第24話 自転車と丘
緋那は時計を確認する。あと10分程で23時になろうとしていた。そろそろ出るかと、用意したリュックを背負う。
優の見舞いの後に、スーパーで軽く食べれる菓子パンやお菓子を調達した。そして、早めに夕食をとって仮眠もとった。
「あっ、入れるの忘れてた」
机の上に置いてあった一眼レフを手に取る。
父親が、星をとるんだろう? と愛用の一眼レフを貸してくれた。1週間ほど、夜景を撮りに出かけて練習した。だから、きっとうまく撮れるだろう。大切に扱いながら、リュックにしまう。
「やべっ、ゆっくりしすぎた」
時計を見て、慌てて優に今から家を出ると連絡を入れる。そして、返信も確認せずに部屋を出た。自転車なら5分ぐらいで優の家につける。約束の時間には間に合うだろう。
家を出ると、ママチャリのカゴにリュックをいれる。鍵を開錠して自転車にまたがる。そして、ペダルに両足を乗せて、漕ぎ出した。
目的地は、優の家だ。空を見上げる。雲もほとんどない。今日は流星群日和だなと軽やかな気持ちが足にまで伝播したのか、いつも以上にペダルは軽く感じた。
もうすぐ優の家に着く。ペダルに込める力も不思議と強くなる。
優の家が見えてきたと同時に、家の前で誰かが緋那に向けてブンブンと手を振っている人物がいた。
――優だ。何をやってるんだ、あいつは。と緋那は頭を抱えたくなった。
いくら元気だからって、いつから外に出ていたんだと心配になる。ずっと病室にいたから、きっと体力も落ちてるだろうにと元気に飛び跳ね始めた優にさらにふつふつと思うところが増える。ペダルに入れる力をさらに強くし、立ち漕ぎで速度を上げた。
「なんで、もう外にいるんだよ!」
「えー、だってひなたから連絡あったから!」
「それ、答えになってないぞ......」
元気にピースサインするいつもの優にもはや呆れる気しかしない。
「おばさん達は?」
「気をつけてって!」
「そっか......」
緋那も直接会うのはまだ気まずかったので少しホッとする。いつかはきちんと会って話さないといけないのはわかっている。しかし、また先延ばしにしてしまう。そして先延ばしにできることにホッとしてしまう。まだ、時間があるとそう思えたから。
緋那は自転車の荷台を顎で刺す。
「ふふふ、ひなたも悪だねぇ」
「なら、歩くか?」
「乗ります! 歩くと間に合わない!」
楽しそうに笑う優に緋那は自転車から降りるかと、腰を浮かせる。それに気づき、ゆうが慌てて荷台に横座りになる。
「よし、周りには誰もいない! 絶好の悪さ日和だよ!」
「悪さ日和って......」
周りをキョロキョロ確認しながら言う優に、緋那は懐かしさを感じる。腕時計をチラリと確認する。今は、丘に向かって急いだ方がいい。
「とりあえず、腰に手をかけろ。行くぞ!」
「うん、ひなた号出発だね!」
「なんだよ、それ......」
ハイテンションな優に呆れながらも、自分の腰に優の腕が回されたのが体温でわかる。しっかりと掴まれているのを確認して、緋那はペダルに足をかけた。そして、力を込める。
ペダルに合わせて、タイヤが回る。そして、徐々に自転車がスピードに乗る。
「風が、気持ちー」
後ろから楽しんでいる優の声が聞こえ、少し嬉しくなったのは緋那だけの秘密だ。
街灯の光に照らされた道を静かに自転車で進む。誰にも会うことがなく、世界には緋那と優しかいないのではないかとすら感じた。
しばらく進むと、目的の丘の入口まで辿り着く。
「ひなた、2人乗りで坂登り大丈夫?」
「それぐらい、問題ない!」
緋那は気合を入れて、足を動かす。最初は緩やかな坂だったが、徐々に急になっていく。少しずつ、ペダルを漕ぐ足が重くなる。
そろそろ立ち漕ぎをするかと、緋那は優に声をかける。
「優、ここから先は立って漕ぐ!」
「はーい、ひなた、がんばっ」
気の抜ける優の応援を聞きながら、緋那はサドルから腰を浮かす。2人乗りをした上に上り坂だから、かなりペダルは重い。しかも、道自体が緩やかなカーブを描いているので1人で自転車を漕いでいても大変だったことを緋那は思い出した。
帰宅部で体力も人並みだ。それでも優にカッコ悪いところは見せられない。額に汗を貼り付けながらも、緋那は必死にペダルを回す。
「ひなた! ファイト!」
楽しそうに応援する優の声をBGMにし、息を切らしながらも進む。10分程漕ぎ続けると、終わりが見えてきた。
「あとちょっとだよ、ひなた。頑張れ! ......あっ、星が綺麗」
優の応援が、惚けた声に変わる。きっと空を見上げたのだろう。進行方向を月明かりだけが照らしている。それだけで、雲が少ないことを察せられた。
緋那も早く見たいなと珍しくワクワクとした気持ちを抑えられない。
そして、到着する。自転車を漕ぐのをやめ、ハンドルに体を預けて緋那は肩で息をしながらも、整える。腰に回る手が離れる感覚があった。
「よっと!」
「おい、優!」
優が自転車の荷台から飛び降りる。緋那はハンドルから顔を上げて、後ろを見た。優は気にせずに上を見上げていた。
「......きれー」
思わずこぼれたと言うように声を出す。緋那もつられるようにして上を見上げる。そういえば、自転車を漕いでる時は前か、下かしか見ていなかったなと思う。
見上げた空は星で埋め尽くされていた。天の川も、夏の大三角形もよく見える。
これは、見惚れるなと緋那も目を奪われる。意識して星を見たのはいつぶりだろうか? と考える。
流星群はまだ始まっていなさそうだ。緋那は優に声をかけて、自転車を道の隅に停めに行く。そして、前カゴに入れていたリュックを背負い、優の元へと向かった。