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第07話:毛布の外は戦場(下)

 夕方、車両が止まった。
 長く続いていた駆動音が止まり、車内が少し広くなったように感じられた。その代わり、外を歩く足音や、別の車両が動く音が聞こえてくる。ときおり、遠くから低い地響きが届いた。
 危険区域を目前にした、前線拠点だった。

 ネットで区切られた向こう側で、東十班の三人が立ち上がった。
 浅縹が前腕固定ベルトを締め直す。晒柿は資料を閉じて鞄へ入れ、蓋をバチンと留めた。もう一人も壁に掛けてあった耐性外套コートを取り、腕を通す。
 ベルトを引く音。バックルを留める音。固いブーツが床を踏む音。

 さっきまで話していた待機側の子どもたちは、いつの間にか静かになっていた。

 装備を整えた東十班の三人が、後部扉へ向かった。
 竜胆が軽く片手を上げる。

「いってこいよー」

 晒柿が小さく頷いた。浅縹の後を追い、もう一人も続く。
 扉が開くと、外の冷たい空気と、土や煙と硝煙の混じった臭いが一度に入ってきた。

 三人が降りる。ゆっくり後部扉が閉まった。
 車両の中は、急に静かになった。

「行ったなー!」

 竜胆が大きく伸びをした。

「うるさいなー」

 常盤が短く言った。
 紅唐は目を覚まし、寝転がったまま東十班が出ていった扉を見ていた。鶸もぼんやり後部扉を見ている。

「ボクら、今日は出ないの?」
「出ないって言っただろ」

 青藍は読んでいた本を閉じた。

「ずっとここ?」
「呼ばれるまではな」
「呼ばれるかな」
「わからない」
「出たいなー」

 鶸の声へ、青藍は辛抱強く続けた。

「何もない方がいいだろ」
「そうなんだけどさー」
「なら待つのが任務だろ」

 竜胆が二人の間から顔を出す。

「ヒワは待機、苦手そうだな」
「だって、なんにもできないじゃん」
「何も起きてないなら、それでいいんだって」
「リンドウまでー」
「俺は何もない方が好きだぞ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。寝られるし」
「それが理由?」
「大事だろ」
「リンドウは黙っとけよ」

 常盤に言われ、竜胆は笑いながら肩をすくめた。

 さっきまで移動のために使っていた車両だった。現地に着いて東十班が出ていくと、同じ場所が待機任務の場所へ変わった。

 出入り口の後部扉へのルートを塞がないように任務バッグを壁際へ寄せ、すぐに使う物だけを取り出して揃える。毛布は畳んでおく。バッグに入れる水筒に水を足しておく。
 中央のテーブルには資料と地図が広げられ、随時変わる戦況が書き込まれていく。

 昼間より声は少し小さくなっていた。内戦地区のそばで騒ぐ子どもはいない。扉の外では大人が走り、遠くで何か重いものを動かす音がする。子どもたちは車内に残ったまま、その音を聞いていた。

  *

 夜は早めに毛布を出した。

 照明が半分ほど落とされると、白い壁も中央のテーブルも灰色に沈んだ。高い窓は黒くなり、外の照明が細く差し込んでいる。

 人数分の毛布が、それぞれの場所へ広がった。

 鶸は青藍の隣に毛布を置いた。深緋は青藍の足元側に置いた。東十一班は壁際へ三人で固まり、東二班はテーブルを挟んだ向こう側にいた。

 鶸は毛布の中に潜り、すぐに顔だけ出した。

「セイラン」
「ん」
「明日、出るかな」
「出ないかもしれないし、出るかもしれない」
「えー、どっち」
「待機班ってそういうもんだろ」
「でもーだって、もうボクたちずっと待機班やってないもん」

 鶸は毛布の端を口元へ寄せた。
 青藍は自分の毛布の上に座り、昼間とは別の本を開いていた。こちらは古い地誌だった。紙の端が少し擦れている。

「また集落の本?」

 鶸が聞く。

「こっちは古い方」
「昼のと何が違うの?」
「こっちは地図と記録。昼のは、もう少し新しい」
「同じ場所?」
「たぶん」
「また、たぶん?」
「だから見てるんだろ」

 鶸は少し考えたあと、毛布へ頬をつけた。

「わかったら教えて」
「起きてたらな」
「起きてるよ」
「もう眠そうだぞ」
「眠くないー」

 言い終わる前に、鶸はあくびをした。
 車内のあちこちから、毛布の擦れる音が聞こえた。東十一班の誰かが小さく咳をし、隣の子が何か声をかけている。

 外では足音が一度近づき、車両の前を通り過ぎた。

 深緋は毛布の上に座り、高い窓を見ていた。外はほとんど見えない。駐屯地の照明が、窓の端に白く映っているだけだった。

 昼間には、ここで鶸と竜胆が騒ぎ、青藍が本を読んでいた。
 今は、壁際へ荷物が並び、毛布の中に子どもたちがいる。ネットの向こう側は空になったままだった。

「コキア」

 青藍が呼んだ。

「ん」
「明日、早いかもしれないからな」
「うん」
「寝とけ」
「うん」

 深緋は毛布へ潜った。

 鶸はもう眠っていた。青藍が地誌のページをめくる音だけが、すぐ隣から聞こえる。
 テーブルの向こうで、竜胆がまだ小さな声で常盤へ何か話していた。

 遠くでまた地響きの音がした。毛布の外は戦場だった。

 青藍はもう一度ページをめくり、少しして本を閉じた。毛布が擦れる音がする。
 外で、また誰かの早足の足音がした。今度は立ち止まらず、そのまま遠ざかっていった。
 深緋は目を閉じた。

 鶸の寝息が、隣で続いている。
 車両の中は静かだった。
 深緋は、なかなか寝付けなかった。

(了)
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ヒュプノスの魔法使いは繭に眠る作者:小川ハリ
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第07話:毛布の外は戦場(下)

 夕方、車両が止まった。
 長く続いていた駆動音が止まり、車内が少し広くなったように感じられた。その代わり、外を歩く足音や、別の車両が動く音が聞こえてくる。ときおり、遠くから低い地響きが届いた。
 危険区域を目前にした、前線拠点だった。

 ネットで区切られた向こう側で、東十班の三人が立ち上がった。
 浅縹が前腕固定ベルトを締め直す。晒柿は資料を閉じて鞄へ入れ、蓋をバチンと留めた。もう一人も壁に掛けてあった耐性外套コートを取り、腕を通す。
 ベルトを引く音。バックルを留める音。固いブーツが床を踏む音。

 さっきまで話していた待機側の子どもたちは、いつの間にか静かになっていた。

 装備を整えた東十班の三人が、後部扉へ向かった。
 竜胆が軽く片手を上げる。

「いってこいよー」

 晒柿が小さく頷いた。浅縹の後を追い、もう一人も続く。
 扉が開くと、外の冷たい空気と、土や煙と硝煙の混じった臭いが一度に入ってきた。

 三人が降りる。ゆっくり後部扉が閉まった。
 車両の中は、急に静かになった。

「行ったなー!」

 竜胆が大きく伸びをした。

「うるさいなー」

 常盤が短く言った。
 紅唐は目を覚まし、寝転がったまま東十班が出ていった扉を見ていた。鶸もぼんやり後部扉を見ている。

「ボクら、今日は出ないの?」
「出ないって言っただろ」

 青藍は読んでいた本を閉じた。

「ずっとここ?」
「呼ばれるまではな」
「呼ばれるかな」
「わからない」
「出たいなー」

 鶸の声へ、青藍は辛抱強く続けた。

「何もない方がいいだろ」
「そうなんだけどさー」
「なら待つのが任務だろ」

 竜胆が二人の間から顔を出す。

「ヒワは待機、苦手そうだな」
「だって、なんにもできないじゃん」
「何も起きてないなら、それでいいんだって」
「リンドウまでー」
「俺は何もない方が好きだぞ」
「ほんとに?」
「ほんとほんと。寝られるし」
「それが理由?」
「大事だろ」
「リンドウは黙っとけよ」

 常盤に言われ、竜胆は笑いながら肩をすくめた。

 さっきまで移動のために使っていた車両だった。現地に着いて東十班が出ていくと、同じ場所が待機任務の場所へ変わった。

 出入り口の後部扉へのルートを塞がないように任務バッグを壁際へ寄せ、すぐに使う物だけを取り出して揃える。毛布は畳んでおく。バッグに入れる水筒に水を足しておく。
 中央のテーブルには資料と地図が広げられ、随時変わる戦況が書き込まれていく。

 昼間より声は少し小さくなっていた。内戦地区のそばで騒ぐ子どもはいない。扉の外では大人が走り、遠くで何か重いものを動かす音がする。子どもたちは車内に残ったまま、その音を聞いていた。

  *

 夜は早めに毛布を出した。

 照明が半分ほど落とされると、白い壁も中央のテーブルも灰色に沈んだ。高い窓は黒くなり、外の照明が細く差し込んでいる。

 人数分の毛布が、それぞれの場所へ広がった。

 鶸は青藍の隣に毛布を置いた。深緋は青藍の足元側に置いた。東十一班は壁際へ三人で固まり、東二班はテーブルを挟んだ向こう側にいた。

 鶸は毛布の中に潜り、すぐに顔だけ出した。

「セイラン」
「ん」
「明日、出るかな」
「出ないかもしれないし、出るかもしれない」
「えー、どっち」
「待機班ってそういうもんだろ」
「でもーだって、もうボクたちずっと待機班やってないもん」

 鶸は毛布の端を口元へ寄せた。
 青藍は自分の毛布の上に座り、昼間とは別の本を開いていた。こちらは古い地誌だった。紙の端が少し擦れている。

「また集落の本?」

 鶸が聞く。

「こっちは古い方」
「昼のと何が違うの?」
「こっちは地図と記録。昼のは、もう少し新しい」
「同じ場所?」
「たぶん」
「また、たぶん?」
「だから見てるんだろ」

 鶸は少し考えたあと、毛布へ頬をつけた。

「わかったら教えて」
「起きてたらな」
「起きてるよ」
「もう眠そうだぞ」
「眠くないー」

 言い終わる前に、鶸はあくびをした。
 車内のあちこちから、毛布の擦れる音が聞こえた。東十一班の誰かが小さく咳をし、隣の子が何か声をかけている。

 外では足音が一度近づき、車両の前を通り過ぎた。

 深緋は毛布の上に座り、高い窓を見ていた。外はほとんど見えない。駐屯地の照明が、窓の端に白く映っているだけだった。

 昼間には、ここで鶸と竜胆が騒ぎ、青藍が本を読んでいた。
 今は、壁際へ荷物が並び、毛布の中に子どもたちがいる。ネットの向こう側は空になったままだった。

「コキア」

 青藍が呼んだ。

「ん」
「明日、早いかもしれないからな」
「うん」
「寝とけ」
「うん」

 深緋は毛布へ潜った。

 鶸はもう眠っていた。青藍が地誌のページをめくる音だけが、すぐ隣から聞こえる。
 テーブルの向こうで、竜胆がまだ小さな声で常盤へ何か話していた。

 遠くでまた地響きの音がした。毛布の外は戦場だった。

 青藍はもう一度ページをめくり、少しして本を閉じた。毛布が擦れる音がする。
 外で、また誰かの早足の足音がした。今度は立ち止まらず、そのまま遠ざかっていった。
 深緋は目を閉じた。

 鶸の寝息が、隣で続いている。
 車両の中は静かだった。
 深緋は、なかなか寝付けなかった。

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