。
「それにしてもいきなり入院したって聞いて驚いたよ」
「ごめん、ごめん。でも驚いたのは私も一緒だよ! 自分で言うのもなんだけど、元気が取り柄だったからさ」
「確かに! 元気がない優なんて想像つかないかも」
優の言葉に優花が笑う。優花と話しながらも感じる頭痛と倦怠感を優は気のせいだの笑顔の裏に隠す。これ以上心配はかけたくないから、不調は隠さないと。あとで看護師さんに伝えようそう考えながら優は会話を続ける。
「だよねー。入院なんて私の人生には無関係な言葉だと思っていたよ」
そう言いながら、両足に酸素が足りていない感覚が強くなっている事に気づく。本当は立って出迎えたかった。だが優花達が見舞いに来る少し前に立とうとしたら歩けるが足に違和感があり、また倒れるんじゃないかと言う恐怖からベッドから起き上がることができない。
こんなのは私じゃないと思いながらも以前と違い、自由が効かないこともある体に不満をぶつける。優は自分の体が何か変なものに書き換えられたんじゃないかとそんな変な事を思った。
「確かに。毎年皆勤賞の優だったもんね」
「ねー。今年のはひなたに託したよ」
「なんで望月!? 私も優の代わりに皆勤賞目指すよ」
約束と優花が右の小指を差し出す。今日は上半身は動かしやすかったから迷わずに優も自分の小指を絡める。
「指切りだね」
「安心してね、絶対に私が優の代わりを務めて見せるんだから!」
やる気に満ち溢れている優花が眩しいと思った。今まで当たり前だと思っていた事が当たり前じゃなくなったいまだに優はこの状況を受け入れきれない。
だから看護師や医師以外には自分の不調を隠すのだ。
緋那にも家族にも。心配をかけたくない以上に、自分が変わっていっている事実を受け入れたくない。その思いが優は強かった。
「優花が約束してくれるなら、安心だね」
優は笑う。決して自分の本心は気づかれないように。
緋那と優の母親が病室に来るまで会話は弾んでいた。