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序章

序章
 山口県防府市にある毛利博物館に所蔵されている三子教訓状。
 元就が三人の息子に宛てた十四条にわたる長い手紙で、いわゆる『三本の矢』の教えの元となった物なのだが、要約すると言いたいことは「兄弟の団結による、毛利宗家の盛り立て」である。

 その中に、以下のような文がある。

  ◆◇◆

 唯今虫けらのやうなる子とも候、今自分には、側室から生まれた、虫けらのような分別の無い幼い子供がいます

 かやうの者、もし──此内かしらまたく成人候するはそのような者でも、もし今後、
 心もちなとかたのことくにも候するをは、知恵や心がまえなど、立派に成人した時には

 れんみん候て、何方之遠境なとにも可被置候、どうぞ憐れに思い、どこぞの辺境の地などに領地を与え、一族の末に置いてやって下さい

 又ひやうろく無力之者たるへきは治定之事候間、また、間抜け、無能でありましたら

 さ様之者をは何とやうに被申付候共そんな者は、どのようなあつかいを、
 はからひにて候──、何共不存候──仰せ付けられようとも構いません、

 今日まての心持、速に此分候しかし、この子どもたちのせいで、
 三人と五竜之事は、少もわるく御入候者あなたたち三人と、妹の仲が、少しでも悪くなれば、

 我々にたいし候ての御不孝迄候──私たちにとって、それは不孝、更無別候──この上なき事です、

 ──毛利元就三子教訓状(毛利家文書四○五) 第九条 より

  ◆◇◆

 その言葉は、彼・にとって、呪・となった。
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第一話 二宮余次就辰の受難
四本目の矢作者:南雲遊火
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 山口県防府市にある毛利博物館に所蔵されている三子教訓状。
 元就が三人の息子に宛てた十四条にわたる長い手紙で、いわゆる『三本の矢』の教えの元となった物なのだが、要約すると言いたいことは「兄弟の団結による、毛利宗家の盛り立て」である。

 その中に、以下のような文がある。

  ◆◇◆

 唯今虫けらのやうなる子とも候、今自分には、側室から生まれた、虫けらのような分別の無い幼い子供がいます

 かやうの者、もし──此内かしらまたく成人候するはそのような者でも、もし今後、
 心もちなとかたのことくにも候するをは、知恵や心がまえなど、立派に成人した時には

 れんみん候て、何方之遠境なとにも可被置候、どうぞ憐れに思い、どこぞの辺境の地などに領地を与え、一族の末に置いてやって下さい

 又ひやうろく無力之者たるへきは治定之事候間、また、間抜け、無能でありましたら

 さ様之者をは何とやうに被申付候共そんな者は、どのようなあつかいを、
 はからひにて候──、何共不存候──仰せ付けられようとも構いません、

 今日まての心持、速に此分候しかし、この子どもたちのせいで、
 三人と五竜之事は、少もわるく御入候者あなたたち三人と、妹の仲が、少しでも悪くなれば、

 我々にたいし候ての御不孝迄候──私たちにとって、それは不孝、更無別候──この上なき事です、

 ──毛利元就三子教訓状(毛利家文書四○五) 第九条 より

  ◆◇◆

 その言葉は、彼・にとって、呪・となった。
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