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第4話 血の盟約


 春の訪れが近づき、雪深かったマージナにも少しずつ活気が戻り始めていた。

 ――本来なら。

 だが町を覆っていたのは春の兆しではなく、不気味な噂だった。
 それは近頃、マージナの若い娘達が何者かによって血を吸われ殺されているというものだった。
 犯人の姿を見た者はいない。
 ただ被害者の首筋には決まって二つの小さな傷が残されていた。
 そしてその噂のせいでマージナの町は不気味な程に静まり返っていた。

「本当迷惑な話だよ。お陰でこちとら商売上がったりだ」

「それは大変だな......貴重な話聞かせてもらえて助かる」

 私は品物を受け取ると店を後にした。
 冷たい風が静寂を乗せ閑散とする町を通り抜けていく。

(本来この時期ならとっくに公益路は開通している筈だが......)

 春になればセンチュラルへ向かう馬車も増える。
 しかし今の状況では御者はおろか、商人や旅人までこの町を避けている。

(これでは、またここから動けない)

 だがいつまでもマージナで時間を潰しているわけにはいかなかった。

「......仕方ない馬車は諦めよう」

 そして私は徒歩で隣国へ向かうことにしたのだった。
 馬車なら二日ほどの道のりだが、徒歩なら少なくとも一週間はかかる。

「そうなると旅支度は早めに済ませないといけないな」

  私は夕食の買い出しを済ませた後、ついでに旅に必要な物もまとめて買い揃えることにしたのだった。
 そうしているうちに日は傾き、夕刻を告げる鐘が鳴る。
 空虚な町に、その音だけがやけに大きく響いていた。

(今日はもう遅いし早めに宿へ戻ろう)

 そう考えながら歩いていると少し先に見覚えのある人影があった。
 目深く被ったローブ。
 見間違えるはずがない。

(ユウだ)

 私は思わず足を止めた。
 周囲を見渡す。
 人影はない。

(こんな時間に一人で何をしているんだ?)

 この町に来てから随分と経つのにユウに会うのは久々だ。
 寧ろ会って無さすぎて忘れられている可能性も一瞬浮かんだ。
 しかし妙な噂もあるので心配になり声を掛けようとした。

「ユ――」

 その時だった。
 路地から一つの影が姿を現す。
 茶色の髪を二つに編んだ、素朴な風貌の娘だった。
 そして娘はユウを見つけるなり、嬉しそうに駆け寄っていく。
 そして娘はユウの胸へ飛び込んだ。

「......え?」

 私は呆然と立ち尽くした。
 手を振ろうと上げていた右手は行き場を失い空中を彷徨う。
 ユウは驚く様子もなく少女を抱き止めた。
 そして彼女の首筋へ顔を埋めた。

「 」

 何かを囁いている。
 聞き取れない。
 けれど、その光景を見ているだけで胸の奥が妙にざわついた。

(......なんだろう)

 私は二人から視線を逸らす。

(......でも私には関係ない)

 そしてその場から去ろうと踵を返そうとしたその時だった。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 夜の町に悲鳴が響いた。

「!?」

 私は反射的に振り返る。
 だがそこには信じられない光景が広がっていた。
 先程まで嬉しそうに抱きついていた娘は今はとても苦しそうにユウの腕の中でもがいていた。
 苦しそうに身体を捩り、何度も彼の胸を叩いている。
 それでもユウは離さない。

「何......」

 何が起きているのか分からない。
 私はその場から一切動けなかった。
 やがて少女の動きが弱くなる。
 そして完全に動きが止まった。
 するとユウはようやく腕の中の娘を手放した。

 ドサッ

 雪の上に娘の身体が力なく転がる。
 するとユウは自分の口元を親指で拭った。
 そこには赤い液体が付着していた。
 彼はそれを何の躊躇いもなく舐め取る。

 刹那、ユウがこちらを振り向いた。
 ローブの隙間から覗く真紅の瞳。
 私は息を呑んだ。

(綺麗......)

 そう思った直後、全身が凍りついた。

「......見られたか」

「......」

 声が出ない。
 するとユウはゆっくりと私の方へと近づいて来る。

「......噂の犯人......貴方だったんですね」

 ようやく声を絞り出す。
 するとユウは肯定も否定もせず静かに目を瞑った。

「......本当に残念だ」

 私の目の前に立つユウは何処か物憂げな表情をしていた。

「君には知られないままでいてほしかった」

「どうして......」

 そしてユウは私の目の前で足を止めた。

「俺の正体は同族以外の誰にも知られてはいけない」

 その指が私の頬に触れる。
 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

(冷たい......けど心地良い......)

 けどその手つきは以前と変わらなかった。
 あの時、私にローブを貸してくれた時と同じ。
 騎士団で報奨金を譲ってくれた時と同じ。
 私が自分を必要としてくれる場所を尋ねた時、優しい言葉をくれた時と同じだった。

「だから――」

 ユウの指が頬から首筋へ滑っていく。

「ここで君には死んでもらう」

(そうか......)

 私は目を伏せた。

(もう旅も此処までか......)

 もちろん死にたくはない。
 まだ見たいものがある。
 まだ行きたい場所もある。

 それでも――

(悪くない人生だったのかもしれない)

 自由も人権も無かった実家を出た。
 そして誰かに決められた人生ではなく自分の思うがままの道を選んだ。
 そして旅の途中で、たくさんの景色を見た。
 たくさんの人々に出会った。
 その中には勿論ユウもいた。
 ほんの僅かな時間だった。

(最後に看取ってくれるのがユウなら......)

 私は静かに目を閉じた。
 そうすればユウは私の首元に顔を埋めた。
 そして――

「君達何をしている!」

 刹那、鋭い声が聞こえた。
 目を開くとユウの背後にはランプを掲げた騎士が立っていた。

「チッ......最悪だ」

 ユウの表情が初めて険しくなる。
 すると私の横をすり抜け、ユウは夜の町へと姿を眩ました。

「君大丈夫か!?」

 そう言われてハッとする。
 瞬間、私の止まっていた思考が動き出した。

「私よりもそちらの女性をお願いします!」

 その後はとても目まぐるしかった。
 少女は一連の変死事件の被害者と特徴が一致していた。
 騎士たちにとって、私は犯人を直接目撃した貴重な証人だった。

「この件は此処ではお話しづらいでしょうしとりあえず私達の基地に同行して頂けませんか?」

 そして私はそのまま騎士団の基地へ連れて行かれ、ユウについて詳しい事情を聞かれることになった。

「何か少しでもいいので覚えていることがあれば話してもらえませんか?」

「すみません......よく覚えていません」

 だけど私はその事をとても話す気にはなれず、何を聞かれてもあまりよく覚えていないと一貫して述べた。
 そうして数時間の事情聴取の後、ようやく解放され帰してもらえることとなった。

「捜査へのご協力ありがとうございました。」

 騎士は最後に金袋を差し出した。

「それと、以前の報奨金の残りです。お渡しするのが遅くなって申し訳ありません」

「......ありがとうございます」

 私は金袋を受け取った。

「貴方はどうも巻き込まれやすいようですから、くれぐれもお気をつけください」

「......はい」

 そして私は夜も更けてきた頃、ようやく事情聴取から解放され宿へと帰ることができたのだった。





「ユウ......」

 その名前を呟いた瞬間。
 胸の奥がズキズキと痛んだ。
 あの場では平静を保てていた。
 事情聴取の時でもそうだった。

 なのに――

 宿へ戻った途端、堰を切ったように涙が溢れた。

「......どうして」

 私はベッドに倒れ込む。

「どうして......」

 何度問いかけても答えは返ってこない。
 ただ頭の中であの時のユウの表情が焼きついたまま離れてくれない。

「どうして......!」

 私が困っている時、何度も手を差し伸べてくれた。
 私の話に耳を傾けてくれた。
 そして私が一番欲しかった言葉を彼だけが言ってくれた。

 けれど、ユウは人を殺していた。
 私が見たあの優しささえ、全部偽物だったのだろうか。

「うう......」

 どれほどの間泣いていただろう。
 気が付けば顔を埋めていた枕は使い物にならない程に濡れていた。

「......違う」

 私は衣服の袖で涙を拭った。

「そんなはず......」

 分からない、それでも一つだけ確かなことがあった。

(私はユウのことを知りたい)

 だから――

「......探さなきゃ」

 ずっと泣いていたってしょうがない。
 私は気力を振り絞り日の昇り始めた町へと繰り出した。
 町に出ると変死事件の指名手配書らしきものがあちこちに貼られていた。
 しかし、描かれているのは深くフードを被った人物の姿でユウだと断定できる情報は殆どない。
 私は知り合いの商人たちにも尋ねて回った。
 だが誰もユウについて詳しくは知らなかった。

「こうなってしまっては、もうこの町には居られないだろうな」

 しかしその途中で一つの噂を耳にした。
 マージナに配属されていた騎士の一人が今朝方、寮内で遺体となって発見されたという。

「......まさか」

 私はそれ以上を聞けなかった。
 ユウはまだこの町の何処かにいる。
 けれど、もう私が知っているユウではない。
 結局何の手掛かりも得られなかった私は食料のみを買い込み宿へ戻ったのだった。


***


 そしてその日の晩。
 私は妙な気配で目が覚めた。
 目を開くとそこには日中に探し回ったあの顔がベッド脇からこちらを覗き込んでいた。

「......夢か......」

「夢じゃ無い、現実から目を逸らすな」

「――!?」

 身体が強張る。
 目の前には此処にいる筈のないユウがいた。

「......どうして」

 ユウは不思議そうに首を傾げる。

「......私が此処に泊まっていると、どうして分かったんですか?」

「あの日、君を宿まで送っただろう」

 ユウは淡々と答える。

「その時に知った」

「......そうでしたね」

「普通なら、もう少し警戒するものだ」

 ユウは呆れたように息を吐いた。

「君は本当に世間知らずだな」

 するとユウは此方へと近づいてくる。
 私はベッドの上から動けない。
 そして彼は私の身体へ覆い被さった。

「俺の秘密を知ってしまった以上、君をこのまま野放しにはしてはおけない」

 真紅の瞳がこちらを見下ろす。

「あの騎士同様、君にはここで死んでもらう」

 そしてユウは私の首元に顔を近付ける。

「知っていたって誰にも言いませんよ」

 牙を突き立てられる直前、ユウの動きが止まる。

「......だって命の恩人を売る様な真似、私には出来ませんから」

「だったら何故俺の指名手配書が町中に出回っているんだ?」

 ユウは顔を上げ私に疑いの眼差しを向ける。

「あの紙切れに私が知り得た情報が一つでも載っていましたか?」

 そう言うとユウは口を噤んだ。

「恐らくあの手配書は偶然居合わせた騎士の証言で作られたのでしょう」

 私はユウをまっすぐ見つめた。

「その証拠に私が知っている貴方の名前も、詳しい特徴もあの手配書には一切載っていない筈です」

「......」

 しかし此処まで証言をしてもユウは信じ切れていない様子でじっと怖い顔で私を見下ろしている。

「本当だな?」

「勿論です」

 ユウは私をじっと見つめた後ベッドに組み敷いていた私の身体を解放した。

「なら俺と今ここで盟約・・を結べ」

「めいやく?」

「君が今後俺を一切裏切らないという契りだ」

 するとユウは親指で私の胸中心をグッと押した。

「今後、どんなことがあっても俺の正体を誰にも明かさず裏切らないことをココ・・に誓え。無論断るのなら容赦なく殺す」

「......」

「さあどうする?」

 選択を迫られる。
 だが私は迷わなかった。

「誓います」

 こんなところで死ぬわけにはいかない。
 私はまだ旅の途中だ。
 まだ見たい景色だってある。
 食べたいものだってたくさんある。
 それに私はまだユウのことを何も知らない。

「言質げんちは取ったからな」

 直後、ユウは自らの指先を噛み切ると滲み出る血をそのまま口に含む。

「一体何を――」

 しかし問いかけるより早く私はユウに唇を塞がれた。

「!?」

 口内へ流れ込んでくる鉄臭い液体。

「一滴たりとも余さず飲み込め」

 私は言われるがままユウの血を全て胃に収めた。
 直後、心臓に熱した杭を思い切り打ち込まれる様な激痛が走った。

「がっ......!?」

 私は強烈な痛みと苦しさのあまりベッドの上をのたうち回る。

「ぁ.........!」

 息ができない。
 胸の奥が焼ける。
 冷や汗が止まらない。
 それは徐々に身体の内側へ入り込み、私の心臓に何かを刻みつけていく。

「今、君の心臓に盟約の印・・・・を刻んでいる」

 朧げなユウの声が私の鼓膜を揺らす。

「これで君は、俺との盟約を破ることができない」

「......っ」

「どちらかが死ぬまでな・・・・・」

 痛みが徐々に薄れていく。
 視界が滲む。
 身体から力が抜けていく。

(......自由......)

 ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
 私は自由を手に入れる為家を出た。
 誰かの都合で人生を左右されるのが嫌だった。
 だから自分の行き先を、自分で決めたかった。
 なのに――

(皮肉なものだな......)

 そう思ったところで私の意識は闇へ沈んだ。
 そして意識が途切れる寸前。
 耳元でユウの声が聞こえた。

「だからこれからよろしく頼むよ、涼香・・」

 こうして私はユウによって自由を剥奪された。
 だけどこの時の私はまだ知る由も無かった。
 私が本当に欲していたものをユウが与えてくれる存在である事を。

 そしてこの程度の悲劇など序章に過ぎない事を――






to be continued......
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 春の訪れが近づき、雪深かったマージナにも少しずつ活気が戻り始めていた。

 ――本来なら。

 だが町を覆っていたのは春の兆しではなく、不気味な噂だった。
 それは近頃、マージナの若い娘達が何者かによって血を吸われ殺されているというものだった。
 犯人の姿を見た者はいない。
 ただ被害者の首筋には決まって二つの小さな傷が残されていた。
 そしてその噂のせいでマージナの町は不気味な程に静まり返っていた。

「本当迷惑な話だよ。お陰でこちとら商売上がったりだ」

「それは大変だな......貴重な話聞かせてもらえて助かる」

 私は品物を受け取ると店を後にした。
 冷たい風が静寂を乗せ閑散とする町を通り抜けていく。

(本来この時期ならとっくに公益路は開通している筈だが......)

 春になればセンチュラルへ向かう馬車も増える。
 しかし今の状況では御者はおろか、商人や旅人までこの町を避けている。

(これでは、またここから動けない)

 だがいつまでもマージナで時間を潰しているわけにはいかなかった。

「......仕方ない馬車は諦めよう」

 そして私は徒歩で隣国へ向かうことにしたのだった。
 馬車なら二日ほどの道のりだが、徒歩なら少なくとも一週間はかかる。

「そうなると旅支度は早めに済ませないといけないな」

  私は夕食の買い出しを済ませた後、ついでに旅に必要な物もまとめて買い揃えることにしたのだった。
 そうしているうちに日は傾き、夕刻を告げる鐘が鳴る。
 空虚な町に、その音だけがやけに大きく響いていた。

(今日はもう遅いし早めに宿へ戻ろう)

 そう考えながら歩いていると少し先に見覚えのある人影があった。
 目深く被ったローブ。
 見間違えるはずがない。

(ユウだ)

 私は思わず足を止めた。
 周囲を見渡す。
 人影はない。

(こんな時間に一人で何をしているんだ?)

 この町に来てから随分と経つのにユウに会うのは久々だ。
 寧ろ会って無さすぎて忘れられている可能性も一瞬浮かんだ。
 しかし妙な噂もあるので心配になり声を掛けようとした。

「ユ――」

 その時だった。
 路地から一つの影が姿を現す。
 茶色の髪を二つに編んだ、素朴な風貌の娘だった。
 そして娘はユウを見つけるなり、嬉しそうに駆け寄っていく。
 そして娘はユウの胸へ飛び込んだ。

「......え?」

 私は呆然と立ち尽くした。
 手を振ろうと上げていた右手は行き場を失い空中を彷徨う。
 ユウは驚く様子もなく少女を抱き止めた。
 そして彼女の首筋へ顔を埋めた。

「 」

 何かを囁いている。
 聞き取れない。
 けれど、その光景を見ているだけで胸の奥が妙にざわついた。

(......なんだろう)

 私は二人から視線を逸らす。

(......でも私には関係ない)

 そしてその場から去ろうと踵を返そうとしたその時だった。

「いやぁぁぁぁぁぁ!」

 夜の町に悲鳴が響いた。

「!?」

 私は反射的に振り返る。
 だがそこには信じられない光景が広がっていた。
 先程まで嬉しそうに抱きついていた娘は今はとても苦しそうにユウの腕の中でもがいていた。
 苦しそうに身体を捩り、何度も彼の胸を叩いている。
 それでもユウは離さない。

「何......」

 何が起きているのか分からない。
 私はその場から一切動けなかった。
 やがて少女の動きが弱くなる。
 そして完全に動きが止まった。
 するとユウはようやく腕の中の娘を手放した。

 ドサッ

 雪の上に娘の身体が力なく転がる。
 するとユウは自分の口元を親指で拭った。
 そこには赤い液体が付着していた。
 彼はそれを何の躊躇いもなく舐め取る。

 刹那、ユウがこちらを振り向いた。
 ローブの隙間から覗く真紅の瞳。
 私は息を呑んだ。

(綺麗......)

 そう思った直後、全身が凍りついた。

「......見られたか」

「......」

 声が出ない。
 するとユウはゆっくりと私の方へと近づいて来る。

「......噂の犯人......貴方だったんですね」

 ようやく声を絞り出す。
 するとユウは肯定も否定もせず静かに目を瞑った。

「......本当に残念だ」

 私の目の前に立つユウは何処か物憂げな表情をしていた。

「君には知られないままでいてほしかった」

「どうして......」

 そしてユウは私の目の前で足を止めた。

「俺の正体は同族以外の誰にも知られてはいけない」

 その指が私の頬に触れる。
 ぞくりと背筋に悪寒が走った。

(冷たい......けど心地良い......)

 けどその手つきは以前と変わらなかった。
 あの時、私にローブを貸してくれた時と同じ。
 騎士団で報奨金を譲ってくれた時と同じ。
 私が自分を必要としてくれる場所を尋ねた時、優しい言葉をくれた時と同じだった。

「だから――」

 ユウの指が頬から首筋へ滑っていく。

「ここで君には死んでもらう」

(そうか......)

 私は目を伏せた。

(もう旅も此処までか......)

 もちろん死にたくはない。
 まだ見たいものがある。
 まだ行きたい場所もある。

 それでも――

(悪くない人生だったのかもしれない)

 自由も人権も無かった実家を出た。
 そして誰かに決められた人生ではなく自分の思うがままの道を選んだ。
 そして旅の途中で、たくさんの景色を見た。
 たくさんの人々に出会った。
 その中には勿論ユウもいた。
 ほんの僅かな時間だった。

(最後に看取ってくれるのがユウなら......)

 私は静かに目を閉じた。
 そうすればユウは私の首元に顔を埋めた。
 そして――

「君達何をしている!」

 刹那、鋭い声が聞こえた。
 目を開くとユウの背後にはランプを掲げた騎士が立っていた。

「チッ......最悪だ」

 ユウの表情が初めて険しくなる。
 すると私の横をすり抜け、ユウは夜の町へと姿を眩ました。

「君大丈夫か!?」

 そう言われてハッとする。
 瞬間、私の止まっていた思考が動き出した。

「私よりもそちらの女性をお願いします!」

 その後はとても目まぐるしかった。
 少女は一連の変死事件の被害者と特徴が一致していた。
 騎士たちにとって、私は犯人を直接目撃した貴重な証人だった。

「この件は此処ではお話しづらいでしょうしとりあえず私達の基地に同行して頂けませんか?」

 そして私はそのまま騎士団の基地へ連れて行かれ、ユウについて詳しい事情を聞かれることになった。

「何か少しでもいいので覚えていることがあれば話してもらえませんか?」

「すみません......よく覚えていません」

 だけど私はその事をとても話す気にはなれず、何を聞かれてもあまりよく覚えていないと一貫して述べた。
 そうして数時間の事情聴取の後、ようやく解放され帰してもらえることとなった。

「捜査へのご協力ありがとうございました。」

 騎士は最後に金袋を差し出した。

「それと、以前の報奨金の残りです。お渡しするのが遅くなって申し訳ありません」

「......ありがとうございます」

 私は金袋を受け取った。

「貴方はどうも巻き込まれやすいようですから、くれぐれもお気をつけください」

「......はい」

 そして私は夜も更けてきた頃、ようやく事情聴取から解放され宿へと帰ることができたのだった。





「ユウ......」

 その名前を呟いた瞬間。
 胸の奥がズキズキと痛んだ。
 あの場では平静を保てていた。
 事情聴取の時でもそうだった。

 なのに――

 宿へ戻った途端、堰を切ったように涙が溢れた。

「......どうして」

 私はベッドに倒れ込む。

「どうして......」

 何度問いかけても答えは返ってこない。
 ただ頭の中であの時のユウの表情が焼きついたまま離れてくれない。

「どうして......!」

 私が困っている時、何度も手を差し伸べてくれた。
 私の話に耳を傾けてくれた。
 そして私が一番欲しかった言葉を彼だけが言ってくれた。

 けれど、ユウは人を殺していた。
 私が見たあの優しささえ、全部偽物だったのだろうか。

「うう......」

 どれほどの間泣いていただろう。
 気が付けば顔を埋めていた枕は使い物にならない程に濡れていた。

「......違う」

 私は衣服の袖で涙を拭った。

「そんなはず......」

 分からない、それでも一つだけ確かなことがあった。

(私はユウのことを知りたい)

 だから――

「......探さなきゃ」

 ずっと泣いていたってしょうがない。
 私は気力を振り絞り日の昇り始めた町へと繰り出した。
 町に出ると変死事件の指名手配書らしきものがあちこちに貼られていた。
 しかし、描かれているのは深くフードを被った人物の姿でユウだと断定できる情報は殆どない。
 私は知り合いの商人たちにも尋ねて回った。
 だが誰もユウについて詳しくは知らなかった。

「こうなってしまっては、もうこの町には居られないだろうな」

 しかしその途中で一つの噂を耳にした。
 マージナに配属されていた騎士の一人が今朝方、寮内で遺体となって発見されたという。

「......まさか」

 私はそれ以上を聞けなかった。
 ユウはまだこの町の何処かにいる。
 けれど、もう私が知っているユウではない。
 結局何の手掛かりも得られなかった私は食料のみを買い込み宿へ戻ったのだった。


***


 そしてその日の晩。
 私は妙な気配で目が覚めた。
 目を開くとそこには日中に探し回ったあの顔がベッド脇からこちらを覗き込んでいた。

「......夢か......」

「夢じゃ無い、現実から目を逸らすな」

「――!?」

 身体が強張る。
 目の前には此処にいる筈のないユウがいた。

「......どうして」

 ユウは不思議そうに首を傾げる。

「......私が此処に泊まっていると、どうして分かったんですか?」

「あの日、君を宿まで送っただろう」

 ユウは淡々と答える。

「その時に知った」

「......そうでしたね」

「普通なら、もう少し警戒するものだ」

 ユウは呆れたように息を吐いた。

「君は本当に世間知らずだな」

 するとユウは此方へと近づいてくる。
 私はベッドの上から動けない。
 そして彼は私の身体へ覆い被さった。

「俺の秘密を知ってしまった以上、君をこのまま野放しにはしてはおけない」

 真紅の瞳がこちらを見下ろす。

「あの騎士同様、君にはここで死んでもらう」

 そしてユウは私の首元に顔を近付ける。

「知っていたって誰にも言いませんよ」

 牙を突き立てられる直前、ユウの動きが止まる。

「......だって命の恩人を売る様な真似、私には出来ませんから」

「だったら何故俺の指名手配書が町中に出回っているんだ?」

 ユウは顔を上げ私に疑いの眼差しを向ける。

「あの紙切れに私が知り得た情報が一つでも載っていましたか?」

 そう言うとユウは口を噤んだ。

「恐らくあの手配書は偶然居合わせた騎士の証言で作られたのでしょう」

 私はユウをまっすぐ見つめた。

「その証拠に私が知っている貴方の名前も、詳しい特徴もあの手配書には一切載っていない筈です」

「......」

 しかし此処まで証言をしてもユウは信じ切れていない様子でじっと怖い顔で私を見下ろしている。

「本当だな?」

「勿論です」

 ユウは私をじっと見つめた後ベッドに組み敷いていた私の身体を解放した。

「なら俺と今ここで盟約・・を結べ」

「めいやく?」

「君が今後俺を一切裏切らないという契りだ」

 するとユウは親指で私の胸中心をグッと押した。

「今後、どんなことがあっても俺の正体を誰にも明かさず裏切らないことをココ・・に誓え。無論断るのなら容赦なく殺す」

「......」

「さあどうする?」

 選択を迫られる。
 だが私は迷わなかった。

「誓います」

 こんなところで死ぬわけにはいかない。
 私はまだ旅の途中だ。
 まだ見たい景色だってある。
 食べたいものだってたくさんある。
 それに私はまだユウのことを何も知らない。

「言質げんちは取ったからな」

 直後、ユウは自らの指先を噛み切ると滲み出る血をそのまま口に含む。

「一体何を――」

 しかし問いかけるより早く私はユウに唇を塞がれた。

「!?」

 口内へ流れ込んでくる鉄臭い液体。

「一滴たりとも余さず飲み込め」

 私は言われるがままユウの血を全て胃に収めた。
 直後、心臓に熱した杭を思い切り打ち込まれる様な激痛が走った。

「がっ......!?」

 私は強烈な痛みと苦しさのあまりベッドの上をのたうち回る。

「ぁ.........!」

 息ができない。
 胸の奥が焼ける。
 冷や汗が止まらない。
 それは徐々に身体の内側へ入り込み、私の心臓に何かを刻みつけていく。

「今、君の心臓に盟約の印・・・・を刻んでいる」

 朧げなユウの声が私の鼓膜を揺らす。

「これで君は、俺との盟約を破ることができない」

「......っ」

「どちらかが死ぬまでな・・・・・」

 痛みが徐々に薄れていく。
 視界が滲む。
 身体から力が抜けていく。

(......自由......)

 ふと、そんな言葉が頭をよぎった。
 私は自由を手に入れる為家を出た。
 誰かの都合で人生を左右されるのが嫌だった。
 だから自分の行き先を、自分で決めたかった。
 なのに――

(皮肉なものだな......)

 そう思ったところで私の意識は闇へ沈んだ。
 そして意識が途切れる寸前。
 耳元でユウの声が聞こえた。

「だからこれからよろしく頼むよ、涼香・・」

 こうして私はユウによって自由を剥奪された。
 だけどこの時の私はまだ知る由も無かった。
 私が本当に欲していたものをユウが与えてくれる存在である事を。

 そしてこの程度の悲劇など序章に過ぎない事を――






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