第二十一話 災禍の竜
俺たちはスカーレットを伴い、二階の会議室に移動する。
「私が長年にわたってゴストリンのギルドで働いていたことには理由があります──それは『災禍の竜』を倒せる人材を見極めること」
「おい、待て。お前正気かシャーロット」
いつもの調子はどこにいったのか、静かに、低い声で問い詰めるヒルダ。
リーベとイザベラは困惑した表情で互いの表情を伺う。
災禍の竜......?
「至って正気です。スカーレットも協力員という建前でしたが、同じ孤児院出身の同志です」
「『災禍の竜』に同じ孤児院ってことはお前ら......!?」
ヒルダは核心に至ったようで驚きを顔に出した。
「ええ。ギルドの不手際で滅ぼされたカミーア村の生き残りです」
「待ってくれ。話の流れが見えない」
リーベとイザベラの様子も伺ったが、得心がいっていないのは俺だけのようだ。
「前から気になってたけどハルト、君はどこの出なの? カミーアの惨劇を知らないなんて......」
リーベに問われ、俺は別世界からやってきた異邦人だと告白すべきか迷う。
だが今それをするのは悪手だとすぐ考え直した。
話を本題に戻すため、俺はごまかしに入る。
「トーキョーっていう遠い村なんだ。本当に遠いところのな。ゴストリンに来たのも一年前でまだ知らないことも多い」
「そこまでにしましょう」
シャーロットが流れを変えた。
「ああ。本題に話を戻してくれ」
「ハルトさんにもわかるように、そしてカミーア村当事者の視点であの惨劇について語りましょう。いいですねスカーレット」
「元はあなたが言い出したことなんだし、好きになさい」
スカーレットはギルドから持ち出した書類をペラペラとめくりながら片手間で答えた。
「結論から言うと、カミーアの惨劇はギルド側の完全な過失です」
「そうなの? 公式見解だと救援要請がギルドに間に合わなかった結果だと聞いているけど......」
「うん。僕もそう聞いてる」
ゴストリンのギルドを糾弾するシャーロットに対して、冷静にそれぞれの認識を口にするイザベラとリーベ。
「ええ。公式見解では、ね。ギルドに第一報をもたらしたのは私の父でした。子竜の群れをかいくぐって『災禍の竜』が動き出したことを命懸けで伝えたのです」
沈黙が場を支配する。そしてシャーロットがぼろぼろになった紙切れを懐から取り出す。
「これが父の持ち帰ったギルドの正式な書類......出動要請に対して受理の印が押されています」
「一方でギルドに残っていた書類がこれ。出動要請を複写したものね。書類棚の奥深く、隠すようにしまってあったわ」
スカーレットが書類の束から一枚の紙片を取りだす。
そこには大きく「不受理」の印が押されていた。
「マジかよ......ギルドは『災禍の竜』にそもそも対策すらしてなかったってことか? ひでえな......」
「そういうことになります」
ヒルダは拳を机に打ち付けて、ギルドへの怒りを露わにする。
「このように『特異個体』への対応が遅れることはギルドでは珍しいことではありません。B級以上のパーティでないと『特異個体』の依頼を受けることはできませんが、B級以上なら無条件で討伐依頼を受けられるわけではないからです」
「どういうことだ......?」
思わず俺は問いかける。
かつて「深淵の牙」を討伐する際に、「特異個体」の討伐は金がかかるとは聞いた。
だが、ギルド関係者だからこそ知る裏事情があるらしい。
「ギルドが重視するのは依頼の達成率です。当時は『災禍の竜』を相手取って生き残ることのできるパーティが存在しなかったということなのでしょう」
「故に一人としてギルドから人員が派遣されることはなかったわ。依頼の達成率はそのまま、B級の精鋭も失わずに済む。一石二鳥といったところかしら」
「そしてギルドのこの体質は十五年前から変わっていません。『特異個体』相手には確実に勝てるパーティしか出さない......『蒼翠の剣』が一気に頭角を現した理由もここにあります」
シャーロットとスカーレットが交互に言う。
つまり「蒼翠の剣」がゴストリン最強パーティとして君臨していたのは、「特異個体」を狩り続けられる実力と実績を持っていたから。
逆説的に言えば、いくら実力があろうと「特異個体」との相性が悪ければいつまでもB級のままだということ。
俺はようやくシャーロットが「特級リスク対策社」を立ち上げた理由を理解した。
「私があなた方を集め、『特級リスク対策社』を設立したのは、スムーズに『特異個体』や困難な依頼へ対応するギルドの存在が不可欠だと思ったからです」
シャーロットが俺たちを見回して言う。
「ヒルダ、リーベ、イザベラ。いずれも既存のシステムからはみ出た実力者です。だからスカウトしました」
「じゃあ、俺をスカウトしたのは......?」
シャーロットは柔らかい笑みを浮かべ、俺に語りかける。
「ハルトさんは既に『災禍の竜』に遭遇しているはずです。既に二度も」
俺が「災禍の竜」に、二度も?
その言葉を聞いて俺の思考が「始まりのあの夜」へと戻る。
シャーロットが事故報告書を持って俺の宿を訪ねてきた、あの夜を。
「わたくしが書いた事故報告書を忘れたわけではないでしょうね」
一級書記官スカーレットの言葉。
そう。俺はドラゴンのブレスが直撃したとき、初めてスキルの相互作用が発動して生還した。
そして二度目。子竜のブレスを受け止めて相互作用の再現性があるかどうか実験したとき。
確かに俺は二度「災禍の竜」に遭遇している。
「スカーレットから情報が回ってきたときは驚きました──そして最後のピースがはまったとも」
「シャーロットは『災禍の竜』を討つつもりなんだな」
「ええ。その通りです」
短い返事。
だがその言葉には強い意志が含まれていた。
しかし、仲間たちが何と言うか──
「『災禍の竜』とやり合えるなんてワクワクするねえ。あたしの人生で最強の獲物だ!」
「倒したら骨の一部でもいいからもらえないかな? 竜の友達なんて初めてなんだ」
「ドラゴンの火袋......手に入ることなんてないと思っていたけど、私が素材として買い取ってもいいのよね!?」
三人ともやる気の様子だ。
「私が自身の目的のために皆さん......特にハルトさんを利用してきたと、非難しないのですか?」
いつもなら迷いなく説明を続ける彼女が、その時だけ言葉を選んだ。
「俺か? シャーロットが引き上げてくれなかったら俺はまだ日雇い生活だったろうよ。竜狩り上等、もっといい暮らしができるように頑張るぜ!」
苦笑するシャーロット。
そう言いつつも俺はシャーロットが整えた「俺の居場所」を守りたかった。
シャーロットの期待に応えたかった。
「それに不要な犠牲を出さないっていうシャーロットの考えには賛同してるんだ」
その思いは最初にシャーロットの手を取ったときから変わらない。
そして──シャーロットが自身の境遇を明らかにしたのだ。
全て終わったら俺が別世界の住人だということを明かしてもいい、そんな気がした。