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第08話:東十班回収(下)

 東二班が出ていってからしばらく経った。

 東十一班は今回が初任務らしく、東二班が出ていってから、三人とも目に見えて静かになっていた。一人が水筒を開けようとして、蓋がうまく回らずに何度も持ち直している。隣の子が「貸して」と小さく言って、代わりに開けていた。誰もそれを笑わなかった。

 鶸が、敷物の上で寝返りを打った。

「セイラン」
「ん」
「大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
「うん」

 鶸はまた毛布に潜った。「ひまー」とボヤいている。
 青藍は資料の紙をもう一度開いた。さっき置いたままの場所だった。今度はメモを取りながら読んでいた。深緋は壁に背を預けて座っていた。外で、また大人の声がした。短いやり取りだった。

  *

 しばらくして、後方扉から大人が顔を覗かせた。

「南一班、出動です」

 鶸は勢いよく跳ね起きた。深緋も立った。

「あなたがたには東十班の回収に動いてもらいます。詳しくは現地に向かいながら。東十一班はそのまま待機」
「はい」

 東十一班の三人がこちらを見ていた。鶸が「いってきまーす」とひらひら手を振ると、一人がちょっと困ったみたいに手を振り返した。
 青藍が立ち上がった。三人とも、もう準備は終わっていた。

「行くか」
「うん」
「はあい」
「ところで」

 と、ゴーグルまで下ろした鶸を見て、青藍が呆れ返って言う。

「お前、今回飛ばねえからな」
「えっ......ゴーグル持ってきたのにー」

 外は、夕方になりかけていた。光が斜めに差しこんでいた。別の小さな車両が一台、横付けされていた。スタッフが扉を開けて待っていた。
 車両に乗り込むと動き出した。最初の揺れで鶸が少しよろけたが、すぐに掴まった。スタッフが地図を広げて、簡単に説明した。東十班の現在の位置、回収予定地点、交代のタイミング。短い説明だった。青藍が一度頷いた。鶸と深緋も頷く。
 窓の外の景色は揺れながら過ぎていく。駐屯地点の照明が、後ろへ流れていった。

 現地は、思っていたよりも静かだった。
 戦闘音は、もう遠ざかっていた。東十班は、回収地点のすぐ手前にいた。浅縹と晒柿、それから、もう一人。皆、装備が泥と血で汚れていた。晒柿がしゃがみこんでいる横に倒れている子どもがいた。浅縹はその横に膝をついていた。
 青藍が真っ先に近づいた。

「アサナダは動けるか」
「......はい」
「歩けるか」
「歩けます」

 浅縹は答えて立ち上がる。
 晒柿は立ち上がろうとして、一度膝をついた。青藍がすぐに横についた。

「サレガキ、立たなくていい。肩貸すから」
「......はい」

 鶸は先に前へ走った。

「担架いりまーす! 一人魔力切れー!」

 少し離れた場所から、白衣のスタッフが担架を持って走ってきた。
 鶸は走って戻って来ると、浅縹に「こっちだよ」と車両まで誘導する。

 この場に戦闘らしい戦闘はなかった。途中で一度、遠くで何かが崩れる音がしたが、こちらには来ない。深緋は炎を出さなかった。青藍も防壁を張らなかった。敵意の気配はずっとなかったから。

 仲間を回収して戻ることは、大切な任務だ。
 車両に戻る間、鶸はずっと浅縹の横についていた。途中で浅縹が一度、足を止めて頭を下げた。

「ごめんなさい」
「いいよー」
「迷惑かけちゃいました」
「ぜんっぜん」

 いつも通りの鶸の声が聞こえて、浅縹と鶸はまた歩き出した。

  *

 駐屯地点に戻ったのは、深夜になってからだった。

 車両に戻ると、東十一班の三人がまだ起きていた。不安そうな目をして、帰ってきた三人を見ている。青藍がそばに行って、小さな声で簡単に説明してやっていた。
 晒柿と倒れていた一人は、別の医療車両に運ばれていった。白衣のスタッフはその二人に付き添っていった。浅縹だけが帰ってきた。仕切りの向こうから、短いやり取りが聞こえた。「処置は済んでいます」「先に休ませてください」しばらくして声が聞こえなくなった。
 東二班はまだ戻っていなかった。竜胆たちの毛布は、出ていった時のままだった。
 鶸は敷物の上に座り込んだ。靴を脱がずに、だらしなく足を投げ出している。さすがにもう眠たそうにしていた。

「ヒワ、靴脱げ」
「......うん」

 鶸はゆっくり靴を脱いで、毛布の上に転がった。

「セイラン」
「ん」
「腹減ったー」
「あるだろ、簡易食」
「あー」

 鶸は面倒そうに返事をする。青藍が棚から包みを取って、鶸に渡した。鶸は包みを開けて、半分くらい食べたところで手が止まった。それから、包みを胸の上に置いたまま、目を閉じた。

「ヒワ、寝るなら毛布入れ」
「......はあい」

 鶸が毛布の中に潜った。包みは青藍が取って、棚の上に戻した。
 深緋は自分の毛布の上に座って、水筒を開けて一口飲んだ。

「コキア」
「うん」
「お前も少し食え」
「うん」

 青藍が包みをもう一つ取って、深緋に渡した。深緋はそれを半分食べた。残りはそのまま膝の上に置いた。青藍も自分の包みを開けて、自分の分を食べていた。ページをめくる音はなかった。今日はもう、本は開かなかった。
 仕切りの向こうから、浅縹の咳が一度聞こえた。それから静かになった。

 しばらくして、外で車両が一台、戻ってくる音がした。東二班だった。竜胆の声が、扉の向こうで短く響いた。「ただいまー」と言っている声が、いつもより少し低かった。常盤の「うるさい」も、いつもより短かった。バックルの外れる音が、がちゃがちゃと狭い車内に響いた。耐性コートが乱暴に放られて、金具が床に当たる。三人が待機側に入ってきて、装備を解き、毛布の上に腰を下ろした。
 竜胆は深緋と一度目を合わせて、何も言わずに片手を上げた。深緋も片手を上げた。それで終わりだった。

 待機エリアの照明が、半分に落とされた。
 毛布の擦れる音が、あちこちから聞こえる。誰かが寝返りを打って、誰かが咳をして、また静かになった。鶸の寝息が、深緋の隣で続いていた。青藍の方は、まだ起きているのが、気配でわかった。
 深緋は毛布に潜った。足が冷たいな、と思った。
 外で、足音がした。一度通り過ぎて、また戻って、止まった。それからまた歩き出した。

 任務は、まだ終わっていなかった。

(了)
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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第08話:東十班回収(下)

 東二班が出ていってからしばらく経った。

 東十一班は今回が初任務らしく、東二班が出ていってから、三人とも目に見えて静かになっていた。一人が水筒を開けようとして、蓋がうまく回らずに何度も持ち直している。隣の子が「貸して」と小さく言って、代わりに開けていた。誰もそれを笑わなかった。

 鶸が、敷物の上で寝返りを打った。

「セイラン」
「ん」
「大丈夫かな」
「大丈夫だろ」
「うん」

 鶸はまた毛布に潜った。「ひまー」とボヤいている。
 青藍は資料の紙をもう一度開いた。さっき置いたままの場所だった。今度はメモを取りながら読んでいた。深緋は壁に背を預けて座っていた。外で、また大人の声がした。短いやり取りだった。

  *

 しばらくして、後方扉から大人が顔を覗かせた。

「南一班、出動です」

 鶸は勢いよく跳ね起きた。深緋も立った。

「あなたがたには東十班の回収に動いてもらいます。詳しくは現地に向かいながら。東十一班はそのまま待機」
「はい」

 東十一班の三人がこちらを見ていた。鶸が「いってきまーす」とひらひら手を振ると、一人がちょっと困ったみたいに手を振り返した。
 青藍が立ち上がった。三人とも、もう準備は終わっていた。

「行くか」
「うん」
「はあい」
「ところで」

 と、ゴーグルまで下ろした鶸を見て、青藍が呆れ返って言う。

「お前、今回飛ばねえからな」
「えっ......ゴーグル持ってきたのにー」

 外は、夕方になりかけていた。光が斜めに差しこんでいた。別の小さな車両が一台、横付けされていた。スタッフが扉を開けて待っていた。
 車両に乗り込むと動き出した。最初の揺れで鶸が少しよろけたが、すぐに掴まった。スタッフが地図を広げて、簡単に説明した。東十班の現在の位置、回収予定地点、交代のタイミング。短い説明だった。青藍が一度頷いた。鶸と深緋も頷く。
 窓の外の景色は揺れながら過ぎていく。駐屯地点の照明が、後ろへ流れていった。

 現地は、思っていたよりも静かだった。
 戦闘音は、もう遠ざかっていた。東十班は、回収地点のすぐ手前にいた。浅縹と晒柿、それから、もう一人。皆、装備が泥と血で汚れていた。晒柿がしゃがみこんでいる横に倒れている子どもがいた。浅縹はその横に膝をついていた。
 青藍が真っ先に近づいた。

「アサナダは動けるか」
「......はい」
「歩けるか」
「歩けます」

 浅縹は答えて立ち上がる。
 晒柿は立ち上がろうとして、一度膝をついた。青藍がすぐに横についた。

「サレガキ、立たなくていい。肩貸すから」
「......はい」

 鶸は先に前へ走った。

「担架いりまーす! 一人魔力切れー!」

 少し離れた場所から、白衣のスタッフが担架を持って走ってきた。
 鶸は走って戻って来ると、浅縹に「こっちだよ」と車両まで誘導する。

 この場に戦闘らしい戦闘はなかった。途中で一度、遠くで何かが崩れる音がしたが、こちらには来ない。深緋は炎を出さなかった。青藍も防壁を張らなかった。敵意の気配はずっとなかったから。

 仲間を回収して戻ることは、大切な任務だ。
 車両に戻る間、鶸はずっと浅縹の横についていた。途中で浅縹が一度、足を止めて頭を下げた。

「ごめんなさい」
「いいよー」
「迷惑かけちゃいました」
「ぜんっぜん」

 いつも通りの鶸の声が聞こえて、浅縹と鶸はまた歩き出した。

  *

 駐屯地点に戻ったのは、深夜になってからだった。

 車両に戻ると、東十一班の三人がまだ起きていた。不安そうな目をして、帰ってきた三人を見ている。青藍がそばに行って、小さな声で簡単に説明してやっていた。
 晒柿と倒れていた一人は、別の医療車両に運ばれていった。白衣のスタッフはその二人に付き添っていった。浅縹だけが帰ってきた。仕切りの向こうから、短いやり取りが聞こえた。「処置は済んでいます」「先に休ませてください」しばらくして声が聞こえなくなった。
 東二班はまだ戻っていなかった。竜胆たちの毛布は、出ていった時のままだった。
 鶸は敷物の上に座り込んだ。靴を脱がずに、だらしなく足を投げ出している。さすがにもう眠たそうにしていた。

「ヒワ、靴脱げ」
「......うん」

 鶸はゆっくり靴を脱いで、毛布の上に転がった。

「セイラン」
「ん」
「腹減ったー」
「あるだろ、簡易食」
「あー」

 鶸は面倒そうに返事をする。青藍が棚から包みを取って、鶸に渡した。鶸は包みを開けて、半分くらい食べたところで手が止まった。それから、包みを胸の上に置いたまま、目を閉じた。

「ヒワ、寝るなら毛布入れ」
「......はあい」

 鶸が毛布の中に潜った。包みは青藍が取って、棚の上に戻した。
 深緋は自分の毛布の上に座って、水筒を開けて一口飲んだ。

「コキア」
「うん」
「お前も少し食え」
「うん」

 青藍が包みをもう一つ取って、深緋に渡した。深緋はそれを半分食べた。残りはそのまま膝の上に置いた。青藍も自分の包みを開けて、自分の分を食べていた。ページをめくる音はなかった。今日はもう、本は開かなかった。
 仕切りの向こうから、浅縹の咳が一度聞こえた。それから静かになった。

 しばらくして、外で車両が一台、戻ってくる音がした。東二班だった。竜胆の声が、扉の向こうで短く響いた。「ただいまー」と言っている声が、いつもより少し低かった。常盤の「うるさい」も、いつもより短かった。バックルの外れる音が、がちゃがちゃと狭い車内に響いた。耐性コートが乱暴に放られて、金具が床に当たる。三人が待機側に入ってきて、装備を解き、毛布の上に腰を下ろした。
 竜胆は深緋と一度目を合わせて、何も言わずに片手を上げた。深緋も片手を上げた。それで終わりだった。

 待機エリアの照明が、半分に落とされた。
 毛布の擦れる音が、あちこちから聞こえる。誰かが寝返りを打って、誰かが咳をして、また静かになった。鶸の寝息が、深緋の隣で続いていた。青藍の方は、まだ起きているのが、気配でわかった。
 深緋は毛布に潜った。足が冷たいな、と思った。
 外で、足音がした。一度通り過ぎて、また戻って、止まった。それからまた歩き出した。

 任務は、まだ終わっていなかった。

(了)
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