ホーム不条識な狼の理(下)♗89最終話
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♗89最終話

♗89
 とにかくあたしが、徹したことは日付の感覚を失わないことだった。
 これはあの迷路の時に歩から教わったものであった。体内時計が狂うと精神も狂う。
 あの閉鎖空間の迷路の休憩所。時計の針が回る事に、紙に印を書き足し、何日経ったかを計測した。
 あたしは、二場の遺体から、二場の身につけていた、ローブを千切り、月が昇る度に、結び目を一つずつ結って日付を計測した。
 五つ目の結び目の日に、ハクスイがこの世界に入ってきた。

 二場が死んでから、いや、これだと語弊が生じる二場を食ってから。あたしが二場を食い殺してから、この状況だ。あたしが観測者としてこの世界に縛られる事になった。
 何も状況が分からないまま、あたしは観測者としてこのゴール地点で待ち、新しくこの世界に来た人を知る。そして、この世界で死んだ魂が元の世界に還るのを見守り。怖い目や苦しい目に合う魂の絶望の声たちが、この空とここの強大な炎の集まるのをただ見つめる。
 そんな仕事。
 ここに縛られるのは、結ぶのは簡単だが解くのは難しいの結論だろうか?それはあたしの狼化も同じで、確かに今ここから人間の身体に戻るのは難しそうだ。
 元の世界の元の身体に入れば元通りかもしれないけど、じゃあどうやって戻るんだ?戻りたくても戻れないんだ。縛られているんだ。ここの塔から降りる事も出来なければあの魂たちと一緒に空に昇る事も出来ない。
 二場はこんなことを千年も続けていたのか。
 それは、きっと憂うだろう。元の世界に具現化してしまうほどに強く憂うだろう。
 一千年も続けたのに、世界の有り様は変わらない。そして、こちらの世界には、持ち込みたくなかった原子力が持ち込まれ、それの隠蔽の為にテロと宗教が動き。一人の親友、母親がそこで犠牲になって。
 結局、どこに行っても人間は、自分のことしか考えていない。自分の身の保身の為だけに動くから世界はどんどん悪くなっていく。そもそもあたしが狼になったのも、一族の身の保身だ。酷いもんだ。
 身の保身。
 思えば、ヒカミだけは違かった。一ではなく全を優先する。残酷なまでに。だから二場と分かり合える部分があったのかもしれない。
 しかし、ヒカミの最期は、全の優先では無かった。それが正しい事かどうか分からない。でもあいつの顔は本当に充実した笑顔だった。
 正しかった?の?
 考える時間は死ぬ程ある。いや死ねないからある。それこそ二場は千年死ねずにここで観測者として縛られていたのだ。馬鹿なあたしでも千年も考える時間があればキアラやヒカミみたく二場に近い思想を持つ事が出来るのだろうか。というか、千年の思考より、千年の憂いとは一体どんなものなんだろうか。
 思えば二場は随分穏やかな顔をしていたような気がする。あたしに食われて楽な筈はないのに、随分穏やかだった気が。まるでこれで全てが上手くいったとでも言いた気に満足な顔をしていた。
 そりゃ満足なのかもしれない。千年待ってやっと解放された。あたしというバトンタッチを代償に二場は解放された。じゃああたしはどうなる?これから千年いやもっとここで憂い続けるのか。
 死んだ魂の光が空に流れた。ああ可哀そうに。強盗殺人だって。ポッケの小銭だけの為にあの人はたった今路地裏で殺された。悲しいな。でもそのお陰で貴方はこちらの世界の記憶を全て失って元の日常に戻るんだ。良かったじゃないか。
 ここいると憂い以外の感情がどんどん薄れていく。
 誰かと話す事も無いからだろうけど、声も感情も褪せてく。なんなら思い出も褪せていく。こうやってずっと人の魂と感情の火を見つめているからだろうか。
 あたしがあたしとして最後に言葉を発したのっていつだっけ?

『お願い。助けて。』
「必ず助けるから。」

 はて?これはいつの声だろう。
 この感情の火の幻聴な気もする。これだけの強い感情は楽しいとか愛しているより、怖いとか助けての方が圧倒的に大きな声なんだ。
 ずっと前にそんな事話した気がする。大きな感情で魂が揺れるなら、もっと楽しいとかそういうポジティブな強い感情でなんとかならないのって。
 素敵な考えだけど。無理なんだ。
 人間の魂はネガティブの方が大きく反応する。楽しかった思い出は直ぐ褪せてしまけど、嫌な思い出は一生もんだ。
 ああ。憂う憂う。どうして人は進化しない。


 結び目が十に達した日だった。

「っしゃああああああああゴールしたぜ」
 あの懐かしい声で大声で叫ばれたのは。
 あたしがそこをみると、確かにあの二人がいた。
 嬉しそうに尻尾を揺らす、ヒカミの姿と。
 和服に刀はお馴染みだけど、髪はだいぶ短くなった、ハクスイの姿が。
『ヒカミ!ハクスイ!』
 あたしは思わず叫んで、二人の傍へ駆け寄った。
 近くで見ると、二人ともボロボロだ。
 服も所々破けて、血のシミも凄いし、ハクスイに至っては、片腕を負傷しているようで、血の滲んだ布を包帯のよう巻いている。
「ははは。よくやったろ。実質五日でクリアだぜ。最初の五日間は、おれも寝ていただけだからな。」
「本当、人生で最も濃い五日間を過ごしたよ。」
「いや、君の人生はこの五日間より、もっと濃いのがあるって。今から返してもらえるから。」
 ヒカミが意味深なことを言って、ニヤニヤする。悪巧みじゃなくて、本当に面白い事を話す時の少年のようなヒカミの顔で。
「とりあえず。説明するわ。まーこれに至っては運が味方したっていうか。おれも計算してこうなったわけじゃないんだ。結果として、本当に運が良かっただけなんだ。」
 そんな風にヒカミは結構楽しそうに言うけど、あたしには何が何だか分からない。というか、五日前にどういう経緯でハクスイが再び戻って来たのも、あたしの中では何も説明がつかない。
「最初の迷路の休憩所で、五人で自己紹介した時を覚えているか?
 あの時、ハクスイの招待状におれの名前書いたけど、何も起きなかった。
 あの招待状の効力ずっと続いていてさ。
 十日前に君が願い事を伝えて、おれとハクスイが死んだ瞬間に、ハクスイの魂は元の世界に戻って、元の肉体にあった記憶だけがある状態で元の世界で目覚める。つまり記憶のない夢でも見た感じでさ。
 おれの魂はあの時の招待状の効力で、元の3次元世界に戻れず、こっちに戻ってくる。そんなイレギュラーが起きてしまったから、こっちで死にたてのこの身体を緊急修復して、この身体にまた魂を詰め込んだ。もちろん脳も含めこのグリフォンの身体を流用しているから、記憶は全部繋がっている。まあその修復のせいで、最初の五日間寝てたんだけどな。」
 修復?
 あたしは十日前に、二場が最後、電話のように空と会話しているのを思い出した。
 イレギュラー。脳が生きているなら、修復して使い回す。
 それはヒカミの事で......おいおい。偶然とはいえ、ヒカミ。あんたって人はさ。
「だからリスタートを切ったおれは、記憶はそのままでも、通常のスタートと同じで、迷路の入り口で最初のアイテムの短剣と招待状を持って、二週目が始まった。
 全部が上手くいく作戦を思いついたから、ハクスイを招待した。」
「軽いノリで付き合わすモンじゃないでしょって、思う程度には、酷い目にあったけどね。」
 ハクスイはそう言うけど、本音で言っている感じは全然しない。後でジュース奢れよの時のそんな感じだ。
「おれが、【今ここで記憶の継承を願い】ハクスイは【失った記憶を返してもらう事を願う】
 そんで、次の周回で、おれが【観測管理人の解放とAI化を願い】ハクスイが【ここをクリアした魂は、自由にこっちの世界に出入り出来る事を願う】
 そうしたら、おれらだけでも、何度もこの世界を周回できるから、あとはなんとでもなるだろ。キアラさんと歩にも記憶を返してあげたいし。
 っても、とりあえず、次の一周が終わったら、一度元の世界に全員で帰って、卒業式出ようぜ。あとの事は後で考える。それで良いだろ。」
 確かに、それは凄い発想だし、名案だ。でも疑問が残る。
『もう一周って、どうやってまたこの世界に来るの?その三週目の願い事でやっと、自由に出入り出来るんでしょ。』
 そこで、ヒカミは指を立て、チッチと格好つけて否定してくる。
「まあ見てなって。とりあえず、三人でちゃんと卒業式出れるから、もうちょっとだけ管理人の仕事してくれ。」
 全然わからないけど、ヒカミの中では自信たっぷりのアイディアなんだろう。
「願い事を宣言する【ゴールした者は、記憶を継承したまま魂は3次元世界へと還り、元あった肉体に戻る】」
 ヒカミがそう叫ぶと、ヒカミの身体は、すーぅと半透明になっていく。
「んじゃ、また三日後ぐらいにな。」
 そう告げて、あっさりとヒカミは消えた。思ったより早い。本当にすぐ消えた。まあ、こっちの世界の一日が向こうの世界での一分だから、わりかしスピーディな処理は要求されているんだろうけど。それにしても一瞬すぎる。
 え?これで良いの?
『ねえハクスイ。これで大丈夫なの?』
「ああ。うん。全部ヒカミの作戦通り。」
 ハクスイも状況をわかっているようで、冷静に、刀を抜く。
 え?なぜ抜刀?どうして今抜刀するの?
「先にこっちを書いてからじゃないと、願い事言った瞬間に多分私戻る羽目になりそうだからね。」
 そんな事を言いながら、ハクスイは至って冷静に、刀で自らの手首を切る。
 うう。痛そ。
 ボタボタ落ちる出血を御構い無しに、刀を鞘に収めて、今度はその血を拭って、紙に何か文字を書き始める。その紙って
『招待状......』
「そういう事。これで、ヒカミを招待して、私は願い事を言って、失った記憶も取り戻し、ヒカミの願いで継承可能となった記憶を持ったまま、一度元の世界に戻る。
 そして、ヒカミに再び招待してもらって、三週目をクリアする。」
 何だか。この瞬間笑ってしまった。
 最初のキアラが提唱した願い事の続き。全員が元の世界に帰れるだけじゃなくて、将来的には歩にもキアラにも記憶を返した上で、歩に至ってはどっちの世界で生きるのか選択できる仕様。こんなこと思いつかなかった。完全に綺麗なハッピーエンドの形だ。
 ヒカミ。凄いよ。
 あたし、全部巻き込まれて、ちょっと不貞腐れていたのに、なんだよあいつ。天才だよ。
 そして、ハクスイは血文字で〔田中ヒカミ〕と書き終える。何も知らなければただの特級呪物である。
「願い事を宣言する。【私、白水京香が奪われたすべての記憶の返還を願う。】」
 ハクスイがそう言うと、直後、ハクスイは、目の色を変えて、倒れるように座り込んだ。
 その状況を見てすぐに察した。ああ。思い出したんだ。あの一年二ヶ月を。
 あたしとヒカミと過ごした日々だけじゃなくて、歩と......
「亜美さん......」
 そんなハクスイの涙ぐんだ声とともに、ハクスイも消えて言った。


 つい数秒前まで騒がしかったここは、また何もない屋上となった。
 また一人になっちゃった。
 暇だな。あと、三日で来るってヒカミは宣言していたけど、ははははは。
『ヒカミ。やっぱ凄いよ。』
 得体の知れない二場三命と名乗ったあいつ。得体知れなすぎて、怖かった。人間はそうだ。未知のものはいつだって怖い。
 勝てるはずのない圧倒的な差。どれほどの差かもわからない未知なる存在。
 そんな人が創り出したこの世界。
 それを出し抜いた。ヒカミは出し抜いた。本人は運が良かったって言っているけど。
『運だとしても、その運まで味方に出来るのは、ヒカミだからだよ。』
 そんなめちゃくちゃな状況でも絶対に着いてきてくれるハクスイ。
『ありがとう。』
 助けに来てくれて、諦めないでくれて、信頼してくれて。

 ねえ二場。
 あたしらみたいな人間がいる限り、まだ捨てたもんじゃないよ。

 感情の火で巻かれた夜空は今日も流星群のように美しかった。

  (了)

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あとがきと謝辞
不条識な狼の理(下)作者:駿河鵬命
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 とにかくあたしが、徹したことは日付の感覚を失わないことだった。
 これはあの迷路の時に歩から教わったものであった。体内時計が狂うと精神も狂う。
 あの閉鎖空間の迷路の休憩所。時計の針が回る事に、紙に印を書き足し、何日経ったかを計測した。
 あたしは、二場の遺体から、二場の身につけていた、ローブを千切り、月が昇る度に、結び目を一つずつ結って日付を計測した。
 五つ目の結び目の日に、ハクスイがこの世界に入ってきた。

 二場が死んでから、いや、これだと語弊が生じる二場を食ってから。あたしが二場を食い殺してから、この状況だ。あたしが観測者としてこの世界に縛られる事になった。
 何も状況が分からないまま、あたしは観測者としてこのゴール地点で待ち、新しくこの世界に来た人を知る。そして、この世界で死んだ魂が元の世界に還るのを見守り。怖い目や苦しい目に合う魂の絶望の声たちが、この空とここの強大な炎の集まるのをただ見つめる。
 そんな仕事。
 ここに縛られるのは、結ぶのは簡単だが解くのは難しいの結論だろうか?それはあたしの狼化も同じで、確かに今ここから人間の身体に戻るのは難しそうだ。
 元の世界の元の身体に入れば元通りかもしれないけど、じゃあどうやって戻るんだ?戻りたくても戻れないんだ。縛られているんだ。ここの塔から降りる事も出来なければあの魂たちと一緒に空に昇る事も出来ない。
 二場はこんなことを千年も続けていたのか。
 それは、きっと憂うだろう。元の世界に具現化してしまうほどに強く憂うだろう。
 一千年も続けたのに、世界の有り様は変わらない。そして、こちらの世界には、持ち込みたくなかった原子力が持ち込まれ、それの隠蔽の為にテロと宗教が動き。一人の親友、母親がそこで犠牲になって。
 結局、どこに行っても人間は、自分のことしか考えていない。自分の身の保身の為だけに動くから世界はどんどん悪くなっていく。そもそもあたしが狼になったのも、一族の身の保身だ。酷いもんだ。
 身の保身。
 思えば、ヒカミだけは違かった。一ではなく全を優先する。残酷なまでに。だから二場と分かり合える部分があったのかもしれない。
 しかし、ヒカミの最期は、全の優先では無かった。それが正しい事かどうか分からない。でもあいつの顔は本当に充実した笑顔だった。
 正しかった?の?
 考える時間は死ぬ程ある。いや死ねないからある。それこそ二場は千年死ねずにここで観測者として縛られていたのだ。馬鹿なあたしでも千年も考える時間があればキアラやヒカミみたく二場に近い思想を持つ事が出来るのだろうか。というか、千年の思考より、千年の憂いとは一体どんなものなんだろうか。
 思えば二場は随分穏やかな顔をしていたような気がする。あたしに食われて楽な筈はないのに、随分穏やかだった気が。まるでこれで全てが上手くいったとでも言いた気に満足な顔をしていた。
 そりゃ満足なのかもしれない。千年待ってやっと解放された。あたしというバトンタッチを代償に二場は解放された。じゃああたしはどうなる?これから千年いやもっとここで憂い続けるのか。
 死んだ魂の光が空に流れた。ああ可哀そうに。強盗殺人だって。ポッケの小銭だけの為にあの人はたった今路地裏で殺された。悲しいな。でもそのお陰で貴方はこちらの世界の記憶を全て失って元の日常に戻るんだ。良かったじゃないか。
 ここいると憂い以外の感情がどんどん薄れていく。
 誰かと話す事も無いからだろうけど、声も感情も褪せてく。なんなら思い出も褪せていく。こうやってずっと人の魂と感情の火を見つめているからだろうか。
 あたしがあたしとして最後に言葉を発したのっていつだっけ?

『お願い。助けて。』
「必ず助けるから。」

 はて?これはいつの声だろう。
 この感情の火の幻聴な気もする。これだけの強い感情は楽しいとか愛しているより、怖いとか助けての方が圧倒的に大きな声なんだ。
 ずっと前にそんな事話した気がする。大きな感情で魂が揺れるなら、もっと楽しいとかそういうポジティブな強い感情でなんとかならないのって。
 素敵な考えだけど。無理なんだ。
 人間の魂はネガティブの方が大きく反応する。楽しかった思い出は直ぐ褪せてしまけど、嫌な思い出は一生もんだ。
 ああ。憂う憂う。どうして人は進化しない。


 結び目が十に達した日だった。

「っしゃああああああああゴールしたぜ」
 あの懐かしい声で大声で叫ばれたのは。
 あたしがそこをみると、確かにあの二人がいた。
 嬉しそうに尻尾を揺らす、ヒカミの姿と。
 和服に刀はお馴染みだけど、髪はだいぶ短くなった、ハクスイの姿が。
『ヒカミ!ハクスイ!』
 あたしは思わず叫んで、二人の傍へ駆け寄った。
 近くで見ると、二人ともボロボロだ。
 服も所々破けて、血のシミも凄いし、ハクスイに至っては、片腕を負傷しているようで、血の滲んだ布を包帯のよう巻いている。
「ははは。よくやったろ。実質五日でクリアだぜ。最初の五日間は、おれも寝ていただけだからな。」
「本当、人生で最も濃い五日間を過ごしたよ。」
「いや、君の人生はこの五日間より、もっと濃いのがあるって。今から返してもらえるから。」
 ヒカミが意味深なことを言って、ニヤニヤする。悪巧みじゃなくて、本当に面白い事を話す時の少年のようなヒカミの顔で。
「とりあえず。説明するわ。まーこれに至っては運が味方したっていうか。おれも計算してこうなったわけじゃないんだ。結果として、本当に運が良かっただけなんだ。」
 そんな風にヒカミは結構楽しそうに言うけど、あたしには何が何だか分からない。というか、五日前にどういう経緯でハクスイが再び戻って来たのも、あたしの中では何も説明がつかない。
「最初の迷路の休憩所で、五人で自己紹介した時を覚えているか?
 あの時、ハクスイの招待状におれの名前書いたけど、何も起きなかった。
 あの招待状の効力ずっと続いていてさ。
 十日前に君が願い事を伝えて、おれとハクスイが死んだ瞬間に、ハクスイの魂は元の世界に戻って、元の肉体にあった記憶だけがある状態で元の世界で目覚める。つまり記憶のない夢でも見た感じでさ。
 おれの魂はあの時の招待状の効力で、元の3次元世界に戻れず、こっちに戻ってくる。そんなイレギュラーが起きてしまったから、こっちで死にたてのこの身体を緊急修復して、この身体にまた魂を詰め込んだ。もちろん脳も含めこのグリフォンの身体を流用しているから、記憶は全部繋がっている。まあその修復のせいで、最初の五日間寝てたんだけどな。」
 修復?
 あたしは十日前に、二場が最後、電話のように空と会話しているのを思い出した。
 イレギュラー。脳が生きているなら、修復して使い回す。
 それはヒカミの事で......おいおい。偶然とはいえ、ヒカミ。あんたって人はさ。
「だからリスタートを切ったおれは、記憶はそのままでも、通常のスタートと同じで、迷路の入り口で最初のアイテムの短剣と招待状を持って、二週目が始まった。
 全部が上手くいく作戦を思いついたから、ハクスイを招待した。」
「軽いノリで付き合わすモンじゃないでしょって、思う程度には、酷い目にあったけどね。」
 ハクスイはそう言うけど、本音で言っている感じは全然しない。後でジュース奢れよの時のそんな感じだ。
「おれが、【今ここで記憶の継承を願い】ハクスイは【失った記憶を返してもらう事を願う】
 そんで、次の周回で、おれが【観測管理人の解放とAI化を願い】ハクスイが【ここをクリアした魂は、自由にこっちの世界に出入り出来る事を願う】
 そうしたら、おれらだけでも、何度もこの世界を周回できるから、あとはなんとでもなるだろ。キアラさんと歩にも記憶を返してあげたいし。
 っても、とりあえず、次の一周が終わったら、一度元の世界に全員で帰って、卒業式出ようぜ。あとの事は後で考える。それで良いだろ。」
 確かに、それは凄い発想だし、名案だ。でも疑問が残る。
『もう一周って、どうやってまたこの世界に来るの?その三週目の願い事でやっと、自由に出入り出来るんでしょ。』
 そこで、ヒカミは指を立て、チッチと格好つけて否定してくる。
「まあ見てなって。とりあえず、三人でちゃんと卒業式出れるから、もうちょっとだけ管理人の仕事してくれ。」
 全然わからないけど、ヒカミの中では自信たっぷりのアイディアなんだろう。
「願い事を宣言する【ゴールした者は、記憶を継承したまま魂は3次元世界へと還り、元あった肉体に戻る】」
 ヒカミがそう叫ぶと、ヒカミの身体は、すーぅと半透明になっていく。
「んじゃ、また三日後ぐらいにな。」
 そう告げて、あっさりとヒカミは消えた。思ったより早い。本当にすぐ消えた。まあ、こっちの世界の一日が向こうの世界での一分だから、わりかしスピーディな処理は要求されているんだろうけど。それにしても一瞬すぎる。
 え?これで良いの?
『ねえハクスイ。これで大丈夫なの?』
「ああ。うん。全部ヒカミの作戦通り。」
 ハクスイも状況をわかっているようで、冷静に、刀を抜く。
 え?なぜ抜刀?どうして今抜刀するの?
「先にこっちを書いてからじゃないと、願い事言った瞬間に多分私戻る羽目になりそうだからね。」
 そんな事を言いながら、ハクスイは至って冷静に、刀で自らの手首を切る。
 うう。痛そ。
 ボタボタ落ちる出血を御構い無しに、刀を鞘に収めて、今度はその血を拭って、紙に何か文字を書き始める。その紙って
『招待状......』
「そういう事。これで、ヒカミを招待して、私は願い事を言って、失った記憶も取り戻し、ヒカミの願いで継承可能となった記憶を持ったまま、一度元の世界に戻る。
 そして、ヒカミに再び招待してもらって、三週目をクリアする。」
 何だか。この瞬間笑ってしまった。
 最初のキアラが提唱した願い事の続き。全員が元の世界に帰れるだけじゃなくて、将来的には歩にもキアラにも記憶を返した上で、歩に至ってはどっちの世界で生きるのか選択できる仕様。こんなこと思いつかなかった。完全に綺麗なハッピーエンドの形だ。
 ヒカミ。凄いよ。
 あたし、全部巻き込まれて、ちょっと不貞腐れていたのに、なんだよあいつ。天才だよ。
 そして、ハクスイは血文字で〔田中ヒカミ〕と書き終える。何も知らなければただの特級呪物である。
「願い事を宣言する。【私、白水京香が奪われたすべての記憶の返還を願う。】」
 ハクスイがそう言うと、直後、ハクスイは、目の色を変えて、倒れるように座り込んだ。
 その状況を見てすぐに察した。ああ。思い出したんだ。あの一年二ヶ月を。
 あたしとヒカミと過ごした日々だけじゃなくて、歩と......
「亜美さん......」
 そんなハクスイの涙ぐんだ声とともに、ハクスイも消えて言った。


 つい数秒前まで騒がしかったここは、また何もない屋上となった。
 また一人になっちゃった。
 暇だな。あと、三日で来るってヒカミは宣言していたけど、ははははは。
『ヒカミ。やっぱ凄いよ。』
 得体の知れない二場三命と名乗ったあいつ。得体知れなすぎて、怖かった。人間はそうだ。未知のものはいつだって怖い。
 勝てるはずのない圧倒的な差。どれほどの差かもわからない未知なる存在。
 そんな人が創り出したこの世界。
 それを出し抜いた。ヒカミは出し抜いた。本人は運が良かったって言っているけど。
『運だとしても、その運まで味方に出来るのは、ヒカミだからだよ。』
 そんなめちゃくちゃな状況でも絶対に着いてきてくれるハクスイ。
『ありがとう。』
 助けに来てくれて、諦めないでくれて、信頼してくれて。

 ねえ二場。
 あたしらみたいな人間がいる限り、まだ捨てたもんじゃないよ。

 感情の火で巻かれた夜空は今日も流星群のように美しかった。

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