♗88
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走った。
ひたすら走って、駆け上がった。
馬鹿みたいに永遠に続く階段を、早く出来るだけ、早く二場に辿り着くように。
多分。ヒカミともハクスイとも、もうこの世界では会えない気がする。それなのに、ヒカミはやり切ったように満足した顔であたしを送り出した。
そうだ。あっちの仕事はヒカミの分だ。ならあたしはあたしが担当する方をなんとかして全うしないと。
二場をぶん殴って、
【こちらの3.5次元上で死亡した、全ての魂は3次元世界へと還り、元あった肉体に戻る】
大丈夫。覚えた。これだけはちゃんと覚えている。これを間違えないで言う。そして、記憶は持ち帰れなくとも、この世界で亡くなった人々は元の3次元へ帰る。
この世界は、長い夢だったことになる。
では、歩の息子や貴志さんは......?
いや。それはいい。余計なことは考えない。今はあたししかいない。あたしがゴールしないと。
どれくらい走ったのか、もう自分でもよくわからない。
足はガッタガタだし。呼吸もまるでマラソンの後のようで、気力だけで一定保っている。
そして、やっと当たった壁。いやドア。辿りついたその鉄壁のドアはあたしの体温とは正反対に冷たくて。
あたしはそのドアを開けて、その先のへと足を踏み入れた。
その瞬間。どっと疲れで、身体が前に傾く。
あっ、これは倒れてしまう。そう思った瞬間に、ふっと身体が浮く。いやなんだろう。誰かに持ち上げられる感じ
「おいおい。あと少しだろ。クタバんなよ。」
歩の声。
「樫山さん。体力には自信ある。体力にしか自信がないって言ってたじゃないですか。」
キアラの声。
そして、両側から、それぞれあたしに肩を貸してくれる、ヒカミとハクスイの姿が。
ヒカミとハクスイに支えられていると認識した瞬間、その二人の姿はふっと消えて、あたしの横を赤い炎と、青い炎がスーッと通り過ぎていった。
炎を目で追った先には、さらに大きな炎が焚かれていた。
炎って言ってもただの火じゃなくて、無数の虹色をした、火が舞い上がり火は筋となり空へと続いている。
そうだ。あたしは知っている。あの火の意味を知っている。過去何度も見てきた。
「樫山さくら。君にはあの魂と感情の具現が視えるのだろう?
普通の人にはここは夜空の屋上にしか見えないのだが、私達のような視える体質の者には、ここはこうやって明るく視える。」
いつの間にか、相変わらず死神衣装の二場三命はあたしの隣に立ち、あの炎の筋を見つめながら言った。
あたしは二場の方を向き、正面から顔を覗き込んだ。
赤髪の、赤目、しかしなぜか片目しかない、二場の姿を見て、真っ先に伝えないといけない言葉を言った。
『願い事を宣言する。
【こちらの3.5次元上で死亡した、全ての魂は3次元世界へと還り、元あった肉体に戻る】
これが願いだ。早く叶えろ。』
この世界死んだ魂は、未だに元の3次元世界では、魂を失った植物人間になったままだ。出来るだけ早く願いを叶えてもらって、3次元世界に魂を戻す必要があった。まだ死んでないから、いつか絶対目覚めると待ってくれている人の為に。
「ほう。賢いな。」
二場がそう漏らすのと同時であった。
あの空へと続く炎の筋が、無数に分断され、一つずつ独立して散っていくのは。
「神は、君の願いを受け入れたようだな。」
神......?
『なんなの?あの炎が、神様なの?』
「まあ便宜上は、頭の悪い君にもわかる様に説明するからちょっと待て。」
あたしをよそに、二場は空を見て喋り始める。まるで、電話でもしているかの様に。
「イレギュラー?知らんよ。そんなの私が書いたコードでは無かろう。というか、何故そんな......?ああそうか。成る程。出し抜かれたな。仕方ないルールだ。参加者をルールで縛る以上。我々もルールに縛られる。脳が使えるんだろ。じゃあその身体を修復してそのまま使えば良い。あとは一般で入ってくる魂と同じ扱いだ。初期アイテム?また短剣でも与えておけ。」
そして、電話を切ったかのような感じで、空との会話を済ませ、満足そうに微笑みながら、あたしを見る。
「予想外だよ。そもそも、君がここに辿りつくのも予想外だ。もともと白水京香のゴールはないだろうと思ってはいたが、柴川希菜実か田中ヒカミがゴールするだろうと予想していたのだ。それをノーマークだった君がゴールするなんてな。
やはり、私の思い通りにはいかない。私は神にはなれない。」
確かに、あたしは主人公キャラじゃないけどさ。堂々と全否定しすぎでしょ。
『ねえアンタ、自分は神になれないとか、あの火が神だとか一体何なの?あたしはキアラやヒカミじゃないんだから、そんなぼやいても何も察してあげられないよ。』
どういうワケだか、二場に対して無性にイライラする。勿体振らないで早くわかりやすく言えよって。
「まあ。宇宙の形というのは、人間の脳神経の形と同じ形をしている。
思う力は形となり意志を宿す。
神は君たちだ。
君たち一つ一つが神であり宇宙である。」
本当に、全然言っている意味がわからない。
「もっと具体的に話そうか。
君にはあの火が見えただろう。あの火は人間の魂と、強い感情のエネルギーが具現化したものだ。
強い感情というのは、君もこの世界で身をもって学んだと思うが負の感情のほうが圧倒的だな。怖いとか、死にたくないとか。あとは誰かを守りたい。救いたいという感情も強く育ちやすいな。
この世界で死んだ魂はあの空へ続く魂と感情の筋に巻き込まれ、空と此処を行き来していた。
ゴール特典で、何でも願い事を叶えるというのは、あの魂と感情の火を使って起こすものだ。
だから何でも叶えるとは言っているが、例えば、君の願いが【元の3次元世界で死んだ魂を全部生き返らせたい】とかだったら、無理だ。あの火の量じゃ圧倒的に、3次元世界の魂を再構築するだけのエネルギーが足りない。
しかし、君の今回の願い【こちらの3.5次元上で死亡した、全ての魂は3次元世界へと還り、元あった肉体に戻る】これは実質、目の前にある、あの火の解放だ。
よって、魂の火は返すから、魂の火を使って願いは起こせないが、あの魂の火を返すぐらいの動作なら、残りの感情の火だけでも十分作動する。
ほら。あの火はどんどん3次元世界へと還っていく。」
二場がそう言いながら、見つめる空には、確かに美しいとしか言えない、無数の火が様々な色で、まるで花火の筋のように、四方八方へと散っていく。
花火?いや?
『流星群。』
この表現が一番近い。
「だから言ったろ。宇宙そのものが人間だ。人間そのものが宇宙だ。人間はいつか宇宙の一部だと理解して概念へと進化する。くだらねえ争いで時間を無駄遣いするな。じゃねえ。これが本来の美しき人間のあるべき姿だ。」
流星群が、本来人間のあるべき姿?美しき姿?
『ねえ。あたしにはよくわかんないんだけど、その、人間を流星群みたくするのがあんたの目的?』
「平たく言えばな。まだ大した回数、転生していない君の魂じゃあ、まだ理解できない話だとは思うが。」
ああ多分、あたしの代わりにヒカミだったら、もう少し二場とまともな会話が出来たのだろう。
やっぱりあたしには二場の言っている事がよくわからない。
わかった事といえば、キアラが言っていたように、二場の目的は、人間を概念と進化させる為にこの世界を創ったというクダリくらいだ。人間は宇宙だとか意味不明な事を大真面目に言うような人間だ。その動機も、このシステムで人の魂を測定しているのも嘘じゃないんだと思う。
しかしまあ。無性にイライラする。あたしには理解出来ない事をベラベラ喋り続けているせいか。なんだか腹の底からの嫌悪感が湧いてくる。なんだか食い殺してやりたいような。
「そうだ。折角会えたんだ。君の狼の話を教えてあげよう。
木皿亜美から聞いたのだろう?私が過去に書いた短編集【狼画】に収録された狼の章の話。」
だから何?
「お察しの通り。私は元の世界の時間軸で、約40年前にあの話を書いている。
呪いというのは厄介だ。かける事より解く事のほうが難しい。量子や紐と同じだ。結ぶのは簡単だが、解く為にはその倍以上のエネルギーを要する。
君がそれを解く為にはあと何が必要だと思う?
さあ。話をまとめようか。
君が招待状無しで、この3.5次元世界に来てしまったのは、元の3次元世界で寝ている私の肉体の憂いの黒い煙の念を視てしまったせいだ。
こちら世界で通用するのは常識ではなく条理だ。
条理に基づき、君の呪いは発動する。
例によって、佐竹の悪戯で早めに発動はしたが、遅かれ早かれ君はこっちの世界では狼になる条理だ。さあ、ここから先どうやって覆す?」
二場は笑いながら聞いて来る。この状況を腹の底から楽しんでいるような面で。
あたしはその二場の面に心底の嫌悪感と、腹の底から湧いた苛立ちを抑え切れず、そのまま、二場の顔面をぶん殴った。
ヒカミより小さい、二場の体躯は、綺麗に吹っ飛び三メートルぐらい向こうで仰向けに二場は倒れた。
殴った瞬間に思い出した。そうだ。一発殴っておいてってヒカミに頼まれていたんだ。
でも今のこの一発って本当にヒカミに頼まれた一発?いや、どちらかと言えば、あたしが本気で腹立って咄嗟にやってしまった感はある。そのくらい腹が立って、苛々して、
喰い殺してえ
と。そんな感情が沸々と止めどなく。
あたしは倒れている二場に、馬乗りになり、顔面に二発目の殴打を食らわせてしまった。
二場の顔は鼻血で塗れて、随分惨めな面だが、二場は尚も笑い続けて言った。
「上。見てみなよ。」
上?言われるがまま、あたしは空を見上げた。
満月。
あの火で気付かなかった、夜空。そして。満月。
直後。あの満月に目を取られたまま、自分の血が逆流しているような妙な錯覚に陥る。
心臓の鼓動は速く、大きく、指先から震え、呼吸は湿っぽく。体内が熱くなってくる。まるで高熱の時のように怠く、頭はぼうっとしてくる。ただ、そんな身体がバグってる状況下で、一つだけ、正しく機能する感情があった。
空腹。
口の中に、唾液が溜まって、口元の端から漏れ出ているのがわかる。腹減った。とにかく腹減った。どうにもこうにも途轍も無い空腹。
知ってる。この感覚をあたしは知っている。毎月経験してきたじゃ無いか。その度に死体を貪り食っていたじゃないか?
爪を食い込ませ、二場の腕から、まず歯を立てた。肉を食いちぎり、血が広がる。床にも、顔にも、視界にも。
口の中にも何度も味わった、あの鉄の味の奥に、酸味のある人肉独特の味が広がって、咀嚼する。
二場は暴れもしなかったし、叫びもしなかった。たまに呻き声は聞こえたが、まるで、喰われる事を望んでいたかのように、抵抗せず、痛みに耐えるように苦しそうに、呻き荒い呼吸音を立てる。
なぜこうも、大人しく喰われるのか?
少しは疑問に思うし問いただしてみたい気もするが、今はあたしの空腹を満たす方が優先だ。二場が黙って、耐えるようにあたしも、黙って咀嚼を続ける。
「......っは、ああっ、管理人はぁ......自らの意思で......死ね......ない。
殺したら......どうなるか。」
うるせえ。
二場が苦しそうにうだうだ言っていたが、あたしは二場の身体を食い続けた。