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第九十七話 突入時刻

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月9日 海竜曜日 22:25 七聖学院 星見の塔 】

 おれは屋根に座って、西側の空を見上げていた。

 魔導探照灯サーチライトが夜空の一部に光の円を形作る。

 点って。消えて。長く点って。消えて。点く。

 信号の長短で、文字を作る緋鋼式ルナエ符号。

『黒い月の足、ハンナでも待つ』

 これは暗号だ。黒い月はルナで、足は四つだ。

 突入時刻は4時。

 ルナの伝言、ちゃんと届いてた。

 でも、『ハンナでも待つ』の意味が分からない。

 ハンナと言えば、あの死者の日記デッドマンズ・バイブルは、ハンナの書いたものだ。

 この星見の塔?

 おれは足元を見た。

 退避ルートの事だと思うけれど、ここ?

 おれは上を見上げた。

 飛空艇エア・クラフトが来るのか?

 よく分からないけれど、ハリスなら分かるだろう。とりあえず返事をしておこう。

 おれは膝の上で、永遠の灯ネウガシームの蓋を開いた。あちらで観測されると信じて。

 長く開けて閉じる。長い。短い。休む。長い。長い。休む。

 ――・ ―― ・・- ・-・・ ・-

 ルナエ符号で、『り、ょ、う、か、い』と伝えた。

 その時、おれは突然の睡魔に襲われた。

 意志が挫かれる。眠い。

 これは、きっと魔法だ。

 く、そ......。


【 同日 23:17 七聖学院 講堂 】

 誰だ?

「ヴァン」

 おれの名を呼ぶのは、誰だ?

「ヴァンっ!」

 ミコトの声が聞こえる。おれは目を開けた。

 ここは、講堂か?

 みんなが、おれを見上げてる。壇上にいるのか。

 うごけない。手足が、縛られている?

 磔はりつけ。

 おれは縛られていた。長椅子で作られた即席の十字架だ。

 手のひらに杭を打ち込まれていないだけマシだが、ちょっときつく縛り過ぎだ。

「お目覚めかね。ヴァン・ラドーレ君」

 そこに立っていたのは、赤黒い魔道衣に身を包んだ男だった。

 男は、妙に丁寧な仕草で頭を下げる。

 おれは、こいつが誰だか分かった。

 マディアラス・ヴネオン。

 襲撃犯のボスだ。

 焦げ茶色の髪は、左側だけが極端に長く、反対側は刈り上げられている。そのせいで、右耳に付けられたピアスがよく見えた。

 銀色で丸い飾りのピアス。その中央には、脳に穿たれた金色の楔の意匠。

 おれは、その印の意味が何か分かった。

 禁断の知識神マドネ。

「みんなを解放しろ。学院から出ていけ」

「なんと威勢の良い。開口一番、そんな大口を叩けるとは」

 ヴネオンは、おれの短剣ダガーを持っていた。鞘から抜いて、その刃でおれの頬をペチペチと叩いている。

「遊びで抜くな」

「何だって?」

「遊びで抜くなと言った。小さくても、それは剣だ」

 おれは、ヴネオンを睨んだ。

「ふん、子供ながらに騎士の矜持とでも言うやつか? 流石は英雄ヴァルクの弟だ」

「兄貴は関係ない」

 ヴネオンは、短剣ダガーを床に捨てた。空間収納袋ラウム・バッグを手に持ち、嗤わらった。
 
「そうですか。......だが、これは無関係とは言わせない」

 次々と取り出される道具アイテムの数々。

 学院内のあちこちで集めた物と、元から入っていた品々だった。

 鉤縄。小型の金槌。釘。やすり。有刺鉄線。

 壇上の床に、次々と無造作に落とされていく。

「子供のくせに、持ち物は実に危険だ」

 油瓶。火口箱。

「火遊びもよくないぞ」

 おれは黙ってヴネオンを睨み続ける。

「貴様は一人で、この我々に戦いを挑む気だったのか?」

 ハリスの計画を知らせてはいけない。

 それに、おれ一人になっても戦うつもりだ。それは間違いない。

「そうだ」

 他の生徒達は、黙って見守っている。

 悔しさを隠しきれない表情の子。半泣きの子。目を閉じている子。

「ふむ......、何日も潜伏できるだけの用意だな。本気なのか」

 消毒液。水筒。乾パン袋。干し肉。干し果実。小麦粉の袋。

 順に中身を取り出して、足下に捨てられる。

 小麦粉の袋は、倒れて少し中身が零れた。

「なんだこのガラクタは?」

 オーレリアの小型魔法人形ミニ・ゴーレム。部品を抜き取った残りだ。

 無造作に床に捨てられ、音が響いた。

「大切なものだ。大事にしろ」

 解体した爆弾の部品は、念の為に廃棄しておいて正解だった。

 しかし、これはロイが贈ったものだ。捨てられなかった。
 
「こんな玩具に執着するとは、やはり子供だな」

 おれは言い返さない。

「だが子供でも、やっていい事と、いけない事の区別ぐらいできるだろう?」

 おまえこそ、人としてその区別ができているのか。おれは、そう問い詰めたかった。

 でも、おれは言い返さない。

「外部と連絡していたな?」

 答えない。

「何か光で合図を送っていたな?」

 答えない。

「しらばっくれるな。屋根の上で光を使っていれば、見つけてくれと言っているようなものだ」

 答えないぞ。

「言え!」

 言わない。

「この野郎。ボスの質問に答えねぇか!」

 体格の大きな男が割り込んで来た。おれの腹を殴る。

 重い。痛い。吐きそうになる。

 姿勢が悪すぎる。受け身が取れない。腹筋を締める以外に、防ぐ手段がない。

「ヴァンっ‼」
「ちょっと、子供に乱暴しないで!」

 ミコトと姉御の声が聞こえた。

「うるせぇ!」

 大男が怒鳴る。ヴネオンがそれを制した。

「騒がないで欲しい。お忘れか? おまえ達への罰を免除してやる代わりに、このガキには倍の罰を与えると言ったはずだ」

 おれは笑った。ミコトの代わりなら、良かった。

「好都合だ」

「なんだと?」

 ハリス、届いてくれ。

「やれよ。おれは「黒い月の足、ハンナでも待つ」それだけだ」

「ボス、こいつ何を言ってんだ? おい、分かるように話せ」

「これは古い諺ことわざだ。授業で習う」

 ハリスと目が合った。よし、伝わった。

「このガキ、こっちは学校なんて通ってねえんだよ。なんてクソ生意気なんだ。殺してやろうか」

 大男の手が、おれの喉を掴んだ。ものすごい力だ。

 呼吸できない。

「やめろ」

「けほ......っ」

 何とか息が戻った。

「こいつは、少し痛めつけたぐらいでは、おそらく口を割らない」

「じゃあ、どうすんだよ」

「明日、残りの身代金を用意できていなければ、見せしめとして最初にこいつを処刑する」

 おれは目を閉じる。大丈夫、その前に突入作戦が始まるはずだ。


【 3月10日 孔雀曜日 0:01 七聖学院北側 地下通路入口 】

 漆黒に染め抜かれた厚手の上下衣。胸と肩、脛と前腕に薄い装甲板。衣服の留め金も走った時に鳴らない構造。全ての金属部品には艶消し処理が施されている。

 エリーは緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの黒い戦闘用装束で、懐中時計を確かめる。

「うん。日付が変わったよ」

 アルフォンスが、青布で装飾された巻物スクロールを差し出した。

「では、ここから先は、静寂術シュティレで隠密行動に移って貰います。これに、私の呪文スペルを書き込んでおきました」

 エリーが受け取って、珍しそうに眺める。

「へえ、この神聖魔法の巻物スクロール、ちょっと変わってるね。ちゃんと使えるかな?」

「あなたなら大丈夫ですよ。発動後は、会話での意思疎通は不可能となりますので、手信号ハンド・シグナルを忘れずに」

「呪文の対象は、これでいい?」

 エリーが、小さなクマのぬいぐるみを取り出した。

「はい、それで構いません。静寂術シュティレは、それなりに効果範囲が広がっていますので、もし術士達を見掛けたら、その中心部に向かって投げ入れて下さい。詠唱を無効化できます」

「そっか、相手には呪文使いスペルキャスターが何人もいるんだよね? ちょっと怖いな......」

「初出撃は、誰でも緊張するもんじゃき」

「ヴァルク様、やさしい!」

「これを誰に所持させるかは、隊長が決めてください。その人が中心になります」

「隊長は誰じゃったかの?」

「別動隊の部隊長は、立場上、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングのエリーさんという事になっていますが」

「はいはーい。それじゃ隊長権限で、現場指揮はヴァルク様に一任しま~す」

 クマのぬいぐるみを渡され、困り顔のヴァルク。

「こんな勝手なこと、エドワードが怒らんか?」

「実戦経験が豊富で、内部情報にも詳しくて、人質の生徒達にも顔を知られていて信頼されている。これ以上の適任者はいないでしょ? 少佐なら大丈夫。これも現場判断ってことで」

「それならエイデンの方でも良かろうに」

「我は謹んで辞退する。そもそも指揮者には向かん」

「それじゃヴァルク様に決まりってことで、そろそろ補助魔法の付与をお願いしても?」

 アルフォンスは運命の女神アルモニア・ミラの象徴シンボル、尾が縦横に交わる流星スター・クロスシュートの聖印シジルを手にした。

「はい、重ね掛けしますので、みんな集まって下さい。この後、私は本部に戻りますから、手早く済ませますよ」

「エドワードのやつも人使いが荒いのう」

「少佐は真面目ちゃんだから」


【 同日 3:25 七聖学院 講堂 】

 講堂は、夜明け前の暗さに沈み、生徒達も見張り達も浅い眠気の底で息を潜めていた。

 壇上の十字架に縛られたヴァンは、殴られた腹と縛られた手足の痛みに耐えながら、うつむいたまま動かない。

「ボス、大変だ!」

 壇上の椅子に座っていた術士幹部が、脚を組み直す。

「騒々しいぞ。ヴネオン様は、既に御休みになられた」

 仮面の男が、下着姿の男を連れている。

「それがこいつ、地下室で箱の中で縛られていて......」

「なんだと? おい、何があった?」

「へい、ガキと用務員とやらにやられて、装備と仮面を奪われました。そいつ、オレに変装してやがる」

「なに⁉」

 術士幹部が、磔はりつけにしたヴァンを一瞥する。

 ヴァンは「おれがやった」と言わんばかりに笑った。

 術士幹部が何か言おうとした時。

「ボス、報告です!」

 別の男が現れた。学生達の何人かが目を覚ます。

「まだあるのか、なんだ?」

「厨房で二人、気絶した仲間が縛られてました」

 人質にされた学生達の輪の中で、キャサリンが顔を伏せた。

 壁際や二階席、周囲を固める監視役達。その内の一人が、そっと講堂の扉から抜け出ようとした。

「おい! おまえ、どこへ行く気だ?」

 戦士の幹部が、その前に立ちはだかっていた。


【 同日 3:43 七聖学院南側 水晶湖クリスタル・レイク 】

 湖上に浮かぶ三隻の舟。

 先発した緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの占術観測班スクライ・レコン。エリーを除く残り六名が、其々それぞれペアを組んで分乗していた。

 一隻目。観測部隊の隊長、壮年の男が、隣で狙いを定める若い狙撃手に尋ねた。

「いけるか?」

「そうっスね......」

 その尖った髪型の狙撃手は、重弩ヘヴィ・クロスボウの照準器スコープを覗き見る。暗くてよく見えなかったが、熱探視ヴェルメブリックモードを起動すると、この距離でも人影が白く映る。

「あっちに二人、こっちに二人......、情報通りなら、尾根の向こう側にも四人」

 学院の屋根に配置された何人もの犯人達、さらには星見の塔にも新たに配置された犯人達が見える。

「情報と違うのは、塔の上にも新たに配置されたって事ぐらいッスかね」

 二隻目。赤髪の女性狙撃手と、望遠鏡で観測する眼鏡の隊員。伝声術シュティンメで言葉が交わされる。

「ねえ、これ時間が来たら、本当に射殺していいんだよね?」

「そう聞いています。ですよね、副官?」

 三隻目。チョビ髭の観測員と、大男の狙撃手。

「後で始末書とか困りますよ?」

「......それは嫌だ」

 副官が、大型の軍事用魔導念話機マギフォンの受話器を手に取る。

「少佐、最終確認です。作戦時間に変更はありますか?」

 他の隊員達が、息を呑む。

「──了解。作戦、続行します」

 隊員達の顔付きが変わった。

「各狙撃手、遠射術ラングショットを詠唱開始。観測手は風道ヴィンドトンネルで弾道確保。初撃で必ず仕留めろ」

「「了解」」

「射撃後は、反撃が予想される。連中の得物では、射程で勝負にならんが、射手ではなく術士の場合は話が別だ。まずいと思ったら舟を放棄して水中へ脱出せよ」

「「了解」」


【 同日 3:55 七聖学院 講堂 】

 畜生め。今度こそマズった。

 ゴーンズ・ウィリス、四十二歳。ここで死ぬのか。

「師匠......」

 ヴァン、そんな目で見るな。悲しくなっちまうじゃねえか......。

 俺は壇上の晒し物だ。くそ、後ろ手に縛られちゃ、降参のポーズも取れねえ。

「ふがふが......」

 猿轡さるぐつわなんかしやがって、減らず口も叩けやしねえ。

「ボス、こちらです」

 この痩せっぽち野郎。

「へっへ、処刑の時間だァ」

 この脳みそ筋肉野郎。

「おまえか、こそこそガキと結託して、無駄な抵抗をしてたのは」

 マなんとか、ヴネオン。......クソったれ共の親玉。

「ふがふが、ふが......」

「おい、外してやれ」

 外れた。

「おい、てめぇ!!」

「立つな。コラ!」

 痛え。そんなに人を跪ひざまずかせてえか。
 
「血気盛んだな。......だが、その威勢もこれまでだ。おまえは今ここで殺す」

「やめろ! ゴーンズさんに手を出すな!!」

 ヴァン、暴れるなって。

「黙れ。ガキ!」

「うっ」

 ほら、殴られてるじゃねえか......。

 ミコトが泣いてるぜ。ガキのくせに、もっと自分を大切にしやがれ。

 ハリエット、オーレリア、あの子達も、泣きそうな目でこっちを見ている。

「やめろ。子供に手を出すな。ヴァンは、おれが指示を与えて動いていた。それだけだ。全部、話す。だから、少し待て」

「......ほう?」

 何もねえよ。話すことなんか、何もねえ。

 だがハリスが、こっちを見ている。あいつの目は、死んでない。何か狙ってる。

「やはり何か計画していたな? 外部と結託して、何を企んでいた?」

 外部と結託? そんなもの知らねえよ。

「俺が全てを話したら、解放してくれるのか?」

「そうだな、約束通り子供だけは解放してやろう。おまえは殺すがな」

 どっちにしろ俺は殺すのかよ。......けっ、なら言う事は一つしかねえ。

「なら、耳をかっぽじってよく聞け」

 この局面。時間を稼ぐ以外に、方法はないんだろ?

 分かってるぜ。ヴァン、ハリス、おまえ達が何を計画したか、その全容までは分からないが、何かを計画したって事だけは知っている。そして、それが成功するって、信じてるんだろ?

「おい、ヴネオンさんよ。俺は、子供達に、皇國将棋ピスコレを教えて来た。......あんた、皇國将棋ピスコレは、知ってるかい?」

「知っている。知的遊戯ゲームの一つだ。しかし、所詮は子供の遊び。大人が真剣になってやる程のものではない。下らぬ」

 俺は笑ってしまった。

「あんた、人生に余裕がねえんだな。だから、俺達の作戦にも気付かねえ」

 お、顔色が変わったぜ。相当にイラついてやがるな?

「御託はもう結構だ。さっさと中身を話せ」

 大男が大戦斧グレートアクスを取り出した。

 そろそろ引き延ばしも限界か......。

「ああ、一度しか言わねえぞ」

 俺はキャサリンを見る。最期に見るなら、あんたしかいねえ。

「俺は......」

 いや、待てよ。死ぬ間際に告白って、どうなんだこれ? その後、ずっと引き摺らせる事になるんじゃ? だったら、あっさり死んでおく方が、彼女の人生に影を落とさないんじゃ?

 でもそれって、俺が既に好かれてるかもっていう前提の上での話であって。いやいや......、土壇場でビビったのか、俺は?

「どうした? 先を言え」

 その時だった。

 講堂の時計は、四時を示していた。

「今だ‼」

 ハリスが立ち上がった。それだけじゃない。生徒も全員だ。

 ヴネオンも含めて、襲撃犯の誰もが人質達に気を取られた。

 突然の爆音。中庭の方だ。

 同時に白煙。講堂の視界が全て、真っ白に染まった。

「ゴーンズさん、こっち」

 ヴァンの声。こいつ、実は縄抜けしてたのか?

「な、なんだ⁉」
「ひええーーッ⁉」

 仮面の男達が、次々に悲鳴を上げるのが聞こえた。

「くそ、このタイミングで突入だと?」
「畜生、一杯食わされた!」
「ボス、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングです。中庭でも交戦中」

「みんな、避難誘導に従って!」
「結界杭バリア・ステイクを使うのよぅ!」
「ミシェル様!」
「私は後でいい。月組モント・クラスの子を先に!」
「僕はブラスシルド家だぞ。僕も最後でいい」

 こりゃ、ひでえ混乱だな。だけど迷ってねえ。計画的に動けている。この人数、分かれて避難しねえと入口で詰まる。

「犯人共に告ぐ! 全員、大人しくしろ!」

 次々と隊員達が入ってくるのが見えた。上からも来ている。どうやって?

「ボス。守りの術士達が全滅しています。広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーが解除されました。屋上も反応がありません」

「ならば、こちらも転移と召喚術サモンが使えるということだ。やれ」

「了解。第九位列術式魔法、怪物招来モンスター・ルーフを使います」

 今、何か嫌な台詞が聞こえた気がするんだが?
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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第九十七話 突入時刻

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月9日 海竜曜日 22:25 七聖学院 星見の塔 】

 おれは屋根に座って、西側の空を見上げていた。

 魔導探照灯サーチライトが夜空の一部に光の円を形作る。

 点って。消えて。長く点って。消えて。点く。

 信号の長短で、文字を作る緋鋼式ルナエ符号。

『黒い月の足、ハンナでも待つ』

 これは暗号だ。黒い月はルナで、足は四つだ。

 突入時刻は4時。

 ルナの伝言、ちゃんと届いてた。

 でも、『ハンナでも待つ』の意味が分からない。

 ハンナと言えば、あの死者の日記デッドマンズ・バイブルは、ハンナの書いたものだ。

 この星見の塔?

 おれは足元を見た。

 退避ルートの事だと思うけれど、ここ?

 おれは上を見上げた。

 飛空艇エア・クラフトが来るのか?

 よく分からないけれど、ハリスなら分かるだろう。とりあえず返事をしておこう。

 おれは膝の上で、永遠の灯ネウガシームの蓋を開いた。あちらで観測されると信じて。

 長く開けて閉じる。長い。短い。休む。長い。長い。休む。

 ――・ ―― ・・- ・-・・ ・-

 ルナエ符号で、『り、ょ、う、か、い』と伝えた。

 その時、おれは突然の睡魔に襲われた。

 意志が挫かれる。眠い。

 これは、きっと魔法だ。

 く、そ......。


【 同日 23:17 七聖学院 講堂 】

 誰だ?

「ヴァン」

 おれの名を呼ぶのは、誰だ?

「ヴァンっ!」

 ミコトの声が聞こえる。おれは目を開けた。

 ここは、講堂か?

 みんなが、おれを見上げてる。壇上にいるのか。

 うごけない。手足が、縛られている?

 磔はりつけ。

 おれは縛られていた。長椅子で作られた即席の十字架だ。

 手のひらに杭を打ち込まれていないだけマシだが、ちょっときつく縛り過ぎだ。

「お目覚めかね。ヴァン・ラドーレ君」

 そこに立っていたのは、赤黒い魔道衣に身を包んだ男だった。

 男は、妙に丁寧な仕草で頭を下げる。

 おれは、こいつが誰だか分かった。

 マディアラス・ヴネオン。

 襲撃犯のボスだ。

 焦げ茶色の髪は、左側だけが極端に長く、反対側は刈り上げられている。そのせいで、右耳に付けられたピアスがよく見えた。

 銀色で丸い飾りのピアス。その中央には、脳に穿たれた金色の楔の意匠。

 おれは、その印の意味が何か分かった。

 禁断の知識神マドネ。

「みんなを解放しろ。学院から出ていけ」

「なんと威勢の良い。開口一番、そんな大口を叩けるとは」

 ヴネオンは、おれの短剣ダガーを持っていた。鞘から抜いて、その刃でおれの頬をペチペチと叩いている。

「遊びで抜くな」

「何だって?」

「遊びで抜くなと言った。小さくても、それは剣だ」

 おれは、ヴネオンを睨んだ。

「ふん、子供ながらに騎士の矜持とでも言うやつか? 流石は英雄ヴァルクの弟だ」

「兄貴は関係ない」

 ヴネオンは、短剣ダガーを床に捨てた。空間収納袋ラウム・バッグを手に持ち、嗤わらった。
 
「そうですか。......だが、これは無関係とは言わせない」

 次々と取り出される道具アイテムの数々。

 学院内のあちこちで集めた物と、元から入っていた品々だった。

 鉤縄。小型の金槌。釘。やすり。有刺鉄線。

 壇上の床に、次々と無造作に落とされていく。

「子供のくせに、持ち物は実に危険だ」

 油瓶。火口箱。

「火遊びもよくないぞ」

 おれは黙ってヴネオンを睨み続ける。

「貴様は一人で、この我々に戦いを挑む気だったのか?」

 ハリスの計画を知らせてはいけない。

 それに、おれ一人になっても戦うつもりだ。それは間違いない。

「そうだ」

 他の生徒達は、黙って見守っている。

 悔しさを隠しきれない表情の子。半泣きの子。目を閉じている子。

「ふむ......、何日も潜伏できるだけの用意だな。本気なのか」

 消毒液。水筒。乾パン袋。干し肉。干し果実。小麦粉の袋。

 順に中身を取り出して、足下に捨てられる。

 小麦粉の袋は、倒れて少し中身が零れた。

「なんだこのガラクタは?」

 オーレリアの小型魔法人形ミニ・ゴーレム。部品を抜き取った残りだ。

 無造作に床に捨てられ、音が響いた。

「大切なものだ。大事にしろ」

 解体した爆弾の部品は、念の為に廃棄しておいて正解だった。

 しかし、これはロイが贈ったものだ。捨てられなかった。
 
「こんな玩具に執着するとは、やはり子供だな」

 おれは言い返さない。

「だが子供でも、やっていい事と、いけない事の区別ぐらいできるだろう?」

 おまえこそ、人としてその区別ができているのか。おれは、そう問い詰めたかった。

 でも、おれは言い返さない。

「外部と連絡していたな?」

 答えない。

「何か光で合図を送っていたな?」

 答えない。

「しらばっくれるな。屋根の上で光を使っていれば、見つけてくれと言っているようなものだ」

 答えないぞ。

「言え!」

 言わない。

「この野郎。ボスの質問に答えねぇか!」

 体格の大きな男が割り込んで来た。おれの腹を殴る。

 重い。痛い。吐きそうになる。

 姿勢が悪すぎる。受け身が取れない。腹筋を締める以外に、防ぐ手段がない。

「ヴァンっ‼」
「ちょっと、子供に乱暴しないで!」

 ミコトと姉御の声が聞こえた。

「うるせぇ!」

 大男が怒鳴る。ヴネオンがそれを制した。

「騒がないで欲しい。お忘れか? おまえ達への罰を免除してやる代わりに、このガキには倍の罰を与えると言ったはずだ」

 おれは笑った。ミコトの代わりなら、良かった。

「好都合だ」

「なんだと?」

 ハリス、届いてくれ。

「やれよ。おれは「黒い月の足、ハンナでも待つ」それだけだ」

「ボス、こいつ何を言ってんだ? おい、分かるように話せ」

「これは古い諺ことわざだ。授業で習う」

 ハリスと目が合った。よし、伝わった。

「このガキ、こっちは学校なんて通ってねえんだよ。なんてクソ生意気なんだ。殺してやろうか」

 大男の手が、おれの喉を掴んだ。ものすごい力だ。

 呼吸できない。

「やめろ」

「けほ......っ」

 何とか息が戻った。

「こいつは、少し痛めつけたぐらいでは、おそらく口を割らない」

「じゃあ、どうすんだよ」

「明日、残りの身代金を用意できていなければ、見せしめとして最初にこいつを処刑する」

 おれは目を閉じる。大丈夫、その前に突入作戦が始まるはずだ。


【 3月10日 孔雀曜日 0:01 七聖学院北側 地下通路入口 】

 漆黒に染め抜かれた厚手の上下衣。胸と肩、脛と前腕に薄い装甲板。衣服の留め金も走った時に鳴らない構造。全ての金属部品には艶消し処理が施されている。

 エリーは緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの黒い戦闘用装束で、懐中時計を確かめる。

「うん。日付が変わったよ」

 アルフォンスが、青布で装飾された巻物スクロールを差し出した。

「では、ここから先は、静寂術シュティレで隠密行動に移って貰います。これに、私の呪文スペルを書き込んでおきました」

 エリーが受け取って、珍しそうに眺める。

「へえ、この神聖魔法の巻物スクロール、ちょっと変わってるね。ちゃんと使えるかな?」

「あなたなら大丈夫ですよ。発動後は、会話での意思疎通は不可能となりますので、手信号ハンド・シグナルを忘れずに」

「呪文の対象は、これでいい?」

 エリーが、小さなクマのぬいぐるみを取り出した。

「はい、それで構いません。静寂術シュティレは、それなりに効果範囲が広がっていますので、もし術士達を見掛けたら、その中心部に向かって投げ入れて下さい。詠唱を無効化できます」

「そっか、相手には呪文使いスペルキャスターが何人もいるんだよね? ちょっと怖いな......」

「初出撃は、誰でも緊張するもんじゃき」

「ヴァルク様、やさしい!」

「これを誰に所持させるかは、隊長が決めてください。その人が中心になります」

「隊長は誰じゃったかの?」

「別動隊の部隊長は、立場上、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングのエリーさんという事になっていますが」

「はいはーい。それじゃ隊長権限で、現場指揮はヴァルク様に一任しま~す」

 クマのぬいぐるみを渡され、困り顔のヴァルク。

「こんな勝手なこと、エドワードが怒らんか?」

「実戦経験が豊富で、内部情報にも詳しくて、人質の生徒達にも顔を知られていて信頼されている。これ以上の適任者はいないでしょ? 少佐なら大丈夫。これも現場判断ってことで」

「それならエイデンの方でも良かろうに」

「我は謹んで辞退する。そもそも指揮者には向かん」

「それじゃヴァルク様に決まりってことで、そろそろ補助魔法の付与をお願いしても?」

 アルフォンスは運命の女神アルモニア・ミラの象徴シンボル、尾が縦横に交わる流星スター・クロスシュートの聖印シジルを手にした。

「はい、重ね掛けしますので、みんな集まって下さい。この後、私は本部に戻りますから、手早く済ませますよ」

「エドワードのやつも人使いが荒いのう」

「少佐は真面目ちゃんだから」


【 同日 3:25 七聖学院 講堂 】

 講堂は、夜明け前の暗さに沈み、生徒達も見張り達も浅い眠気の底で息を潜めていた。

 壇上の十字架に縛られたヴァンは、殴られた腹と縛られた手足の痛みに耐えながら、うつむいたまま動かない。

「ボス、大変だ!」

 壇上の椅子に座っていた術士幹部が、脚を組み直す。

「騒々しいぞ。ヴネオン様は、既に御休みになられた」

 仮面の男が、下着姿の男を連れている。

「それがこいつ、地下室で箱の中で縛られていて......」

「なんだと? おい、何があった?」

「へい、ガキと用務員とやらにやられて、装備と仮面を奪われました。そいつ、オレに変装してやがる」

「なに⁉」

 術士幹部が、磔はりつけにしたヴァンを一瞥する。

 ヴァンは「おれがやった」と言わんばかりに笑った。

 術士幹部が何か言おうとした時。

「ボス、報告です!」

 別の男が現れた。学生達の何人かが目を覚ます。

「まだあるのか、なんだ?」

「厨房で二人、気絶した仲間が縛られてました」

 人質にされた学生達の輪の中で、キャサリンが顔を伏せた。

 壁際や二階席、周囲を固める監視役達。その内の一人が、そっと講堂の扉から抜け出ようとした。

「おい! おまえ、どこへ行く気だ?」

 戦士の幹部が、その前に立ちはだかっていた。


【 同日 3:43 七聖学院南側 水晶湖クリスタル・レイク 】

 湖上に浮かぶ三隻の舟。

 先発した緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの占術観測班スクライ・レコン。エリーを除く残り六名が、其々それぞれペアを組んで分乗していた。

 一隻目。観測部隊の隊長、壮年の男が、隣で狙いを定める若い狙撃手に尋ねた。

「いけるか?」

「そうっスね......」

 その尖った髪型の狙撃手は、重弩ヘヴィ・クロスボウの照準器スコープを覗き見る。暗くてよく見えなかったが、熱探視ヴェルメブリックモードを起動すると、この距離でも人影が白く映る。

「あっちに二人、こっちに二人......、情報通りなら、尾根の向こう側にも四人」

 学院の屋根に配置された何人もの犯人達、さらには星見の塔にも新たに配置された犯人達が見える。

「情報と違うのは、塔の上にも新たに配置されたって事ぐらいッスかね」

 二隻目。赤髪の女性狙撃手と、望遠鏡で観測する眼鏡の隊員。伝声術シュティンメで言葉が交わされる。

「ねえ、これ時間が来たら、本当に射殺していいんだよね?」

「そう聞いています。ですよね、副官?」

 三隻目。チョビ髭の観測員と、大男の狙撃手。

「後で始末書とか困りますよ?」

「......それは嫌だ」

 副官が、大型の軍事用魔導念話機マギフォンの受話器を手に取る。

「少佐、最終確認です。作戦時間に変更はありますか?」

 他の隊員達が、息を呑む。

「──了解。作戦、続行します」

 隊員達の顔付きが変わった。

「各狙撃手、遠射術ラングショットを詠唱開始。観測手は風道ヴィンドトンネルで弾道確保。初撃で必ず仕留めろ」

「「了解」」

「射撃後は、反撃が予想される。連中の得物では、射程で勝負にならんが、射手ではなく術士の場合は話が別だ。まずいと思ったら舟を放棄して水中へ脱出せよ」

「「了解」」


【 同日 3:55 七聖学院 講堂 】

 畜生め。今度こそマズった。

 ゴーンズ・ウィリス、四十二歳。ここで死ぬのか。

「師匠......」

 ヴァン、そんな目で見るな。悲しくなっちまうじゃねえか......。

 俺は壇上の晒し物だ。くそ、後ろ手に縛られちゃ、降参のポーズも取れねえ。

「ふがふが......」

 猿轡さるぐつわなんかしやがって、減らず口も叩けやしねえ。

「ボス、こちらです」

 この痩せっぽち野郎。

「へっへ、処刑の時間だァ」

 この脳みそ筋肉野郎。

「おまえか、こそこそガキと結託して、無駄な抵抗をしてたのは」

 マなんとか、ヴネオン。......クソったれ共の親玉。

「ふがふが、ふが......」

「おい、外してやれ」

 外れた。

「おい、てめぇ!!」

「立つな。コラ!」

 痛え。そんなに人を跪ひざまずかせてえか。
 
「血気盛んだな。......だが、その威勢もこれまでだ。おまえは今ここで殺す」

「やめろ! ゴーンズさんに手を出すな!!」

 ヴァン、暴れるなって。

「黙れ。ガキ!」

「うっ」

 ほら、殴られてるじゃねえか......。

 ミコトが泣いてるぜ。ガキのくせに、もっと自分を大切にしやがれ。

 ハリエット、オーレリア、あの子達も、泣きそうな目でこっちを見ている。

「やめろ。子供に手を出すな。ヴァンは、おれが指示を与えて動いていた。それだけだ。全部、話す。だから、少し待て」

「......ほう?」

 何もねえよ。話すことなんか、何もねえ。

 だがハリスが、こっちを見ている。あいつの目は、死んでない。何か狙ってる。

「やはり何か計画していたな? 外部と結託して、何を企んでいた?」

 外部と結託? そんなもの知らねえよ。

「俺が全てを話したら、解放してくれるのか?」

「そうだな、約束通り子供だけは解放してやろう。おまえは殺すがな」

 どっちにしろ俺は殺すのかよ。......けっ、なら言う事は一つしかねえ。

「なら、耳をかっぽじってよく聞け」

 この局面。時間を稼ぐ以外に、方法はないんだろ?

 分かってるぜ。ヴァン、ハリス、おまえ達が何を計画したか、その全容までは分からないが、何かを計画したって事だけは知っている。そして、それが成功するって、信じてるんだろ?

「おい、ヴネオンさんよ。俺は、子供達に、皇國将棋ピスコレを教えて来た。......あんた、皇國将棋ピスコレは、知ってるかい?」

「知っている。知的遊戯ゲームの一つだ。しかし、所詮は子供の遊び。大人が真剣になってやる程のものではない。下らぬ」

 俺は笑ってしまった。

「あんた、人生に余裕がねえんだな。だから、俺達の作戦にも気付かねえ」

 お、顔色が変わったぜ。相当にイラついてやがるな?

「御託はもう結構だ。さっさと中身を話せ」

 大男が大戦斧グレートアクスを取り出した。

 そろそろ引き延ばしも限界か......。

「ああ、一度しか言わねえぞ」

 俺はキャサリンを見る。最期に見るなら、あんたしかいねえ。

「俺は......」

 いや、待てよ。死ぬ間際に告白って、どうなんだこれ? その後、ずっと引き摺らせる事になるんじゃ? だったら、あっさり死んでおく方が、彼女の人生に影を落とさないんじゃ?

 でもそれって、俺が既に好かれてるかもっていう前提の上での話であって。いやいや......、土壇場でビビったのか、俺は?

「どうした? 先を言え」

 その時だった。

 講堂の時計は、四時を示していた。

「今だ‼」

 ハリスが立ち上がった。それだけじゃない。生徒も全員だ。

 ヴネオンも含めて、襲撃犯の誰もが人質達に気を取られた。

 突然の爆音。中庭の方だ。

 同時に白煙。講堂の視界が全て、真っ白に染まった。

「ゴーンズさん、こっち」

 ヴァンの声。こいつ、実は縄抜けしてたのか?

「な、なんだ⁉」
「ひええーーッ⁉」

 仮面の男達が、次々に悲鳴を上げるのが聞こえた。

「くそ、このタイミングで突入だと?」
「畜生、一杯食わされた!」
「ボス、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングです。中庭でも交戦中」

「みんな、避難誘導に従って!」
「結界杭バリア・ステイクを使うのよぅ!」
「ミシェル様!」
「私は後でいい。月組モント・クラスの子を先に!」
「僕はブラスシルド家だぞ。僕も最後でいい」

 こりゃ、ひでえ混乱だな。だけど迷ってねえ。計画的に動けている。この人数、分かれて避難しねえと入口で詰まる。

「犯人共に告ぐ! 全員、大人しくしろ!」

 次々と隊員達が入ってくるのが見えた。上からも来ている。どうやって?

「ボス。守りの術士達が全滅しています。広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーが解除されました。屋上も反応がありません」

「ならば、こちらも転移と召喚術サモンが使えるということだ。やれ」

「了解。第九位列術式魔法、怪物招来モンスター・ルーフを使います」

 今、何か嫌な台詞が聞こえた気がするんだが?
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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