第二十二話 決戦前夜
「万が一俺たちが失敗して、刺激された『災禍の竜』がゴストリンを襲う可能性はないのか?」
「カミーア村が焼かれてから十五年経ちます。『災禍の竜』は既に卵を抱えているはずです。親竜は卵から一定以上離れません。討伐に失敗しても、少なくとも本体がゴストリンまで追ってくる可能性は低いでしょう」
作戦会議中、シャーロットは俺の疑問を否定する。
「あの種のドラゴンの習性として、卵が成熟するまでに十年以上の時間を要します。寿命が数百年あるとも言われるドラゴンならではの生態ですが、その間徹底した守りの態勢に入ります」
「じゃあカミーア村が襲われた理由は......?」
「選ばれたのでしょうね。産卵の場所に」
そう言うとシャーロットは唇を噛んだ。
「向こうから出てこないなら、僕たちが急いで討伐に向かうこともないんじゃない?」
リーベからの疑問。
これは俺も思っていたことだ。
明らかな強敵に対し、シャーロットは焦っている。
「そうはいきません。一つ目はアズールが失脚した今、評議員のクラウスが私たち『特級リスク対策社』を潰しにくる可能性があるということ。二つ目は卵が孵るまでそう時間がないということです」
「確かに一つ目はそうかもしれないわ。でも、卵が孵るかもしれないってどういうこと? 予兆があるの?」
イザベラがシャーロットへ食らいつくように問いを投げる。
錬金術の素材として卵を狙っているのだろうか。
「スカーレット、説明してあげてください」
「わたくしのもとに寄せられた直近の観測報告では、『災禍の竜』は小竜を統率して周囲の魔物を狩っているそうなの」
「......周囲の脅威を刈り取っているってことか」
俺の中で全てが繋がった。
これは楽観視していい状況じゃない。
「一つ聞くぞ。子を産んだドラゴンは何をする?」
「しばらくは子育てにかかり切りでしょうが、それが終われば積極的な狩りが始まるでしょうね」
「そうしたらゴストリンは......」
シャーロットは厳しい表情で答える。
「そしてギルドは徹底して失敗した際の責任を取りたがりません。それ故に『災禍の竜』への対処は本格的な狩りを始めてからと先送りにされています」
「そういうことか。『災禍の竜』が十五年も放置された理由......!」
シャーロットとスカーレットが頷く。
彼女たちは「災禍の竜」の恐ろしさを知っているからこそ焦っているのだ。
「難しく考えんなよ。あたしが斬る──それでいいだろ?」
それまで沈黙を保っていたヒルダが剣を抜き、犬歯を剥き出しにした。
「ええ、その意気です。ヒルダ。これから早速実戦を想定したフォーメーションの説明をします。いいですね?」
そうして本格的な作戦会議が始まった。
*
一週間の準備期間が設けられた。
主に俺の神経保護水薬の量産と、リーベに与えられるという「秘密兵器」の調整に時間がかかることが見込まれたからだ。
一週間の間クラウスからの妨害はなかった。
まだギルドとのコネを持つスカーレット曰く、諸々の罪状を全てアズールに着せて以降動きがないという。
こちらがどこまでギルドの裏事情を握っているかわからない以上、クラウスも動けないということか。
俺は水薬の量産に励むイザベラの代わりに、戦闘用錬金術に使われる鉱石の大きさや質を吟味している。
これにはスキル「鑑定」を使ったが、この「鑑定」はランクが低く金儲けに使えるような代物ではない。
魔力量を多く秘めた順に鉱石を並べ、イザベラの使う分を渡すだけだ。
ちなみにイザベラはパーティの買い出しを任された際、安売りされていた鉱石を買い込み過ぎて金銭感覚の異常さから追放されたらしい。
今俺が扱っている鉱石は手切れ金代わりに押し付けられたものだとか。
イザベラらしいといえばイザベラらしい。
水薬の材料は全てシャーロットが購入し、手渡していることの納得もいく。
そうして各々が「災禍の竜」へ挑む準備をしていると、あっという間に最後の夜が来た。
示し合わせたわけでもないのに、皆が二階の会議室に集まっている。
「ねえねえハルト。もし僕らが死んだら結婚しようよ」
「そういうのは生きて帰ったらじゃないのか......? 死霊術師ジョーク?」
「死んだらとか縁起の悪いこと言ってんじゃねーよ! それにその、け、結婚とかあ!」
唐突なリーベの告白に呆れる俺と焦るヒルダ。
イザベラは「あらあら」と錬金術で作り出した冷水をあおった。
「パーティ内での結婚は許しません。するなら引退してからにしてください」
どこか厳しい態度のシャーロット。それを見てにやつくスカーレット。
「結婚って言っても俗世の肉体の繋がりの話じゃなくて、魂の繋がりの話なんだけどなあ」
「に、肉体の繋がりってお前......!」
慌てるヒルダ。
おそらくリーベは恋愛感情からではなく、親愛の情から死霊術師流の結婚を申し出ているのだと俺にはわかった。
「わかったわかった。死んだらな。死なないけど」
「えー! 死んだら約束だよ!」
「だから死なないって」
そうやってリーベと押し問答をしていると、シャーロットが咳払いした。
そしてそのまま話題を変える。
「リーベ、『秘密兵器』の調子はどう?」
「順調だよ? 後はどこまで戦えるかだけって感じ」
「もう明日なんだから『秘密兵器』について教えてくれてもいいんじゃないか?」
俺も話題を変えようとするシャーロットに乗ろうと「秘密兵器」について尋ねる。
ヒルダもイザベラも興味津々だ。
「そうですね。もう明かしてもいい頃合いでしょう。以前倒した特異個体『深淵の牙』。その骨格です。ギルドに難癖を付けられて接収される危険があり、また使役が成功する保証もなかったため、調整を担当するリーベ以外には伏せていました」
「素材は『北方商会』に売り払ったんじゃあ......」
「『深淵の牙』......ケイヴパンテラに需要があるのは毛皮、牙、臓物ですから」
まさかここで「深淵の牙」の名前が出てくるとは思わなかった。
しかしそれをここまで味方にも隠し通すとは、シャーロットの辣腕にも改めて驚く。
「牙や爪は金属製の物に置き換え、元の戦闘力はそのままリーベに使役してもらいます」
「結構神経質な子でね。調教するのに苦労したよ」
「俺たちに殺されたからじゃないの......?」
思わずツッコんでしまう俺。
するとリーベはにこやかに返した。
「殺し合った仲でもわかり合えるものだよ。魂同士の対話はそのくらいの力があるんだ。だから死んだら僕と結婚......」
「だぁーっ! しつこい! ハルトは死なないっつってんだろうが!」
ヒルダが怒り出し、リーベは会議室から逃げ出す。それを追うヒルダ。
決戦前夜とは思えないほど、その日は和やかに過ぎていった。