第25話 流星群
緋那が丘の真ん中の特等席にレジャーシートを敷いていると、優は履いていたサンダルを脱ぎ、芝生の上を裸足で歩いていた。
「何やってるんだ?」
「んー、自然を感じてる?」
緋那の質問に優は疑問系で答える。なんで疑問系なんだよと思いながらも、病室との違いを楽しんでいるんだろうなと緋那は勝手に想像した。
「とりあえず、レジャーシート敷いたから疲れたら休めよ? ここで疲れて肝心の流星群見えませんでしたは笑い話だぞ」
「確かに! ......でももう少し自然と一体化していたいんだよねー」
そう言って、レジャーシートではなく芝生の上に横になる。相変わらずの自由人だなと緋那は好きなようにさせることにした。リュックから水筒を取り出し、お茶を飲む。
そして、父から借りた一眼レフを取り出し、芝生で寝転がる優にピントを合わせて写真を撮る。
フラッシュにびっくりしたようで、優は飛び起きた。
「えっ? 何? ......あっ、一眼レフだ! ひなたどうしたの? って、待って。今隠し撮りした!? ひなたの変態!」
「変態って......。お前、人の写真は大量に撮ってたけど、自分の写真は撮ってないだろ。記念に良くないか?」
「えっ、ひなた何? 私の写真部屋に飾るの? きもいよ?」
「どこをどう取ったら、そうなるんだよ......」
緋那はため息をつきながら、撮った写真を確認する。そして、ブレていないのを確認して、安堵した。
それから、空にカメラを向けて写真を撮る。夜空もいい感じに撮影できて、本番に向けてやる気になる。
カメラを横に置き、緋那はレジャーシートに寝転んだ。風も出てきており、心地が良い。
こんなにのんびりと星を眺めるのはいつぶりだろうかとまた考える。
気づくと優が緋那の隣で寝転んでいた。空を見上げたまま、尋ねる。
「自然と同一化はもういいのか?」
「ん、満足した。それに、今日の目的は流星群だからね! はしゃぎ疲れて寝たら洒落にならない」
「それは、そうだな」
2人で並んで空を見上げる。元々、あまり人の来ない穴場のイメージはあったが、今日は緋那達以外誰もおらず、丘は貸切状態だ。本当に世界には自分たち以外いないのではないかと思えてきた。
なんとなく隣の優を見る。優は緋那を見ないで夜空だけを星のようにキラキラとした瞳で眺めている。
連れてきてよかったなと改めて緋那は思った。
「あっ、ひなた、見てた? 今1つ流れたよ? お願い事しないと!」
「マジか、見逃したわ。それより、優。寒かったらブランケット持ってきてるから言えよ?」
「はーい、ひなた母さん」
「誰が、母さんだ」
いつも通りの軽口を叩きながらも空を眺める。
時折、飲み物やお菓子を食べながら、流星群のピークの時間を待つ。時計を見るとすでに日付は変わっていた。
「そろそろか?」
「ん、楽しみだね」
横になりながら緋那はカメラを胸元に移動させる。いつでも写真を撮れるように。
その時、何を思ったのか優がいきなり立ち上がった。
「どうした?」
「ひなた、記念撮影しよう! 星を見に来たよって写真撮ろっ」
優がカメラを指さしながらそう言う。緋那は少し考えたが、減るもんじゃないし、いいかと体を起こす。
父から自撮りをする際の方法も聞いていた。カメラを弄り、優の隣に並ぶ。画面を見ながら、画角の調節をしていると、優が早く! というように目を輝かせた。
「撮るぞ?」
「ばっち、こーい!」
よくわからない優の返答に笑いながら、シャッターを下ろす。そして、プレビュー画面で写真の確認をした。
「おっ?」
「どーした、ひなた?」
確認すると、優と緋那の間にちょうど流れ星が通過していた。優も画面を覗き込み、それに気づくと緋那の両肩に手を乗せてはしゃぐ。
「すごい! もはや奇跡だよ! ひなた、現像したら絶対に写真ちょうだいね!」
「本当にすごいな。写真はちゃんと渡すよ。それより、飲み物飲め」
優が水分をとっていないことを思い出して、緋那は優用に用意した水筒を渡す。優は大人しく受け取って、飲む。
「んー、コーヒーが良かった。でも本当にひなたはお母さんだね」
「希望言わなかっただろ、それに誰が母親だ」
緋那は呆れて自然とため息が溢れる。しかし、優は楽しそうに笑って全く堪えた様子はない。
またレジャーシートに寝転がり、上を見上げる。
緋那もそれに倣う。しばらく静寂が支配した。優と一緒にいて、こんなに静かだったことはあっただろうかと考える。でも、その静寂はとても心地よかった。
「あっ、猫だ!」
優は突然起き上がり、素足のまま走っていく。優の進行方向には黒猫がいた。野良だが人慣れをしているようで優に抱きしめられながら戻ってきた。
「君も一緒に流星群を見よう!」
ご機嫌な優に水を刺すのも良くないなと、緋那は何も言わずに空を見上げる。それか、どれくらい時間が経ったのだろうか。その時は突然やってきた。
視界に1つ流れ星をとらえたと思った瞬間、天から大量の星が降ってきた。
「ひなた! きたよ!」
「すげぇ......」
ハイテンションの優の声を聞きながら、緋那は言葉を失った。そして、思い出したようにカメラを夜空に向ける。
流星群は圧巻だった。綺麗で、神聖的で、自分がちっぽけな存在に思えてくる。何枚か撮影すると、カメラを置く。そして、無数の流れ星を見つめながら、心の中で祈る。
――どうか、優が良くなりますように。
と。横を盗み見ると優は猫を抱いて、目を輝かせながら流星群に見惚れていた。緋那はなんとなくカメラを横に向け、その様子の優の写真を撮る。
現像して見せて、驚かせてやろうと内心で笑い、また夜空に視線を戻す。
宇宙の星が全て落ちてしまうのではないかと思うぐらいに、無数の流れ星が空を埋め尽くす。
2人は流星群が落ち着くまで、声も発さずにその様子を見つめ続けた。
それから、ピークを終え、流れ星が見えなくなるとどちらとともなく顔を見合わせる。
「すごかったな」
「うん、ひなた、誘ってくれてありがとね」
お互いに笑い合う。優は黒猫を離した。猫はしばらく優を見つめるとどこかに走り去ってしまう。
「あっ、猫ちゃんいっちゃった」
「そうだな。俺達も帰るか」
「だねー、本当に今日はありがとね、ひなた」
猫を見送り、緋那は帰り支度を始める。優はその様子を見ながら、改まってお礼を言ってきた。それがなんだか優らしくなく、緋那は不安に思い、優の様子を見る。
しかし、そこにはいつもの笑顔の優がいた。なんとも言えない気持ちを飲み込みながら、緋那は帰り支度を再開する。
「帰るか」
「うん」
支度を終えると、2人で自転車を停めた道まで向かう。そして、行きと同じように優を荷台に乗せて、自転車を漕ぐ。帰りは行きと違い、下り坂で体力的には楽だ。
どこか優に覚えた違和感を気のせいだと言い聞かせ、ブレーキを使いながら坂を下る。先程とは違い、静寂に居心地の悪さを感じる。ただ、腰に回る腕からの体温で、優がここにいることだけはわかり、少しだけ安堵した。
寝静まった街を自転車で進み、優の家に到着した。
「今日はありがとね! また病室で待ってるよ」
「おう、今日はゆっくり休めよ」
軽く言葉を交え、優が家に入るのを確認してから、緋那も家に向かう。微かに覚えた違和感を忘れるように首を振る。そして、またペダルに力を込めた。