第二十話 蒼剣との決着
俺の蹴りを腹に受けて吹き飛ばされたアズールは、片手に持った剣を地面に突き立て体勢を整えた。
そのまま二刀を構える。剣術素人の俺から見ても隙のない構え。
「ギルドの評議員様が白昼堂々物騒だな。今なら見逃してやるぞ。裏の仕事の後片付けで忙しいだろ」
「それはこちらの言葉だ......今下がれば命は見逃してやる。どこへでも失せて商売をするといい」
アズールの構えが変わった。
左手の剣先を後方へ向け、右腕の剣を逆手に持つ。
さっきヒルダに繰り出していた魔力で加速する一撃。
俺の顔中に汗が噴き出る。
それは恐怖からか、無意識のものか。
そんな命の瀬戸際で、俺はアズールの言った一言が引っかかっていた。
(どこへとでも失せろだと? この期に及んで?)
「......『流星剣』!」
じりりと左足を引き、左手から放出した魔力で一気に加速。
俺を両断すべく突き出されたもう一方の剣。
その時アズールの速度が落ちた。いや、俺の集中が極限に達したのだ。
かつて小竜のブレスが直撃する瞬間に体感した、時間が薄く伸びる感覚。
すかさず俺は力を増す「剛力」スキルを外し、「反射」スキルに入れ替えた。
仮に奴の刃が俺に到達することがあっても、最小限の被害に留められるはず。
他に起動しているのは「俊敏」「頑強」「衝撃耐性」の三つ。
受けきれずとも最低限の守りにはなる。
(それでいいのか?)
目の前に迫るアズールに対し一つの疑問が生じる。
アズールは前線を離れたとはいえ、最強と謳われたパーティの剣士
それがこんな力押しで?
(──スキル入れ替えだ)
次はさっき起動した「反射」はそのまま、「鷹の目」「耐魔力」「加速」の速度と見切りに振った構成。
そして「耐魔力」はアズールが放つ膨大な魔力の流れに影響されない目を俺に与える。
つまりは「鷹の目」の強化だ。
そしてアズールは俺の眼前に到達。
顔と顔がぶつかり合う直前にまで来てアズールは──
一歩下がった。
そしてアズールは両足に力を込め、地面を抉りながら左手の魔力の奔流を放つ左手の剣を解き放つ。
やはり。
魔力の干渉を受けない「鷹の目」で見たアズールは、不自然なまでに右手の剣を魔力強化していなかった。
俺を一撃で屠るはずの剣に魔力がない。
つまりは──
加速に使っていた魔力の流れそのもので俺を斬る気だ。
それを俺は空中で考えている。
極限の集中と「反射」で高まった思考が「耐魔力」と「跳躍」スキルを入れ替えさせた。
アズールの渾身の一撃は不発に終わった......かに見えた。
「ハエ如きが俺の道を阻むな! 『流星剣・翔』!」
アズールは振り抜いて勢いのついた剣から魔力を放出し続け、一回転する。
嫌な気配がする。俺は「跳躍」「加速」スキルを即座に切り、「耐魔力」「頑強」を追加する。
一回転したアズールは切り上げるように魔力の大剣、いや超大剣を俺に放った。
(『耐魔力』と『頑強』で足りるか......!?)
いや、足りるはずがない。
迫る魔力の塊はイザベラの戦闘用錬金術が放つ熱線を遥かに上回っている。
そこで俺は新たなる事実に気付く。
時間の感覚が「また」引き延ばされている。
どうやらこれは無意識下で俺の危機に反応して発動する「スキル」らしい。
しかも相互作用にカウントされず、自発的には起動できない補助スキル。
理由はこのスキルによる負荷がないからだ。
(「覚醒」! 俺はお前をそう名付ける!)
覚醒下にある俺は最早忘れ去っていたスキルを意識の底から引っ張り上げる。
それは「共有」。
俺は「耐魔力」「頑強」「衝撃耐性」を剣に「共有」した。
俺が他人へ共有するに足るスキルがなくて封印したものだったが、今回は剣の強度底上げに使う。
「おおおおおおおお!」
この魔力流は斬らない。こうまでしても剣が持たない。
──だから乗る。
俺は魔力の流れに逆行するように剣の上に立ち、両腕でバランスを取りながら地上へ急降下する。
途中で「覚醒」が切れた。後は俺の勘と勢いが全て。
命懸けの波乗りだ。
「バカな!」
「バカでもなきゃあ! 冒険者ギルドに! 逆らわねえだろうがあ!」
右に左に揺られながら剣にヒビが入るのを察した俺は、「共有」を切って剣の崩壊前に「跳躍」した。
「『流星剣』が......」
放物線を描きながら宙を舞う俺の右足は、呆然とするアズールに直撃した。
「ヒルダに習って一番役に立ったことだ。『ムカつく奴は蹴り飛ばせ』ってな」
全力で魔力を放った影響か、アズールの双剣は折れていた。
後方から仲間たちが駆けてくる音が聞こえる。
「......ギルドにもう俺の席はない。殺すといい」
「なんでだ? なんでそんなに潔い奴があんなろくでもない組織で働いてるんだ」
「欲だ。俺は欲に負けた。だが、自分の欲のもたらした物に怯え続ける半端者だ......ギルドにはそんな奴がわんさかいる」
俺は冒険者ギルドが多足の虫に思えた。
一本、二本と足が欠けても前に進むしかない虫。
そしてその虫の頭は今日の審判でアズールの失態を最小限に抑えていたクラウス。
「アズール!」
そう考えているとのしのしと近づいてくる巨躯ヴェルデに押しのけられ、思わず尻もちを突く。
「兄......さん」
「お前もわかっているとは思うが、この街に俺たちの居場所はもうない」
「ああ......俺のせいで、兄さんまで......」
ヴェルデがアズールを引き起こす。
「お前がそうなっちまったことに気付けなかった! 俺も悪い!」
「そんなわけないだろ......!」
「だから俺たちはこれから人助けに生きる! 辺境のギルドで、金も取らないで! ひたすら人助けだ!」
アズールは呆れて小さくため息を吐いた。
「この街、ゴストリンまでウワサが届いて! またお前が認められるようになるまでだ!」
辺境の魔物はいずれも強力で、Aランクパーティでも近寄らないこともあるという。
つまりそれがヴェルデの考えたアズールの、命を懸けた償いだということだ。
アズールはしばらく躊躇した後ヴェルデの手を取った。
「どうせ死んだような身だ。死ぬまで人助けか。バカだとは思うが、俺もそれ以外の償いが思い浮かばない」
「そうだろ? 俺たち兄弟らしい償いだ」
「でも兄さんまで付き合うことないだろ......考え直せよ」
アズールが諭すが、ヴェルデが引く様子はない。
アズールを救ったのはヴェルデだった。
「いいのかい? シャーロット」
「今回ばかりは、いいんじゃないでしょうか。彼を許すわけではありません。ここに残しておいても消されるだけです。せめて人の役に立ってもらいましょう」
リーベの問いにシャーロットが穏やかに返した。
アズールとヴェルデは俺たちに背を向けて歩き出していた。
俺はアズールに一つ、聞くことがある。
「アズール、最初にお前言ってたよな『どこへでも行け』って。それはどういうことだ?」
「ギルドもよその街まで追っ手をやるほど暇でもないし、人手もないからな。だがお前らが引かないこともわかっていた。シャーロットがいるからだ」
振り向くことなく答えるアズール。
そしてみんなの目がシャーロットを見据えた。
シャーロットは深呼吸した後、ハッキリと答えた。
「お答えしましょう。なぜ私がゴストリンでのギルド運営にこだわるのか、その理由を」