ホーム›ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る›第08話:東十班回収(上)
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第08話:東十班回収(上)

 数日が経った。
 深緋たちのコンテナ車両は、最初の駐屯地点からもう一度別の地点へ移動して、そこで止まっていた。窓の外の景色は、もう何度か変わった。最後に動いてからは、丸一日経っている。

 待機側の区画は、最初の日よりも少し雑然としていた。テーブルの端に飲みかけのボトルが二、三本立っていた。誰のかわからない上着が、壁際に丸まっていた。毛布は半分くらいたたまれていて、半分は広げたままだった。
 深緋こきあはテーブルの隅で水を飲んでいた。鶸ひわは敷物の上で腹這いになって、拾った石を並べていた。

「おいヒワ、それどこから持ってきた」

 青藍せいらんが見咎める。

「外ー」
「汚いだろ」
「たいくつなんだもん」
「またか」
「だってもう何日目?」
「五日目」
「えー、まだ二日あるの?」
「あるな」

 青藍はテーブルの向こう側に座って、資料の紙を眺めていた。任務の進行に合わせて、随時届く紙だった。確認し終えて端に揃えて置いた。
 東二班の竜胆りんどうは、いつもの場所で毛布に包まって座っていた。半分眠っているような様子だった。紅唐べにとうはその隣でぐっすり寝ていた。常盤ときわは起きていて、自分の鞄の中を整理していた。
 東十一班の三人は、車両の入口寄りに固まって座っていた。一人がぼんやりしていて、二人は小声で何か話していた。たまに笑い声がしたが、すぐに引っ込んだ。

 仕切りの向こう、奥側からは、ときどき大人の声がした。誰かが台帳を確認している声。連絡用の機器に向かって、短く何か返している声。大人だけの会話をしている。
 鶸が石を重ねては崩している音が車内に響く。

「セイラン」
「ん」
「いつ動くの、これ」
「俺に聞くな」
「えー」
「動くって決まったら言われるだろ」
「ふうん」

 鶸はもう一回石を崩して、仰向けにゴロンとひっくり返った。

  *

 昼前、東十班が一度戻ってきた。
 後方扉が開く音がして、足音がした。浅縹あさなだと晒柿されがきが、装備のまま入ってきた。二人とも、出ていった時より少し汚れていた。袖の端に泥のような跡があって、髪も少し乱れていた。
 竜胆が毛布から顔だけ出して声をかけた。

「お疲れ」
「......はい」

 浅縹が短く答えた。声は出ていく時より少し低かった。晒柿は泥だらけの導線グローブを外して、そのまま座り込んだ。乗り込む際に、敷物の端にベルトを引っかけそうになった晒柿に、常盤が手を伸ばしかけてすぐに引っ込めた。
 青藍が立ち上がって棚から水のボトルを二本取り、浅縹に渡した。

「飲んどけ」
「ありがとうございます」

 浅縹はボトルを受け取って、もう一本を晒柿の方へ持っていった。深緋はそれを見ていた。浅縹の手が、ボトルを持ち変えるときに落としかけた。
 大人のスタッフが二人に短く何か言っていた。「できるだけ休んでいなさい」「補給は終わったか」「次の交代まで二時間あるから」。短いやり取りだった。浅縹が「はい」と答える声が、仕切りの向こうから聞こえた。

 鶸が小さく言った。

「浅縹たち、疲れてんね」
「そりゃそうだろ」
「何日目だっけ、あいつら」
「俺らと同じだ」
「あー、そっか」

 鶸は口を開けたまま、浅縹を心配そうに見た。
 しばらくして、奥の区画から晒柿の咳の音が聞こえた。一度だけだった。

  *

 午後、負傷者の受入補助があった。
 駐屯地に受け入れる負傷者が多く手が足りないので、東二班と南一班に手を貸してほしい、という内容だった。

「行くぞ」

 青藍が立ち上がる。鶸も起き上がった。

「ボクも?」
「お前もだ」
「えー、たいくつからお手伝いに格上げ?」
「そういうこと」

 深緋も立ち上がった。
 竜胆が毛布から出てきて、紅唐の足を蹴って起こした。

「起きろ」
「うー」
「お前も行くんだよ」
「うー」

 常盤は寝ぼけながら立ち上がった紅唐の襟を直してやっていた。

 車両の外に出た。久しぶりの外だった。空気は乾いていて、少し冷たかった。地面は固くて埃っぽかった。駐屯地点には、別の車両が何台も停まっていた。少し離れたところに、簡易の天幕テントが並んで立てられていて、そこに何人もの避難してきた人々が運ばれてきていた。

 南一班と東二班で手分けして働いた。担架が必要なほど重傷ではない負傷者の誘導を手伝った。歩ける人もいるが、どこへ行けばいいのかわからない人も誘導する。こういう現場ではよくある任務だ。子どもたちは、大抵の「人の怪我が見える」。大人には便利だろう。
 深緋は歩けない負傷者に、肩を貸すように支えて、ゆっくり歩いた。

「ありがとう、重くない?」
「平気」

 負傷した人は、まだ若い女性だった。服が汚れ、袖が裂けていた。膝下に力が入らないようだった。深緋には足首を痛めているのが「見える」。だから黙ってゆっくり歩いた。途中で一度、その女性を見上げた。痛みを堪えている顔だった。もう少し、歩く速度を遅くした。
 医療部の天幕の中まで連れていくと、白衣の大人が引き継いだ。

「ありがとう」
「この方は、左足の甲が折れてて、固定が要ります。右足は中度の捻挫なので、歩かない方がいいはずです」

 深緋は簡潔に説明をして、外に出た。女性が軽く驚いて「本当にわかるんだ」という顔をしている。
 何度かこうした誘導を繰り返す。任務服を着た子どもの姿に、ほんの少しだけ身構える人もいる。一時間もすると全ての誘導を終えた。

 車両に戻る途中、鶸が深緋に振り向き、小さく言った。

「やっぱ、ちょっと怖がられちゃった」
「そういう人もいるよ」
「だよねー」

 鶸はそれ以上は言わなかった。青藍も何も言わない。だっていつものことだ、と深緋は二人の後ろを歩きながら思う。
 コンテナ車両の待機側に戻ると、空気は出ていったときと同じだった。先に分担を終えた竜胆が「お疲れー」と毛布の中から言って、紅唐がまた寝ていた。

  *

 午後遅く、連絡が入った。

 車両の外側から聞こえる大人の声が少し早くなった。「位置」「人数」「交代」、短い言葉だけが切れ切れに聞こえた。
 待機側の区画で、竜胆がふと顔を上げた。毛布が下にずれた。

「アレ鳴った?」
「鳴った」

 常盤が短く答える。
 紅唐が常盤に蹴られて起こされた。

「支度」
「んー......」
「あれ? カラーどこ?」
「はい、これ」

 常盤が三人分の防護襟カラーを出す。紅唐には顔の上に投げている。
 竜胆と常盤が耐性外套コートのボタンを止めていると、しばらくして、後方扉から大人が一人入ってきた。

「東二班、援護に回ってください」
「はいはい、準備済みですよー」

 竜胆が立ち上がった。紅唐もなんとか起きて、目をこすっていた。常盤は無言で装備を整え終えていた。いつもの、のほほんとした東二班の空気はそこになかった。

「南一班、東十一班は引き続き待機ね」
「はい」と青藍が答えた。

 東二班の三人は、五分も経たないうちに出ていった。竜胆が出際に片手を上げて、「行ってくるわ」と短く言った。鶸が「いってらー」と返した。あの三人なら大丈夫だろう。
 扉が閉まる音がした。

 待機側の区画は、急に静かになった。残ったのは南一班と東十一班だけだった。
 深緋は壁に背を預けたまま、閉まった扉を見ていた。
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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第08話:東十班回収(上)

 数日が経った。
 深緋たちのコンテナ車両は、最初の駐屯地点からもう一度別の地点へ移動して、そこで止まっていた。窓の外の景色は、もう何度か変わった。最後に動いてからは、丸一日経っている。

 待機側の区画は、最初の日よりも少し雑然としていた。テーブルの端に飲みかけのボトルが二、三本立っていた。誰のかわからない上着が、壁際に丸まっていた。毛布は半分くらいたたまれていて、半分は広げたままだった。
 深緋こきあはテーブルの隅で水を飲んでいた。鶸ひわは敷物の上で腹這いになって、拾った石を並べていた。

「おいヒワ、それどこから持ってきた」

 青藍せいらんが見咎める。

「外ー」
「汚いだろ」
「たいくつなんだもん」
「またか」
「だってもう何日目?」
「五日目」
「えー、まだ二日あるの?」
「あるな」

 青藍はテーブルの向こう側に座って、資料の紙を眺めていた。任務の進行に合わせて、随時届く紙だった。確認し終えて端に揃えて置いた。
 東二班の竜胆りんどうは、いつもの場所で毛布に包まって座っていた。半分眠っているような様子だった。紅唐べにとうはその隣でぐっすり寝ていた。常盤ときわは起きていて、自分の鞄の中を整理していた。
 東十一班の三人は、車両の入口寄りに固まって座っていた。一人がぼんやりしていて、二人は小声で何か話していた。たまに笑い声がしたが、すぐに引っ込んだ。

 仕切りの向こう、奥側からは、ときどき大人の声がした。誰かが台帳を確認している声。連絡用の機器に向かって、短く何か返している声。大人だけの会話をしている。
 鶸が石を重ねては崩している音が車内に響く。

「セイラン」
「ん」
「いつ動くの、これ」
「俺に聞くな」
「えー」
「動くって決まったら言われるだろ」
「ふうん」

 鶸はもう一回石を崩して、仰向けにゴロンとひっくり返った。

  *

 昼前、東十班が一度戻ってきた。
 後方扉が開く音がして、足音がした。浅縹あさなだと晒柿されがきが、装備のまま入ってきた。二人とも、出ていった時より少し汚れていた。袖の端に泥のような跡があって、髪も少し乱れていた。
 竜胆が毛布から顔だけ出して声をかけた。

「お疲れ」
「......はい」

 浅縹が短く答えた。声は出ていく時より少し低かった。晒柿は泥だらけの導線グローブを外して、そのまま座り込んだ。乗り込む際に、敷物の端にベルトを引っかけそうになった晒柿に、常盤が手を伸ばしかけてすぐに引っ込めた。
 青藍が立ち上がって棚から水のボトルを二本取り、浅縹に渡した。

「飲んどけ」
「ありがとうございます」

 浅縹はボトルを受け取って、もう一本を晒柿の方へ持っていった。深緋はそれを見ていた。浅縹の手が、ボトルを持ち変えるときに落としかけた。
 大人のスタッフが二人に短く何か言っていた。「できるだけ休んでいなさい」「補給は終わったか」「次の交代まで二時間あるから」。短いやり取りだった。浅縹が「はい」と答える声が、仕切りの向こうから聞こえた。

 鶸が小さく言った。

「浅縹たち、疲れてんね」
「そりゃそうだろ」
「何日目だっけ、あいつら」
「俺らと同じだ」
「あー、そっか」

 鶸は口を開けたまま、浅縹を心配そうに見た。
 しばらくして、奥の区画から晒柿の咳の音が聞こえた。一度だけだった。

  *

 午後、負傷者の受入補助があった。
 駐屯地に受け入れる負傷者が多く手が足りないので、東二班と南一班に手を貸してほしい、という内容だった。

「行くぞ」

 青藍が立ち上がる。鶸も起き上がった。

「ボクも?」
「お前もだ」
「えー、たいくつからお手伝いに格上げ?」
「そういうこと」

 深緋も立ち上がった。
 竜胆が毛布から出てきて、紅唐の足を蹴って起こした。

「起きろ」
「うー」
「お前も行くんだよ」
「うー」

 常盤は寝ぼけながら立ち上がった紅唐の襟を直してやっていた。

 車両の外に出た。久しぶりの外だった。空気は乾いていて、少し冷たかった。地面は固くて埃っぽかった。駐屯地点には、別の車両が何台も停まっていた。少し離れたところに、簡易の天幕テントが並んで立てられていて、そこに何人もの避難してきた人々が運ばれてきていた。

 南一班と東二班で手分けして働いた。担架が必要なほど重傷ではない負傷者の誘導を手伝った。歩ける人もいるが、どこへ行けばいいのかわからない人も誘導する。こういう現場ではよくある任務だ。子どもたちは、大抵の「人の怪我が見える」。大人には便利だろう。
 深緋は歩けない負傷者に、肩を貸すように支えて、ゆっくり歩いた。

「ありがとう、重くない?」
「平気」

 負傷した人は、まだ若い女性だった。服が汚れ、袖が裂けていた。膝下に力が入らないようだった。深緋には足首を痛めているのが「見える」。だから黙ってゆっくり歩いた。途中で一度、その女性を見上げた。痛みを堪えている顔だった。もう少し、歩く速度を遅くした。
 医療部の天幕の中まで連れていくと、白衣の大人が引き継いだ。

「ありがとう」
「この方は、左足の甲が折れてて、固定が要ります。右足は中度の捻挫なので、歩かない方がいいはずです」

 深緋は簡潔に説明をして、外に出た。女性が軽く驚いて「本当にわかるんだ」という顔をしている。
 何度かこうした誘導を繰り返す。任務服を着た子どもの姿に、ほんの少しだけ身構える人もいる。一時間もすると全ての誘導を終えた。

 車両に戻る途中、鶸が深緋に振り向き、小さく言った。

「やっぱ、ちょっと怖がられちゃった」
「そういう人もいるよ」
「だよねー」

 鶸はそれ以上は言わなかった。青藍も何も言わない。だっていつものことだ、と深緋は二人の後ろを歩きながら思う。
 コンテナ車両の待機側に戻ると、空気は出ていったときと同じだった。先に分担を終えた竜胆が「お疲れー」と毛布の中から言って、紅唐がまた寝ていた。

  *

 午後遅く、連絡が入った。

 車両の外側から聞こえる大人の声が少し早くなった。「位置」「人数」「交代」、短い言葉だけが切れ切れに聞こえた。
 待機側の区画で、竜胆がふと顔を上げた。毛布が下にずれた。

「アレ鳴った?」
「鳴った」

 常盤が短く答える。
 紅唐が常盤に蹴られて起こされた。

「支度」
「んー......」
「あれ? カラーどこ?」
「はい、これ」

 常盤が三人分の防護襟カラーを出す。紅唐には顔の上に投げている。
 竜胆と常盤が耐性外套コートのボタンを止めていると、しばらくして、後方扉から大人が一人入ってきた。

「東二班、援護に回ってください」
「はいはい、準備済みですよー」

 竜胆が立ち上がった。紅唐もなんとか起きて、目をこすっていた。常盤は無言で装備を整え終えていた。いつもの、のほほんとした東二班の空気はそこになかった。

「南一班、東十一班は引き続き待機ね」
「はい」と青藍が答えた。

 東二班の三人は、五分も経たないうちに出ていった。竜胆が出際に片手を上げて、「行ってくるわ」と短く言った。鶸が「いってらー」と返した。あの三人なら大丈夫だろう。
 扉が閉まる音がした。

 待機側の区画は、急に静かになった。残ったのは南一班と東十一班だけだった。
 深緋は壁に背を預けたまま、閉まった扉を見ていた。
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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