第十六話 反撃
ヴェルデを見張りとして残し、証拠となる帳簿を持って拠点となる屋敷に戻ると、シャーロットが書類の散乱した机の前で呆けていた。
「眠いのか? シャーロットらしくもない」
「違います。早馬が来ました。この手紙を持って......」
「こんな夜に?」
シャーロットが手にしている封筒を見ると、これまで嫌になるほど見たゴストリン冒険者ギルドの紋章が記されている。
「ギルドから、手紙......?」
「読んでみてください」
俺は手渡された手紙に目を通す。
まず最初に飛び込んできた字に驚き、手紙を取り落としそうになった。
「訴状だと?」
「はい。私を訴える内容になっています」
ゴストリンでは冒険者同士の紛争やギルド職員の不正は、都市裁判所ではなくギルド評議会の審問で裁かれる。
俺は急いで訴状を読む。後方ではヒルダやリーベが騒然としているが、気にしている余裕はない。
「ゴストリン冒険者ギルド、元職員シャーロットは以下の不正行為により当ギルドに多大なる損害を与え、当ギルドはそれを訴え出るものである......」
質が悪いのは訴状に記載されていたシャーロットの悪事というもの。
そのいずれにも心当たりがあるという部分だ。
書類棚の鍵の複製。本来の職位では閲覧できない書類を持ち出す。受付嬢だから知り得る情報を利用した商品の買い占め。
いずれもシャーロット自身が語っていたことだ。
「けど、この内容は......」
「はい。明らかに誇張されています」
曰く、知り得た情報を各地の商会や他方面のギルドに横流しし、対価を得ていた。
曰く、シャーロットの商品買い占めで必需品を買えないパーティに被害が出た。
「横流しや対価の受領、被害が出たという部分は事実ではありません」
「だがアズールがその気になれば......」
「私の認識が甘かったとしか言いようがないですね」
シャーロットはうつむいて唇を噛む。
確かにシャーロットのしていたことはギルドの規則に反していたかもしれないが、捏造をしてまで追い落としに来るとはアズールの本気具合が伝わってくる。
「おい、シャーロット! 裁判はいつなんだよ! それまでにこの証拠をアズールに突き付ければさあ!」
手に入れた「デュアルソード」の裏帳簿を振りかざし、シャーロットに詰め寄るヒルダ。
「そうだよ。この屋敷のことと僕を消そうとしたことも明らかにすれば、こんな訴え......」
「明日、なんです」
「それ、シャーロットを潰す気じゃないか......」
ヒルダとリーベが固まる。
そう。訴状が示している裁判の日程は明日。
こちらに容疑を覆す証拠を集めさせるつもりすらないということ。
「ヴェルデ氏を呼び出してください。明日の留守を頼みたいのですが」
「こんなデタラメの裁判に付き合う気かよ!」
食い下がるのはヒルダ。
リーベは黙っている。裁判に応じなかった際、どんなことが起きるかきっと理解しているのだ。
「そうでもしなければ我々がどれほどの不利益を被るか、想定もできません。それに訴えられるのは私です。皆さんに迷惑をかけるわけにはいきませんから」
「一人で全部背負うつもりか」
「元から全て私の罪です」
シャーロットに引き下がるつもりはないらしい。
だが俺はシャーロットが負けを認めたわけではないことを感じ取った。
根拠があるわけでもない勘だが、いつもシャーロットは勝ち筋を残した状態で苦境に臨んでいたはずだ。
「......ただ負けるつもりじゃないって、言えるか」
「ええ。この訴状を作成したのはギルドの書記官。私の協力者です。スカーレットなら、あるいは」
スカーレット。
どこか薄っすらと記憶に引っかかる名前。
直接会ったことはないとは思うが、何が俺を引き止めるのだろうか。
「覚えていませんか。ドラゴンのブレスを無効化した事故報告書を記したのが彼女です」
ああ。全ての始まり。シャーロットが俺を見出すこととなったきっかけの一枚。
それを記した人物が、俺たちを終わらせるかもしれない。
その事実はあまりにも皮肉に思えた。
「よくわかんねえけど、そのスカーレットならどうにかできるかもしれないってことか!?」
「僕にはギルドの書記官レベルの権限で、評議会の意思をひっくり返すなんてできるとは思えないけど......」
ヒルダとリーベは正反対のスタンスだ。
そして沈黙を貫いているイザベラは俺を一瞥した。
わかってる。俺がここでしなければならないこと。それは──
「シャーロットを信じよう」
俺たちにできるのはシャーロットを信じることだけだ。
「考えてもみろ。裁判所なんて格式ばったところ、シャーロットの独壇場だろ」
「......そうかもね」
リーベが小さく笑いながら肩をすくめた。
「本当に無策で裁判に臨むの? 具体的なアドバイスができるわけじゃないのはわかってるけど、無謀すぎるんじゃない?」
「付け焼刃で偽の証拠を作ることの方が危険です。答弁が正しく行えるように書類をまとめる時間を作る方が有意義でしょう」
イザベラの問いにシャーロットは歩きながら返し、地下の倉庫へと向かう。
「手伝おうか?」
「大丈夫です。皆さんはいざという際の乱闘に備えて体を休めてください」
「乱闘ってヒルダじゃないんだから......」
苦境の中でも決して折れない元ギルド受付嬢、シャーロットは振り返っていたずらっぽく笑った。
「冗談です」
裁判のことより、シャーロットが冗談を言ったことに驚く。
そのままシャーロットは地下へと降りていった。
*
しばらくしてヴェルデが帰ってきた。
屋敷では書類整理をするシャーロット、水薬作りに専念するイザベラ、そして眠れない俺が起きている。
「『デュアルソード』の連中に誓約書を書かせた。これで俺たちのことをアズールに報告することはできない」
「それって魔術的な拘束か? よくそんなもの持ち歩いてたな」
「アズールの仕事の代役で手続きするときにな。本来はこんな使い方しないぜ」
俺はシャーロットが訴えられたことと、屋敷の留守を頼みたいということをヴェルデに伝える。
「ああ、俺でよければ引き受けよう」
「俺らの中でアンタ以上の適任はいないよ」
留守に関しては快諾したヴェルデだが、裁判についてのコメントがない。
なのでヴェルデに直接見解を聞くことにした。
「アズールは裁判でどんな手を使ってくると思う?」
「俺に聞かれてもって話だが、まあコスい手だろうな......不安か?」
「不安というか、落ち着かない」
シャーロットを信じると決めた俺だが、突然の事態を飲み込み切れていないのも事実。
そんな俺を励ますように、ヴェルデはシャーロットのことを語り出す。
「本来ならシャーロットは受付嬢なんて職位に甘んじる器じゃないんだ。評議員の秘書と別に肩書きの一つや二つ、余裕でこなせるだろうな」
「じゃあなんで受付嬢なんか......」
「それは知らん。本人に聞いてくれ。だが、裏の仕事のご褒美で評議員になったあの弟ごときが実務で勝てる相手じゃないのは確かだ」
ヴェルデは嫌そうな顔でアズールについて触れた。
「乱闘騒ぎに俺は不要か?」
本気なのか、冗談なのかわからない調子でヴェルデが問いかけてきた。
「いらないよ。シャーロットが勝つから」
俺の心の迷いは完全に晴れた。