第九十二話 爆弾
【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 12:38 星見の塔 】
「ああ、やっぱりあれ。爆弾だったのね」
修道女服に着替え終わって、装備品を鞄に片付けながら、つばめが呟いた。
「え? どういうことですか?」
「アルフォンスからなんだけど、敵のボス、ヴネオンって名前らしいけど、こいつ、学院のあちこちに爆弾を仕掛けたみたいなのよねぇ」
ミコトに包装されたビスケットを差し出しながら、つばめは溜め息を吐いた。
「爆弾......⁉」
つばめが手にしている小さな腰袋からは、内容量を度外視して次々と道具が出て来る。水筒、干し肉、ナッツ類。
「ところでそれ、どれだけ入るんですか?」
「ああ、これ。空間収納袋だから。まあ安物だけど」
「けっこう入るやつ。べんり」
ヴァンの評価に、ミコトはうなずきを見せる。
「それで実は、途中で変な箱ちょっと見付けちゃって......、一つ持って来ちゃった」
「え?」
つばめが取り出したのは、小さな炉ひとつほどの鉄枠の木箱。職人の道具櫃にも見えた。
「多分、爆弾だと思ったから、本当は人気のないはずのここで調べる予定だったの」
「あー......、」
「そこに、おれ達がいた」
つばめが苦笑する。
「そう。......で、今から解体するわ。危ないから下がってて」
「忍者って、爆弾処理もできるんですか?」
「ふふ、そうだったら良いんだけどねぇ。全然、違うわよ。むしろ、その逆。あたし、魔導具とか錬金術は苦手ね」
「なのに解体を?」
「アルフォンスよ。今、エドワードも一緒にいるからね。あたしは二人から指示もらって、その通りに解体するだけ。手先は器用だから」
「なるほどです」
「でも、それ一つだけじゃ意味ない」
ヴァンは下がらず、興味深そうに覗き込んでいる。
「そうね。学院のあちこち、たくさんあるからね。でも構造が分かれば、そこから対応策も練れる」
つばめは箱の蓋を慎重に開く。
「それと、役に立つかどうか分からないけど、一つ分かった事があるわ」
「なに?」
「なんでしょう?」
開いて取り外した蓋を脇に退け置いて、つばめが二人に向き直る。 おでこに手を当てる。
「あいつら、仮面のここ、脳を模してたでしょ? あれって、禁断の知識神の信者らしいわね」
「禁断の知識神って、どんな神さまなんですか?」
「とりあえず、緋鋼政府からは、邪教認定されてるわね」
「どんな教えなんですか?」
つばめは自分のこめかみに人差し指を当て、少し押し込みながら言った。
「そうねえ。『知識の優れたる者は、知識の及ばざる者から搾取する権利を得たに等しい』っていう教義よ」
「つまり?」
「つまり、そうねえ。情弱からは奪っていい」
「情弱」
ヴァンが首を傾げる。
「情報弱者ね。例えば、学院に通えない。コネがない。魔法を知らない。錬金術を知らない。魔導具の使い方を知らない。国家の機密事項に触れさせて貰えない。世界の真理を知らない」
「みんなそうだ」
「そう。つまり、ほとんどの人が該当しちゃうわね」
「要するに略奪を肯定する教えか。クソだな」
つばめが、びしっとヴァンの頬を指先で押した。
「はい。汚い言葉は使わない。少なくとも、ミコトちゃんの前では」
「うん、分かった。姉御」
「姉御?」
「うん。兄貴もおれに勝ったから、兄貴」
「じゃ、あたしが勝ったから姉御なの?」
つばめは首を傾げた。
「うん。姉御って感じだし」
「あはは、兄貴と姉御、あいつとセットで呼ばれるのは、ちょっと複雑な気持ちだけどねえ」
ヴァンは至極真面目な顔。つばめは愉快そうに笑った。
「呼び方は大事らしいから」
「いいよ。好きに呼びな。ミコトちゃんもね」
つばめは爆弾の解体作業を再開する。
「はい。お姉ちゃんを思い出すので......、つばめお姉さまで」
ミコトは少し目を閉じた。つばめは口の端で笑む。
「姉御。ところで、アルフォンス先生は来れない?」
「そうですよ。あの人の力があれば、あんな連中......」
つばめは首を振る。
「あいつ、今日は力を使いすぎたらしいから、もう打ち止めね。それに怪我もしてる。無理はさせられない」
「そうか......」
「とりあえず、二人は御飯でも食べといて」
本格的に解体作業が始まった。
「うん」
「はーい」
【 同日 17:43 七聖学院 講堂 】
少し早い夕食。
堅焼きパン二枚、燻製豚肉一塊、硬質チーズ一片、干し林檎、乾燥豆一袋、塩包み。
備蓄していた軍用糧食が配られた。
仮面の男達が、一人で二つ三つと持っていくので、学生達には行き渡らない。
二人で一つを分けて食べたり、何人かの上級生は食べるのを我慢した。
「ミシェル先輩も、少しは食べてください」
マリアンナが、自分のパンを半分に千切って差し出した。
「大丈夫、気持ちだけ受け取っておくよ」
星級の子供達が、笑顔を見せた。
「フェルトン先輩、ありがとう」
「礼なんていいんだ。食事なんて気分じゃない。それだけさ」
爆弾の存在で気落ちして、夕食が喉を通らない学生はフェルトンだけではなかった。皆それぞれ。元気のない表情を浮かべていた。
ただ一人。オーレリアだけは違った。
分け与えられた食事を黙々と食べて、何かを真剣に考え込んでいた。
オーレリアは、あの魔導具を知っていた。とてもよく知っていた。
元々、あれは起爆装置ではない。
ロイに星結函で貰った小型人造に使われているものと同じ、起動用の魔導具。
遠隔で窓の開閉を行ったり、警報器や、蓄音水晶を作動させるもの。ロイの街、ドゥフテヴァルトの工房で作られた既製品。
だったら自分でも何とかできるかも知れない。起動先として紐付けされている設定を変えることができれば、爆弾を除去できなくても、爆発は未然に防げる。
「小型人造が要るのよぅ」
オーレリアの呟きを、ハリスが拾った。
「何か、打開策が?」
「ええ、あるのよぅ。でも、記録手帳と小型人造が必要なのよぅ」
「分かった。俺が何とかしよう」
十八時。
連絡の時間。
ヴネオンが椅子に座り直す。
念話水晶に、淡い光が灯った。
「エドワード少佐。身代金は用意できたか?」
『その前に、全員の安否確認だ』
「......いいだろう」
術士幹部が、念話水晶の向きを変える。生徒達の姿が映り込む。
「見ての通り全員無事だ。人質を返して欲しいならば、身代金を持って来い」
『分かった。こちらは金貨一万二千枚を準備した。各人、こちらで差が出ないように金貨二千枚とした。合計で六名分だ』
「全然、足りないな。話にならん」
『額が額だ。時間が要る。それに、この話は皇帝陛下の耳にまで届いている。裁可を待たれよ』
「では一部の生徒だけ解放しよう。親に身代金を払って貰ったのは、どのガキだ?」
『分かった。順に読み上げる。
ミシェル・シルヴァード
フェルトン・ブラスシルド
イネヴェア・リンドホルム
ウォルター・ヒギンズ
アーデルトラウト・アルブレヒツベルガー
オーレリア・キルシュ
彼女は、アッシュフィールド家が支払った』
生徒達の間に動揺が走る。
「断る!」
だが、それを裂く声。
一人の学生が立ち上がる。
「ミシェル・シルヴァードです。当家は、九大貴族筆頭。自分だけ、助かろうとは思わない!」
ヴネオンは鼻で笑った。
「くく、いい心掛けだ。逃げ出した皇家とは違う。シルヴァード家に、皇帝の座を譲った方が良いのではないか? あんな独裁者なんて引きずりおろして」
『ミシェル・シルヴァード、それでいいのか君は』
「もちろんです」
揺ぎ無い声。それに続く者。
「私もお断りします。クリスを置いて、わたしだけなんて、嫌です」
アディが、ミシェルに続いて立ち上がった。
「わたくしも、それと同じ意見ですわよ」
イネヴェアが凛と言い切った。
「ロイが気を利かせてくれたみたいだけど......、私もお断りなのよぅ」
オーレリアも立ち上がった。
「ぼくは別に......、」
エインが、ウォールの尻を蹴った。
「......ひぐっ⁉」
「あなた、みんなのゴハンを作らなきゃ。......でしょ?」
ウォールは少し思案した後。頷き一つ、意を決して立ち上がった。
「ぼ、ぼくも......、断ります」
残る一人、フェルトンに皆の視線が集まった。
「......な、なんだよ。僕は帰るぞ。......こ、こんな所にいられない」
ヴネオンが嗤った
「ハリス・ヤクトブレオです。発言の許可を」
皆の視線がハリスに集まる。
「なんだ。言ってみろ」
ヴネオンが目を細めた。
「辞退した五名に変わって、星級の子供達だけでも、帰してやれないでしょうか?」
「それだ。僕もそうして貰いたい」
ミシェルが頷く。
「それなら私も」
「わたくしも、そうして貰えるかしら」
「私も、そうして欲しいのよぅ」
「え、えと......、それじゃ、僕も......」
「おい。エドワード少佐、ガキ共がこんな事を言ってるが?」
『こちらとしては、人員が解放されるのであれば、誰であろうと構わない。しかし、身代金を払った保護者達の手前、こちらで好き勝手に決定することはできない』
「それなら、僕自身が保証する。父上と母上が僕の為に支払ってくれた身代金なら、僕自身の意志で、どう使うか決めたい」
ミシェルの言葉に、他の四人も頷いた。フェルトンは他所を向いて何かぶつぶつ言っていた。
「それに実は今、食料が足りていません。備蓄が底を尽きます」
ハリスの言葉に、エインとキャサリンが頷く。
「食い扶持を減らせということか、そんなもの包囲してるやつらに持って来させればいいだけの話だが」
その時、術士の幹部がヴネオンの傍にやって来ると、何枚かの書類を差し出すと共に、そっと耳打ちした。
「......なるほど。そうか、いいだろう。その話は承諾してやる。小さいガキ共は家に帰してやれ」
「待て!」
フェルトンの声に皆が注目した。
「け、怪我人と......、お歳を召した方も、帰して差し上げろ」
声が震えている。
「ジークハルト先生と、ローティ。それから、校長先生も、帰してやれ!」
術士の幹部が、再び耳打ちをした。ヴネオンが何度か頷く。
「その軍人教師は許可しない。他の者は帰していい。そのうるさい子犬もだ」
「そんな、生徒達を置いて、あたくしだけ先に帰るなんて、とんでもないざます!」
「いえ、アンディアナ校長。体力的に、貴女は厳しいことになる。ここは生徒達の意見に従って下さい」
「あなたこそ大怪我をしているざます。ジークハルト先生」
「問題ありません。鍛えている我々の方が、生存率が上がります。例え、負傷していようとも」
ヴネオンが椅子から立ち上がった。
「エドワード少佐。明日の朝、金を持って来い。人質は、それと引き換えだ」
『受け渡し方法は?』
「誰か一人が持って来い。......女だ。若い女に運搬させろ」
『分かった。こちらで検討する』
「いいか、余計な動きはするなよ?」
ヴネオンは、起爆装置を再び取り出して見せ、スイッチに指を掛けた。
ほぼ全員が息を呑んだ。
『無論だ。分かっている』
術士の幹部が、交信をそこで切った。
ヴネオンが一同に向き直り、片手を振り下げて着席を促した。
ミシェル達が座り、ヴネオンの口許に視線が集まった。
「さて、ここで重大発表がある」
何人かが喉を鳴らした。
「ここに学生名簿がある。しかし、入舎している者の記録と、実際の人数が合わない。もう逃げたのか、まだ隠れているのか」
ハリスが唇を少し噛みしめた。
「ヴァン・ラドーレ」
ハリエットが目を閉じた。
「ミコト・サトー」
オーレリアが息を吐いた。
「この二人を朝までに探し出せ」
仮面の男達が頷いた。
「こいつらには、手痛い罰を与える」