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第50話 誕生日

 病院前のバス停に到着すると、緋那はぬいぐるみを抱えながらバスを降りる。水族館に着いたときとは違い、ゆっくりと慎重に歩を進める。何かあってぬいぐるみを落としてしまったら大変だ。
 せっかくの誕生日プレゼントを袋に入っているとはいえ、汚さないように緋那はいつも以上に注意した。

 エレベーターに乗り込み、目的の階へと進む。一緒にエレベーターに乗り込んだ男性が、大きな袋を見て怪訝そうに顔を歪めたが、すぐに視線をそらされた。
 不審者に思われたかと、緋那は少し不安になる。でも、今日の目的は優への誕生日プレゼントを届けることだ。
 そう思うと少しだけ周りの目を気にせずに済んだ。該当のフロアに到着し、まずはナースステーションへと向かう。

 顔見知りの看護師より優の病室への入室許可をもらうと、緋那はぬいぐるみの入った袋を抱え直して、優の病室へと向かう。
 いつもより慎重に扉をノックして、開ける。

 病室に入ると優は仰向けの状態で天井を眺めている。

「優? こんにちは」

 緋那は優に存在を気付いてもらえるように少し大きな声を出す。
 緋那の声に反応して瞳が動く。そして、目が合った。

「どちらさまー?」
「こんにちは、俺は望月緋那だ。優、誕生日おめでとう。プレゼントを持ってきたんだけど、近付いていい?」
「えっ、プレゼント?......やったー」

 息を切らしながらも優は嬉しそうに笑う。それを同意と受け取った緋那はゆっくりと扉から優のベッドに向かった。そして、袋を優の前に見せる。

「わぁ、大きい!」

 その反応に緋那は笑う。

「優の代わりに、俺が袋から出してもいいか?」
「うん、緋那君お願い」

 また、緋那君と呼ばれたことに心に棘が刺さったような痛みを覚えたが、今は気付かないふりをする。
 緋那はもう一度、確認すると袋を開けた。そして丁寧に、袋の中から、特大サイズのベルーガのぬいぐるみを出すと優の近くへ掲げる。

「すごい、大きなぬいぐるみ。朝起きたときに寂しかったから、嬉しい」

 顔をぱぁと輝かせながら、優は喜んだ。

「白い、イルカさんだ」
「おう、ベルーガっていうんだ。好きだろ、大きくて白いの」
「うん、大好き! ベルーガなら、ベルちゃんだ」

 以前、優と水族館に遠足に行った際に、優はしばらくベルーガの水槽から離れなかった。たまたまギフトショップで目に入ったベルーガのぬいぐるみを見て緋那は思い出したのだ。
 そして、記憶は失っても優は変わらず、変わっていない様子だったのできっと気に入ると緋那は即決した。
 
 優の反応を見てそれが間違いじゃなかったことにホッとする。
 優はほとんど動かせない腕を前に伸ばそうとする。それだけで察した緋那は、優の腕の中にベルーガのぬいぐるみを入れる。

「ふわふわ、モチモチ、気持ちいい。緋那君ありがとね」
「気に入ってくれてよかった。......実感はないだろうけど言わせてくれ、優16歳の誕生日おめでとう」
「うん、自覚ないけど、祝ってくれてありがとう」

 優は点滴に繋がれた右腕を少しだけ動かす。

「本当はさ、お誕生日ならケーキが食べたかった。でも、私、もう食べれないからさ」
「......」

 優の寂しそうな声に緋那は何も言えなかった。優はまだ喋ることは可能だが、飲み込む嚥下力や声帯の筋肉の働きにより、経口摂取が困難になっていた。
 看護師の付き添いの元、ペースト状になった食事を数口食べてはむせ込んで中止し、今では点滴で必要な栄養を送っている状態だ。筋肉が弱まっているだけでなく、体力も落ちている。

 だから現状の優は、まだ喋ることは出来るが他のことがほとんど出来ない。笑顔も喋ることもいつまで出来るか分からないと、先程看護師に言われた。
 それでも優は今を一生懸命に生きている。だから、緋那はショックを受けてはいけないのだ。

「そうだな、元気になったら快気祝いで食べないとな」
「そうだよ! テレビで見たんだけど、私はイチゴのショートケーキが食べたいな」
「......相変わらず、ショートケーキが好きなんだな」
「ん? シンプル・イズ・ベストだよ。緋那君」

 優が少しだけ首を傾ける。そして動かせる指先でぬいぐるみを触っていた。

「もふもふ、もちもち、幸せ-」

 とろける表情の優を見て買ってよかったなと緋那は胸をなで下ろす。学校を休んだかいがあったなと内心で歓喜する。
 看護師に制服じゃないことを指摘されたときは焦ったが、この喜びを見れば何の問題もなかったと思える。

「ありがとね、緋那君。なにもない、私に会いに来てくれて」

 不意に優が小さく呟いた。緋那は開いた口が塞がらない。病室が静寂に支配される。点滴の落ちる水滴音がやけに響いて聞こえる。

「......な、何を、言ってるんだ?」

 呟いてからしまったと緋那は思った。動揺がすべて言葉で出てしまった。しかし、優は気にした様子もなく、笑う。

「あはは。大丈夫だよ。悲観してるわけじゃないの。私ってなんだろうなーって思ってさ。こんなに優しい友達や両親がいて、覚えてないのが申し訳ないなー......と」
「忘れたくて忘れたわけじゃないんだ、気にするな」
「おおっ、緋那君優しい。ありがとね。私と友達でいてくれて」

 普段の優らしくない物言いに、嫌な予感を感じる。思わず優を見るもすでにいつも通りの笑顔だった。

「もー、真面目な話、終わり! 私、疲れちゃったから寝るね。ベルちゃん、少しだけ移動してもらってもいい?」
「......ああ」

 これ以上踏み込むなという優の無言の圧に、緋那は負けた。優に確認しながら、ベルーガの特大ぬいぐるみをベッドの端へと寄せる。
 その様子を優は嬉しそうに見ていた。

「......寝るなら、俺もう行くな。お休み。また明日」
「うん......また明日ね?」

 優の静かな声に心臓が冷える心地がしたが、何も言えずに緋那は病室をあとにした。
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第49話 ぬいぐるみを探して
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天国行きの切符作者:星川宙
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第50話 誕生日

 病院前のバス停に到着すると、緋那はぬいぐるみを抱えながらバスを降りる。水族館に着いたときとは違い、ゆっくりと慎重に歩を進める。何かあってぬいぐるみを落としてしまったら大変だ。
 せっかくの誕生日プレゼントを袋に入っているとはいえ、汚さないように緋那はいつも以上に注意した。

 エレベーターに乗り込み、目的の階へと進む。一緒にエレベーターに乗り込んだ男性が、大きな袋を見て怪訝そうに顔を歪めたが、すぐに視線をそらされた。
 不審者に思われたかと、緋那は少し不安になる。でも、今日の目的は優への誕生日プレゼントを届けることだ。
 そう思うと少しだけ周りの目を気にせずに済んだ。該当のフロアに到着し、まずはナースステーションへと向かう。

 顔見知りの看護師より優の病室への入室許可をもらうと、緋那はぬいぐるみの入った袋を抱え直して、優の病室へと向かう。
 いつもより慎重に扉をノックして、開ける。

 病室に入ると優は仰向けの状態で天井を眺めている。

「優? こんにちは」

 緋那は優に存在を気付いてもらえるように少し大きな声を出す。
 緋那の声に反応して瞳が動く。そして、目が合った。

「どちらさまー?」
「こんにちは、俺は望月緋那だ。優、誕生日おめでとう。プレゼントを持ってきたんだけど、近付いていい?」
「えっ、プレゼント?......やったー」

 息を切らしながらも優は嬉しそうに笑う。それを同意と受け取った緋那はゆっくりと扉から優のベッドに向かった。そして、袋を優の前に見せる。

「わぁ、大きい!」

 その反応に緋那は笑う。

「優の代わりに、俺が袋から出してもいいか?」
「うん、緋那君お願い」

 また、緋那君と呼ばれたことに心に棘が刺さったような痛みを覚えたが、今は気付かないふりをする。
 緋那はもう一度、確認すると袋を開けた。そして丁寧に、袋の中から、特大サイズのベルーガのぬいぐるみを出すと優の近くへ掲げる。

「すごい、大きなぬいぐるみ。朝起きたときに寂しかったから、嬉しい」

 顔をぱぁと輝かせながら、優は喜んだ。

「白い、イルカさんだ」
「おう、ベルーガっていうんだ。好きだろ、大きくて白いの」
「うん、大好き! ベルーガなら、ベルちゃんだ」

 以前、優と水族館に遠足に行った際に、優はしばらくベルーガの水槽から離れなかった。たまたまギフトショップで目に入ったベルーガのぬいぐるみを見て緋那は思い出したのだ。
 そして、記憶は失っても優は変わらず、変わっていない様子だったのできっと気に入ると緋那は即決した。
 
 優の反応を見てそれが間違いじゃなかったことにホッとする。
 優はほとんど動かせない腕を前に伸ばそうとする。それだけで察した緋那は、優の腕の中にベルーガのぬいぐるみを入れる。

「ふわふわ、モチモチ、気持ちいい。緋那君ありがとね」
「気に入ってくれてよかった。......実感はないだろうけど言わせてくれ、優16歳の誕生日おめでとう」
「うん、自覚ないけど、祝ってくれてありがとう」

 優は点滴に繋がれた右腕を少しだけ動かす。

「本当はさ、お誕生日ならケーキが食べたかった。でも、私、もう食べれないからさ」
「......」

 優の寂しそうな声に緋那は何も言えなかった。優はまだ喋ることは可能だが、飲み込む嚥下力や声帯の筋肉の働きにより、経口摂取が困難になっていた。
 看護師の付き添いの元、ペースト状になった食事を数口食べてはむせ込んで中止し、今では点滴で必要な栄養を送っている状態だ。筋肉が弱まっているだけでなく、体力も落ちている。

 だから現状の優は、まだ喋ることは出来るが他のことがほとんど出来ない。笑顔も喋ることもいつまで出来るか分からないと、先程看護師に言われた。
 それでも優は今を一生懸命に生きている。だから、緋那はショックを受けてはいけないのだ。

「そうだな、元気になったら快気祝いで食べないとな」
「そうだよ! テレビで見たんだけど、私はイチゴのショートケーキが食べたいな」
「......相変わらず、ショートケーキが好きなんだな」
「ん? シンプル・イズ・ベストだよ。緋那君」

 優が少しだけ首を傾ける。そして動かせる指先でぬいぐるみを触っていた。

「もふもふ、もちもち、幸せ-」

 とろける表情の優を見て買ってよかったなと緋那は胸をなで下ろす。学校を休んだかいがあったなと内心で歓喜する。
 看護師に制服じゃないことを指摘されたときは焦ったが、この喜びを見れば何の問題もなかったと思える。

「ありがとね、緋那君。なにもない、私に会いに来てくれて」

 不意に優が小さく呟いた。緋那は開いた口が塞がらない。病室が静寂に支配される。点滴の落ちる水滴音がやけに響いて聞こえる。

「......な、何を、言ってるんだ?」

 呟いてからしまったと緋那は思った。動揺がすべて言葉で出てしまった。しかし、優は気にした様子もなく、笑う。

「あはは。大丈夫だよ。悲観してるわけじゃないの。私ってなんだろうなーって思ってさ。こんなに優しい友達や両親がいて、覚えてないのが申し訳ないなー......と」
「忘れたくて忘れたわけじゃないんだ、気にするな」
「おおっ、緋那君優しい。ありがとね。私と友達でいてくれて」

 普段の優らしくない物言いに、嫌な予感を感じる。思わず優を見るもすでにいつも通りの笑顔だった。

「もー、真面目な話、終わり! 私、疲れちゃったから寝るね。ベルちゃん、少しだけ移動してもらってもいい?」
「......ああ」

 これ以上踏み込むなという優の無言の圧に、緋那は負けた。優に確認しながら、ベルーガの特大ぬいぐるみをベッドの端へと寄せる。
 その様子を優は嬉しそうに見ていた。

「......寝るなら、俺もう行くな。お休み。また明日」
「うん......また明日ね?」

 優の静かな声に心臓が冷える心地がしたが、何も言えずに緋那は病室をあとにした。
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天国行きの切符作者:星川宙
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