第3話 微かな違和感
その後、ローブを貸してくれた黒髪の男と共に騎士団の駐在する基地に賞金首である強姦魔三人を突き出した。
調べによれば、奴らは金が尽きる度に旅人や町の住民を襲い、金品を奪っては口封じのために殺していた強盗殺人犯だった。
そして標的が女なら更に三人がかりで抵抗する力を奪い、弄んでいたらしい。
(もし、あの時彼が注意を引いてくれなければ......)
考えるだけでゾッとした。
私はあの時まで自分ならいざという時でも何とかできると思っていた。
だが実際に男たちに囲まれた瞬間、咄嗟に身体が動かせなかった。
(本当、情けないな......)
私は唇を噛み締めた。
だがそんなことを考えていると、気が付けば騎士が私の前に金袋を差し出していた。
「町の安全の為、ここまで運んでくださり感謝致します。こちらは現時点でお渡しできる分の報奨金です」
私は金袋を受け取り中を確かめた。
思っていたよりも多い。
「残りは額が大きいので、手続きが済み次第お渡しさせて頂きます」
「わかりました」
(これだけあれば、無駄遣いさえしなければ春まで食いつなげそうだ)
ほっと息を吐いたその時だった。
「俺は遠慮しておく」
「!?」
すると隣に居た彼が騎士に向かってそう言った。
「俺なんかに支払うくらいなら報奨金は全部この子にあげてくれ」
そう言って、彼は騎士へ視線を向けた。
「本当によろしいのですか?」
「ああ、勿論だ」
すると騎士は私に二人分の報奨金を渡すと基地の中へと引っ込んで行ってしまった。
「......何故受け取らなかったのですか?」
私は彼の方を向き理由を問うた。
「俺には必要ないからな」
「ですが......」
「お金に困っているのだろう」
「!」
思わず言葉を失った。
確かに私は、昨日から仕事を探し回っていた。
簪を売ろうとしたことも、彼は知らないはずだ。
「......どうして、それを?」
「見れば分かる」
それだけ言って彼は視線を逸らした。
何気ない返答だった。
けれど、なぜか胸の奥に小さな違和感が残った。
「それに、君はあんな目に遭ったばかりだ。今は自分のことを気にかけろ」
「......」
正論だった。
反論する余地もない。
「......あまり私に親切にしないでください」
だがそう易々と受け取っていいものではない事も理解していた。
「こういう時、どうすればいいのか分からなくなるので......」
すると彼は少しだけ目を細めこう返してきた。
「ただ素直に『ありがとう』そう一言言えばいいだけの事だ」
「......それだけですか?」
「それだけだ」
あまりにも簡単にそう言われてしまい私は拍子抜けしてしまう。
けれど不思議と胸の奥が温かくなる。
「......ありがとう......ございます。」
慣れない言葉を口にすると彼は満足そうに頷いた。
「それでいい」
「......ですが、この借りは必ず返します」
そう言ってその場を去ろうとする彼の背中に私は声をぶつけた。
「......はぁ、君は案外面倒臭いんだな」
「他人に借りを作ったままなのは嫌なだけです」
そう言うと彼は気怠げに私の方を振り向いた。
「俺は別に気にしてなどいない」
「私が気にするのです」
そう即答すると彼は振り返った。
私は彼から借りたローブの胸部を強く握る。
「先に言って来たのはそちらなんですからね、他人の好意は素直に受け取っておくべきだと」
そう言うと彼はクスリと笑った。
「フッ......こんなに強引な恩返しは初めてだな。......これは失礼した、では君からのお礼素直に受け取る事にするよ」
この時私はこちらへ向き直る彼の顔を改めて見た。
私と同じ夜闇の様な漆黒の髪。
その下には吸い込まれそうなほど鮮やかな真紅の瞳。
気が付けば私はその瞳に視線を奪われていた。
「私は涼香と申します。私は名乗りました、なので今度こそ貴方も名乗ってください」
すると少し考えた後、彼は口を開いた。
「......ユウだ」
「ユウさんですね」
「敬称はいらない」
「ではお言葉に甘えてそうさせて頂きます。早速ですがユウの都合の良い日を伺っても?」
「明日の夕方頃なら問題ない」
「分かりました。では明日の夕方に町の広場で落ち合いましょう」
「わかった」
そして互いに別れを告げ私は宿のある方向へと足を向けた。
一度だけ振り返る。
しかしユウはまだそこに立っていた。
(......そう言えば)
その時ふと疑問が浮かんだ。
(何故、ユウはあんな薄暗い路地に居たのだろう?)
ユウが居たから助かったものの、偶然にしては出来過ぎている気がした。
だが考えるよりも先に疲れが来てしまった私は、ひとまず昨日と同じ安い宿へと帰り身体を休める事にしたのだった。
***
次の日、私が目を覚ました時には既に日は傾きかけていた。
「寝過ぎてしまった......」
私はベッドから身体を起こす。
昨夜はあれほど疲れていたのだから仕方がない。
けれど、久しぶりに何も考えず眠れたせいか、身体は驚くほど軽かった。
昨日までなら、目を閉じても宿代や食費のことばかり考えていた。
けれど今は違う。
「よし」
外へ出ると昨日までの曇天が嘘のように晴れ渡っていた。
傾いた太陽が雪を橙色に染め、白い町並みまで淡い金色に輝かせている。
(綺麗だな......)
私は思わず足を止める。
こういう景色を見る為に私は旅をしている。
ただ、夕方になるにつれて空気は一気に冷え込んでいく。
道行く人々は厚手の外套に身を包み、商店や露店も次々と店仕舞いを始めていた。
そんな中、白シャツ一枚に薄手のジャケットを羽織っただけの私は広場の中でもかなり浮いている。
「少し早く着き過ぎてしまったかな......」
待っているだけというのも落ち着かない。
私は約束の時間まで近くの町を散策することにした。
しばらく歩いていると、夕刻を知らせる鐘が鳴った。
それを合図に町の人々が帰路につき始める。
露店も片付けられ、町から少しずつ人の気配が消えていった。
(これではお礼の品を一緒に見る事は叶わないな)
しかし手ぶらで会うのも気が引ける。
そう考えた私は店仕舞いを始めていた菓子屋へ駆け込んだ。
「まだ買えますか?」
「ええ、どうぞ」
そして焼き菓子をいくつか選んだ。
ユウの好みを私は知らない。
だから甘いものと、甘くないものを一つずつ。
(これなら、どちらかは食べられるだろう)
包みを受け取り、私は広場へ戻った。
しかし、そこにユウの姿はなかった。
空はすっかり暗くなっている。
先ほどまで人で賑わっていた町も静まり返り、民家からは夕食の香りが漂っていた。
「今日はもう来ないのだろうか」
私がそう漏らすと背後から聞き覚えのある声がした。
「すまない...... 待たせた」
「......遅かったですね」
振り返るとそこにはユウが立っていた。
「夕方という約束だったのに結局こんなに遅くなってしまった」
「いえ、気にしていません」
ただ、随分と急いで来た様だった。
肩が僅かに上下し、白い息が絶え間なく零れている。
「何かあったのですか?」
「いや、なんでもない」
ユウはそれ以上話さなかった。
私は気になったが、無理に聞くこともしなかった。
「それより昨日借りたローブと細やかですがこれはお礼です」
そして私はユウの息が落ち着いた頃、目の前に綺麗に折り畳んだローブと先程買った焼き菓子の包みを差し出した。
「わざわざ買ってきてくれたのか?」
「ええ、......ですがユウは何が好きか分からず、自分の目利きで買ったのでお口に合わなければ捨ててください」
私は少しだけ視線を逸らす。
「捨てる訳無いだろう、ありがとう帰ったら頂く」
その笑みを見た瞬間、胸の奥が少しだけ温かくなった。
「喜んでもらえたのなら幸いです」
私は頭を下げる。
「では外も暗いですし、私はこれで失礼致します」
「待ってくれ」
直後、私はユウに呼び止められ後ろを振り返った。
「こんな時間に一人は危ない、よければ近くまで送っていく」
一瞬送ってもらうかどうか迷った。
けれど――
『人の好意は素直に受け取っておくものだ』
あの時のユウの言葉が頭に浮かんだ。
「......ではご厚意に甘えることにします」
そして私たちは並んで歩き始めた。
月明かりと星明かりが雪道を淡く照らしている。
暫く無言で歩いていたが、私はふと気になったことを口にした。
「そう言えば昨日、私が男達に襲われそうになった時、どうしてあの路地にいたのですか?」
ユウの足が、ほんの僅かに遅くなる。
「......偶然だ」
「偶然?」
「ああ」
少しの沈黙。
「昨日、君が男に手を引かれて路地へ入っていくところを見かけた。それで何となく気になって後をつけたんだ」
「......」
「そしてあんな場面を見てしまった」
ユウは前を向いたまま続けた。
「だから見過ごす事は出来なかった。それだけだ」
「そうだったんですね」
納得したように返したものの、胸の奥のとっかかりは消えなかった。
「すまない」
「......何がですか?」
「俺はあまり自分の事を話すのは得意ではないんだ」
「......そうですか」
「だから代わりに君の事を聞かせて欲しい」
そして話題を変えるように、ユウは続けた。
「君は何故この町にいる?」
「......」
「見る限りこの町の出身ではないだろう?」
私は少し考えてから答えた。
「自分探しの旅......でしょうか」
「自分探し?」
「諸事情あって家出中でして......」
それ以上は話さなかった。
ユウも無理に聞こうとはしない。
ただ、少しだけ間を置いて尋ねた。
「その旅で、何か見つかりそうなのか?」
「......まだ分かりません」
私は夜空を見上げた。
雲の切れ間から幾つもの星が覗いている。
「......だけど一つだけ揺るがない目標があります」
私は星を見つめた。
「この旅の果てがどんなものなのか知りたい、その途中で出会う人や、見た景色、目にする様々なものを脳裏に焼き付けたい」
私は瞼の裏にこれから訪れるであろう各国々の美しい風景を思い描いた。
何者になるのかは分からない。
どこへ行くのかも分からない。
それでも、自分で見た世界だけは誰にも奪われない。
「......なんだか君は眩しいな」
「......私は光りませんよ」
「いやそれは比喩的な意味なのだが......まあいい」
するとユウは困った様に後ろ頭を掻いた。
「自分探しの旅の途中と言っていたが、いつかきっと見つかる」
ユウはそう言って、穏やかに笑った。
その表情が、星明かりの中で酷く綺麗に目に映る。
出会ってまだ二日目。
それなのに私は、いつの間にかこの人に自分のことを話してしまいそうになっていた。
今まで誰にも話せなかったことまで。
(でもどうしてだろう......)
この人になら話してもいい。
そんな気がしてしまう。
「......私を必要としてくれる場所って、あるのでしょうか」
気がつけば、そんな言葉が口から零れていた。
ユウが足を止めた。
私も立ち止まる。
しばらく何も言わず、ユウは私を見ていた。
「大丈夫」
そしてユウは静かに答えた。
「心配しなくていい、きっとどこかにある」
するとユウは私の方に一歩近づいた。
「出会ったばかりでこんなことを言うのもあれだが――」
その手が、そっと私の肩に触れる。
「俺は、君のことを悪くないと思っている」
胸が跳ねた。
何を言っているのだろう。
そう思うのに不思議と嫌ではなかった。
寧ろ――
嬉しい。
その感情に気づいた瞬間、私は慌てて視線を逸らした。
「......えっ、ちょっと待ってください」
そしてユウは何事もなかったかのように私の前を歩き始めている。
「どうした?」
「どうしたも何も......今のは......」
「?」
こちらを見る顔は、驚くほど平然としていた。
(嗚呼、本当に調子が狂う)
昨日まで、私はこの人のことを何も知らなかった。
名前すら知らなかった。
それなのに今は、もう少しだけこの人の事を知りたいと思っている。
それが怖い様な、けれど悪くない様な、妙な感覚だった。
私は小さく息を吐き、ユウの隣を歩く。
月明かりが、二人の影を雪の上へ長く伸ばしていた。
だけどこの時の私はまだ知らない。
それが、私を逃がさないための優しさだとも知らずに。
to be continued......