第十九話 珍客
俺たちはギルドの手配した馬車を断り、事前にシャーロットが手配しておいた馬車へと乗り込む。
話を聞くにスカーレットはギルドを離脱した様子。
スカーレットがアズールの追っ手によって捕らえられる可能性も考慮して、俺だけ大通りで下車しスキル「梟の耳」を起動する。
聴覚を強化するこのスキルはそのまま使えば膨大な情報が流れ込んできて戦闘どころではなくなる代物。
だが、今はゴストリンの大通りで起こっている喧噪に対象をしぼる。
(三つ、いや四つか? どれもチンピラの揉め事だな。相変わらず物騒な街だ)
そう思いつつも、俺は冒険者ギルドによって闇の勢力が統治されている事実を知っている。
何が正しくて何が正しくないか。そんなものは物差し次第だ。
シャーロットのしてきたことだってギルド側からしたら悪だが、それで築いた資源、情報網で魔物退治を支援するのは正しいことだ。
無論、シャーロットを貶めるために事実を誇張し、追い落とすための裁判を開いたアズールについては悪以外の見方はないと思うが。
俺は神経保護水薬を口に含み、「梟の耳」に加え「俊敏」スキルと「加速」、「反射」を加える。
大通りを突風のように駆けながら、耳から流れてくる情報に集中する。
女絡みの揉め事はない。次第に俺は「特級リスク対策社」の屋敷に近付いていく。
「おーい、ハルトー。ご苦労様ー」
屋敷の前までたどり着いた俺を出迎えたのはリーベだった。
「お前なあ。そんなところにいて大丈夫なのか? この間まで殺し屋に命を狙われてたんだぞ」
「あっ、そこ危ないよ」
俺は踏み込みかけた足を咄嗟に引っ込める。
すると地面から鋭い肋骨のようなものが生え、即座に引っ込んでいった。
「いや、解除しておいてくれよ......」
「ハルトの後にどんな奴が来るかわからないからね。しばらくそのままにしておくよ」
「いやいや、無関係な人を怪我させたらどうすんだよ」
既に先を行くリーベは振り返り、小首をかしげて俺を見つめた。
「生きているなら治せるでしょ? そんな悪辣な罠は仕掛けてないよ」
「そう言えばお前はそういう奴だったな......」
俺はリーベの後を追って屋敷の中へ入る。
まず目に入ったのは一階のテーブルで見かけぬ赤毛眼鏡の女性が紅茶をすすっているところだった。
*
「ハルトを連れてきたよ。うちのパーティーのリーダーなんだ」
「そうですか。わたくしはスカーレット。以後お見知りおきを」
スカーレットは手にしたティーカップと皿を机の上に置き立ち上がり、恭しく礼をした。
俺は名乗るのも忘れ反射的に礼を返す。
「ハルトです。今回はシャーロットを助けていただいてありがとうございました」
「シャーロット、このパーティの『核』というのはこの方ですか?」
「ええ。私とあなたで見つけ出した原石......」
何のことを言っているのかわからない。
確かに俺はシャーロットから「スキル連鎖の核」として勧誘を受けたが......。
そんな中、いくつもの骨罠が叩き壊される音と怒号が俺に考える余裕をなくす。
「出て来い! 戦士でも死霊術師でも構わん! 私の挑戦を受けろ!」
庭の中央で剣を抜いているのは見間違えようもない。
先ほどまでゴストリンのギルドで相まみえていた評議員、アズールだった。
構えるのは蒼剣の由来の通り、サファイアを加工したという一対の剣。
しかし、何故直接アズールが......?
「......俺が出るか?」
「不要です。既に切り込み隊長が出ています。まだこの戦いに貴方の助力は不要です」
弟の暴挙を見て苦虫を噛み潰したような顔をするヴェルデとそれを止めるシャーロット。
アズールに向かい合うのはヒルダ。
「同門だからこそ実力は把握しているつもりだ。退け。狂犬ヒルダ」
「うるっせえな。アンタこそコソコソ裏の仕事ばっかりでなまっちまったんじゃねえか!?」
ヒルダは事前に知らされた骨罠を起動させ、それを足場として高く飛ぶ。
自身の位置が逆光となるよう太陽の光を背中に浴びて渾身の一撃を叩き込むつもりだ。
「シャーロット、俺も!」
「先ほどまで相互作用をずっと使っていたのでしょう。神経を休ませる時間を少しでも作ってください。そのためにヒルダは時間を稼いでいるのです」
イザベラが俺に新たな水薬の瓶を握り込ませる。
「けど!」
空中からのヒルダの一撃が軽々と防がれたのを見て俺は叫ぶ。
「今は、休んでください」
ヒルダの剣を双剣を交差させ受け止めたアズールは、ヒルダを押し返す。
ヒルダがバランスを崩したところへアズールの蹴り。
だがヒルダは口の端から血を流して笑みを浮かべた。逆にその足を掴みアズールを振り回す。
そしてヒルダがアズールを投げ飛ばしたのは──骨罠が密集する正門の方向。
俺から見ても決着はついたように見えた。
だが、アズールは空中で一回転し蒼い双剣を煌めかせた。
「不味い!」
直感的に判断した俺はポーションを飲み干しドアを蹴り開けて急ぐ──「俊敏」「加速」「反射」「衝撃耐性」
アズールの輝く剣は溜め込んだ魔力を放出し一直線にヒルダへ肉薄する。
一刀は自身を加速させる推進剤に、もう一刀はヒルダを両断するため構えられている。
「ヒルダぁ! 屈め!」
「私の邪魔をするな!」
目の前に脅威が迫る中でヒルダは俺の言葉を信じた。
ヒルダを両断するための凶刃は空を切り、アズールはヒルダの真上で俺の渾身の体当たりを受けた。
吹き飛ばされ、庭の鉄柵にぶつかるアズール。
「大丈夫か、ヒルダ!」
「選手交代か? あたしにももう少しやらせろよ、ハルト」
「なら、さっきの一撃はどう防ぐつもりだった?」
ヒルダは頭をぽりぽりと掻いて、少し声のトーンを落として答えた。
「ちょい賭けだが、真正面から受け止めて......」
「プランなしか。よーくわかったよ」
俺とヒルダは片手同士を勢いよく叩く。そしてヒルダは後方に下がった。
「お前ごときが蒼剣アズールの相手になると思ったか! 『高級弾除け』のハルト!」
「随分古い名前で呼んでくれるな。今の肩書きは『特級リスク対策社』のリーダーだ」
「お前の立場が変わろうとお前の本質が変わらないように、私が一線を退いたところで私の腕が落ちることなどありえんと知れ!」
猛るアズールに俺は簡潔に一言だけ告げる。
「何しに来た」
数秒の間があって、アズールは怒りに目を燃やして答えた。
「自らの不始末をつけにきた!」
「お前の不始末は全て明らかになるぞ。この屋敷の持ち主。素材の裏取引。シャーロットを貶めるためだけの裁判......それ以外にもあるかな?」
「その程度、お前たちを全て斬って捨てれば済む話」
ヴェルデの弟だ。どこかでまだ引き返せるのではないかと思っていた。だが、俺はアズールを救えない悪党だと理解した。
蒼く輝く一対の剣が振り下ろされる。
発動スキルの「俊敏」と「衝撃耐性」を残し「剛力」「頑強」を加えてアズールの剣を受け止める。
蒼い軌道を残す一撃を防ぐのは無銘の剣。
だがその上には数多くのスキルが乗っている。
アズールは俺がその日暮らしの元「タイマー」だと知っているはずだ。
だからこそ奴が受けた衝撃は大きい。
そしてこの体勢で動きの鈍った奴にしてやることは一つ。
腹に渾身のキックだ。