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第九十三話 伝言

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 23:15 星見の塔 】

 深紅の鈍い光を放つ拳大の宝石。

 分解され、並べられた幾つもの魔導具マギテク部品。

 それらの詳細をメモした紙束と、正確な模写図。

「爆弾の解体。やっと終わったわね」

 つばめが背伸びと、欠伸をする。

「うん、終わった」

 ヴァンは眠そうにしている。

「はい。半日も掛かっちゃいましたけど」

 ミコトにも少し疲れが見える。

「逆よ。二人が記録を手伝ってくれたから、たった半日で終わったのよ」

「わたしは、言われたことを書いた。それだけですけどね」

 空間収納袋ラウム・バッグに部品と紙束を詰め込みながら、ミコトが遠慮がちにはにかむ。

「それでいいのよ。できることをやる。......それにしても、ヴァンは絵が上手で助かったわ」

 紅い宝石は、つばめが布に包んでからヴァンの懐へ押し込んだ。

「ヴァンは、前にもルナの絵を可愛く描いたんですよ。ちょうどここで」

「あれは落書き。というか姉御の絵が下手すぎ」

 明らかに模写に失敗し、別のナニカが描かれた紙をひらつかせ、ヴァンが呆れ顔を見せた。

「前衛的と言ってもらえるかしら」

「ぜんえー的」

「そう」

 その時、つばめの得意そうな表情が、一瞬で険しくなった。

「誰か来るわね」

「見回り?」

「しっ、静かに」

 つばめが床に耳を当て、目を閉じる。

 ヴァンとミコトは、息を止めた。

「六人も来るわね」

「え? 分かるの? っていうか数が多いですね」

「どうする?」

 ヴァンは、腰の後ろに差したダガーの柄に手を乗せた。

 つばめが首を振る。

「あたしとミコトは捕まる。ヴァンは上から荷物を持って逃げて」

「そんな......!」

「わかった。ミコト、姉御の言う通りに」

「う、うん......」

 つばめがミコトを抱き締める。

「ミコトちゃん、離れ離れになるのは、今だけよ。大丈夫。大丈夫だから」

 背中を撫でる手に、ミコトは目を閉じて、一度だけうなずいた。

「いい子ね。それじゃ次、ヴァンよ」

 つばめはミコトを解放すると、ヴァンの方へ押し出した。

「え?」

 ヴァンが、ミコトを軽く抱き止めた。

「え......と、おれ......」

 どうしたらいい? と言いたげなヴァンの視線に、つばめは抱き締めるジェスチャーで答えた。
 
 うなずくヴァン。おそるおそる、だがしっかりとミコトを抱き締めた。

「ミコト。おれ達は、負けない」

「うん」

「だから待ってろ」

「うん」

 二人にも聞こえるほどに、階下の足音が迫って来た。

「ヴァン、登って」

 つばめは鉤付きロープを回転させ、半開きの天窓を見上げた。

「わかった」

 ヴァンは空間収納袋ラウム・バッグを肩に斜め掛けして、脚と膝の屈伸運動、腕と肩を伸ばす運動、五指を開いて閉じる運動をした。

 その間に、つばめは鉤付きロープを放り投げ、一回で窓枠に引っ掛けた。

「ヴァンは、絶対に見つからないで隠れて。今は勝つより、情報を守る方が大事」

「わかった。連絡は?」

 ロープを掴み、少し引っ張って荷重を確かめながら、ヴァンが尋ねる。

「北側トイレで」

「了解」

 腕の力だけで、ヴァンがロープを登って行く。足音が入り口の近くまでやって来た。

 塔の最上階に扉はない。

「ミコトちゃん、その柱に隠れて」

「はい」

 つばめが入り口に向かう。

「いたぞ!」

「おい、子供じゃねえぞ?」

「こ、来ないで下さい!」

 つばめの声は、普段より細く震えた。

 ヴァンは天窓から外に出ると、手早くロープを手繰り寄せていく。

「おまえ一人か?」

 仮面の男達が近付く。つばめは、ゆっくりと下がりながら、天窓とは逆の方向へ移動し、男達の視線を誘導する。

「はい。わたし、一人だけです」

 まだ天窓に鉤が引っ掛かったままだ。ヴァンが両腕に力を込めて、引っこ抜いた。

「ん?」

 男の一人が天窓を見上げる。何もない。

「おい、そっちにも誰かいるな」

 ミコトが見付かった。

「けっ、下らねぇ嘘なんて吐きやがって!」

 つばめが走り寄って、ミコトを庇う位置に立つ。

「乱暴は、しないで」

 つばめが、しおらしく懇願する。

「へへ、大人しくついて来るなら」

「はい、分かりました」


【 3月9日 海竜曜日 00:03 七聖学院 講堂 】

 真夜中。

 日付は変わっていた。

「ボス、女と子供を捕まえました」

「みー」

「それと子猫が一匹」

 その登場に、講堂の皆が驚いた。

「つばめ先生だ」
「ミコト」
「つばめ先生ー!」
「ミコトちゃん」

「騒ぐな!」

 怒鳴り声。
 
 術士の幹部が、ヴネオンに代わって壇上に座っている。

「ヴネオン様は、既に御休みになられた。誰だそいつは?」

「おい、名乗れ」

 仮面の男が、つばめを小突いた。

「きゃっ、......つ、ツバメ・クジョウです。見ての通り、学院付きの修道女シスターです。こっちの子は、ミコト・サトー」

「そいつがミコト・サトーか、今までどこに隠れていた? もう一人のガキはどこだ?」

 ミコトはルナを抱え、ツバメの背中に隠れながら、術士の幹部を見ている。

「もう一人?......分かりません。わたし達は、ずっと星見の塔に隠れていましたので」

 つばめが、ミコトをさらに隠すように片腕を伸ばした。

 術士の幹部が腕を組み、眉を顰しかめめる。

「一度、あそこは探索させているはずだが、どうやって隠れていた?」

「それは、消失プロパースの呪文を使っていたからです」

 つばめは、懐から使用済みの小さな巻物スクロールを取り出した。

「おい、それを持って来い」

「へい」

 仮面の男、その内の一人がつばめから巻物スクロールを引っ手繰ると、幹部の方へ持って行き、差し出した。

 大きさ、重さ、材質、手触り、残留魔力、その他、じっくりと鑑定される。

 それ、本当は壁登りウォールクレッテルンに使用した巻物スクロールなんだけどね。

 使ってしまえば、魔法のインクで描かれていた術式なんて消え去るから、判んないでしょ。

 つばめは胸中で、そう確信していた。

「確かに、第一位列術式魔法の使用済み巻物スクロールだ」

 あっぶな。

 位列までは見抜けるんだ。たまたま位列も同じ呪文で助かったわね。

 もしも、消失プロパースじゃなく、位列の高い不可視化ウンジヒトって言ってたら、嘘がバレてたわよ。
 
 つばめのそんな焦燥も知らず、術士の幹部は、腕を組み、目を閉じた。

「明日の朝、ヴネオン様に判断を仰ぐ。それまでは他の連中と一緒にしておけ」

「了解」


【 同日 9:00 七聖学院 正面玄関前 噴水ロータリー 】

 この日の朝陽は、いつもより曇って見えた。

 燃え崩れた正門の向こうで、衛兵隊が塔盾タワー・シールドを並べている。盾の隙間からは、衛兵達の緊張した顔が覗いていた。

 壊れた正面扉の瓦礫を乗り越えて、エリーが学院の敷地内へと入る。

 その後ろ、 荷運びの浮盤グルゾノースに載せた大きな宝箱。蓋は開かれ、中には金貨が満載されていた。

 金貨同士が擦れ合い、鈍い音を立てた。

 エリーは指先をひらひら動かしながら、重たげな箱を宙に滑らせていく。噴水を回り込んで、玄関前の階段下へと進み出る。

 玄関扉の奥から、マディアラス・ヴネオンが姿を現した。

 その左右には、戦士幹部と術士幹部。さらに星級ステラ・クラスの子供達、ぷーちゃんを抱いた校長先生、足取りも頼りなく、額に包帯を巻いたローティが続く。

『子供達を先に解放しろ』

 正面扉の外側。停車させた馬車の荷台。そこに立つエドワードの声が響いた。

 拡声魔導器メガフォンを通した声は、朝の空気をまっすぐに裂いて届く。

 ヴネオンは、片手を軽く上げた。

『金額の確認が先だ』

 別の拡声魔導器メガフォンから、ヴネオンの声が返る。

 エリーは呪文を解除し、宝箱を地面へ下ろした。金貨の重みで、箱の底が石畳に沈むような音を立てる。

 術士幹部が前へ出た。

 灰青の魔道衣の袖から、細い指が伸びる。短杖の先が金貨の山へ向けられた。

「追跡魔法が仕掛けられていると厄介だからな」

 術士幹部が小さく詠唱し、金貨と宝箱の表面を薄い光が撫でた。

 解呪ディスペル・マギー。

 金貨の山が一度だけ、淡く震えた。隠された呪印や魔力があれば、その場でほどかれるはずだった。

 術士幹部はしばらく金貨を見下ろし、それから別の革袋を取り出した。いいや、取り出したのではない。何もない空間から、手元へ呼び寄せたのだ。

 招取ルーフ。

 革袋の口が開く。仮面の男達がやって来て、身代金を宝箱から袋へと移す。ざらざらと音を立てる金貨。

 エリーは唇を尖らせた。

「へえ。用意がいいじゃん」

 術士幹部は答えない。

 金貨を収めた袋を床に置くと、今度はその上に短杖をかざした。

 返送リュックルーフ。

 袋が、空気に溶けるように消えた。エドワードは遠くから、その位置を見ていた。

 正面玄関、階段の下。あそこはギリギリ、転移や召喚が使えるのか。だが、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーの範囲外にあったとしても、屋内に入れないのでは大した意味はない。
 
 ヴネオンが顎を動かす。

「行かせろ」

 仮面の男達が道を開けた。

 星級ステラ・クラスの子供達が、校長先生とエリーの誘導で階段を降り、壊れた正面扉を越えていく。足元の木片に躓きそうになった子を、校長先生が支えた。ぷーちゃんが小さく鳴き、子供達の間で桃白い毛が揺れる。

「大丈夫?」

 エリーが、足元のふらつくローティに駆け寄った。

「......平気」

 ローティが、視線を逸らした。

「全然平気そうに見えないんですけど~?」

「うるせぇ」

 声は弱いが、返事はできた。

 エリーは小さく息を吐き、屈んでローティの腕を肩に回した。ローティは少し嫌そうにしたが、拒む力まではない。

 エリーはローティを支えたまま、ゆっくり歩いた。

 衛兵隊の盾の内側から、救護班が駆け寄って来た。

 子供達と校長先生、そしてローティを含む、人質56名が七聖学院の外へ出た。


【 同日 同時刻 北側トイレ 】

「さっさと済ませろ」

「はい」

 ハリスは返事をして、トイレの個室へ入った。

 見張りの男はトイレの外、廊下に立っている。足音は近い。だが、個室の中までは覗けない。

 ハリスは扉の鍵を掛けると、すぐに天井を見上げた。

「ヴァン」

 天井の通気口の蓋が、かすかに動いた。

 隙間から、真っ黒に汚れたヴァンの顔が覗く。

「ハリスか?」

「そうだ。先ずはくれ。爆弾の情報」

「分かった」

 通気口の奥から、紐で縛られた紙束が下ろされた。

 ハリスは両手で受け止める。紙束は思ったより厚い。

 外で見張りが靴先を鳴らした。

「まだか」

「少しお待ちを」

 ハリスは紙束を服の内側へ押し込んだ。腹部に平たく当て、上着の裾を整える。

「次は、オーレリアの手帳と、小型魔法人形ミニ・ゴーレム」

「わかった。四時間後」

「了解」

 通気口の蓋が静かに閉じた。

 ハリスは一度だけ息を整え、何食わぬ顔で個室の扉を開けた。

「遅ぇよ」

「失礼しました」


【 同日 11:50 七聖学院 講堂 】

 講堂の空気は、朝よりも重くなっていた。

 食事は配られた。水も、最低限は与えられた。だが、それで安心できる者はいない。

 壇上では、ヴネオンが名簿をめくっていた。

 紙を捲る音が、妙に乾いて聞こえる。

「もう一人のガキは、まだ見つからんのか」

 術士幹部が、仮面の奥で目を伏せた。

「それが、どこにも......」

 ヴネオンの指が、一つの名で止まった。

「ヴァン・ラドーレ」

 唇の端が、わずかに歪む。

「こいつ、あの伝説の騎士、ヴァルク・ラドーレの弟か」

 講堂の隅で、ミコトの肩が小さく揺れた。

 つばめは何も言わない。ただ、目だけを動かしてヴネオンを見ていた。

「ミコト・サトー、ツバメ・クジョウ」

「は、はい......」

「何かしら?」

 ミコトは怯えたように返事をし、つばめは静かに顔を上げた。

「おまえ達への罰を免除してやる代わりに、このヴァンとかいうガキには、倍の罰を与える事にした」

「⁉」

 ミコトの顔から血の気が引いた。

 つばめは一歩前へ出る。

「ちょっと、相手は子供よ? そもそも罰を受けるようなことなんて何もしてないじゃない。怖いから逃げて、隠れているだけよ」

「本当にそうなら、拡声魔導器メガフォンで呼び掛けろ。安心して出て来いと」

「いいわよ。それぐらい」

 つばめが即答した。

 その時、別の声が上がった。

「その役目なら、あたしがやります。そういうの得意なので」

 マリアンナが手を挙げていた。

 隣のミシェルが、わずかに眉を動かす。だが止めない。マリアンナは胸の前で手を揃え、いつもの明るさを少しだけ残した顔で壇上を見ていた。

 ヴネオンはしばらく二人を見比べた。

「二人で行ってこい。おい、見張ってろ」

 仮面の男が二人、前へ出る。

 戦士幹部は講堂の壁際へ歩き、そこに立て掛けてあった大戦斧グレートアクスを引っ張り出した。

 刃が床に擦れ、重い音を立てる。

 戦士幹部はそれを軽々と持ち上げ、背中に担いだ。子供達を睨む。

 子供達が、息を呑んだ。

 その時。

 十二時になった。

 念話水晶ゲダンク・スフィアの光が、壇上に浮かんだ。

 ヴネオンが椅子に腰を下ろし、水晶の向こうを見据えた。ゆっくりと口を開く。

「交渉を始めてから、もう一日が過ぎたぞ。そろそろ結論は出たか?」

 水晶の向こうで、紙を開く音がした。

『皇帝陛下の御言葉おことばを伝える──』
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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第九十三話 伝言

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 23:15 星見の塔 】

 深紅の鈍い光を放つ拳大の宝石。

 分解され、並べられた幾つもの魔導具マギテク部品。

 それらの詳細をメモした紙束と、正確な模写図。

「爆弾の解体。やっと終わったわね」

 つばめが背伸びと、欠伸をする。

「うん、終わった」

 ヴァンは眠そうにしている。

「はい。半日も掛かっちゃいましたけど」

 ミコトにも少し疲れが見える。

「逆よ。二人が記録を手伝ってくれたから、たった半日で終わったのよ」

「わたしは、言われたことを書いた。それだけですけどね」

 空間収納袋ラウム・バッグに部品と紙束を詰め込みながら、ミコトが遠慮がちにはにかむ。

「それでいいのよ。できることをやる。......それにしても、ヴァンは絵が上手で助かったわ」

 紅い宝石は、つばめが布に包んでからヴァンの懐へ押し込んだ。

「ヴァンは、前にもルナの絵を可愛く描いたんですよ。ちょうどここで」

「あれは落書き。というか姉御の絵が下手すぎ」

 明らかに模写に失敗し、別のナニカが描かれた紙をひらつかせ、ヴァンが呆れ顔を見せた。

「前衛的と言ってもらえるかしら」

「ぜんえー的」

「そう」

 その時、つばめの得意そうな表情が、一瞬で険しくなった。

「誰か来るわね」

「見回り?」

「しっ、静かに」

 つばめが床に耳を当て、目を閉じる。

 ヴァンとミコトは、息を止めた。

「六人も来るわね」

「え? 分かるの? っていうか数が多いですね」

「どうする?」

 ヴァンは、腰の後ろに差したダガーの柄に手を乗せた。

 つばめが首を振る。

「あたしとミコトは捕まる。ヴァンは上から荷物を持って逃げて」

「そんな......!」

「わかった。ミコト、姉御の言う通りに」

「う、うん......」

 つばめがミコトを抱き締める。

「ミコトちゃん、離れ離れになるのは、今だけよ。大丈夫。大丈夫だから」

 背中を撫でる手に、ミコトは目を閉じて、一度だけうなずいた。

「いい子ね。それじゃ次、ヴァンよ」

 つばめはミコトを解放すると、ヴァンの方へ押し出した。

「え?」

 ヴァンが、ミコトを軽く抱き止めた。

「え......と、おれ......」

 どうしたらいい? と言いたげなヴァンの視線に、つばめは抱き締めるジェスチャーで答えた。
 
 うなずくヴァン。おそるおそる、だがしっかりとミコトを抱き締めた。

「ミコト。おれ達は、負けない」

「うん」

「だから待ってろ」

「うん」

 二人にも聞こえるほどに、階下の足音が迫って来た。

「ヴァン、登って」

 つばめは鉤付きロープを回転させ、半開きの天窓を見上げた。

「わかった」

 ヴァンは空間収納袋ラウム・バッグを肩に斜め掛けして、脚と膝の屈伸運動、腕と肩を伸ばす運動、五指を開いて閉じる運動をした。

 その間に、つばめは鉤付きロープを放り投げ、一回で窓枠に引っ掛けた。

「ヴァンは、絶対に見つからないで隠れて。今は勝つより、情報を守る方が大事」

「わかった。連絡は?」

 ロープを掴み、少し引っ張って荷重を確かめながら、ヴァンが尋ねる。

「北側トイレで」

「了解」

 腕の力だけで、ヴァンがロープを登って行く。足音が入り口の近くまでやって来た。

 塔の最上階に扉はない。

「ミコトちゃん、その柱に隠れて」

「はい」

 つばめが入り口に向かう。

「いたぞ!」

「おい、子供じゃねえぞ?」

「こ、来ないで下さい!」

 つばめの声は、普段より細く震えた。

 ヴァンは天窓から外に出ると、手早くロープを手繰り寄せていく。

「おまえ一人か?」

 仮面の男達が近付く。つばめは、ゆっくりと下がりながら、天窓とは逆の方向へ移動し、男達の視線を誘導する。

「はい。わたし、一人だけです」

 まだ天窓に鉤が引っ掛かったままだ。ヴァンが両腕に力を込めて、引っこ抜いた。

「ん?」

 男の一人が天窓を見上げる。何もない。

「おい、そっちにも誰かいるな」

 ミコトが見付かった。

「けっ、下らねぇ嘘なんて吐きやがって!」

 つばめが走り寄って、ミコトを庇う位置に立つ。

「乱暴は、しないで」

 つばめが、しおらしく懇願する。

「へへ、大人しくついて来るなら」

「はい、分かりました」


【 3月9日 海竜曜日 00:03 七聖学院 講堂 】

 真夜中。

 日付は変わっていた。

「ボス、女と子供を捕まえました」

「みー」

「それと子猫が一匹」

 その登場に、講堂の皆が驚いた。

「つばめ先生だ」
「ミコト」
「つばめ先生ー!」
「ミコトちゃん」

「騒ぐな!」

 怒鳴り声。
 
 術士の幹部が、ヴネオンに代わって壇上に座っている。

「ヴネオン様は、既に御休みになられた。誰だそいつは?」

「おい、名乗れ」

 仮面の男が、つばめを小突いた。

「きゃっ、......つ、ツバメ・クジョウです。見ての通り、学院付きの修道女シスターです。こっちの子は、ミコト・サトー」

「そいつがミコト・サトーか、今までどこに隠れていた? もう一人のガキはどこだ?」

 ミコトはルナを抱え、ツバメの背中に隠れながら、術士の幹部を見ている。

「もう一人?......分かりません。わたし達は、ずっと星見の塔に隠れていましたので」

 つばめが、ミコトをさらに隠すように片腕を伸ばした。

 術士の幹部が腕を組み、眉を顰しかめめる。

「一度、あそこは探索させているはずだが、どうやって隠れていた?」

「それは、消失プロパースの呪文を使っていたからです」

 つばめは、懐から使用済みの小さな巻物スクロールを取り出した。

「おい、それを持って来い」

「へい」

 仮面の男、その内の一人がつばめから巻物スクロールを引っ手繰ると、幹部の方へ持って行き、差し出した。

 大きさ、重さ、材質、手触り、残留魔力、その他、じっくりと鑑定される。

 それ、本当は壁登りウォールクレッテルンに使用した巻物スクロールなんだけどね。

 使ってしまえば、魔法のインクで描かれていた術式なんて消え去るから、判んないでしょ。

 つばめは胸中で、そう確信していた。

「確かに、第一位列術式魔法の使用済み巻物スクロールだ」

 あっぶな。

 位列までは見抜けるんだ。たまたま位列も同じ呪文で助かったわね。

 もしも、消失プロパースじゃなく、位列の高い不可視化ウンジヒトって言ってたら、嘘がバレてたわよ。
 
 つばめのそんな焦燥も知らず、術士の幹部は、腕を組み、目を閉じた。

「明日の朝、ヴネオン様に判断を仰ぐ。それまでは他の連中と一緒にしておけ」

「了解」


【 同日 9:00 七聖学院 正面玄関前 噴水ロータリー 】

 この日の朝陽は、いつもより曇って見えた。

 燃え崩れた正門の向こうで、衛兵隊が塔盾タワー・シールドを並べている。盾の隙間からは、衛兵達の緊張した顔が覗いていた。

 壊れた正面扉の瓦礫を乗り越えて、エリーが学院の敷地内へと入る。

 その後ろ、 荷運びの浮盤グルゾノースに載せた大きな宝箱。蓋は開かれ、中には金貨が満載されていた。

 金貨同士が擦れ合い、鈍い音を立てた。

 エリーは指先をひらひら動かしながら、重たげな箱を宙に滑らせていく。噴水を回り込んで、玄関前の階段下へと進み出る。

 玄関扉の奥から、マディアラス・ヴネオンが姿を現した。

 その左右には、戦士幹部と術士幹部。さらに星級ステラ・クラスの子供達、ぷーちゃんを抱いた校長先生、足取りも頼りなく、額に包帯を巻いたローティが続く。

『子供達を先に解放しろ』

 正面扉の外側。停車させた馬車の荷台。そこに立つエドワードの声が響いた。

 拡声魔導器メガフォンを通した声は、朝の空気をまっすぐに裂いて届く。

 ヴネオンは、片手を軽く上げた。

『金額の確認が先だ』

 別の拡声魔導器メガフォンから、ヴネオンの声が返る。

 エリーは呪文を解除し、宝箱を地面へ下ろした。金貨の重みで、箱の底が石畳に沈むような音を立てる。

 術士幹部が前へ出た。

 灰青の魔道衣の袖から、細い指が伸びる。短杖の先が金貨の山へ向けられた。

「追跡魔法が仕掛けられていると厄介だからな」

 術士幹部が小さく詠唱し、金貨と宝箱の表面を薄い光が撫でた。

 解呪ディスペル・マギー。

 金貨の山が一度だけ、淡く震えた。隠された呪印や魔力があれば、その場でほどかれるはずだった。

 術士幹部はしばらく金貨を見下ろし、それから別の革袋を取り出した。いいや、取り出したのではない。何もない空間から、手元へ呼び寄せたのだ。

 招取ルーフ。

 革袋の口が開く。仮面の男達がやって来て、身代金を宝箱から袋へと移す。ざらざらと音を立てる金貨。

 エリーは唇を尖らせた。

「へえ。用意がいいじゃん」

 術士幹部は答えない。

 金貨を収めた袋を床に置くと、今度はその上に短杖をかざした。

 返送リュックルーフ。

 袋が、空気に溶けるように消えた。エドワードは遠くから、その位置を見ていた。

 正面玄関、階段の下。あそこはギリギリ、転移や召喚が使えるのか。だが、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーの範囲外にあったとしても、屋内に入れないのでは大した意味はない。
 
 ヴネオンが顎を動かす。

「行かせろ」

 仮面の男達が道を開けた。

 星級ステラ・クラスの子供達が、校長先生とエリーの誘導で階段を降り、壊れた正面扉を越えていく。足元の木片に躓きそうになった子を、校長先生が支えた。ぷーちゃんが小さく鳴き、子供達の間で桃白い毛が揺れる。

「大丈夫?」

 エリーが、足元のふらつくローティに駆け寄った。

「......平気」

 ローティが、視線を逸らした。

「全然平気そうに見えないんですけど~?」

「うるせぇ」

 声は弱いが、返事はできた。

 エリーは小さく息を吐き、屈んでローティの腕を肩に回した。ローティは少し嫌そうにしたが、拒む力まではない。

 エリーはローティを支えたまま、ゆっくり歩いた。

 衛兵隊の盾の内側から、救護班が駆け寄って来た。

 子供達と校長先生、そしてローティを含む、人質56名が七聖学院の外へ出た。


【 同日 同時刻 北側トイレ 】

「さっさと済ませろ」

「はい」

 ハリスは返事をして、トイレの個室へ入った。

 見張りの男はトイレの外、廊下に立っている。足音は近い。だが、個室の中までは覗けない。

 ハリスは扉の鍵を掛けると、すぐに天井を見上げた。

「ヴァン」

 天井の通気口の蓋が、かすかに動いた。

 隙間から、真っ黒に汚れたヴァンの顔が覗く。

「ハリスか?」

「そうだ。先ずはくれ。爆弾の情報」

「分かった」

 通気口の奥から、紐で縛られた紙束が下ろされた。

 ハリスは両手で受け止める。紙束は思ったより厚い。

 外で見張りが靴先を鳴らした。

「まだか」

「少しお待ちを」

 ハリスは紙束を服の内側へ押し込んだ。腹部に平たく当て、上着の裾を整える。

「次は、オーレリアの手帳と、小型魔法人形ミニ・ゴーレム」

「わかった。四時間後」

「了解」

 通気口の蓋が静かに閉じた。

 ハリスは一度だけ息を整え、何食わぬ顔で個室の扉を開けた。

「遅ぇよ」

「失礼しました」


【 同日 11:50 七聖学院 講堂 】

 講堂の空気は、朝よりも重くなっていた。

 食事は配られた。水も、最低限は与えられた。だが、それで安心できる者はいない。

 壇上では、ヴネオンが名簿をめくっていた。

 紙を捲る音が、妙に乾いて聞こえる。

「もう一人のガキは、まだ見つからんのか」

 術士幹部が、仮面の奥で目を伏せた。

「それが、どこにも......」

 ヴネオンの指が、一つの名で止まった。

「ヴァン・ラドーレ」

 唇の端が、わずかに歪む。

「こいつ、あの伝説の騎士、ヴァルク・ラドーレの弟か」

 講堂の隅で、ミコトの肩が小さく揺れた。

 つばめは何も言わない。ただ、目だけを動かしてヴネオンを見ていた。

「ミコト・サトー、ツバメ・クジョウ」

「は、はい......」

「何かしら?」

 ミコトは怯えたように返事をし、つばめは静かに顔を上げた。

「おまえ達への罰を免除してやる代わりに、このヴァンとかいうガキには、倍の罰を与える事にした」

「⁉」

 ミコトの顔から血の気が引いた。

 つばめは一歩前へ出る。

「ちょっと、相手は子供よ? そもそも罰を受けるようなことなんて何もしてないじゃない。怖いから逃げて、隠れているだけよ」

「本当にそうなら、拡声魔導器メガフォンで呼び掛けろ。安心して出て来いと」

「いいわよ。それぐらい」

 つばめが即答した。

 その時、別の声が上がった。

「その役目なら、あたしがやります。そういうの得意なので」

 マリアンナが手を挙げていた。

 隣のミシェルが、わずかに眉を動かす。だが止めない。マリアンナは胸の前で手を揃え、いつもの明るさを少しだけ残した顔で壇上を見ていた。

 ヴネオンはしばらく二人を見比べた。

「二人で行ってこい。おい、見張ってろ」

 仮面の男が二人、前へ出る。

 戦士幹部は講堂の壁際へ歩き、そこに立て掛けてあった大戦斧グレートアクスを引っ張り出した。

 刃が床に擦れ、重い音を立てる。

 戦士幹部はそれを軽々と持ち上げ、背中に担いだ。子供達を睨む。

 子供達が、息を呑んだ。

 その時。

 十二時になった。

 念話水晶ゲダンク・スフィアの光が、壇上に浮かんだ。

 ヴネオンが椅子に腰を下ろし、水晶の向こうを見据えた。ゆっくりと口を開く。

「交渉を始めてから、もう一日が過ぎたぞ。そろそろ結論は出たか?」

 水晶の向こうで、紙を開く音がした。

『皇帝陛下の御言葉おことばを伝える──』
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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