ホーム不条識な狼の理(下)♗55
← 次の話目次前の話 →

♗55

♗55
 崖にたどり着いた。いや、土手?なんていうんだろう。垂直のような急勾配で、下まで、三階建てのベランダから覗いたぐらいの距離がある。
「両手使わないと降りられないな。誰か先に降りて、松明投げるか?にしても、この高さだと、床が濡れてないとは言い切れないな。火種が濡れるのは流石に面倒だ。」
 歩がそう言うからには多分そうなんだろう。
「ここは右固定のおれの活躍ターンだな。」
 ヒカミがカッコつけて宣言してきたけど、こいつやっぱり右のクダリ気にしてやがる。
 ヒカミは、短剣を抜き、自らの服の尻のあたりを切り始めた。
 そして、尻尾だけ外に出す。
「ほれ、火貸してみな。」
 あたしから松明を取ると、ヒカミは、松明を尻尾で掴んだ。
「んじゃ。先に降りてるぜ。」
 そのまま、尻尾で器用に松明を守りながら、土壁に体を這わせて、下まで滑り落ちて行った。
 そして、ヒカミが着地したことによって、下の土床まで松明で照らされる。
「ちょっと濡れているな。投げなくて正解だったぜ。」
 ヒカミは松明を尻尾から手に持ち替え、尻尾を揺らしている。
「すげえな。尻尾ってそんなに器用に動かせるんだな。木登りとか上手そうだな。なんかお前、より猿に近づいたな。」
「失礼な!これは猿の尻尾じゃなくて、ライオンの尻尾だ。先っぽにちゃんとポンポンがついているだろ。」
 ヒカミの尻尾の先がヒカミの顔の前でひょこひょこと動いて、アピールしてくる。本当に器用に動く尻尾だ。
 その様子を見ながら、歩も、土壁を滑り降りて、ヒカミのところへ向かう。そして、興味深く、ヒカミの尻尾を掴んでいる。
 あたしとハクスイもそれに続いた。
「ねえ。サク良い事教えてあげる。ヒカミって動揺している時、尻尾を足に巻きつける癖があるのよ。」
「うるさいぞハクスイ。余計な事吹き込むな。」
 そう言ったヒカミの尻尾が自らの足に巻きつこうとしているので、多分事実なんだと思う。
 というか、ヒカミの尻尾って普段隠しているから限定的な時しか見られない筈なのに、ハクスイはなんでこんな事知っているのだろう?
 なにかと冷静でポーカーフェイスだったヒカミに大きな弱点ができた感じだ。
 ヒカミの機嫌を取る為にも、あたしはヒカミから松明を受け取った。まあ、ちょっと荷物当番代わった程度で機嫌が直るかは微妙だけど、何もしないよりはマシってやつ。

 また、そこからしばらく歩いた。
 かなりどうでも良い話をしたと思う。本当にあたしらが平和な日常のファミレスで話すようなどうでも良い話。
 歩は貴志さんとのお付き合い経緯。わりかし甘酸っぱかった。羨ましい。あたしも恋したい。
 ハクスイはこの一年間の仕事で出会った、性癖がちょっとアレなお客さん話とか。余談だけど、あたしはこの時、聖水という専門用語を知った。歩もヒカミも普通に知っている程で聞いているけど、絶対一般教養じゃないよ。なんなら知らなくても生きていける言葉だよ。
 出したての聖水は無菌だから、あの砂漠で、本当に水がなくなったら、二人に飲ませてあげようかと思ったって、多分冗談で言っているんだろうけど、この人が言うと限りなく本気に聞こえるから怖い。

 そんなどうでも良い話に楽しみながら、ついにドアが現れた。そう。洞窟の中にドア。コンサートホールの防音ドアのような。棒みたいな取っ手を、四十五度動かしてから開けるあの鉄ドアだ。
 完全に人口的に作られた壁とドアで、向こうには部屋が作られているのだ。

「ご想像通り、この向こうに例の機械がある。まあ結局敵は入り口の三人だけだったんだ。絶対に止められないって自信があるんだろうな。」
 歩は躊躇いなく、ドアを開け、中に入り込んだ。
 あたしたちも歩に続いた。

 中は......あたしの語彙力で表現が難しい。でっかい機械。本当にでっかい機械なのはわかる。約十メートルぐらいの高さの大きな卵のような楕円の鉄製の立方体に、無数の鉄管が刺さっている。
 そんな大きな機械を目の前にして。
「常識的に考えて、刀で斬れるものではないね。」
 ぐるーっと回ってみて、電源ケーブルのような動力源を探したがそんな物はなかった。どうやって動いているんだろう。
「動力源絶つのは無理だな。中に内臓型の小型の炉がある。外部からの想定外の圧力でもない限り、一度反応をスタートさせたら止まらない。」
 何を言っているのだろう?
『ブレーキ付いてないって事?』
「そう。アクセルしかねえ。事故起こさないと止まらねえ。」
 そうやって、歩は説明してくれたけど、ヒカミは凄く嫌な顔、変な汗の匂いがする。
「炉があるって事は壊せる筈がないだろ、こっちも同じもの持ってねえと。」
 ヒカミが言う。炉ってなんだ?炉が無いと壊せない。同じものが無いと壊せない?全く分からないけど、ハクスイも何か察しているみたいで......え?何?なんの話?
「まあこれから作戦を解説する。とりあえず。向こう側の出口のドアまで移動してくれ。」
 歩に言われた通り、あたしたちは。この機械の部屋の対面側にあるドアの前まで移動した。

「歩。何で、君はこっちが出口なのも。ここが無人なのも知っているんだい?」
 確かに。ヒカミの言う通りだ。まるで歩がここの関係者みたいではないか?
 空気感に緊張が走る。緊張の汗の匂いなのに、ヒカミの尻尾は悲しそうに垂れている。
 もしかして、歩。もしかして、本当は全部嘘で、歩があたし達をここまで連れてきたのって。

「アタイがお前らを裏切ったか思うか?」
「それはない。」
 あたしは歩に対し疑念を抱いているのに、ヒカミは即答であった。その表情の意味はなに?歩の裏切りは無いと即答できるヒカミは一体?
「君が、ここの情報を知っているのは、おれたちが思った以上に大きな仕事を受けていたから。おれたちの予想を超える情報を持っていた。
 そして、その君がまだおれたちに出していない情報は、おれたちに不利益。だから隠した。違うか?」
「はは。上手いとこ突くな。やっぱお前は頭良いな。」
 歩はあたし達の為に何かを隠している?
「まあ。ほら、多くを語らなかったのは、全部伝えた後だと、ここに来るまでの道が辛気臭くなっちまうからよ。最後くらい。楽しく冒険してみたかったんだよ。アタイの個人的な弱さのせいでさ。」
「君の言う、最後ってさ。」
 ヒカミの言葉を遮って
「そうだよ。アタイは死ぬ気だよ。」

 簡単に言ったそれは空気を固めた。

 誰も。言葉を発せなかった。
 最後くらい。楽しく冒険してみたかった。
 アタイは死ぬ気だよ。
 歩は死ぬつもりで此処にきた。
シェア
前の話 →
♗54
← 次の話
♗56
不条識な狼の理(下)作者:駿河鵬命
目次を見る
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム不条識な狼の理(下)♗55
← 前の話目次次の話 →

♗55

♗55
 崖にたどり着いた。いや、土手?なんていうんだろう。垂直のような急勾配で、下まで、三階建てのベランダから覗いたぐらいの距離がある。
「両手使わないと降りられないな。誰か先に降りて、松明投げるか?にしても、この高さだと、床が濡れてないとは言い切れないな。火種が濡れるのは流石に面倒だ。」
 歩がそう言うからには多分そうなんだろう。
「ここは右固定のおれの活躍ターンだな。」
 ヒカミがカッコつけて宣言してきたけど、こいつやっぱり右のクダリ気にしてやがる。
 ヒカミは、短剣を抜き、自らの服の尻のあたりを切り始めた。
 そして、尻尾だけ外に出す。
「ほれ、火貸してみな。」
 あたしから松明を取ると、ヒカミは、松明を尻尾で掴んだ。
「んじゃ。先に降りてるぜ。」
 そのまま、尻尾で器用に松明を守りながら、土壁に体を這わせて、下まで滑り落ちて行った。
 そして、ヒカミが着地したことによって、下の土床まで松明で照らされる。
「ちょっと濡れているな。投げなくて正解だったぜ。」
 ヒカミは松明を尻尾から手に持ち替え、尻尾を揺らしている。
「すげえな。尻尾ってそんなに器用に動かせるんだな。木登りとか上手そうだな。なんかお前、より猿に近づいたな。」
「失礼な!これは猿の尻尾じゃなくて、ライオンの尻尾だ。先っぽにちゃんとポンポンがついているだろ。」
 ヒカミの尻尾の先がヒカミの顔の前でひょこひょこと動いて、アピールしてくる。本当に器用に動く尻尾だ。
 その様子を見ながら、歩も、土壁を滑り降りて、ヒカミのところへ向かう。そして、興味深く、ヒカミの尻尾を掴んでいる。
 あたしとハクスイもそれに続いた。
「ねえ。サク良い事教えてあげる。ヒカミって動揺している時、尻尾を足に巻きつける癖があるのよ。」
「うるさいぞハクスイ。余計な事吹き込むな。」
 そう言ったヒカミの尻尾が自らの足に巻きつこうとしているので、多分事実なんだと思う。
 というか、ヒカミの尻尾って普段隠しているから限定的な時しか見られない筈なのに、ハクスイはなんでこんな事知っているのだろう?
 なにかと冷静でポーカーフェイスだったヒカミに大きな弱点ができた感じだ。
 ヒカミの機嫌を取る為にも、あたしはヒカミから松明を受け取った。まあ、ちょっと荷物当番代わった程度で機嫌が直るかは微妙だけど、何もしないよりはマシってやつ。

 また、そこからしばらく歩いた。
 かなりどうでも良い話をしたと思う。本当にあたしらが平和な日常のファミレスで話すようなどうでも良い話。
 歩は貴志さんとのお付き合い経緯。わりかし甘酸っぱかった。羨ましい。あたしも恋したい。
 ハクスイはこの一年間の仕事で出会った、性癖がちょっとアレなお客さん話とか。余談だけど、あたしはこの時、聖水という専門用語を知った。歩もヒカミも普通に知っている程で聞いているけど、絶対一般教養じゃないよ。なんなら知らなくても生きていける言葉だよ。
 出したての聖水は無菌だから、あの砂漠で、本当に水がなくなったら、二人に飲ませてあげようかと思ったって、多分冗談で言っているんだろうけど、この人が言うと限りなく本気に聞こえるから怖い。

 そんなどうでも良い話に楽しみながら、ついにドアが現れた。そう。洞窟の中にドア。コンサートホールの防音ドアのような。棒みたいな取っ手を、四十五度動かしてから開けるあの鉄ドアだ。
 完全に人口的に作られた壁とドアで、向こうには部屋が作られているのだ。

「ご想像通り、この向こうに例の機械がある。まあ結局敵は入り口の三人だけだったんだ。絶対に止められないって自信があるんだろうな。」
 歩は躊躇いなく、ドアを開け、中に入り込んだ。
 あたしたちも歩に続いた。

 中は......あたしの語彙力で表現が難しい。でっかい機械。本当にでっかい機械なのはわかる。約十メートルぐらいの高さの大きな卵のような楕円の鉄製の立方体に、無数の鉄管が刺さっている。
 そんな大きな機械を目の前にして。
「常識的に考えて、刀で斬れるものではないね。」
 ぐるーっと回ってみて、電源ケーブルのような動力源を探したがそんな物はなかった。どうやって動いているんだろう。
「動力源絶つのは無理だな。中に内臓型の小型の炉がある。外部からの想定外の圧力でもない限り、一度反応をスタートさせたら止まらない。」
 何を言っているのだろう?
『ブレーキ付いてないって事?』
「そう。アクセルしかねえ。事故起こさないと止まらねえ。」
 そうやって、歩は説明してくれたけど、ヒカミは凄く嫌な顔、変な汗の匂いがする。
「炉があるって事は壊せる筈がないだろ、こっちも同じもの持ってねえと。」
 ヒカミが言う。炉ってなんだ?炉が無いと壊せない。同じものが無いと壊せない?全く分からないけど、ハクスイも何か察しているみたいで......え?何?なんの話?
「まあこれから作戦を解説する。とりあえず。向こう側の出口のドアまで移動してくれ。」
 歩に言われた通り、あたしたちは。この機械の部屋の対面側にあるドアの前まで移動した。

「歩。何で、君はこっちが出口なのも。ここが無人なのも知っているんだい?」
 確かに。ヒカミの言う通りだ。まるで歩がここの関係者みたいではないか?
 空気感に緊張が走る。緊張の汗の匂いなのに、ヒカミの尻尾は悲しそうに垂れている。
 もしかして、歩。もしかして、本当は全部嘘で、歩があたし達をここまで連れてきたのって。

「アタイがお前らを裏切ったか思うか?」
「それはない。」
 あたしは歩に対し疑念を抱いているのに、ヒカミは即答であった。その表情の意味はなに?歩の裏切りは無いと即答できるヒカミは一体?
「君が、ここの情報を知っているのは、おれたちが思った以上に大きな仕事を受けていたから。おれたちの予想を超える情報を持っていた。
 そして、その君がまだおれたちに出していない情報は、おれたちに不利益。だから隠した。違うか?」
「はは。上手いとこ突くな。やっぱお前は頭良いな。」
 歩はあたし達の為に何かを隠している?
「まあ。ほら、多くを語らなかったのは、全部伝えた後だと、ここに来るまでの道が辛気臭くなっちまうからよ。最後くらい。楽しく冒険してみたかったんだよ。アタイの個人的な弱さのせいでさ。」
「君の言う、最後ってさ。」
 ヒカミの言葉を遮って
「そうだよ。アタイは死ぬ気だよ。」

 簡単に言ったそれは空気を固めた。

 誰も。言葉を発せなかった。
 最後くらい。楽しく冒険してみたかった。
 アタイは死ぬ気だよ。
 歩は死ぬつもりで此処にきた。
シェア
← 前の話
♗54
次の話 →
♗56
不条識な狼の理(下)作者:駿河鵬命
目次
コメント0
ログインしてコメントする
まだコメントがありません