ホーム歴史の静寂〜百五十年目の微笑〜第一話:鐘の音の虚無
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第一話:鐘の音の虚無

明治の世。 薩摩では、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れていた。 寺が壊され、仏像が捨てられ、長く続いてきた祈りが消えていく。 その波は、静かな村・桐ヶ谷にも迫っていた。
 夜明けの鐘をく。
 ゴォォン...。腹の底まで揺さぶるような重く低い音が、まだ薄闇に沈む村の家々へと、まるで命を注ぎ込むかのように広がっていく。この鐘の音こそが、薩摩の小さな村、桐ヶ谷きりがたにの秩序そのものであった。鐘が鳴らねば、鶏も鳴かず、人も起きぬ。だが、最近はその音に、どこか空虚な響きが混じっているように慈雲じうんには感じられた。まるで、撞木しゅもくが鐘の肌を滑り、魂まで届いていないかのような、虚ろな残響。

 慈雲は撞木しゅもくを手放すと、手のひらに残る振動の余韻を感じながら、本堂へと向かった。
 本堂に安置された阿弥陀如来あみだにょらい像の前で、朝の勤行ごんぎょうを始める。読経どきょうの声だけが、静かな堂内に満ちてゆく。仏の顔は二百年以上、変わらぬ穏やかな微笑みで慈雲を見下ろしている。それは父の代より遥か昔からこの地に根を張ってきた祈りそのものだった。

 勤行を終え、境内けいだいを掃く。乾燥した落ち葉が竹箒たけぼうきに擦れる乾いた音が響く。空は深く、秋の気配が濃くなってきた。

 午前中、檀家だんか弥助やすけが、息を切らして駆け込んできた。顔には長年の畑仕事で刻まれた深い皺が、恐怖でさらに深くえぐられている。土色の顔から血の気が失せ、カサカサに乾いた唇が小さく震えていた。
「和尚どん...!」
 弥助の声は、乾いた喉から無理やり絞り出したような、かすれた音だった。
「隣ん村ん寺が、昨日、取っ壊されたっちゅうごわす」
 慈雲の手が止まった。竹箒から滑り落ちた一本の小枝が、カラカラと乾いた音を立てて地面を転がる。その小さな音が、やけに大きく耳に響いた。
「とうとう、この辺りにも来たんですね」
「ほんのこつじゃ。藩からん命令で。仏さんもきょうも、みんな火の匂いと一緒に焼かれたっちゅうごわんど。鼻を突く煙の匂いが、風に乗ってここまで届いたち言う者もおる。薩摩では、藩命は神の言葉ごたる。逆らうち、命を捨てると同じごわす。一向宗いっこうしゅうの者たちがどんな目に遭ったか、わいらは知っとる」

 明治になり、政府は神仏分離しんぶつぶんりを打ち出した。薩摩では、藩の力が強く、寺は元々土地も力も持たない。この地では仏教は、音もなく消えてゆく運命にあるのかもしれなかった。
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第二話:熱い情念の選択
歴史の静寂〜百五十年目の微笑〜作者:須藤
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明治の世。 薩摩では、廃仏毀釈の嵐が吹き荒れていた。 寺が壊され、仏像が捨てられ、長く続いてきた祈りが消えていく。 その波は、静かな村・桐ヶ谷にも迫っていた。
 夜明けの鐘をく。
 ゴォォン...。腹の底まで揺さぶるような重く低い音が、まだ薄闇に沈む村の家々へと、まるで命を注ぎ込むかのように広がっていく。この鐘の音こそが、薩摩の小さな村、桐ヶ谷きりがたにの秩序そのものであった。鐘が鳴らねば、鶏も鳴かず、人も起きぬ。だが、最近はその音に、どこか空虚な響きが混じっているように慈雲じうんには感じられた。まるで、撞木しゅもくが鐘の肌を滑り、魂まで届いていないかのような、虚ろな残響。

 慈雲は撞木しゅもくを手放すと、手のひらに残る振動の余韻を感じながら、本堂へと向かった。
 本堂に安置された阿弥陀如来あみだにょらい像の前で、朝の勤行ごんぎょうを始める。読経どきょうの声だけが、静かな堂内に満ちてゆく。仏の顔は二百年以上、変わらぬ穏やかな微笑みで慈雲を見下ろしている。それは父の代より遥か昔からこの地に根を張ってきた祈りそのものだった。

 勤行を終え、境内けいだいを掃く。乾燥した落ち葉が竹箒たけぼうきに擦れる乾いた音が響く。空は深く、秋の気配が濃くなってきた。

 午前中、檀家だんか弥助やすけが、息を切らして駆け込んできた。顔には長年の畑仕事で刻まれた深い皺が、恐怖でさらに深くえぐられている。土色の顔から血の気が失せ、カサカサに乾いた唇が小さく震えていた。
「和尚どん...!」
 弥助の声は、乾いた喉から無理やり絞り出したような、かすれた音だった。
「隣ん村ん寺が、昨日、取っ壊されたっちゅうごわす」
 慈雲の手が止まった。竹箒から滑り落ちた一本の小枝が、カラカラと乾いた音を立てて地面を転がる。その小さな音が、やけに大きく耳に響いた。
「とうとう、この辺りにも来たんですね」
「ほんのこつじゃ。藩からん命令で。仏さんもきょうも、みんな火の匂いと一緒に焼かれたっちゅうごわんど。鼻を突く煙の匂いが、風に乗ってここまで届いたち言う者もおる。薩摩では、藩命は神の言葉ごたる。逆らうち、命を捨てると同じごわす。一向宗いっこうしゅうの者たちがどんな目に遭ったか、わいらは知っとる」

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