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第29話 息切れ

寒くなり、防寒具が手放せなくなり始めた、11月中旬。時折吹く風が冷たく、思わず緋那はポケットに手を突っ込む。
 通い慣れた道を今日も緋那はボーとしながら歩く。
 街は徐々にクリスマス色に染まり始めており、緋那の歩く道の横に植えてある街路樹にもイルミネーション用の電球がいくつも括られている。

 去年は優に強制的に連れられて、夜にイルミネーションを見たり、クリスマスマーケットを覗いたりしたなと懐かしくなる。
 寒さから、夜は無理だけど日中に外への散歩に連れ出してあげることは出来ないかと緋那は考えた。
 今の優は車椅子が手離せない。それなら緋那が車椅子を押せばいい。今度看護師に相談してとりあえず、暖かい日に中庭にだけでも一緒に行けないかと考える。

 そのまま悩んでいると、病院に到着した。とりあえず、まずは優の体調が大切だから、優に相談しないとなと結論を出して、慣れた様子でエレベーターに乗り込む。
 そしていつも通りの5階で降りる。ナースステーションの隣を通過して、優の病室の前にたどり着く。

 トントンとノックをする。いつもはすぐに元気な声が聞こえてくるが、今日は聞こえない。不思議に思い、もう一度ノックしようと腕を上げたタイミングで中から声が聞こえた。

「はーい、ごめん! 開いてる!」

 いつも通りの声に安心し、部屋の中に入る。そこには見慣れた車椅子に座った優がペットボトル片手に手を振っている。

「ひなた、いらっしゃい」

 ニコニコと笑っている優は普段と同じだが、どこか違和感を覚えた。緋那は少し考えてから優に近付く。

「大丈夫か?」

 優が答えようと口を開こうとしたところ、咳が漏れて口を手で覆う。持っていたペットボトルの水を飲み、喉を潤すと少し治ったようだ。ペットボトルの蓋を閉じながら、優は笑った。

「今日さ、喉の調子が少しおかしくて。呼吸がしづらいわけではないんだけど、なんか違和感があってさ」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよっ、耳鼻咽喉科の先生に急遽診て貰ってるから!」

 優はピースサインを作る。緋那はそれに安心する。まだ、大丈夫。緋那はいつも通り、無意識に思考を鈍くさせた。
 優が車椅子からベッドに移るとのことで、車椅子を押すのを手伝おうとしたが、「腕の筋力維持に必要なの!」と断られる。
 緋那はただ、優がベッドに座るのを見ていることしか出来なかった。優がベッドに座ったのを確認すると、パイプ椅子を少し動かし、話しやすい位置に調節して座る。

 それから、優といつも通りに話をする。しかし、会話が続けば続くほど緋那の違和感は強くなる。
 普段と同様に今日あった出来事や看護師との話しでマシンガントークぶりを披露していたが、徐々に話しながら息切れを起こしていた。
 いつもなら、なんてことない会話のはずなのに、まるで優は走り終わったかのように息を切らしている。

 明らかに異常だ。昨日も同様に話していたが、その時は息切れなんて気付かなかった。
 思わず、緋那は優の話を止めた。

「苦しそうだが、大丈夫か? 看護師呼んでこようか?」
「大丈夫! ちょっと今日は検査が多くて疲れちゃったのかな?」

 優は笑顔でそういうが、その笑顔がどこか痛々しく見えて、緋那の心も痛くなる。自分に何ができるかを考える。
 そして、疲れているのなら今日は休ませてあげたほうがいいんじゃないのかと結論付けた。

「そっか、ならゆっくり休んだほうがいいよな? 俺、帰るよ。明日また来るな」
「......そっか、でもそうだよね! うん、また明日ね!」

 優は一瞬寂しそうな顔をするもすぐに笑顔に戻る。そして、息を切らしながらも腕をぶんぶんと振る。

「あんまり、無茶すんなよ」

 その様子に息を吐きながら、緋那は立ち上がった。そして、病室を後にした。



◇◇◇◇



 優は緋那が去った扉をただ、見つめる。少しして、喉に違和感を感じて、咳払いを何度かして、水を飲み直す。
 違和感が少しとれた気がした。

 緋那には言えなかった。診察で主治医に徐々に筋力が落ちてると話されたこと。そして、喉の違和感について伝えて耳鼻咽喉科の医師にかかった時に、声帯の動きが鈍くなっていると言われたことを。
 走ったりしなければ、日常生活は問題ないと言われたこと。でも、会話や食べ物を飲み込む時に今後、影響が出る可能性があることを説明された。

 緋那が見舞いに来る前に、ノートにそれを記す。病院や両親にはすでにバレてはいるが、緋那にはバレていない。だから、母にお願いしてノートは継続している。
 すでに2冊目も終盤に差し掛かってきたノートを見ながら、明日の午前中に母に頼もうと優はその事もノートに書き足した。本当は今日頼む予定だったが、予定外の診察や結果に忘れてしまっていたのだ。その旨もしっかりと記した。

 息がしづらく、気付くと何度か無意識に咳払いをしてしまう。自分の記憶にある中学の時と比べて、まるでストローをずっと咥えて呼吸をしているようなやりづらさを感じる。
 しかし、今後はこの状態か、さらに悪化した身体と付き合っていかないといけない。
 優は無意識にそう思った。

 すでに足はほとんど力が入らず、柵を持って立つだけでもバランスを取るのが難しい。歩くことなんてもう出来ない。
 腕の力も少し弱まってるように感じる。ノートに書く時に握るシャーペンが震えて上手く文字が書けていない。

 その話はすでに主治医へは伝えてあり、後日筋電図の検査をするとノートに書かれていた。詳しい日付は書いていなかった。それがまだ決まっていないのか、過去の自分が書き忘れてしまったのか、優には判断できない。

 少し動くだけでも、喋るだけでもあがる息に自分の身体がポンコツになったように感じる。

「無茶しないと、私が私じゃなくなる気がするんだよ......」

 優は小さく呟くとまた、ペットボトルの水を飲む。
 まだ、飲み物はきちんと飲めている。誤嚥はしていない。それが緩やかに悪化していく身体へのわずかながらの抵抗だった。

 そしてそのまま優本人だけが、不安になりながら緩やかな悪化を感じ続けながら、気付くと12月になろうとしていた。
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天国行きの切符作者:星川宙
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第29話 息切れ

寒くなり、防寒具が手放せなくなり始めた、11月中旬。時折吹く風が冷たく、思わず緋那はポケットに手を突っ込む。
 通い慣れた道を今日も緋那はボーとしながら歩く。
 街は徐々にクリスマス色に染まり始めており、緋那の歩く道の横に植えてある街路樹にもイルミネーション用の電球がいくつも括られている。

 去年は優に強制的に連れられて、夜にイルミネーションを見たり、クリスマスマーケットを覗いたりしたなと懐かしくなる。
 寒さから、夜は無理だけど日中に外への散歩に連れ出してあげることは出来ないかと緋那は考えた。
 今の優は車椅子が手離せない。それなら緋那が車椅子を押せばいい。今度看護師に相談してとりあえず、暖かい日に中庭にだけでも一緒に行けないかと考える。

 そのまま悩んでいると、病院に到着した。とりあえず、まずは優の体調が大切だから、優に相談しないとなと結論を出して、慣れた様子でエレベーターに乗り込む。
 そしていつも通りの5階で降りる。ナースステーションの隣を通過して、優の病室の前にたどり着く。

 トントンとノックをする。いつもはすぐに元気な声が聞こえてくるが、今日は聞こえない。不思議に思い、もう一度ノックしようと腕を上げたタイミングで中から声が聞こえた。

「はーい、ごめん! 開いてる!」

 いつも通りの声に安心し、部屋の中に入る。そこには見慣れた車椅子に座った優がペットボトル片手に手を振っている。

「ひなた、いらっしゃい」

 ニコニコと笑っている優は普段と同じだが、どこか違和感を覚えた。緋那は少し考えてから優に近付く。

「大丈夫か?」

 優が答えようと口を開こうとしたところ、咳が漏れて口を手で覆う。持っていたペットボトルの水を飲み、喉を潤すと少し治ったようだ。ペットボトルの蓋を閉じながら、優は笑った。

「今日さ、喉の調子が少しおかしくて。呼吸がしづらいわけではないんだけど、なんか違和感があってさ」
「それ、大丈夫なのか?」
「大丈夫だよっ、耳鼻咽喉科の先生に急遽診て貰ってるから!」

 優はピースサインを作る。緋那はそれに安心する。まだ、大丈夫。緋那はいつも通り、無意識に思考を鈍くさせた。
 優が車椅子からベッドに移るとのことで、車椅子を押すのを手伝おうとしたが、「腕の筋力維持に必要なの!」と断られる。
 緋那はただ、優がベッドに座るのを見ていることしか出来なかった。優がベッドに座ったのを確認すると、パイプ椅子を少し動かし、話しやすい位置に調節して座る。

 それから、優といつも通りに話をする。しかし、会話が続けば続くほど緋那の違和感は強くなる。
 普段と同様に今日あった出来事や看護師との話しでマシンガントークぶりを披露していたが、徐々に話しながら息切れを起こしていた。
 いつもなら、なんてことない会話のはずなのに、まるで優は走り終わったかのように息を切らしている。

 明らかに異常だ。昨日も同様に話していたが、その時は息切れなんて気付かなかった。
 思わず、緋那は優の話を止めた。

「苦しそうだが、大丈夫か? 看護師呼んでこようか?」
「大丈夫! ちょっと今日は検査が多くて疲れちゃったのかな?」

 優は笑顔でそういうが、その笑顔がどこか痛々しく見えて、緋那の心も痛くなる。自分に何ができるかを考える。
 そして、疲れているのなら今日は休ませてあげたほうがいいんじゃないのかと結論付けた。

「そっか、ならゆっくり休んだほうがいいよな? 俺、帰るよ。明日また来るな」
「......そっか、でもそうだよね! うん、また明日ね!」

 優は一瞬寂しそうな顔をするもすぐに笑顔に戻る。そして、息を切らしながらも腕をぶんぶんと振る。

「あんまり、無茶すんなよ」

 その様子に息を吐きながら、緋那は立ち上がった。そして、病室を後にした。



◇◇◇◇



 優は緋那が去った扉をただ、見つめる。少しして、喉に違和感を感じて、咳払いを何度かして、水を飲み直す。
 違和感が少しとれた気がした。

 緋那には言えなかった。診察で主治医に徐々に筋力が落ちてると話されたこと。そして、喉の違和感について伝えて耳鼻咽喉科の医師にかかった時に、声帯の動きが鈍くなっていると言われたことを。
 走ったりしなければ、日常生活は問題ないと言われたこと。でも、会話や食べ物を飲み込む時に今後、影響が出る可能性があることを説明された。

 緋那が見舞いに来る前に、ノートにそれを記す。病院や両親にはすでにバレてはいるが、緋那にはバレていない。だから、母にお願いしてノートは継続している。
 すでに2冊目も終盤に差し掛かってきたノートを見ながら、明日の午前中に母に頼もうと優はその事もノートに書き足した。本当は今日頼む予定だったが、予定外の診察や結果に忘れてしまっていたのだ。その旨もしっかりと記した。

 息がしづらく、気付くと何度か無意識に咳払いをしてしまう。自分の記憶にある中学の時と比べて、まるでストローをずっと咥えて呼吸をしているようなやりづらさを感じる。
 しかし、今後はこの状態か、さらに悪化した身体と付き合っていかないといけない。
 優は無意識にそう思った。

 すでに足はほとんど力が入らず、柵を持って立つだけでもバランスを取るのが難しい。歩くことなんてもう出来ない。
 腕の力も少し弱まってるように感じる。ノートに書く時に握るシャーペンが震えて上手く文字が書けていない。

 その話はすでに主治医へは伝えてあり、後日筋電図の検査をするとノートに書かれていた。詳しい日付は書いていなかった。それがまだ決まっていないのか、過去の自分が書き忘れてしまったのか、優には判断できない。

 少し動くだけでも、喋るだけでもあがる息に自分の身体がポンコツになったように感じる。

「無茶しないと、私が私じゃなくなる気がするんだよ......」

 優は小さく呟くとまた、ペットボトルの水を飲む。
 まだ、飲み物はきちんと飲めている。誤嚥はしていない。それが緩やかに悪化していく身体へのわずかながらの抵抗だった。

 そしてそのまま優本人だけが、不安になりながら緩やかな悪化を感じ続けながら、気付くと12月になろうとしていた。
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