第49話 ぬいぐるみを探して
2月29日、優の誕生日の朝に、緋那は近くのショッピングモールに来ていた。
昨日の帰りにナースステーションでぬいぐるみの許可をもらった緋那は午前中からプレゼントを探しに来ていた。本来は学校があるが今日は優の誕生日プレゼントを買わないといけない。
事情を知っている母も「今日だけよ」と学校に休みの電話を入れてくれた。
しかし、ぬいぐるみを買うといってもどこにぬいぐるみが売っているのか分からない。そこで、昨日のうちに姉に頭を下げていた。
事情を聞いた姉は揶揄いもせずに、おもちゃ屋に売ってる可能性が高いと教えてくれる。
また、財布から少しお札を出して、誕生日プレゼントの足しにしてとお金までくれた。思わず、明日は雨かと呟いてしまい、盛大に頭をはたかれた。
そんなことを思い出しながら、緋那はショッピングモール内にあるおもちゃ屋に向かう。朝一で買い物に来たのはここで見つけられなかったら、他の店にも行かないといけないからだ。
水族館やテーマーパークなどで大きなぬいぐるみを売っているイメージはあるが、普通の店ではなかなか売っているのを見かけたことがない。
せいぜい、緋那がクリスマスに買った小さなテディベアぐらいの印象だ。
だから緋那は長丁場になることを覚悟して履き慣れたスニーカーを履いてきた。また姉と共同でこのあたりにあるおもちゃ屋を調べてまとめた。最悪なかったときのために、一番近い動物園か水族館はないか確認し、水族館が一番近いところまでは判明した。
あとは、どこかの店にあることを祈って探すだけだ。緋那は気合いを入れてショッピングモール内のおもちゃ屋へと向かった。
店内をくまなく探すも、大きなぬいぐるみは見つからず、緋那は落胆しながら、店を出た。
「――っ、次!」
すぐに気落ちしている自分に活を入れてスマホを取り出すと、次の店に向かった。
店の候補はまだ3つほどある。そして時間もまだある。最悪の場合に水族館まで行く時間を考えてもまだ大丈夫だ。緋那は気を取り直して、ショッピングモールをあとにした。
残りの3軒も全て普通の大きさのぬいぐるみはあるが、大きいと緋那が思えるものは見つけられなかった。
「水族館か......」
出来れば行きたくなかった。ギフトショップに入るだけでも入園料を取られるからだ。しかし、背に腹はかえられない。昨日姉からもらった軍資金を使うかと緋那は水族館行きのバスに乗る。
あとは優が好きそうな大きなぬいぐるみがあることを祈るしかない。早く、水族館へ着けと緋那は気持ちがはやるのを感じた。
いくつかのバス停を経由し、水族館前へと到着する。緋那は交通系ICで支払いを終えると、飛び降りるようにしてバスから降りる。
そして入場口でチケットを買うと水族館の生き物たちには目もくれずにギフトショップへと早歩きで向かった。
チラリと時計を確認するとまだ時間には少し余裕がある。ここで最後にしてくれと祈りながら、イルカやイワシ、亀などの展示の前を通り抜ける。
ギフトショップに着くと、すぐにぬいぐるみのコーナーへと直行する。ぬいぐるみはデフォルメされた普通サイズのペンギンやイルカ、シャチなど多様なものがある。そして視線を巡らせると、ある1つの特大のぬいぐるみを発見した。
他にも種類はあったが、一番最初に目についたこれだと思った。緋那は特大のそのぬいぐるみを手に取る。緋那の腰の高さまであるんじゃないかというそれを持つと肌触りや感触を確認する。
「これにするか」
そして、レジまでぬいぐるみを抱えて向かう。小さな子供が好奇の目で緋那を見ていたのは気付いていたが、気付かないフリをした。そうしないとこれから病院までの道のりで心が折れると緋那はきちんと理解していたのだ。
レジにて購入を終え、プレゼントだと伝えるとレジの女性は笑って大きな袋にぬいぐるみを入れてくれた。ラッピングは難しいと謝罪され、この大きさだから仕方がないと緋那も謝った。
そして、ぬいぐるみの入った袋を抱えて、バス停に向かう。
時計を確認すると、そろそろいい時間になる。水族館から病院までがバス1本で行けるかスマホで確認し、大丈夫だと分かると安堵する。
バスを待っている間、緋那は自分や抱えている袋に視線が集中していることに気付いた。
自分でも2度見まではする自信がある。少しの恥ずかしさは覚悟していたが、やはり恥ずかしいものは恥ずかしいなと思いながらも緋那は買ったぬいぐるみを思い出す。
きっと優は気に入るはずだ。
昨日会った優は確かに記憶はなかった。それでも、話し方、笑顔の作り方、考え方、その全てが緋那の知る優だった。
以前、記憶はなくなっても体は覚えていると話していたことを思い出す。
確かに、その通りだったよ、優。緋那は失われた昔の優に頭の中で語りかける。
――お前の記憶はなくなっても、優は優のまま確かに生きている。
それはどうしようもなく、切なく、それでいて文月優という人格がいなくなったわけではないという事実の証明でもあった。
バスが来たため、緋那は乗り込む。平日の午後だからかガラガラのバスの最後部座席に陣取る。ここならぬいぐるみを座席においても邪魔にならないだろう。
緋那は病院に着くまで、優の反応を楽しみにしながら、車窓から外の景色を眺めた。