第22話 再び
8月11日。晴れ。緋那は部屋の窓から外を眺める。雲ひとつない天気だ。優との流星群の約束は明日の夜。
レジャーシートと一応薄めのブランケットも用意した。優の母親から、車を出す提案を受けた。でも、昔と同じことをしたかった。自転車で丘に行き、星を眺める。それがいいと緋那の本能が伝えていた。
行く時間も、夜だ。きっと警察も巡回はしていないだろう。緋那は禁止されている自転車の二人乗りをする気でいた。
また午後のいつもの時間に、優の見舞いに行く。そこで提案してみようか。きっと優は共犯者になってくれる。それは確実だ。
ただ、気になることもある。たまたまナースステーションで話している看護師の声が聞こえた、優が時折歩けないことがあるという話だ。毎日、見舞いに行っているから優がベッドから動かない日があることは知っている。しかし、そこまで悪化していたのかと驚く。全くそんな様子が見られないからだ。
明日、医師と優の状況の最終確認をして外泊できるかが決まる。本当に行けるのかと少しだけ不安になった。
それでも、優のあの嬉しそうな顔を思い出し、優は普段信じていない神に祈る。
どうか、優と明日流星群を見に行けますように、と。
そんなことを考えていると、優の病室の前についた。いつも通り、ノックをして扉を開ける。
「よお、優。来た......ぞ?」
病室に入ると優はいつもの椅子に座り、膝にノートを乗せて寝息を立てていた。もう3ヶ月ほど毎日見舞いに来ているが、寝ているのを初めて見た。
緋那はどうしたものか、考える。いくら、幼馴染とはいえ寝ている異性と密室にいるわけにはいかない。少し、時間を潰すかと、廊下に出ようとした。
「......っん? 寝てた......ってあれ? ひなたどこ行くの?」
優がちょうど目を覚ました。扉の外に向かった足を優の方に戻す。そして理由を説明した。
「珍しく寝てたから、起こすのも悪いしどこかで時間潰そうと思ってさ」
「別にいいのに。それより、ひなた。背伸びた?」
「......? 伸びてないと思うけど」
自分では自覚ない。それに優とは毎日会っている。そこに緋那は違和感を覚えた。しかし、尋ねることはしなかった。それをしてはいけないと、なぜか本能が叫んでいたからだ。
だから、緋那は意図的に話を逸らした。
「それより、明日の流星群の話なんだけど」
「何、その改まった言い方。えっ、ダメになったとか言わないよね?」
優は大きな目をさらに大きく見開く。瞳がこぼれ落ちるんじゃないかと緋那は思わず思った。
「違うよ。明日、俺も一緒に医師の話を聞く。そこで正式決定。意地でも行くから、覚悟しとけよ」
「ふふふ、誰に言ってるの、ひなた!」
優はピースサインをすると立ち上がり、ノートを大切そうにキャビネットの上に置く。そして、チラリとカレンダーを見る。
「これを見よ! 私は楽しみすぎて、カレンダーにすっごくメモしてるんだらね。ひなたこそ体調崩したとか言い出したら、末代まで祟るからね?」
「いや、祟るって......」
優の発言に緋那は呆れる。ここ1ヶ月ほど、軽口も気軽に叩けるようになった。最初の方は見舞いに行くのが正直、苦痛に感じる日もあった。でも、昔の雰囲気に戻れた。それが嬉しい。
そして明日の打ち合わせをしたりと、穏やかな時間を過ごし、いつも通り1時間ほどで退室する。
「じゃ、明日な。医師の話聞くから、いつもより早く来る」
「はーい。早く休んで、体調崩さないでよ?」
「それはこっちの台詞だ」
最後にまた軽口を叩き、今度こそ緋那は病室を後にした。
◇◇◇◇
緋那が病室を出たのを確認後に、優はもう一度カレンダーを見直す。西暦が自分の記憶より一年進んでいる。
朝起きた後の記憶はあった。ノートを読んだ記憶も。
まず、違和感を覚えたのは緋那だ。明らかに記憶よりも背が高い。不思議に思いながらも、ノートの記憶で流星群のことは知っていた。だから、戸惑ったがそこまでだった。
それが、カレンダーを見て、一気に血の気が引いた。朝のことは覚えてる。それでも、どこか記憶の欠落が起きている。そんな予感がした。
表面上は緋那と話しながら普通に過ごす。内心で、アラが出ないか心配しながら。
しかし、私は無事に文月優を演じられたようだ。明日の約束をして緋那が帰っていく。本当にホッとした。机の上に置いてあったペットボトルを手に取り乾燥した口内を物理的に潤す。
そしてノートを読み直す。そこには中学を卒業した記憶以降ないと書かれていた。
優は震える手を必死に抑えて、ノートの続きにまず、日付と緋那との明日の約束を書く。
一度ペンを止めて深呼吸する。額に冷や汗をかいており、前髪が張り付いて鬱陶しい。しかし、現実逃避をしている場合ではない。優は意を決してペンを動かした。
まずは、日中に少しうたた寝をしたこと。そして、中学を卒業した記憶もなくなっているということを。
記憶の欠落は直近だけではない、過去にも再び侵略を開始した。それを未来の自分に伝えるため、熱くなる瞳を必死に堪えて、ただ真実だけを記していく。
明日、私はノートを見てくれるのか? そんな疑問を感じながら、書き終えたノートを優は閉じた。