企む。
時はルシアンが皇帝政務室の扉を開く前まで遡る。
皇室主催の社交パーティー。
本来であれば、まだ宴は続いている。
その喧騒から離れ、二人の男が王宮の廊下を歩いていた。
ヴァルディア帝国皇帝。
エドガルド・フォン・ヴァルディア。
その隣。
帝国宰相。
ローデリック・グランフェルト。
「怪物、か」
ローデリックが小さく笑う。
「随分な言い方だな」
「事実だろう」
「親が我が子に使う言葉ではないと思うが?」
「親だからこそ、だ」
二人の足音が廊下に響く。
「剣を握らせても」
エドガルドが呟く。
「魔導を学ばせても」
歩みは止めない。
「政を教えても出来てしまう」
「ああ」
出来ないのではない。
やらない。
必要以上に。
徹底して逃げる。
「それで本人が望むものが昼寝と酒だからな」
「育て方を間違えたのでは?」
「お前にだけは言われたくない」
「何故だ?」
「娘がああなった原因の半分はお前だろう」
「セシルは自慢の娘だ」
「そういうところだ。バカ親」
二人は皇帝政務室へ辿り着いた。
――バタン――
扉が閉じる。
宴の喧騒が遠くなった。
机の上には処理を待つ書類。
帝国全土から集まった報告。
エドガルドは椅子へ腰を下ろす。
「さて」
皇帝の顔へ戻る。
「仕事をするか」
「エドガルド」
「何だ」
「貸し一つ」
「忘れてくれ」
「断る」
「即答するな」
その時。
――コンコン――
「父上。エリアスです」
「入れ」
「失礼します」
第二皇子。
エリアス・フォン・ヴァルディア。
「どうした?」
「少々、お二人にお話が」
いつもの柔らかな笑み。
だが、その目は笑っていない。
「ルシアンのことです」
二人の視線がエリアスへ向いた。
「奇遇だな」
エドガルドが背もたれへ身体を預ける。
「今までその話をしていた」
「でしたら話が早い」
エリアスは二人の前へ進む。
「セシル嬢との婚姻」
ローデリックの眉がわずかに動く。
「私は賛成です」
「ほう」
「皇室とグランフェルト侯爵家。双方にとって悪い縁ではありません」
「それだけか?」
ローデリックが問う。
「まさか」
エリアスが笑った。
「私が言いたいのは、ここからです」
「だろうな。悪い顔をしている」
「そんな顔してますか?」
「くくっ。で、どういう企みだ?」
「簡単に認めないでください」
「............」
「............」
エドガルドとローデリック。
二人が同時に目を細めた。
「理由を聞こうか」
「あいつには――欲がありません」
エリアスが指を一本立てる。
「金」
二本目。
「地位」
三本目。
「名誉」
四本目。
「権力」
そして。
五本目。
「皇位」
手を下ろす。
「何を与えようとしても逃げる」
エドガルドが頷いた。
「その通り過ぎて何も言えんな」
「ああ」
ローデリックも続く。
「見事なほどにまんまだ」
仕事を与えれば。
いつの間にか他人へ渡している。
役目を与えれば。
最短で終わらせ。
次から自分が関わらなくても済む仕組みを作る。
責任を与えれば。
責任そのものが発生しない形へ変える。
「捕まえようとすると」
エリアスが苦笑する。
「ヌルっと逃げます」
「ヌルっと」
エドガルドが繰り返した。
「ええ。ヌルっと」
「分かる」
実の父が深く頷いた。
「ですが」
エリアスの表情が変わる。
「今日、初めて見ました」
「何をだ?」
「あいつが自分から欲しがったものです」
答えは言うまでもない。
「セシル嬢か」
「はい」
ローデリックは何も言わない。
「もちろん」
エリアスが続ける。
「セシル嬢本人が望まないのであれば、この話はそこで終わりです」
「当然だ」
ローデリックが即答した。
「ですが、もし」
エリアスは微笑む。
「彼女にも、その意思があるのであれば」
少しだけその笑みが悪くなった。
「ルシアンを動かせる」
「............」
エドガルドがゆっくりと口角を上げる。
「なるほど」
「エドガルド」
ローデリックが見る。
「悪い顔をしてるぞ」
「お前もな」
「俺は娘を案じる父親なんだが?」
「よく言う」
三人。
帝国の中枢を担う男たち。
その顔に似たような笑みが浮かんだ。
「条件を付けるのか」
「ええ」
「何をさせる?」
「そこはお二人にお任せします」
「言い出しっぺが逃げるな」
「私はこれから別件がありますので」
エリアスが爽やかに笑う。
「アレクシス兄上を、私の政務室へ呼んであります」
「............」
エドガルドの笑みが消えた。
「エリアス」
「はい」
「ほどほどにな」
「もちろんです」
笑顔。
ローデリックが首を横に振った。
「無理でしょうな」
「ローデリック侯爵?」
「何でもない」
エリアスは二人へ一礼する。
「では――この方向でよろしいでしょうか」
「ああ」
「異論はない」
「失礼します」
――バタン――
扉が閉じた。
しばらくして、エドガルドが息を吐く。
「......誰に似たんだ、あれは」
「お前だろ」
「絶対に違う」
二人は何事もなかったかのように。
机の書類へ視線を戻した。