第二話:熱い情念の選択
三日後、藩の役人が蔵照寺を訪れた。埃っぽい日の光が差し込む本堂に、彼らの足音が無遠慮に響き渡る。
「この寺は、三日後に取り壊す。仏像、仏具はすべて引き渡すこと。僧侶は還俗せよ」
役人は、まるで石ころでも蹴飛ばすかのような、感情のない声で告げた。彼らが去った後、本堂には埃が舞う光の筋と、死んだような沈黙だけが残された。
三日。
慈雲は本堂の畳に座り込んだ。畳の古びた匂いが鼻につく。彼は仏を睨みつけた。
「何故、あなたは沈黙しているのですか? 何故、この二百年の信仰は、この一藩の力にすら勝てないほど、脆かったのですか—」
怒りは、すぐに途方もない無力感に変わる。このままでは、父から受け継いだ全てが、自分一代で塵となる。
夕方、檀家たちが次々と訪ねてきた。その顔は、恐怖と諦めに満ちていた。誰もが互いに視線を合わせようとせず、ただ畳のささくれた縁を見つめている。
五兵衛という名の農夫は、震える声で訴えた。その手は、膝の上で固く握りしめられ、節くれだった指が白くなっていた。
「藩に逆ろたら、わっぜ怖か。子どもたちにまで災いが及ぶ。わいどもは生きてかにゃならん。それに、寺の鐘や金具は、お国のために、大砲になるちゅう話じゃ」
彼の恐怖は、仏への信仰よりも、家族を路頭に迷わせることへの現実的な恐怖が勝っていた。そして、その恐怖を「お国のため」という大義名分で必死に正当化しようとしている、痛々しい自己弁護が透けて見えた。
慈雲は、昼間に見た庄屋の源蔵の顔を思い出していた。
源蔵は、命令が下る前に寺に来た。藩からの圧力を避けるため、率先して金箔の施された小さな仏像と紫の房のついた立派な数珠を差し出したのだ。
「藩から言われる前に、わいの家の分は清算しておきたか」
源蔵の表情には悲しみはなく、清々しいほどの合理的判断が浮かんでいた。
檀家たちが去り、弥助だけが最後に残った。
「和尚どん。一つだけでん、残せんもんけ」
弥助の言葉は、囁きのような、それでいて固い響きを持っていた。
「残す、ですか?」
「本尊は無理じゃろ。じゃっどん、あん観音どんなら」
慈雲は息を呑んだ。口の中がカラカラに乾いた。弥助の言葉は、源蔵の冷たい合理的判断とは対極にある、熱い情念に裏打ちされていた。
「構わんごわす」
弥助は言い切った。
「いっか、また手ば合わせっ日が来っかもしれもはん」
その言葉は、一筋の熱い希望となって慈雲の胸を貫いた。仏は、瓦礫の中ではなく、人の心と土の下に逃れ、生き延びるのだと。