
⑥ 村田京子の場合(京都のお屋敷)
いつもの黄色いワンピースの上に、コートを羽織った京子が、国鉄京都駅の北口から出る。 するとターミナルに、出迎えの黒塗りのクラウンが来て、待ち構えていた。 祖母からは事前に聞いていた。しかし便利で助かるけど、コレに一人で乗るのは、チョット気恥ずかしい。 新年が明けたばかりの午前中ということもあり、道のりは、さほど混雑してなかった。 心配だった天候も、雪がチラチラ降る程度で、積もってはいない。 程なくして、クルマは左京区の下鴨神社近くにある、祖母宅の門前に到着した。 掲げられた「藤原」という表札も厳めしい、まるで、昔の武家屋敷のような堅牢な門である。 京子は、運転手の小室さんへお礼を言ってクルマを降りる。 と、ちょうどそこへ、使用人の坂本さんが、お使いから戻って来るところだった。 京子は、坂本さんに無理を言って、勝手口から邸内に入れてもらった。 昔からどうも、あの門は苦手である。自分の身分に不相応な感じがして、嫌だった。 そこそこ長いアプローチを歩くと、ようやく玄関にたどり着く。「こんにちは」 引き戸を開けると、目隠し替わりに置かれた、一枚板の龍の彫り物の前に、既に藤原聖子は居た。 濃緑色の留め袖を着た京子の祖母は、そこで正座をして待っていた。「いらっしゃい。京子さん」と祖母。 笑顔だが、目が笑っていない。「お久しぶりです。おばあ様。明けましておめでとうございます」 玄関に立ったまま、京子は新年の挨拶をする
「おめでとう。長旅でお疲れでしょうけど、早速こちらへいらしゃい」 そう言うとすぐに、祖母は立ち上がり、龍の彫り物の裏へスタスタ歩いて行く。 京子は慌てて、履物を脱いで揃えると、祖母の後ろからついて行った。 廊下をしばらく歩いて、右手の座敷に案内される。 そこは、二十畳ほどの和室で、既に座布団が二枚用意されていた。 祖母が床の間を背にして座り、京子は下座に座った。 二泊分の荷物は、取りあえず左側に置く。「さて、京子さん」「はい」「アナタは二泊三日で、私からチカラの使い方を学びたいのですね」「そうです。よろしくお願いいたします」「正直にいいます。そのような短期間で、チカラの使い方をマスターするのは、不可能な事です」「......でしょうね」 京子にとっては、想定内の回答である。だから嫌だったのに......。「でも、ヒントぐらいなら教えてさしあげられます」「それは......ありがとうございます」「そんなに堅くならなくて大丈夫よ。もう少し、リラックスして聞きなさい」 京子のことを不憫に思ったのか、祖母は少しだけ表情を崩す。「私も、私のおばあ様から、この話を聞きました。だから、あなたと同じです......まず、私たちのこのチカラは、隔世遺伝で、代々女系家族に伝わるものです」 それは、お母様も言っていた。「その始祖は、私たちより、何世代か前の文明で、当時のナノテクノロジーにより、作り出されました」(えっ、今、ナノ...なんて?)
「......この話は口伝なので、ところどころ、解らない言葉もあるでしょう。後でまとめて質問しなさい」 私の戸惑う様子を察して、祖母は言った。「......続けます。このチカラには、空間に存在する水分子を使うので、当然、有利な場所と時期があります......それがどこで、いつなのか、分かりますか?」 想定内の質問だった。「それは......冬の海岸ですか?」「よろしい。解っているようね」「気温が低く、冷えた海水を、波打ち際でどこまでも活用できるからです。」「そうです。"勝利条件"の高い場面です。ちなみに、夏なら琵琶湖にしなさいね」 大事な話の途中だが、どうしても、京子には引っかかることがあった。「あの、お話の途中でごめんなさい。おばあ様」「何かしら?」 祖母は、少しだけムッとする。「"勝利条件"とおしゃいましたが、私たちは、ナニかと戦うのですか?」「そうよ」 ソレが当然のように、祖母は言う。「私たちは、先祖代々戦ってきました......相手は、別のチカラを持つ異能者だったり、理不尽な圧政者だったり、異世界人や、地球外生命体だったりしました」「え、えええっ!?」 シレっと、突然、とんでもないことを言いだす御老人である。「私たちは皆、人知れず、この国の平和を守ってきた、誇るべき血筋なのです......それどころか、場合によっては、この世界、いえ、地球の平和そのものにも、何度か貢献しているのです」 京子は最早、何も言えなかった。 ただもう、後戻りが出来ないという事だけは、理解できたのだった。 ......コレが1974年の元旦のことである。

⑥ 村田京子の場合(京都のお屋敷)
いつもの黄色いワンピースの上に、コートを羽織った京子が、国鉄京都駅の北口から出る。 するとターミナルに、出迎えの黒塗りのクラウンが来て、待ち構えていた。 祖母からは事前に聞いていた。しかし便利で助かるけど、コレに一人で乗るのは、チョット気恥ずかしい。 新年が明けたばかりの午前中ということもあり、道のりは、さほど混雑してなかった。 心配だった天候も、雪がチラチラ降る程度で、積もってはいない。 程なくして、クルマは左京区の下鴨神社近くにある、祖母宅の門前に到着した。 掲げられた「藤原」という表札も厳めしい、まるで、昔の武家屋敷のような堅牢な門である。 京子は、運転手の小室さんへお礼を言ってクルマを降りる。 と、ちょうどそこへ、使用人の坂本さんが、お使いから戻って来るところだった。 京子は、坂本さんに無理を言って、勝手口から邸内に入れてもらった。 昔からどうも、あの門は苦手である。自分の身分に不相応な感じがして、嫌だった。 そこそこ長いアプローチを歩くと、ようやく玄関にたどり着く。「こんにちは」 引き戸を開けると、目隠し替わりに置かれた、一枚板の龍の彫り物の前に、既に藤原聖子は居た。 濃緑色の留め袖を着た京子の祖母は、そこで正座をして待っていた。「いらっしゃい。京子さん」と祖母。 笑顔だが、目が笑っていない。「お久しぶりです。おばあ様。明けましておめでとうございます」 玄関に立ったまま、京子は新年の挨拶をする
「おめでとう。長旅でお疲れでしょうけど、早速こちらへいらしゃい」 そう言うとすぐに、祖母は立ち上がり、龍の彫り物の裏へスタスタ歩いて行く。 京子は慌てて、履物を脱いで揃えると、祖母の後ろからついて行った。 廊下をしばらく歩いて、右手の座敷に案内される。 そこは、二十畳ほどの和室で、既に座布団が二枚用意されていた。 祖母が床の間を背にして座り、京子は下座に座った。 二泊分の荷物は、取りあえず左側に置く。「さて、京子さん」「はい」「アナタは二泊三日で、私からチカラの使い方を学びたいのですね」「そうです。よろしくお願いいたします」「正直にいいます。そのような短期間で、チカラの使い方をマスターするのは、不可能な事です」「......でしょうね」 京子にとっては、想定内の回答である。だから嫌だったのに......。「でも、ヒントぐらいなら教えてさしあげられます」「それは......ありがとうございます」「そんなに堅くならなくて大丈夫よ。もう少し、リラックスして聞きなさい」 京子のことを不憫に思ったのか、祖母は少しだけ表情を崩す。「私も、私のおばあ様から、この話を聞きました。だから、あなたと同じです......まず、私たちのこのチカラは、隔世遺伝で、代々女系家族に伝わるものです」 それは、お母様も言っていた。「その始祖は、私たちより、何世代か前の文明で、当時のナノテクノロジーにより、作り出されました」(えっ、今、ナノ...なんて?)
「......この話は口伝なので、ところどころ、解らない言葉もあるでしょう。後でまとめて質問しなさい」 私の戸惑う様子を察して、祖母は言った。「......続けます。このチカラには、空間に存在する水分子を使うので、当然、有利な場所と時期があります......それがどこで、いつなのか、分かりますか?」 想定内の質問だった。「それは......冬の海岸ですか?」「よろしい。解っているようね」「気温が低く、冷えた海水を、波打ち際でどこまでも活用できるからです。」「そうです。"勝利条件"の高い場面です。ちなみに、夏なら琵琶湖にしなさいね」 大事な話の途中だが、どうしても、京子には引っかかることがあった。「あの、お話の途中でごめんなさい。おばあ様」「何かしら?」 祖母は、少しだけムッとする。「"勝利条件"とおしゃいましたが、私たちは、ナニかと戦うのですか?」「そうよ」 ソレが当然のように、祖母は言う。「私たちは、先祖代々戦ってきました......相手は、別のチカラを持つ異能者だったり、理不尽な圧政者だったり、異世界人や、地球外生命体だったりしました」「え、えええっ!?」 シレっと、突然、とんでもないことを言いだす御老人である。「私たちは皆、人知れず、この国の平和を守ってきた、誇るべき血筋なのです......それどころか、場合によっては、この世界、いえ、地球の平和そのものにも、何度か貢献しているのです」 京子は最早、何も言えなかった。 ただもう、後戻りが出来ないという事だけは、理解できたのだった。 ......コレが1974年の元旦のことである。

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