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師匠と遺産、バロン西の影

​第4話:師匠と遺産、バロン西の影
​ 夜のガレージに、安物の缶コーヒーの匂いが漂っていた。
​ 御厨(みくりや)鉄雄と名乗った男は、ウラヌスの錆びついたフレームを指先で撫でながら、何かを確かめるように目を細めた。懐かしむというより――この機体が、まだ「息をしているか」を確認している眼差しだった。
​「驚いたな。あの変人のイカれた設計が、こんな泥の底で息を吹きえ返していようとは」
「......親父のことを、知ってるんですか」
「知ってるどころか。俺が、あいつの『最初の失敗作』だ」
​ 守は息を呑み、言葉を失った。御厨は苦く笑い、缶コーヒーを一口あおる。
​「西 啓介(にし・けいすけ)はな、機巧馬の『心』を物理的に証明しようとした狂人だった。俺はその実験台の第一号だ。二〇三〇年代、ウラヌスのプロトタイプに乗せられて、三度空中へ吹っ飛ばされた。四度目は......乗れなかった。身体じゃなく、心の方が先にへし折れたんだよ」
​ ガレージの壁に貼られた、古いモノクロ写真。1932年のロス五輪で金メダルを獲得したバロン西と、愛馬ウラヌス。御厨がそれを顎でしゃくった。
​「一世紀以上前、西 竹一は誰も御せなかった荒馬と心を通わせ、世界の頂点の空を飛んだ。お前の親父は初期の開発で行き詰まった時、その百年以上前の記録に辿り着いたんだ。『これだ、人間と馬の同調の究極はここにある』ってな。それを量子チップと油圧シリンダーで再現しようとした。凡人の俺には無理だった。だが――」
​ 御厨のギラついた双眸が、守を鋭く射抜いた。
​「お前があの最終直線で見せたバーストは、ただの出力超過じゃない。お前の『勝ちたい』という泥臭い野生が、鉄の塊を獣に変えた。啓介が俺に証明できなかった領域に、お前はもう片足を突っ込んでいる」
​ 守は己の掌を見つめた。まだ微かに震えている。
あの疾走の瞬間、確かに自分とウラヌスの境界線が消えた。自分がどこで終わり、ウラヌスがどこから始まっているのかが分からなくなった。未知の恐怖と、それを遥かに上回る全能感。
​「俺に......本物の『乗り方』を、教えてもらえますか」
​ 御厨は缶コーヒーを一気に飲み干すと、クシャリと潰して捨てた。
​「明日の朝六時。旧工場の裏に来い。骨の折れてもいい格好でな」
​――旧工場跡地の裏手は、瓦礫と泥が堆積する地獄のような荒野だった。
​ 不規則に尖ったコンクリート片。底なしの泥濘(でいねい)。錆びた鉄板が墓標のように突き刺さっている。コースとは呼べない、人間が歩くことすら危うい廃墟。
​「AIの自動姿勢制御(オート・バランサー)を切れ。全手動(フル・マニュアル)だ」
「正気か!? こんな足場でそんなことをしたら、一歩目で――」
「バロン西の言葉を思い出せ。『自分を理解してくれるのは、ウラヌスだけだ』。お前はまだ、こいつを便利な機械だと思っている。泥にまみれて、魂で対話してこい!」
​ 守は唇を噛み、ウラヌスに跨がって同調コードを接続した。
凛の手によってオート・バランスをカットされた、その瞬間――!
​ ウラヌスが、生まれたての野獣のように激しく跳ね暴れた!
​「う、わあああっ!?」
​ 左右に激しく揺さぶられ、三半規管が悲鳴を上げる。ジャイロの狂ったセンサーノイズが、脳髄へ直接流れ込んでくる。路面の尖った衝撃が、フレームを通じてダイレクトに守の背骨をきしませた。
​「っ――重い、なんて重さだ......!」
​一歩踏み出すごとに、泥が粘着質に脚部へ絡みつく。機体の重心がどこにあるのかすら分からない。体勢を完全に崩し、守はウラヌスごと正面から泥濘へ叩きつけられた!
​ 生臭いヘドロが口と鼻を塞ぐ。全身を襲う鈍い打撃。痛い。重い。息ができない。
​「ウラヌスの足元ばかり見るな!」
​泥の上から、御厨の容赦ない怒声が降る。
​「背骨で、路面を感じろ! お前が怖がればこいつも怯えて竦む! 信じれば、こいつはお前の意志を受け止める鋼の肉体になる!」
​ 理不尽な要求に歯噛みしながら、守は再びウラヌスに跨がった。
そしてまた転倒する。今度は膝を強打し、目の前が白くなるほどの激痛が走った。
​ピットエリアの横で、泥にまみれる二人を見ながら、凛が端末を抱きしめて小さく溜息をついた。
​「各関節のジャイロセンサーの解像度を上げて、演算プログラムを書き換えれば済む話よ。こんなの、ただの非効率な精神論(オカルト)だわ」
「そいつは計算だ、お嬢ちゃん」
​御厨が鋭い視線を凛に向けた。
​「最後の一歩を捻り出すのは、いつだって理屈を超えた『執念』だ。このボロの鉄馬には、それをそのまま受け止めるイカれた器がある。――現代の数値化された美学には、まだこいつの価値は分からないさ」
​ 凛は唇を結び、口を閉ざした。
悔しさに奥歯を噛み締めながらも、彼女の切れ長の瞳は、泥の中で足掻くウラヌスの関節運動の、不規則な『歪みの美』から目を離せずにいた。
​――何度、泥を舐めたか数えるのをやめた頃。
​守の中で、ふっと『何か』が消えた。
変わったのではなく、消失したのだ。
​泥の深さを『読もう』とする思考が消えた。瓦礫の傾きを『計算しよう』とする焦りが消えた。
ウラヌスの金属の背中から伝わる微振動が、気づけば守自身の足の裏の皮膚感覚と同化していた。泥の粘り気。鉄板の滑り。次の一歩を踏み込んだ時、どれくらい沈むのか。
それが思考よりも先に、肉体に届く。
​ウラヌスが、重い一歩を踏み出した。
沈まない。
​また、一歩。
滑らない。
​守は何も考えていなかった。ただ、ウラヌスという鉄の獣の呼吸に己の呼吸を重ね、荒野の上に立っていた。
​気づけば、荒野を一周していた。
夕陽が廃工場のコンクリート壁を血のように赤く染めている。守の全身は泥だらけで、足の筋肉は笑い、立っているのがやっとだった。
それでも――さっきまであった、恐怖による手の震えは綺麗に消えていた。
​「......今、少しだけ、分かった気がします」
​御厨がゆっくりと近づいてきた。守の隣で、夕陽を反射するウラヌスを見つめ、静かに、そして誇らしげに頷いた。
​「啓介の野郎が、七年間追いかけ続けた景色だ。お前は今日、一瞬だけそこに触れた」
「――ちょっと、待って......!」
​その時、凛の引き攣った声が静寂を切り裂いた。
彼女の抱える端末に、見たこともない深紅のエラーコードが奔流のように走っている。
​「ウラヌスのOSの最深層部......暗号化された巨大な隠しファイルが覚醒してる。タイムスタンプは七年前。お父さんが失踪する直前よ。タイトルは――」
​凛が、震える画面を守へと向けた。
​『ULTIMATE BARON SYSTEM(アルティメット・バロン・システム)』
​ガレージに重い沈黙が落ちる。御厨の双眸がカッと見開かれた。
​「......やはり、完成させてやがったか。啓介」
​守は、その電子の遺産を見つめた。
指が画面へと伸びる。――だが、触れる直前で自らの意志でそれを止めた。
​知りたくないわけではない。だが今、その禁忌の果実を開けてしまえば、今日掴みかけた『ウラヌスとの対話』が、再びシステムという電子の鎖に縛られてしまう気がしたのだ。
​「まだ、開けない」守はゆっくりと手を下ろした。「自分の力で、完全にこいつを乗りこなせるようになってからだ。そうじゃなきゃ......親父が見たのと同じ景色を、俺の目で見ることはできない」
​御厨は何も言わず、ただ缶コーヒーの最後の一滴を喉に流し込んだ。その横顔が、本当に僅かだけ誇らしげに緩んだのを守は見逃さなかった。
​凛は呆れたように息を吐き、端末の画面をパタリと閉じた。だが、その顔にはいつもの強気さはなく、未知のシステムへのゾクゾクとするような好奇心が入り混じっていた。
​「......分かったわ。ファイルは私が厳重にロックしておく。――ただし」
​凛は守を真っ直ぐに見据え、不敵に笑った。
​「私は今、そのシステムの設計思想の欠片を覗き見たわ。あなたのお父さんが何を創ろうとしていたのかをね。だから、一つだけ現実を教えてあげる。決闘の賠償金三十万じゃ、このシステムを完全起動させるためのパーツ一つすら買えないわよ」
​同じ時刻。
川崎のネオンを眼下に望む、中央サーキット公認の超高級VIPルーム。
​岡部太陽は、たった一人でいた。
敗北の報を受け、烈火のごとく激怒した父親から罵声を浴びせられ、叩き出された直後だった。
太陽は部屋の明かりを消し、巨大なホログラムモニターの前に座っていた。
​映し出されているのは、今日、守とウラヌスが荒野を走った隠しカメラのデータ映像だ。
太陽は、その映像を三度再生した。
四度目で、再生を一時停止する。
​網膜ディスプレイに焼き付く、ウラヌスの泥に塗れた骨格。継ぎ接ぎの溶接パターン。フレームの共鳴角度。
​――知っている。この構造を、俺はどこかで見た。
​幼い日の記憶。父親の書斎の最奥。鍵のかかった分厚いファイル。勝手に開けて、父親から烈火のごとく殴られた、あの禁断の設計思想。
そこに、確かにサインされていた名前。
​『西 啓介』
​太陽の金色のスマートグラスが、モニターの光を反射して怪しく歪む。
​「......おい」
​部屋の影に控える黒塗りの私兵に、低く命じた。
​「西 啓介のデータをすべて洗い出せ。失踪前後の七年分、一秒のブランクも残さずにな」
​太陽は画面の中の守を見据えた。
​「それから、次の対戦相手を用意しろ。今度は......遊び(リーガル・バウト)じゃない。『プロ(中央)』をぶつける」
​モニターの中、夕陽を背にして立つ守と、錆びた銀のウラヌス。
太陽は一度、その映像をシャットダウンした。
​――けれど三秒後、再び再生ボタンを押していた。
その不格好なガラクタの狂おしいほどの美しさから、どうしても目を背けることができなかったのだ。
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からくり競馬作者:水前寺鯉太郎🍁🦌
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​ 夜のガレージに、安物の缶コーヒーの匂いが漂っていた。
​ 御厨(みくりや)鉄雄と名乗った男は、ウラヌスの錆びついたフレームを指先で撫でながら、何かを確かめるように目を細めた。懐かしむというより――この機体が、まだ「息をしているか」を確認している眼差しだった。
​「驚いたな。あの変人のイカれた設計が、こんな泥の底で息を吹きえ返していようとは」
「......親父のことを、知ってるんですか」
「知ってるどころか。俺が、あいつの『最初の失敗作』だ」
​ 守は息を呑み、言葉を失った。御厨は苦く笑い、缶コーヒーを一口あおる。
​「西 啓介(にし・けいすけ)はな、機巧馬の『心』を物理的に証明しようとした狂人だった。俺はその実験台の第一号だ。二〇三〇年代、ウラヌスのプロトタイプに乗せられて、三度空中へ吹っ飛ばされた。四度目は......乗れなかった。身体じゃなく、心の方が先にへし折れたんだよ」
​ ガレージの壁に貼られた、古いモノクロ写真。1932年のロス五輪で金メダルを獲得したバロン西と、愛馬ウラヌス。御厨がそれを顎でしゃくった。
​「一世紀以上前、西 竹一は誰も御せなかった荒馬と心を通わせ、世界の頂点の空を飛んだ。お前の親父は初期の開発で行き詰まった時、その百年以上前の記録に辿り着いたんだ。『これだ、人間と馬の同調の究極はここにある』ってな。それを量子チップと油圧シリンダーで再現しようとした。凡人の俺には無理だった。だが――」
​ 御厨のギラついた双眸が、守を鋭く射抜いた。
​「お前があの最終直線で見せたバーストは、ただの出力超過じゃない。お前の『勝ちたい』という泥臭い野生が、鉄の塊を獣に変えた。啓介が俺に証明できなかった領域に、お前はもう片足を突っ込んでいる」
​ 守は己の掌を見つめた。まだ微かに震えている。
あの疾走の瞬間、確かに自分とウラヌスの境界線が消えた。自分がどこで終わり、ウラヌスがどこから始まっているのかが分からなくなった。未知の恐怖と、それを遥かに上回る全能感。
​「俺に......本物の『乗り方』を、教えてもらえますか」
​ 御厨は缶コーヒーを一気に飲み干すと、クシャリと潰して捨てた。
​「明日の朝六時。旧工場の裏に来い。骨の折れてもいい格好でな」
​――旧工場跡地の裏手は、瓦礫と泥が堆積する地獄のような荒野だった。
​ 不規則に尖ったコンクリート片。底なしの泥濘(でいねい)。錆びた鉄板が墓標のように突き刺さっている。コースとは呼べない、人間が歩くことすら危うい廃墟。
​「AIの自動姿勢制御(オート・バランサー)を切れ。全手動(フル・マニュアル)だ」
「正気か!? こんな足場でそんなことをしたら、一歩目で――」
「バロン西の言葉を思い出せ。『自分を理解してくれるのは、ウラヌスだけだ』。お前はまだ、こいつを便利な機械だと思っている。泥にまみれて、魂で対話してこい!」
​ 守は唇を噛み、ウラヌスに跨がって同調コードを接続した。
凛の手によってオート・バランスをカットされた、その瞬間――!
​ ウラヌスが、生まれたての野獣のように激しく跳ね暴れた!
​「う、わあああっ!?」
​ 左右に激しく揺さぶられ、三半規管が悲鳴を上げる。ジャイロの狂ったセンサーノイズが、脳髄へ直接流れ込んでくる。路面の尖った衝撃が、フレームを通じてダイレクトに守の背骨をきしませた。
​「っ――重い、なんて重さだ......!」
​一歩踏み出すごとに、泥が粘着質に脚部へ絡みつく。機体の重心がどこにあるのかすら分からない。体勢を完全に崩し、守はウラヌスごと正面から泥濘へ叩きつけられた!
​ 生臭いヘドロが口と鼻を塞ぐ。全身を襲う鈍い打撃。痛い。重い。息ができない。
​「ウラヌスの足元ばかり見るな!」
​泥の上から、御厨の容赦ない怒声が降る。
​「背骨で、路面を感じろ! お前が怖がればこいつも怯えて竦む! 信じれば、こいつはお前の意志を受け止める鋼の肉体になる!」
​ 理不尽な要求に歯噛みしながら、守は再びウラヌスに跨がった。
そしてまた転倒する。今度は膝を強打し、目の前が白くなるほどの激痛が走った。
​ピットエリアの横で、泥にまみれる二人を見ながら、凛が端末を抱きしめて小さく溜息をついた。
​「各関節のジャイロセンサーの解像度を上げて、演算プログラムを書き換えれば済む話よ。こんなの、ただの非効率な精神論(オカルト)だわ」
「そいつは計算だ、お嬢ちゃん」
​御厨が鋭い視線を凛に向けた。
​「最後の一歩を捻り出すのは、いつだって理屈を超えた『執念』だ。このボロの鉄馬には、それをそのまま受け止めるイカれた器がある。――現代の数値化された美学には、まだこいつの価値は分からないさ」
​ 凛は唇を結び、口を閉ざした。
悔しさに奥歯を噛み締めながらも、彼女の切れ長の瞳は、泥の中で足掻くウラヌスの関節運動の、不規則な『歪みの美』から目を離せずにいた。
​――何度、泥を舐めたか数えるのをやめた頃。
​守の中で、ふっと『何か』が消えた。
変わったのではなく、消失したのだ。
​泥の深さを『読もう』とする思考が消えた。瓦礫の傾きを『計算しよう』とする焦りが消えた。
ウラヌスの金属の背中から伝わる微振動が、気づけば守自身の足の裏の皮膚感覚と同化していた。泥の粘り気。鉄板の滑り。次の一歩を踏み込んだ時、どれくらい沈むのか。
それが思考よりも先に、肉体に届く。
​ウラヌスが、重い一歩を踏み出した。
沈まない。
​また、一歩。
滑らない。
​守は何も考えていなかった。ただ、ウラヌスという鉄の獣の呼吸に己の呼吸を重ね、荒野の上に立っていた。
​気づけば、荒野を一周していた。
夕陽が廃工場のコンクリート壁を血のように赤く染めている。守の全身は泥だらけで、足の筋肉は笑い、立っているのがやっとだった。
それでも――さっきまであった、恐怖による手の震えは綺麗に消えていた。
​「......今、少しだけ、分かった気がします」
​御厨がゆっくりと近づいてきた。守の隣で、夕陽を反射するウラヌスを見つめ、静かに、そして誇らしげに頷いた。
​「啓介の野郎が、七年間追いかけ続けた景色だ。お前は今日、一瞬だけそこに触れた」
「――ちょっと、待って......!」
​その時、凛の引き攣った声が静寂を切り裂いた。
彼女の抱える端末に、見たこともない深紅のエラーコードが奔流のように走っている。
​「ウラヌスのOSの最深層部......暗号化された巨大な隠しファイルが覚醒してる。タイムスタンプは七年前。お父さんが失踪する直前よ。タイトルは――」
​凛が、震える画面を守へと向けた。
​『ULTIMATE BARON SYSTEM(アルティメット・バロン・システム)』
​ガレージに重い沈黙が落ちる。御厨の双眸がカッと見開かれた。
​「......やはり、完成させてやがったか。啓介」
​守は、その電子の遺産を見つめた。
指が画面へと伸びる。――だが、触れる直前で自らの意志でそれを止めた。
​知りたくないわけではない。だが今、その禁忌の果実を開けてしまえば、今日掴みかけた『ウラヌスとの対話』が、再びシステムという電子の鎖に縛られてしまう気がしたのだ。
​「まだ、開けない」守はゆっくりと手を下ろした。「自分の力で、完全にこいつを乗りこなせるようになってからだ。そうじゃなきゃ......親父が見たのと同じ景色を、俺の目で見ることはできない」
​御厨は何も言わず、ただ缶コーヒーの最後の一滴を喉に流し込んだ。その横顔が、本当に僅かだけ誇らしげに緩んだのを守は見逃さなかった。
​凛は呆れたように息を吐き、端末の画面をパタリと閉じた。だが、その顔にはいつもの強気さはなく、未知のシステムへのゾクゾクとするような好奇心が入り混じっていた。
​「......分かったわ。ファイルは私が厳重にロックしておく。――ただし」
​凛は守を真っ直ぐに見据え、不敵に笑った。
​「私は今、そのシステムの設計思想の欠片を覗き見たわ。あなたのお父さんが何を創ろうとしていたのかをね。だから、一つだけ現実を教えてあげる。決闘の賠償金三十万じゃ、このシステムを完全起動させるためのパーツ一つすら買えないわよ」
​同じ時刻。
川崎のネオンを眼下に望む、中央サーキット公認の超高級VIPルーム。
​岡部太陽は、たった一人でいた。
敗北の報を受け、烈火のごとく激怒した父親から罵声を浴びせられ、叩き出された直後だった。
太陽は部屋の明かりを消し、巨大なホログラムモニターの前に座っていた。
​映し出されているのは、今日、守とウラヌスが荒野を走った隠しカメラのデータ映像だ。
太陽は、その映像を三度再生した。
四度目で、再生を一時停止する。
​網膜ディスプレイに焼き付く、ウラヌスの泥に塗れた骨格。継ぎ接ぎの溶接パターン。フレームの共鳴角度。
​――知っている。この構造を、俺はどこかで見た。
​幼い日の記憶。父親の書斎の最奥。鍵のかかった分厚いファイル。勝手に開けて、父親から烈火のごとく殴られた、あの禁断の設計思想。
そこに、確かにサインされていた名前。
​『西 啓介』
​太陽の金色のスマートグラスが、モニターの光を反射して怪しく歪む。
​「......おい」
​部屋の影に控える黒塗りの私兵に、低く命じた。
​「西 啓介のデータをすべて洗い出せ。失踪前後の七年分、一秒のブランクも残さずにな」
​太陽は画面の中の守を見据えた。
​「それから、次の対戦相手を用意しろ。今度は......遊び(リーガル・バウト)じゃない。『プロ(中央)』をぶつける」
​モニターの中、夕陽を背にして立つ守と、錆びた銀のウラヌス。
太陽は一度、その映像をシャットダウンした。
​――けれど三秒後、再び再生ボタンを押していた。
その不格好なガラクタの狂おしいほどの美しさから、どうしても目を背けることができなかったのだ。
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廃材VS名門、特設の鉄屑コース
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