第十七話 逆襲の一手
「──それでは被告シャーロットに対する審判を開始する」
アズールの宣言で裁判が始まった。
冒険者ギルドの評議員たちの会議室、そこへ設けられた被告席に座るシャーロット。
俺たちは結界の張られた後方の関係者席に待機させられている。
何があっても余計な口を挟むなと厳命され、硬い椅子に座る。
「容疑はギルドへの背信行為。人的被害も出ている。君の設立したギルド......『特級リスク対策社』は畳んだ上で全て賠償に充ててもらうことになる」
「ギルドを畳む必要が? 根拠は?」
「犯罪者に冒険者ギルドを運営することはゴストリンの法令上できないからだ。先ほど可決された法令だが」
シャーロットを責め立てるのはアズールの仕事のようだ。
それにしてもこいつら、完全に俺たちを潰すつもりらしい。
どういうルートで働きかけたのかは知らないが、この審判に合わせて新たな法律を作らせたとは。
「随分と用意周到ですね」
「用意? 都市の秩序に反する存在がギルドを新設できないようにするための、ごく当たり前の法令なのだがね」
丁寧なやり取りをしているようでも、アズールの口元は緩んでいる。
シャーロットを侮っている証だ。
それをシャーロットも感じたのか、鋭い視線で言い放った。
「総勢五名の新興ギルドがそこまで怖いのですか。あなた方は」
「......その発言は評議員への侮辱か? 審判を打ち切っても構わないのだぞ」
「それはできないはずです。あなた方としても我々がどこまで真実へ到達しているかを知る必要があるでしょうから」
シャーロットの反論を聞いてアズールの表情が歪む。
淡々とした調子を崩さずに続けるシャーロット。
「この審判の第二の目的。それはあなたの後ろ暗い過去を我々がどれほど把握しているか探ること。例えば屋敷について、『一党』についてどこまで知っているか......とか」
「勝手な発言は慎め!」
語気を荒げるアズール。アズールが焦っている理由がわからず顔を見合わせる評議員もいた。
「......失礼。この審判は飽くまでもシャーロット、君の背信行為を裁くために開かれたものだ。進行を妨げる発言は控えていただきたい」
「そうでしたね。では、そちらからどうぞ」
「まず君は書類棚の鍵を複製し、職位を越権した書類を閲覧していた。違うか?」
アズール対シャーロットという点では既にシャーロットが場の流れを握っているように見えた。
あとは他の評議員の横槍がどの程度あるかだ。
「事実です。各地でどのような魔物が未討伐なのか、何故未討伐なのかを考えることは的確な依頼の斡旋をする上で役に立ちました」
「確かに、君が抜けてからというもの依頼の失敗や手つかずの依頼が増えたように思える。この主張はあながち間違いではないだろう」
「クラウス殿......!」
口を挟んだのは整えた白い口ひげが特徴的な、品のある老紳士。
この男はシャーロットの味方と考えていいのか......?
「しかし、彼女には情報を商会や他方面のギルドに横流しして利益を得ていたという疑惑があります」
「どうなのかね、シャーロット」
「事実無根です」
アズールの顔に再び笑みが戻った。
「これを見たまえ。君が『北方商会』に情報を売った際の謝礼の領収証だ。君たちは特異個体絡みで『北方商会』と仕事もしている。ギルドを立ち上げる前のコネクション作りだったのでは?」
「そんな領収証をどこに放置していたのかは存じ上げませんが、あなた方の考えるシャーロットという女は随分不用心なのですね」
「捏造された証拠だといいたいのか? 手に取ってみても構わないぞ」
シャーロットはアズールから受け取った領収証の内容を一通り確認したのち、机の上に置いてある訴状をちらと見た。
俺もスキル「鷹の目」を使って訴状と領収証を見比べる。筆跡が同じだ。
つまりは捏造。シャーロットもそれに気づいたということだ。
「拝見しました。お戻しします」
「容疑を認めるということかな?」
「断固否認します」
シャーロットは捏造の件に触れない。何故?
「それでは次に、彼女には受付嬢だから知り得た情報を元に物資を買い占めていた容疑があります。これにより物資が不足し、負傷者が増えたとも」
「確かにギルド設立のための資金繰りに需要のある物資を読んで利益を得ていましたが、物資が不足するほど買い占めることは不可能です」
「その根拠は?」
アズールに問われ、シャーロットは単純明快な答えで返した。
「評議員ともあろうお方が受付嬢の給与をご存じない?」
「ふむ。彼女の職位では君の主張を実行することは不可能だ。それこそ評議員クラスの報酬がなければ」
またもクラウスの援護射撃。
彼が何か発言する度にアズールの表情が目まぐるしく変わる。
おそらく、評議員の中でも上位の席次なのだろう。
「......だとしても、これはシャーロットによる職権乱用です。これはゴストリンの冒険者ギルドとして裁かねばなりません」
「裁く? 何をおっしゃっているのですか?」
「何だと? そもそもこれは君を裁く審判であると最初に......」
突然シャーロットが指を鳴らす。
「審判などと、どこに書いてあるのです。これは私に対しての厳重注意を言い渡す書類です。ここまで責めを受けるつもりでいましたが、ここまで的外れだといささか不愉快です」
「何だと? 確かに君を裁くための訴、状......」
評議員たちからざわめきが聞こえる。
俺は再び「鷹の目」でシャーロットが手にする訴状を見た。
「ゴストリン冒険者ギルド、元職員シャーロットは以下の不正行為により当ギルドから厳重注意を言い渡すものである......」
書いてある内容が昨日と全く違う。
取引の証拠である領収証は白紙になっていた。
「クラウス殿、厳重注意の言い渡しが審判に変わったのはアズール氏の一存ですか?」
「......そうだな。彼は君を目の敵にしている節があった。お互い、若く優秀だ。だからだろう」
「クラウス殿! こんなこと、許されるはずが!」
声を荒げるアズール。
「そこに書いてある通り、君には厳重注意を言い渡す。次はないと考えて欲しい」
ギルド評議会の審判は、正式な訴状に記された罪状に基づいて進行する。
訴状がなくなった今、評議員たちは次々と席を立ち、アズールもクラウスを追いかけながら会議室を後にした。
シャーロットと俺たちを遮る結界が解かれる。
「おい、何があったんだよシャーロット!」
「僕にもさっぱりだよ。ヒルダにもわかるように説明してくれる?」
「なんだとー!」
対してイザベラは訴状の表面を指でなぞった。
「......インクね」
「そうです。実務ではよく用いられる下書き用のインクです。私でも扱える少ない魔力で完全に消えます」
イザベラの指摘に対して訴状のからくりを説明するシャーロット。
「訴状の文面はそうだとしても、今書いてある厳重注意の文はどこから出てきたんだよ」
「この書類を作成したスカーレット自身の血によるものです。魔力に反応して出現する仕組みなのでしょう」
勝利の余韻に浸る様子もなく、いつも通りの受け答えに終始するシャーロット。
「どこでそのことに気付いたんだ?」
「訴状の作成者がスカーレットだということに気付いたときです。彼女なら実務経験者が活用する方法で私を助けてくれると、そう思ったんです」
ギルドの評議員でも見抜けなかったスカーレットの工作。
それは実務経験者同士でなら通じる単純なものだった。
だが何故自分の立場を危うくしてまでスカーレットがシャーロットを助けるのか、腑に落ちない部分もあった。