第6話 お騒がせな嵐
その夜私は来客用のベルの音で目が覚めた。
寮の窓から正門を覗くと、門前には見覚えのない馬車が一台停まっている。
「今日は来客の予定は無かったはずだが......」
私は急ぎ身支度を整えると、ユウの元へ向かった。
「旦那様、お客様がお見えになっております」
「......客?」
ユウは少し眠そうに目を細めた。
「とりあえず、様子を見てきてくれ」
「御意」
私はユウの自室を出ると、門の操作盤に手を触れた。
魔力が巡り重厚な門がゆっくりと左右へ開いていく。
それに合わせるように、馬車が敷地内へ入ってきた。
玄関へ向かい扉を開けた瞬間、目の前に立つ男を見上げることになった。
私より頭二つ分は高い。
肩幅も広く、鍛えられた身体つきだ。それでいて整った顔立ちをしている。
長い金髪が夜風に揺れていた。
「本日は当屋敷に何か御用でしょうか?」
そう尋ねると、男は私の顔をまじまじと見つめた。
「おや......ユウ君新しい従者でも雇ったのかな? 僕そんな話全く聞いてないんだけど......」
「あ、あの......」
どう返せばいいのか分からず戸惑っていると、男はハッとする。
「ああ、ごめんね! 挨拶がまだだったね!」
男は咳払いを一つすると、先ほどまでの砕けた態度が嘘のように姿勢を正した。
「僕はアイル・ルーン・ヴァーミリアン。急な訪問になってしまって申し訳ない。どうしてもユウ君に伝えなければならない急用があってね。今、彼は屋敷にいるかな?」
アイルと名乗った男は丁寧に頭を下げる。
その拍子に金色の髪が肩から滑り落ち、口元から大きな牙が覗いた。
(吸血鬼だ――)
ユウと同じくらい、はっきりとした牙。
「はい、旦那様は在宅です。一度確認を取って参りますので少々お待ちください」
「よろしく頼むよ」
私は一礼し、ユウの自室へ戻った。
「旦那様、お客様の件ですが――」
「誰だった?」
「アイル・ルーン・ヴァーミリアンと名乗っていました」
その時、ユウの表情が露骨に曇る。
先ほどまでの気怠そうな様子が消えている。
「......その男を客間に通しておけ」
「......御意」
私はそれ以上尋ねず、ユウが身支度をしている間に私はアイルを客間へ案内した。
「いやー君のお陰で助かったよ! そう言えば君の名前を聞いていなかったね」
「涼香と申します。今年の春頃から、旦那様の推薦でこちらに勤めております」
「今年の春......?」
アイルの笑顔が、一瞬消えた。
そして私の顔をじっと見つめる。
「......あの......何か顔に付いていますか?」
「......もしかして、涼香ちゃんって――」
その瞬間、客間の扉が勢いよく開く。
視線の先には、普段では想像もつかないほど険しい表情を浮かべたユウが立っていた。
「ユウ君久しぶり!」
「......」
「元気にしてたかい? 突然来ちゃったけど、迷惑だったかな?」
そう言いながらアイルがユウに抱きつこうとする。
しかしユウは半歩身体を引き、あっさりとそれを躱した。
「いい大人なら、報連相くらいきちんとしてください」
「酷いなぁ、久しぶりに会ったのに第一声がそれかい?」
「仕事とそれ以外を区別しているだけです」
するとユウはそのまま客間の席に腰掛けた。
「相変わらずユウ君は堅物だなぁ。折角久しぶりに会えたんだし恋バナの一つくらい聞かせてよねー」
「必要ありません」
「じゃあ最近気になる女の子の話は?」
「いい加減にしてください」
即答だった。
私は思わず口元を押さえる。
そんな私に気づいたのか、アイルがこちらを見てニヤリと笑った。
「ほら、涼香ちゃんも興味ありそうだよ?」
「どうでもいい」
「即答だねぇ」
「......それで?」
ユウがソファーに腰を下ろす。
「わざわざ遠路遥々雑談でもしに来たのですか? 兄上」
私はユウの放った最後の言葉に衝撃を受ける。
(兄上って......この二人兄弟なのか!?)
見比べてみると確かに言われてみれば顔の雰囲気は似ている。
しかし髪色も異なるうえに体格もかなり差がある為、言われるまで気が付かなかった。
「そうそう、今日はちゃんと用事があるんだよ」
アイルは客間の椅子へ腰掛けると足を組み笑った。
「僕がわざわざローザまで来たくらいだからね。結構重大な話だ」
私は二人の会話から、これから本題が始まることを察した。
「では私はお茶の準備を――」
「待って」
アイルが私を呼び止める。
「涼香ちゃん、君にはもう少しここに居てもらうよ」
「......私も、ですか?」
「うん」
その笑顔から、先ほどまでの軽薄さが消えていた。
「それで、要件なんだけど......」
アイルが私を見る。
「その前に一つ聞かせてほしい」
すると客間の空気が重くなる。
「その子、何処から連れてきたの?」
一瞬、ぞわりと冷たいものが背筋を這った。
私は思わずユウを見る。
ユウは暫く黙っていたがやがて口を開いた。
「紹介が遅れました、この子は涼香。センチュラルとマエロンの国境付近にある町で出会い、訳あって今はこの屋敷で働いてもらっています」
「......その『訳』ってのはなんだい?」
私は息を呑んだ。
目の前の男は笑っている。
だがその笑顔は妙に薄かった。
ユウはそんなアイルの視線を正面から受け止める。
「兄上であっても、この件にはあまり介入されたくないのですが......」
「そうはいかないよ」
そしてアイルの視線が私へと向く。
「彼女、まだ成人していないだろう?」
「!?」
「しかも吸血鬼じゃない」
心臓が跳ねた。
「まさか、食料にするついでに働かせているのかい?」
「......っ」
「ユウ君、大好物だからね生娘の生き血」
手が震えた。
(なんで会ったばかりの私のことを......!)
隠していた女であることを、あまりにも簡単に暴かれてしまった。
私は反射的に自身の腕を強く掴んだ。
ユウはそんな私を一瞥すると、アイルへ視線を戻す。
「それがどうしたというんです?」
「どうしたって......」
「この屋敷にはモーエヴィンもいるでしょう。彼だって吸血鬼ではない」
「それはそうだけど――」
アイルは一度言葉を切った。
「僕が心配しているのは、ユウ君の方だよ」
そしてアイルは私の顔を見た。
「人間は他人を欺き利用する。そして必要がなくなれば簡単に裏切る。ユウ君ならそのことを一番よく知っているはずだろう?」
私は黙って聞いていた。
(確かにそうだ)
私だってアイルからすれば何処の誰とも知れない人間だ。
ユウを利用するために近づいたと思われても仕方がない。
「その点なら心配はいりません」
そしてユウが口を開いた。
「俺と涼香は血の盟約を結んでいますから」
アイルの目が見開かれる。
「血の盟約......あのユウ君が......?」
「ええ」
「......そうか」
アイルはしばらく私とユウを交互に見つめた。
やがて、小さく息を吐く。
「どうやらユウ君は、随分と彼女を気に入っているみたいだね」
「そうですね」
ユウは平然と答えた。
「涼香がいると退屈もしないし、血も飲める。俺にとって悪いことは何もない」
その言葉を聞いて、胸の奥が少しだけ痛んだ。
(......血も飲めるから、か)
私は俯きそうになる。
「ですから、これ以上は口を出さないでもらえますか?」
「......分かったよ」
アイルは渋々と頷いた。
だが、その顔からは心配が消えていない。
「ただし、あまり彼女にハマり過ぎるな」
「......」
「これは兄としての忠告だよ」
ユウは返事をしなかった。
「さて、本題に入ろう」
アイルは咳払いをすると、再び私へ視線を向ける。
「と、その前に涼香ちゃんには席を外してもらいたい。この話は僕とユウ君以外に聞かせるわけにはいかないから」
私はユウを見る。
そしてユウは短く言った。
「もう下がれ」
「御意」
私は一礼し、客間を後にした。
扉が閉まる。
私は廊下を歩きながら、先ほどのアイルの言葉を思い返していた。
(......私のことを、何か知っているのか?)
あの時、確かに言いかけていた。
『もしかして涼香ちゃんって――』
その続きが、どうしても気になってしまった。
♢♢♢
「それで本題とは?」
涼香が客間を出た事を確認し、俺は兄上へ尋ねた。
「ユウ君なら知っているはずだよね」
兄上は懐から小さなガラス瓶を取り出した。
「最近ローザで出回っている、吸血鬼の秘薬のこと」
「......それですか」
以前、報告書で見たことがある。
だが実物を見るのは初めてだった。
赤く透き通った液体が、瓶の中で僅かに揺れている。
「これは闇市に流れていた現物だよ」
「出所は?」
「まだ分かっていない」
兄上は瓶を指先で軽く持ち上げた。
「効能は製造されたものによって違うらしい。ただ、その中には――」
兄上の目が細くなる。
「飲んだ者を一日中、日光の下で活動可能にするものがあるらしい」
「......何?」
思わず声が大きくなった。
――日光。
それは俺たち吸血鬼にとって最大の弱点だ。
それを――
「克服できるというのか?」
「少なくともそういう報告が出ている」
兄上の顔から、いつもの軽薄な笑みは完全に消えていた。
「おまけに問題はそれだけじゃない」
兄上は小瓶を持ち上げ月明かりの前に掲げた。
瓶の中の赤は怪しく光り輝く。
「秘薬の件と同時期から特殊な固有能力を持つ吸血鬼が、何人も姿を消している」
「......」
嫌な予感がした。
「秘薬の流通と、吸血鬼の誘拐事件......」
「僕は、この二つが無関係だとは思っていない」
兄上の言葉に、俺は黙り込んだ。
もし誘拐された吸血鬼の能力を研究している者がいるとすれば。
もし、その研究の先に日光を克服する秘薬があるのだとすれば。
これは単なる薬物事件ではない。
「......きな臭いな」
すると兄上が頷いた。
「まだ推測の域を出ないけど、この件他国も関わっている可能性が高いだろうね」
その言葉を聞いた瞬間、俺の脳裏に一人の顔が浮かんだ。
(涼香)
考えてみれば分からないことも多く怪しい箇所が多い。
そして何より兄上は、涼香を見た瞬間に何かを察していた。
「兄上」
「ん?」
「涼香について何か知っていますか?」
しかし兄上の反応は何処か鈍かった。
「今は話せない」
兄上はそう言うと、瓶を懐へ戻した。
「ただ一つだけ言えるのは――」
兄上は俺の肩を軽く叩いた。
「くれぐれも、あの子から目を離さないことだ」
「......」
「ユウ君の持つ特異能力だけじゃない。あの子自身にも、何かある」
そう言い残すと、兄上はいつもの調子に戻った。
「じゃあ用事も済ませことだし、僕はこの後この街で仲良くなった可愛い子ちゃん達と夜のデートに行ってくるよ!」
「はぁ......」
そして兄上は客間を出ていった。
やがて屋敷の外から馬車が走り去っていく音が聞こえる。
俺は一人、客間に残された。
頭の中にはいくつもの疑問が渦巻いている。
吸血鬼の秘薬。
誘拐事件。
他国の関与。
そして涼香。
俺は深く息を吐いた。
ただでさえ仕事は山積みだというのに。
どうやら、また厄介な問題を抱え込んでしまったらしい。
「......これは、少し本腰を入れて調べる必要がありそうだな」
その頃、客間を出た涼香もまた廊下の先で一人聞き耳を立てていた。
(......アイルは、私のことを知っているのか?)
涼香の胸には、一つの小さな疑念が芽生えていた。
to be continued......