第二十三話 竜退治
俺たちは付き合いのある「北方商会」から買い付けた幌馬車に乗ってシャーロットとスカーレットに見送られ、ゴストリンを出た。
わざわざ馬車を買ったのは、馬の生還する保証がないからだ。
「絶対に死なないでください。ギルド長命令です」
別れ際の言葉が脳内で反復された。
荷台の中には分解された「深淵の牙」の骨がぎゅうぎゅうに詰まっている。
骨と骨の隙間に乗り込んだ俺たちは、言葉少なに「災禍の竜」との戦闘のシミュレーションに勤しむ。
「そろそろ着くぞ。覚悟はできてるか?」
ヒルダの一声で俺たちは前方に群がる眷属の小竜の群れを視認した。
御者がヒルダからリーベに代わり、それ以外は馬車を降りる。
「覚悟する時間があるだけ恵まれてるな。俺はいきなりブレスを喰らったんだから」
「お前に言われちゃ敵わねえな」
突出した小竜をヒルダが斬り捨てる。
その陰でイザベラが俺に一本の小瓶を渡した。
「端的に説明するわ。神経保護水薬の中でも一本だけの特別製。理論上は五個以上のスキルを安定して使えるはずよ......短時間だけど」
「馬車でくれればよかったのに」
「最後まで調整してたのよ。味の方は......言うまでもないみたいね」
なんだか少し可笑しい気分になった。
これまでで最強の敵となる「災禍の竜」よりも、反射でイザベラの水薬の味の方を警戒してしまったからだ。
「リラックスはできてるみたいね」
「おかげ様でな」
俺とヒルダは早足で迫りくる小竜の相手をする。
走り出さないのは体力不足のイザベラと分断されるのを防ぐためだ。
俺たちはなだらかな丘陵を進んでいく。
右からブレス個体。全身を振るわせて炎のブレスを吐き出そうとする。
その脳天にヒルダのナイフが突き刺さった。落下し爆散するブレス個体。
ヒルダは片手間でナイフを投げながら、もう一方の手に持った剣で小竜を両断する。
「いきなり飛ばしすぎじゃないか?」
「お前の出だしが遅いんだ。ハルト」
俺も水薬を飲み干して「俊敏」、「反射」スキルで小竜を始末していく。
二十体ほど倒した頃だろうか。小竜たちが徐々に遠ざかっていく。
俺たちは丘陵の最奥にある谷へと到達した。
カミーア村の残骸すらなく徹底的に焼かれた黒く焼け焦げた空間。
そこから不意に一体のドラゴンが顔を出した。
「久しぶりだなあ『災禍の竜』! 底辺を脱出できたのはお前のおかげだが、ここで討つぞ!」
眼前で咆哮するのは「災禍の竜」
俺とシャーロットの始まりであり、原点。
だが俺はそれすら通過点にしてみせる。
ブレスが放たれる。
「行くぞお前ら!」
起点は「頑強」。一時的に防御力を増加させるスキル。
「頑強」に「火耐性」「衝撃耐性」「耐魔力」が噛み合い、層を重ねた硬さが肌に乗る。
爆炎に包まれながら突進してくる俺を見て、「災禍の竜」がわずかながら驚いたように思えた。
「こっちだバーカ!」
ヒルダの渾身の蹴りが竜の鼻面を打つ。
大口を開けてヒルダを狙う「災禍の竜」......ブレスを放つ気だ。
ヒルダに向けて放たれた業火を俺は再び受け止める。
作戦会議で決まったブレス対策は簡単だ。
俺が最前に出て顔の方向から見てブレスを受け止めればいいのだから。
「──照準よし。狙い撃つわよ」
後方からイザベラの熱線が放たれ、俺の周囲を覆う煙を吹き飛ばした。
イザベラは肩掛けカバンから次の鉱石を取り出しながら後退する。
「グオオオオオオオッ!」
絶叫とも思える咆哮がビリビリと俺の体を震わせる。
イザベラの熱線が目を抉ったのだ。
俺は常人であれば気絶してしまいそうな距離に立っているが、「衝撃耐性」のおかげで辛うじて立っていられる。
俺たちの狙いは単純かつ明快。
イザベラの熱線で何度も目を穿ち、脳まで到達させる。
無論、「災禍の竜」が空を飛び出したらイザベラの照準も合わせづらくなる。
だが俺たちは「災禍の竜」を地面へくぎ付けにするカードを持っている。
「行くよ! パンツァー!」
鞍を付けられた骨格標本のような「深淵の牙」がリーベを乗せて飛び出す。
パンツァーと名付けられたかつての敵は、リーベの「友達」として大地を駆ける。
翼をはためかせ始めた「災禍の竜」に驚異的なジャンプ力で飛び乗り、爪を突き立て金属製の牙で食らいつく。
背中のパンツァーを振り落とそうと背後にブレスを放つ「災禍の竜」だったが、リーベが召喚した無数の骨の兵士たちによって受け止められる。
そして痛みに耐えかねたのか高度を落とす竜。それをイザベラは見逃さなかった。
両手に鉱石を持ち、二射、三射と連続で熱線を放つ。
二射目は狙い通り目の傷をさらに抉ったが、三射目は苦痛に悶えた「災禍の竜」によってわずかにそれた。
「ギイイイイイイッ!」
怒り狂った「災禍の竜」がイザベラ目がけて突進する。
この場合はヒルダと俺で挑発を入れつつ、イザベラが後退する時間を稼ぐ。
その際イザベラはありったけの身体強化系の水薬を飲んで逃げる。
「らぁっ!」
低空を飛ぶ「災禍の竜」に飛び掛かり、ヒルダが翼の皮膜を大きく切り裂いた。
地面を滑る「災禍の竜」。今、竜は大地に落ちた。
そしてリーベとパンツァーは背中への攻撃をやめない。
背中の傷は広がり、竜は怒りから無差別にブレスを吐く。
既にイザベラはブレスの射程外である側面か背面に逃げているはずだった。
──が、目の前の光景を見て俺は目を疑い、同時に走り出した。
小竜の残党に襲われイザベラが転んでいたのだ。
(間に合わない......っ!)
無数のブレスのうちの一つがイザベラを捉えていた。
加速系のスキル連鎖で追うが、射線に割り込むことができない。
「短い間だったけどありがとう。パンツァー、きっとまた君を蘇生するから」
ブレスを受け止めたのはリーベの乗るパンツァーだった。
パンツァーは体の半分ほどが吹き飛びながら、まだイザベラを守るように立っていた。
追い打ちのブレス。今度こそパンツァーは粉々になり、リーベが吹き飛ばされる。
イザベラを襲っていた小竜は瞬く間にヒルダによって狩られた。
リーベは地面を転がり、起き上がる気配がない。
イザベラも足を痛めたのか立ち上がることができていない。
俺たちは攻め手を二つ同時に欠いた。
「撤退だハルト! 二人がやられちゃこれ以上戦えない!」
「いいや、撤退しない」
「はあ!?」
ドラゴンは地面を這いずりながら、谷の中に滑り落ちていく。
今退けば、竜は翼の傷を癒やす。パンツァーも失い、同じように地面へ引きずり下ろす手段はもうない。
勝てるとすれば、飛べずに谷へ落ちた今だけだ。
「ヒルダは二人を守ってくれ、小竜が来るぞ」
差し向けられた無数の小竜、しかもブレス個体多めの群れが俺たちを狙っている。
「守れったって、いつまで!」
「なるべく早く済ませる」
ヒルダにそう言って俺は走り出した。
竜が飛べないなら、一つだけ俺に勝ち筋がある。
俺はイザベラの特別製水薬を飲んだ。
まずは「頑強」に「火耐性」「衝撃耐性」「耐魔力」でブレスを無効化しながら小竜の群れを斬り進む。
そして「俊敏」「加速」「反射」を追加。「災禍の竜」が守りを固める前に決める。
縦に両断した小竜の間を通り抜けながら、俺は丘陵から谷へ「跳躍」で飛んだ。
時間の感覚が引き延ばされた。「覚醒」が働いている証拠だ。
今回、俺はこの「覚醒」を角度の調整だけに使う。
自由落下を始めた俺に「災禍の竜」のブレスが直撃する。無傷だ。
だがブレスが直撃したこと。それは角度の調整が成功したことを意味する。
二撃目のブレス。歯を食いしばる。
三撃目のブレス。もう「衝撃耐性」だけでは抑えきれないことを感じる。
四撃目のブレス。意識が飛びそうになる。
そして五撃目のブレス。朦朧とした意識で俺は勝ちを確信する。
五撃目の直撃と共に俺は「災禍の竜」の口内に飛び込んでいたからだ。
体内にブレスが逆流し、火炎袋にまで到達する。
爆音と共に「災禍の竜」が吹き飛んだ。
俺はドラゴンの肉と血の中から頭を振って起き上がり、「死ななかったぞ、シャーロット」と呟いた。