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第19話 約束

梅雨の時期も終わり、徐々に暑くなってきた。夏の到来だ。
 7月中旬、もうすぐ夏休みが始まる。蝉の鳴き声をBGMに緋那はもう通い慣れた病院への道を進む。
 優の記憶は横ばいだ。少しずつは忘れているとは思う。しかし、違和感を覚えるほど整合性の取れない会話はない。
 恐怖を覚えるぐらいには、あの高校のクラスメイトを忘れていることが判明した日以来、優から明らかに忘れてるだろうという発言は聞かれない。

 時折、見舞いに来ている優花とも平然と会話をしている。確認したところ、優花もカメラで写真を撮られたと言っていたが、記憶の欠落の事は知らなかった。
 なんでも、たまにしか会えなくて寂しいから写真が欲しいと言われて、2ショット写真も一緒に撮ってきたと笑顔で返される。

 残酷なことをするとそれを聞き、緋那は思った。いつか、優は優花を忘れることがあるのだろうか? その時、忘失に気付くことができるのか、緋那は恐ろしく感じた。
 6月に優が記憶を記録すると言ったことを思い出した。そして、ノートに大量の写真と名前。優の性格なら、その人物との会話や特徴まで書いていても驚かない。
 もしかして、忘れている人はいるのではないか? さらに、忘れていることを相手に悟らせないようにしているとしたら? 緋那は恐怖を感じた。

 しかし、可能性はあるどころか、優ならやりかねない。緋那は夏だというのに薄寒さを感じた。
 それでも本人に聞くわけにはいかない。嘘をつかれるかもしれない。平然と悟らせずに嘘をつくのは得意な人間だ。
 それに肯定されたら、立ち直れる気がしない。そんな日にはなんとかハリボテで繕っている表情を直せる気がしない。

 結局、今まで通りに優と接する以外に選択肢はなかった。最近は怖くなり、優の両親にも会っていない。2人もなんとなく緋那を避けている気がする。
 緋那はお見舞いの時間を固定していた。その時間に最初の方はどちらかと、もしくは2人ともと会っていた。しかし、優の記憶の欠落が分かってからは、一度も会っていない。

 それに緋那はどこか安堵していたのだ。お互いに見たくないことを見ないようにする為、知りたくないことを知らないようにする為、傷の舐め合いさえもしたくない。
 自分の知らない優の秘密を知ってしまってるかもしれないという恐怖がお互いを遠ざけた。

「よお、優。来たぞー」

 緋那はいつも通り、病室の前で気合を入れる。そして、ハリボテの笑顔を貼り付けて、中に入る。
 優は真剣にテレビを観ていた。いつもは病室に入ると笑顔で返事をするか、駆け寄ってくる。しかし今回は違った。
 窓側の椅子に座り、テレビだけを観ており、緋那の来訪にも気付いていない様子だ。

 疑問に思い、近づく。テレビではちょうど次の流星群の特集をしていた。ピークはいつか、どのあたりが見やすいかとワイドショーで専門家を招いて話している。
 そういえば、昔は星が好きだったなと思い出した。よく、暗くなると緋那の家に自転車とともに突撃してきて、「星を見に行くよ!」と引っ張り回された。
 夜空の星を見る場所も決まっていた。緋那の家から自転車で少し走ったところに少し小高い丘がある。周りより高台になっており、街のネオンが遠くに見える。木々もあるが、頂上は芝生が敷かれて、開けている。

 よくそこまで、ブルーシートを自転車に積んで星を見に行っていた。最後に行ったのはいつだったか、緋那はすぐに思い出せなかった。
 中学に上がってから、果たして行っていたのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。

「あっ、ひなた、来てたんだ」

 そこでやっと優が緋那の存在に気付いた。一瞬だけ、緋那を見るもすぐに視線はテレビの特集に映る。
 キラキラと星のように目を輝かせている優を見て、緋那の口から自然と言葉がこぼれ落ちた。

「よく行ってた丘もこの近くだろ? 医者に確認して許可もらったら行くか?」
「えっ......?」

 緋那は自分の発言に驚いた。自発的に優に提案をしたのは初めてだったんじゃないだろうか? 少し恥ずかしくなり、優から視線を逸らす。

「いいの!?」

 しかしすぐに嬉しそうな優の声に視線を戻す。そこには椅子から立ち上がり、太陽のような笑みを浮かべた優がいた。
 病室で姿を見ることが多かったが、やっぱり優には太陽が似合う。流星群とは別に医師に許可を貰って、もう少し涼しくなったら中庭への散歩に誘おうか、きっと同じように喜んでくれる。
 途中で動けなくなったら、自分が背負えばいい。

 久しぶりに、未来へ希望を持った気がした。思い立ったら、すぐに行動に起こそうと、スマホで次の流星群を調べる。8月中旬にペルセウス流星群が見頃だと発見した。
 すぐにスマホの場面を優に見せる。

「これはどうだ?」

 優は緋那からスマホを奪う勢いで覗き込む。勢いに押され、思わずスマホを優に渡す。嬉しそうに受け取ると画面をスクロールし始める。

「やっぱり! 昔よく見に行ってた流星群だよ!」
「そうだったか? 流星群なんてどれも同じだろ」
「もお、ひなたは情緒ないな」
「おい、お前にだけは言われたくないぞ?」

 馬鹿にしたように言う優に思わず、緋那は返した。そのやりとりが昔を彷彿とさせ、少し嬉しくなった。

「約束だからね! 何がなんでも先生から緋那が許可を勝ち取ってよ?」
「待って、そこの交渉も俺なのか!?」
「当たり前でしょ? 言い出しっぺの法則!」

 久しぶりに、本当に久しぶりに緋那は何も考えずに優と言葉の応酬を繰り返した。どこか懐かしく感じる。つい数ヶ月前までは当たり前だったこのやり取りが、今では優を気にして出来なくなっていた。

 ただ流星群を見に行く約束。それでも、少し昔に戻れたみたいで嬉しかった。
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天国行きの切符作者:星川宙
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第19話 約束

梅雨の時期も終わり、徐々に暑くなってきた。夏の到来だ。
 7月中旬、もうすぐ夏休みが始まる。蝉の鳴き声をBGMに緋那はもう通い慣れた病院への道を進む。
 優の記憶は横ばいだ。少しずつは忘れているとは思う。しかし、違和感を覚えるほど整合性の取れない会話はない。
 恐怖を覚えるぐらいには、あの高校のクラスメイトを忘れていることが判明した日以来、優から明らかに忘れてるだろうという発言は聞かれない。

 時折、見舞いに来ている優花とも平然と会話をしている。確認したところ、優花もカメラで写真を撮られたと言っていたが、記憶の欠落の事は知らなかった。
 なんでも、たまにしか会えなくて寂しいから写真が欲しいと言われて、2ショット写真も一緒に撮ってきたと笑顔で返される。

 残酷なことをするとそれを聞き、緋那は思った。いつか、優は優花を忘れることがあるのだろうか? その時、忘失に気付くことができるのか、緋那は恐ろしく感じた。
 6月に優が記憶を記録すると言ったことを思い出した。そして、ノートに大量の写真と名前。優の性格なら、その人物との会話や特徴まで書いていても驚かない。
 もしかして、忘れている人はいるのではないか? さらに、忘れていることを相手に悟らせないようにしているとしたら? 緋那は恐怖を感じた。

 しかし、可能性はあるどころか、優ならやりかねない。緋那は夏だというのに薄寒さを感じた。
 それでも本人に聞くわけにはいかない。嘘をつかれるかもしれない。平然と悟らせずに嘘をつくのは得意な人間だ。
 それに肯定されたら、立ち直れる気がしない。そんな日にはなんとかハリボテで繕っている表情を直せる気がしない。

 結局、今まで通りに優と接する以外に選択肢はなかった。最近は怖くなり、優の両親にも会っていない。2人もなんとなく緋那を避けている気がする。
 緋那はお見舞いの時間を固定していた。その時間に最初の方はどちらかと、もしくは2人ともと会っていた。しかし、優の記憶の欠落が分かってからは、一度も会っていない。

 それに緋那はどこか安堵していたのだ。お互いに見たくないことを見ないようにする為、知りたくないことを知らないようにする為、傷の舐め合いさえもしたくない。
 自分の知らない優の秘密を知ってしまってるかもしれないという恐怖がお互いを遠ざけた。

「よお、優。来たぞー」

 緋那はいつも通り、病室の前で気合を入れる。そして、ハリボテの笑顔を貼り付けて、中に入る。
 優は真剣にテレビを観ていた。いつもは病室に入ると笑顔で返事をするか、駆け寄ってくる。しかし今回は違った。
 窓側の椅子に座り、テレビだけを観ており、緋那の来訪にも気付いていない様子だ。

 疑問に思い、近づく。テレビではちょうど次の流星群の特集をしていた。ピークはいつか、どのあたりが見やすいかとワイドショーで専門家を招いて話している。
 そういえば、昔は星が好きだったなと思い出した。よく、暗くなると緋那の家に自転車とともに突撃してきて、「星を見に行くよ!」と引っ張り回された。
 夜空の星を見る場所も決まっていた。緋那の家から自転車で少し走ったところに少し小高い丘がある。周りより高台になっており、街のネオンが遠くに見える。木々もあるが、頂上は芝生が敷かれて、開けている。

 よくそこまで、ブルーシートを自転車に積んで星を見に行っていた。最後に行ったのはいつだったか、緋那はすぐに思い出せなかった。
 中学に上がってから、果たして行っていたのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。

「あっ、ひなた、来てたんだ」

 そこでやっと優が緋那の存在に気付いた。一瞬だけ、緋那を見るもすぐに視線はテレビの特集に映る。
 キラキラと星のように目を輝かせている優を見て、緋那の口から自然と言葉がこぼれ落ちた。

「よく行ってた丘もこの近くだろ? 医者に確認して許可もらったら行くか?」
「えっ......?」

 緋那は自分の発言に驚いた。自発的に優に提案をしたのは初めてだったんじゃないだろうか? 少し恥ずかしくなり、優から視線を逸らす。

「いいの!?」

 しかしすぐに嬉しそうな優の声に視線を戻す。そこには椅子から立ち上がり、太陽のような笑みを浮かべた優がいた。
 病室で姿を見ることが多かったが、やっぱり優には太陽が似合う。流星群とは別に医師に許可を貰って、もう少し涼しくなったら中庭への散歩に誘おうか、きっと同じように喜んでくれる。
 途中で動けなくなったら、自分が背負えばいい。

 久しぶりに、未来へ希望を持った気がした。思い立ったら、すぐに行動に起こそうと、スマホで次の流星群を調べる。8月中旬にペルセウス流星群が見頃だと発見した。
 すぐにスマホの場面を優に見せる。

「これはどうだ?」

 優は緋那からスマホを奪う勢いで覗き込む。勢いに押され、思わずスマホを優に渡す。嬉しそうに受け取ると画面をスクロールし始める。

「やっぱり! 昔よく見に行ってた流星群だよ!」
「そうだったか? 流星群なんてどれも同じだろ」
「もお、ひなたは情緒ないな」
「おい、お前にだけは言われたくないぞ?」

 馬鹿にしたように言う優に思わず、緋那は返した。そのやりとりが昔を彷彿とさせ、少し嬉しくなった。

「約束だからね! 何がなんでも先生から緋那が許可を勝ち取ってよ?」
「待って、そこの交渉も俺なのか!?」
「当たり前でしょ? 言い出しっぺの法則!」

 久しぶりに、本当に久しぶりに緋那は何も考えずに優と言葉の応酬を繰り返した。どこか懐かしく感じる。つい数ヶ月前までは当たり前だったこのやり取りが、今では優を気にして出来なくなっていた。

 ただ流星群を見に行く約束。それでも、少し昔に戻れたみたいで嬉しかった。
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