第30話 自己暗示の終わり
12月3日。いつも通りに学校終わりに見舞いに行こうと荷物をまとめていた緋那はなんとなくスマホを確認する。珍しく優の母親からメッセージが届いていた。
緋那は慌ててメッセージを開く。思わず立ち上がり、画面を凝視する。
スマホの画面には淡々と文字が並んでいた。
『優が倒れました。現在は検査中です。優の体調が落ち着くまで、見舞いは控えてほしい。また大丈夫になったら連絡します』
ただ最低限の事実だけが綴られた画面から緋那は目を離すことができない。
呆然と立ち尽くしている緋那に声がかけられる。
「立ち上がって何してんの、望月。それより今日も優の見舞い行く? 私も今日部活ないから一緒に行ってもいい?」
優花が不思議そうに近付いてきた。緋那は一瞬言葉に詰まる。口腔内の水分はいつの間にか蒸発しており、上手く言葉が出せない。
二度ほどパクパクと口を動かしてから、緋那は覚悟を決めて優花に向き直る。内心の動揺は悟らせないように努める。
「別にいいだろ。それと、おばさんがしばらくは見舞い控えてほしいって連絡きてたから、今日は行かないぞ」
「そうなの? うー、久しぶりに優に会えると思ったのに。結局部活も忙しくて夏休み以降はお見舞い行けてないのよね」
優花は肩を落とし、見るからに落胆している。嘘はついていない、でも真実もほとんど隠している。少しだけ罪悪感を覚える。
それでも、状況がわからない状態で心配だけを伝播させるの違うと緋那は自分の中で正当化する。
「なら、もう望月に用はないから」
優花は言いたいことだけ言って、とっとと緋那の席から離れて行った。優花が離れたのを確認して、緋那は詰めていた息を吐く。
変なところはなかっただろうかと今更ながら不安になる。スマホを握ってる手が震えていることに気づく。背中には嫌な汗が伝っていた。
優が長期入院してから、1日もかかさずに見舞いに訪れていた。初めて優に合わない時間が出来た。その事実が言いようもない恐怖を掻き立てた。
「大丈夫......だよな?」
緋那は無意識に言葉をこぼす。今までずっとやってきた、大丈夫だと自分を安心させる暗示。それが、解け始めている。
緋那はただひたすら恐れる。数日会わないことは長い付き合いで何度もある。だが、何かが壊れる。そんな予感がした。
そして、緋那の元に見舞いに来ても大丈夫だと連絡が来たのは3週間程経ってからだった。
◇◇◇◇
優は目を覚ます。まず最初に瞳に飛び込んできたのは、天井に貼られている星空の写真だった。次にゆっくりと身体を起こす。身に覚えのない部屋だった。
ゆっくりと周りを見回す。壁やキャビネットの横にも至る所に拡大された夜空の写真が貼られている。
「どこだろ、ここ?」
優は首を傾げる。自分の部屋ではないことはわかる。それ以外は何もわからない。少し呼吸がしづらく感じ、無意識に咳払いをする。
昨日までと身体が違う。そんな違和感を覚える。
周囲を見回しているとキャビネットの上にノートが置いてあることに気付く。優は不思議に思い手を伸ばす。身体が動かしづらい。そして、記憶よりも腕が長く感じた。
わからないことだらけで、優の頭はハテナマークで埋め尽くされる。
昨日は中学の入学式があったはずだ。寝る前にかけた制服は見当たらない。そもそも私の部屋じゃないから当たり前か! と優の脳内は現実逃避を始めている。
寝てる間に、どこかに連れ去られた!? など最近読んでいた漫画の内容を思い出す。
手に取ったノートの表紙を見ると『起きたら読む』というメモが貼ってあった。書いた記憶もなければ、優の字と比べて丸っこい文字は他の人が書いたようにも思えた。
しかし、何故か優の直感が自分の文字だと訴える。
不思議に思いながらもページを開く。
ノートを読み終わるとしばらく優は放心した。
意味がわからない。それでも嘘だとは到底思えなかった。
なんとか自分の中で噛み砕き、入院していることだけはなんとか飲み込めた。
しかし、それ以外は無理だ。ノートを持つ手が震える。しびれるような違和感も覚えた。
ノートを持ち直そうとする。手の力が抜けて滑り落ちる。運悪く、ベッドの下にノートは落ちてしまった。
「なんか、幸先悪い?」
優はノートを拾おうと、力の入らない足を身体全体を使ってなんとかベッドに座る。そして、左手はしっかりとベッド柵を掴んで、右腕を伸ばす。あと少しでノートに手が届く。
ホッとしてさらに腕を伸ばし、ノートの隅に指が届いたその瞬間、激しい頭痛が優を襲う。誰かが頭をハンマーで叩いているんじゃないかと思うぐらいの激痛に思わず優は瞳を閉じた。
ノートは諦めて、一度ベッドに横になろうと優は身体を起こそうとした。
その時、大きな耳鳴りが響き、優の意識はそこで途切れた。