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第八十五話 無精髭危機一髪

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 0:17 礼拝堂 祈祷室 】

 「後で説明します」

 アルフォンス先生はそう言ったが、俺には何の事やらさっぱりだ。

 とりあえず礼拝堂を出た俺は、短い渡り廊下を通って本校舎に向かう。

『ゴーンズさん、敵が来ます。あなたは見つかれば殺されます。必ずどこかへ隠れて下さい』

「ひっ⁉」

 いきなり耳元で囁かれた。若い男の声だ。これがさっきの伝声術シュティンメとかいう魔法なのは分かったが、慣れない内はくすぐってぇな。

「これ、返事はできるのか?」

 俺は思わず声が出た。

『できます。......が、お気を付け下さい。大きな声を出すと見つかる危険があります』

 便利なようでいて微妙に不便だな。頭の中だけで会話ができるのかと思っていたぜ。それはそれで、俺にはどう対処したらいいか分からねぇとは思うが。

『私が必ず外部に報せて、助けを呼んで来ます。それまで絶対に迂闊な行動はせず、隠れ続けて下さい』

 言われなくてもそうする。俺は魔法も使えない。それなりに力仕事もやってきたから、腕力には少し自信もある。......が、がっつり鍛えた連中には勝てねぇ。

 そうでなくても、下手すりゃ小僧共が相手だって、まず勝てねぇ。毎日アホみたいに剣を振ってる奴等だぞ。技術で勝てねぇ。さらに魔法も使えるガキなんざ、絶対に俺の手に負えねぇ。こちとら弱者の一般市民なんだ。

『ちなみに、敵は両殿下が目的です。私は、先ずその目論見を打ち砕きます。ですが、私にできるのは、そこまでのようです』

「そうかよ。まあ、そっちが優先なのは間違いねえ」

 マナ様もマギ様も、立場があるってだけで子供だ。一般市民じゃねぇが、まだまだ大人が手を貸してやる必要のある子供だろう。

 アルフォンス先生の判断は正しい。

 だが俺は少し腹が立っている。子供の安全に、優先順位なんかあってたまるかよ。みんな生意気で、小憎たらしくて、それでいて可愛いガキ共じゃねぇか。

 だが俺が腹を立てるのは、先生の判断そのものにじゃねぇ。そう判断をするしかねぇ状況に、俺達を追い込んだ。その敵とかいう連中に対してだ。クソ共め。

 ......と、そこで俺は立ち止まる。この扉は、中庭から丸見えだ。

 扉の窓から、中を覗く。

 廊下、内窓を越えた先、中庭に集まる男達。何人ぐらいなのかは分からねぇ。

『それと、敵の数は50名を越えています。大勢の術士も混じっています』

 聞きたくねぇ情報だ。

 なんだ? また一人、増えやがった。

 何もない場所に、夜空みたいな窓が見えて、そこから出て来た。魔法?

 魔法だろう。魔法以外には考えられない。転移の一種か?

『これで最後になります。どうか、運命の女神アルモニア・ミラ様のお導きがあらんことを......』

「ああ、そっちもな」

 アルフォンス先生、若いのに立派だ。そっちも大変だろうに、こんなおじさんの事を心配してくれる。それなりに良い家の生まれなんだから、庶民なんざ気に掛ける必要もねぇだろうに。

「ふう、行くか」

 俺は扉を静かに開き、姿勢を低くした。窓から頭を出さないよう、しゃがみ歩きで技術工作室の方へ向かう。あそこなら、ひとまず隠れるには問題ないし。工具や何か、自衛の為に使えそうなものを確保できそうだ。

 どこかで戦いの音が聞こえてくるような気がする。だが、それ以上に心臓の鼓動音がやべえ。

 俺は廊下の曲がり角で、少しだけ顔を覗かせた。何人かの男が、廊下の反対側から走って来るのが見える。部屋を一つずつ点検しているようだ。調理室に入った。

 今だ。

 俺は技術工作室に入る。幾つもの作業台が並ぶ。この深夜の時間帯、誰もいないに決まっている部屋だ。灯りもない。だが部屋の間取りも、机の位置も、道具箱の位置だって、目を瞑つむっていても分かる。

 隠れる場所。どこが適切かを考える。

 工作机の下。

 用具入れの戸棚。

 カーテンの裏。

 いや、麻袋だ。

 俺は戸棚の下段、引き出しを開けて麻袋を六つ取り出した。四つを開き、適当に広げて空気を入れた後、ぐしゃと軽く結んで一つの麻袋に詰めて行く。中身スカスカだが、何かゴミが詰まっているように見えるはずだ。

 最後に残った一つの麻袋は、俺が入る。足を入れてからズボンを履くように麻袋を引き上げ、俺が慎重にしゃがんで、すっぽり頭まで入れば完成だ。部屋の隅に置いておけば、廃棄待ちのゴミ袋が二つ置いてあるようにしか見えないだろう。

 まるで、ガキの頃にやった遊び。これは命懸けの、かくれんぼだな。

 部屋の外に足音が響いた。そしてすぐに足音は遠ざかって行った。

 あれは単なる通過だ。状況が落ち着くまで、今は動かねぇ方が大事だ。皇國将棋ピスコレと同じさ。辛抱が肝心。耐える事もまた勝利への一歩だ。

 しかし。勝利ってなんだ。勝利条件が見えねぇ。王の駒を取って終わり、なんて簡単なものじゃねぇはずだ。

 生徒全員の無事。......これは絶対事項だ。

 教職員全員の無事。......これも絶対だが、生徒よりは優先順位は下がる。

 学院施設の無事......は、もうねぇな。あの派手な爆発音だ。あいつら何をブッ壊しやがった。クソめ、誰が修理すると思ってやがる。せめて、これ以上の損壊は防ぐ。......ってところか。

 敵の撃破もしくは撤退。これは街の衛兵隊か、軍隊の出番だろう。

 つまり。

 俺はアルフォンス先生の言った通り、隠れて、やり過ごして、生き残ってれば勝利。なんだ、簡単じゃねぇか。
 
 やがて、廊下を走って来る何人かの足音が聞こえて来た。

 乱暴に扉を開く音。

 部屋の中を、光が這う。恐らく、投光式の油灯ランタンか、魔導灯マギー・ランタンだ。

「誰もいねぇ」

「よし、次だ」

 男達の会話が聞こえた。扉を閉じる音はしない。

 おい、ちゃんと閉めて行けよ。

 俺は麻袋の粗い織り目を指で押し広げ、二つの覗き穴を作った。

 まあ、これはこれで好都合か。廊下の様子が分かる。

 それから、どれぐらい時間が経過したのかは分からない。大勢の足音が聞こえて来た。学院の生徒達だ。

 体格が桁外れに大きく、ぼさぼさの長い髪をした仮面の男がいた。そいつに先導されて、寄宿舎側から連行されている。他にも仮面の男達が大勢いる。

 白い坊主。ローティの姿があった。額から血を流している。両脇から、オジョウサマのお嬢ちゃんと、桃色髪のお嬢ちゃんが支えている。何があった? あいつら、子供に暴力を振るったのかよ。

 俺は学生達の数を、きっちり数えた。名前はよく覚えちゃいないのも、覚えているのもいる。ハリス、ハリエット、オーレリア、三人ともいた。新聞記者ブンヤの嬢ちゃんもいる。ちいせぇ嬢ちゃんと、でけぇガキもいる。

 それから、キャサリン。炊事係で、寄宿舎の寮長も兼任している。当然と言えば当然だ。......ああ、俺の馬鹿。先ず最初に、あの人だけでも救ってやるべきじゃなかったのか。

 列が最後まで過ぎた。多分、間違いない。126名。全学院生徒の約半数。寄宿舎で寝泊まりしている学生の数は、全部で126名だ。ちゃんと覚えている。

 122名。

 今、列にいた人数だ。

 マナ様、マギ様はいない。おそらくアルフォンス先生が連れて逃げるのに成功した。だとすれば、124名のはずだ。

 命の数が、二つ足りねぇ。

 ヴァン、それにミコト。......あいつらがいねぇ。

 まさか、ヴァンのことだ。逆らって、殺されたんじゃねぇだろうな。いや、だとしても、ミコトまでいない理由にはならねぇ。

 さてはあの二人、どこかへ無断外出してやがったな。

 待て、アルフォンス先生が一緒に連れて行った可能性もあるか? いいや、その可能性は皆無だ。この混乱の中、あの二人だけを連れて行く余裕も、理由もないはずだ。

 ならどうする? あいつが自由に動いてるって事は、時間がくれば敵にもばれる。絶対に生徒名簿と照らし合わせるはずだ。書類を処分する?

 いや。職員室まで行って、それを処分するなんてことは無理だ。位置が校舎の真反対にあるし、各学級毎の出席簿まで含めると、かなりの量になる。処分する時間も方法も効果的なものがねぇ。

 そもそも、苦労の割に、得られるものが少なすぎる。

 ヴァンなら、どれだけ苦しい時でも、耐えて必ず反撃の目を探す筈だ。皇國将棋ピスコレの指し方は人間性が出る。嘘はつけねぇ。

 ハリスもそうだ。あいつも今まで最後の最後まで勝負を諦めた事はねぇ。詰みが確定していると自分では分かっていても、相手が打ち間違える可能性を、最後まで捨てずに、平静な顔を繕えるガキだ。

 ああ、いやだ。......あいつら、絶対にじっとしてねぇ。

 確か、林間学校でも魔物のイノシシを狩ったとか何とか、怖いもの知らずかよ。

 だが、そうだよな。......ガキ共が何かしようってんだ。止めても止まらねぇ。今までもそうだったし、今回も絶対にそうだ。

 なら、あいつらが動きそうなこと、考えそうなことを先読み、先回りしてやるのが、皇國将棋ピスコレの師匠として、やるべき事なんじゃねぇか?

 俺は、ありとあらゆるパターンを考えた。それは皇國将棋ピスコレに例えるなら、こちらの駒を一つも失わないで、相手の駒だけを全て打ち取る方法。それ以外に許されねぇ。捨て駒は絶対に使えねぇ勝ち方、無理に等しい方法だ。

 つまり、盤面に縛られちゃダメだ。もっと視野を広くしろ。駒は何も学院の中だけじゃねぇ。持ち駒ってもんがある。そうだ。アルフォンス先生が救援要請をする。必ず救援部隊が派遣されるはずだ。

 問題は時間だ。

 それまでに、どれだけ暴力を振るわれるか、誰が見せしめに殺されるか、分かったもんじゃねぇ。

 キャサリン。

 畜生め。貴族階級じゃねぇ俺やキャサリンは、生徒達と違って、人質としての価値はねぇ。それはダメだ。ゴーンズ・ウィリス、ここで惚れた女の為に、何もできねぇようじゃ、てめぇ男失格だぞ。

 待て待て、熱くなるな。俺がガキ共に教えて来た事だろ。

 常に冷静さを失うな。

 現状、俺は見付かってねぇ。場所は技術工作室。だが、この場所には敵にとっても有用な品が多い。

 木槌、鉄槌、鉄梃かなてこ、手斧、鉈、鋸、鎖、縄、石灰、油、樹脂、加熱棒ヒートシュトック、風圧筒ルフトブロワー等々。

 見ようによっては、ちょっとした武器庫だ。しかし、そんなものは無意味だ。連中は既に武器を持って侵入しているだろうし、これを学生達に使わせるのも危険だ。

 だが、今ここで一番の価値があって、敵の手に渡したくない品。

 結界杭バリア・ステイク。

 工事や、作業区画の安全を維持する為、障壁として使える品。これが敵の手に渡っちまえば、学院のあちこちで通行が簡単に制限されちまう。

 救援部隊が内部に突入して来た時、あちこちが封鎖されていたんじゃ、作戦の邪魔になる。逆にこっちが持ってりゃ、いざって時に使えるかも知れねぇ。

 その数、36本。

 俺一人でも運搬できる数だ。

 それに、この場所で隠れ続けるのも限界がある。今は夜だからいいが、昼になれば簡単に違和感に気付かれちまうだろう。あれを持って移動するのが、次の一手だ。

 半刻ばかりが過ぎたか、俺は静かになった頃を見計らって、こっそりと麻袋から這い出た。そのまま、袋を手に戸棚へ向かい、二番目の引き出しを開く。

 俺は中にある結界杭バリア・ステイクを残らず掻き集め、先端で布を破かないように気を付けて、麻袋へ全部ブチ込む。

 開け放しの扉から慎重に顔を出し、周囲を確かめる。遥か向こうに人の姿が見えるが、窓の外を警戒しているのか、こちらに背を向けている。

 大丈夫、気付かれねぇ。俺は最短距離で、隣の運動実技室に入る。この部屋は反対側にも扉があって、そのまま通り抜けられる。

 ......おっと、裏庭を見張っている男がいる。

 こちらに背を向けているが、すぐ目の前じゃねぇか。距離が近過ぎる。

 俺は扉の裏側で、慎重にじっと待ち続けた。

『裏庭、異常は無いか?』
 
「へい、異常なし」

 連中のやり取りが聞こえた。やつらは伝声術シュティンメを使ってねぇ。何かしらの魔道具マジックアイテムか、魔導具マギテクアイテムを使っている。

『そろそろ交代だ』

「うぃっス」

 こいつ、交代が来る前に移動しやがった。馬鹿か。

 だがこれは絶好の機会チャンスだ。

 俺は、男が廊下の角を曲がった瞬間に飛び出た。地下室への階段を降りる。扉の前で立ち止まる。中に人が居る気配は無い。明かりも点いてない。誰もいない。

 いた。

「みー」

 黒い仔猫。ルナだ。

 そういや、ここはこいつの寝床だった。

「おまえか、ビビらすんじゃねぇよ」

 俺は子供達が秘密基地と呼んでいる場所へ入る。あそこなら誰かが地下室へ降りて来ても、それに気付くだけの時間的余裕がある。

 先ずは結界杭バリア・ステイクだ。これを月姉妹シュヴェスタ・ムーンのワイン用木箱に入れておく。こいつはしばらく、月の女神ルナエ様に預かって頂こうじゃねぇか。

 俺は次に、貨物用の木箱を開いた。大人が一人隠れるには十分だ。中には、ガキ共が集めた宝物ガラクタが詰まっている。俺はそいつらを幾つか取り出した。

 凹んだ古い騎士兜。
 針の止まった大時計。
 刃の折れた儀礼用大剣。
 傾いた天球儀。
 帆柱の折れた大型帆船模型。

 いつか修理する予定で、とりあえず詰め込んだって感じの品々だ。俺はこれらを壁際に並べて箱の中にスペースを作ると、代わりに中へと入る。

 暗闇の中で、この作業をするのは骨が折れた。しかし、住み慣れた場所だ。問題はねぇ。そうして、俺は箱の中で少し眠りに落ちた。

  *

 扉の開く音がした。俺は目を覚ました。

 今は何時だ? いや、それは問題じゃねぇ。息を殺せ。静かにしろ。俺。

「......ったく、ガキ共はどこへ隠れてやがる」

「おーい、隠れてないで出て来い!」

 男が二人、地下室の扉を開けて入って来た。一人は大倉庫へ向かったようだ。もう一人がこっちにやって来る。

 部屋の灯が点いた。壁に掛けた永遠の灯ネウガシームの蓋が開かれた。俺の隠れる貨物用木箱の隙間から、光が漏れ込んで来る。

 俺はじっと動かない。男がやって来た。木箱の蓋を開く。

 大丈夫だ。俺は木箱の底板を押し上げて、その下に隠れている。上から覗いたぐらいでは見つからない。単に、不用品が詰まっているだけの木箱にしか見えないだろう。

「なんだ、ガラクタか」

「おい、そっちは何かあったか?」

 俺は、すぐそこの箱に放り込んだ結界杭バリア・ステイクが見付からないかと心配だった。あれが魔法の品だと知ってなきゃ、ただの鉄杭にしか見えねぇはずだから、多分あの品の価値には気付かないとは思うが。

「何もない。お宝の一つでもあれば、くすねてやろうと思ったのに」

「じゃ、さっさと引き上げるぜ」

「待ってくれ、オレはもう少し探してみる」

「けっ、好きにしやがれ」

 男の一人は探索を終えて、地下室の階段を登って行く。

 一人残った男は、しばらく俺の頭の上でガラクタを漁っていたが、断念したらしく。今度は、棚を調べ始めた。

「なんだこれ?」

 野郎、皇國将棋ピスコレ盤を見付けやがった。

「ちっ、ゴミか」

 しかも、無造作に放り投げやがった。こいつ。

 おまえは知らないかもしれないが、そいつは962年初版の限定品なんだ。今じゃ手に入らねぇ彫刻家マエストロの品なんだぞ。

 しまった。

 俺は身じろいで、物音を立てたようだ。

 一手、間違えた。

「おい、誰だ!」

 やばい。

「そこに誰かいるのか?」

 男が何かを取り出した音が聞こえた。

「おい、いるなら返事しろ!」

 いきなり目の前、刃の先端が飛び出た。

 木箱の隙間から、短剣を突き込まれたようだ。

 マジやべぇぞ、クソ。
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 0:17 礼拝堂 祈祷室 】

 「後で説明します」

 アルフォンス先生はそう言ったが、俺には何の事やらさっぱりだ。

 とりあえず礼拝堂を出た俺は、短い渡り廊下を通って本校舎に向かう。

『ゴーンズさん、敵が来ます。あなたは見つかれば殺されます。必ずどこかへ隠れて下さい』

「ひっ⁉」

 いきなり耳元で囁かれた。若い男の声だ。これがさっきの伝声術シュティンメとかいう魔法なのは分かったが、慣れない内はくすぐってぇな。

「これ、返事はできるのか?」

 俺は思わず声が出た。

『できます。......が、お気を付け下さい。大きな声を出すと見つかる危険があります』

 便利なようでいて微妙に不便だな。頭の中だけで会話ができるのかと思っていたぜ。それはそれで、俺にはどう対処したらいいか分からねぇとは思うが。

『私が必ず外部に報せて、助けを呼んで来ます。それまで絶対に迂闊な行動はせず、隠れ続けて下さい』

 言われなくてもそうする。俺は魔法も使えない。それなりに力仕事もやってきたから、腕力には少し自信もある。......が、がっつり鍛えた連中には勝てねぇ。

 そうでなくても、下手すりゃ小僧共が相手だって、まず勝てねぇ。毎日アホみたいに剣を振ってる奴等だぞ。技術で勝てねぇ。さらに魔法も使えるガキなんざ、絶対に俺の手に負えねぇ。こちとら弱者の一般市民なんだ。

『ちなみに、敵は両殿下が目的です。私は、先ずその目論見を打ち砕きます。ですが、私にできるのは、そこまでのようです』

「そうかよ。まあ、そっちが優先なのは間違いねえ」

 マナ様もマギ様も、立場があるってだけで子供だ。一般市民じゃねぇが、まだまだ大人が手を貸してやる必要のある子供だろう。

 アルフォンス先生の判断は正しい。

 だが俺は少し腹が立っている。子供の安全に、優先順位なんかあってたまるかよ。みんな生意気で、小憎たらしくて、それでいて可愛いガキ共じゃねぇか。

 だが俺が腹を立てるのは、先生の判断そのものにじゃねぇ。そう判断をするしかねぇ状況に、俺達を追い込んだ。その敵とかいう連中に対してだ。クソ共め。

 ......と、そこで俺は立ち止まる。この扉は、中庭から丸見えだ。

 扉の窓から、中を覗く。

 廊下、内窓を越えた先、中庭に集まる男達。何人ぐらいなのかは分からねぇ。

『それと、敵の数は50名を越えています。大勢の術士も混じっています』

 聞きたくねぇ情報だ。

 なんだ? また一人、増えやがった。

 何もない場所に、夜空みたいな窓が見えて、そこから出て来た。魔法?

 魔法だろう。魔法以外には考えられない。転移の一種か?

『これで最後になります。どうか、運命の女神アルモニア・ミラ様のお導きがあらんことを......』

「ああ、そっちもな」

 アルフォンス先生、若いのに立派だ。そっちも大変だろうに、こんなおじさんの事を心配してくれる。それなりに良い家の生まれなんだから、庶民なんざ気に掛ける必要もねぇだろうに。

「ふう、行くか」

 俺は扉を静かに開き、姿勢を低くした。窓から頭を出さないよう、しゃがみ歩きで技術工作室の方へ向かう。あそこなら、ひとまず隠れるには問題ないし。工具や何か、自衛の為に使えそうなものを確保できそうだ。

 どこかで戦いの音が聞こえてくるような気がする。だが、それ以上に心臓の鼓動音がやべえ。

 俺は廊下の曲がり角で、少しだけ顔を覗かせた。何人かの男が、廊下の反対側から走って来るのが見える。部屋を一つずつ点検しているようだ。調理室に入った。

 今だ。

 俺は技術工作室に入る。幾つもの作業台が並ぶ。この深夜の時間帯、誰もいないに決まっている部屋だ。灯りもない。だが部屋の間取りも、机の位置も、道具箱の位置だって、目を瞑つむっていても分かる。

 隠れる場所。どこが適切かを考える。

 工作机の下。

 用具入れの戸棚。

 カーテンの裏。

 いや、麻袋だ。

 俺は戸棚の下段、引き出しを開けて麻袋を六つ取り出した。四つを開き、適当に広げて空気を入れた後、ぐしゃと軽く結んで一つの麻袋に詰めて行く。中身スカスカだが、何かゴミが詰まっているように見えるはずだ。

 最後に残った一つの麻袋は、俺が入る。足を入れてからズボンを履くように麻袋を引き上げ、俺が慎重にしゃがんで、すっぽり頭まで入れば完成だ。部屋の隅に置いておけば、廃棄待ちのゴミ袋が二つ置いてあるようにしか見えないだろう。

 まるで、ガキの頃にやった遊び。これは命懸けの、かくれんぼだな。

 部屋の外に足音が響いた。そしてすぐに足音は遠ざかって行った。

 あれは単なる通過だ。状況が落ち着くまで、今は動かねぇ方が大事だ。皇國将棋ピスコレと同じさ。辛抱が肝心。耐える事もまた勝利への一歩だ。

 しかし。勝利ってなんだ。勝利条件が見えねぇ。王の駒を取って終わり、なんて簡単なものじゃねぇはずだ。

 生徒全員の無事。......これは絶対事項だ。

 教職員全員の無事。......これも絶対だが、生徒よりは優先順位は下がる。

 学院施設の無事......は、もうねぇな。あの派手な爆発音だ。あいつら何をブッ壊しやがった。クソめ、誰が修理すると思ってやがる。せめて、これ以上の損壊は防ぐ。......ってところか。

 敵の撃破もしくは撤退。これは街の衛兵隊か、軍隊の出番だろう。

 つまり。

 俺はアルフォンス先生の言った通り、隠れて、やり過ごして、生き残ってれば勝利。なんだ、簡単じゃねぇか。
 
 やがて、廊下を走って来る何人かの足音が聞こえて来た。

 乱暴に扉を開く音。

 部屋の中を、光が這う。恐らく、投光式の油灯ランタンか、魔導灯マギー・ランタンだ。

「誰もいねぇ」

「よし、次だ」

 男達の会話が聞こえた。扉を閉じる音はしない。

 おい、ちゃんと閉めて行けよ。

 俺は麻袋の粗い織り目を指で押し広げ、二つの覗き穴を作った。

 まあ、これはこれで好都合か。廊下の様子が分かる。

 それから、どれぐらい時間が経過したのかは分からない。大勢の足音が聞こえて来た。学院の生徒達だ。

 体格が桁外れに大きく、ぼさぼさの長い髪をした仮面の男がいた。そいつに先導されて、寄宿舎側から連行されている。他にも仮面の男達が大勢いる。

 白い坊主。ローティの姿があった。額から血を流している。両脇から、オジョウサマのお嬢ちゃんと、桃色髪のお嬢ちゃんが支えている。何があった? あいつら、子供に暴力を振るったのかよ。

 俺は学生達の数を、きっちり数えた。名前はよく覚えちゃいないのも、覚えているのもいる。ハリス、ハリエット、オーレリア、三人ともいた。新聞記者ブンヤの嬢ちゃんもいる。ちいせぇ嬢ちゃんと、でけぇガキもいる。

 それから、キャサリン。炊事係で、寄宿舎の寮長も兼任している。当然と言えば当然だ。......ああ、俺の馬鹿。先ず最初に、あの人だけでも救ってやるべきじゃなかったのか。

 列が最後まで過ぎた。多分、間違いない。126名。全学院生徒の約半数。寄宿舎で寝泊まりしている学生の数は、全部で126名だ。ちゃんと覚えている。

 122名。

 今、列にいた人数だ。

 マナ様、マギ様はいない。おそらくアルフォンス先生が連れて逃げるのに成功した。だとすれば、124名のはずだ。

 命の数が、二つ足りねぇ。

 ヴァン、それにミコト。......あいつらがいねぇ。

 まさか、ヴァンのことだ。逆らって、殺されたんじゃねぇだろうな。いや、だとしても、ミコトまでいない理由にはならねぇ。

 さてはあの二人、どこかへ無断外出してやがったな。

 待て、アルフォンス先生が一緒に連れて行った可能性もあるか? いいや、その可能性は皆無だ。この混乱の中、あの二人だけを連れて行く余裕も、理由もないはずだ。

 ならどうする? あいつが自由に動いてるって事は、時間がくれば敵にもばれる。絶対に生徒名簿と照らし合わせるはずだ。書類を処分する?

 いや。職員室まで行って、それを処分するなんてことは無理だ。位置が校舎の真反対にあるし、各学級毎の出席簿まで含めると、かなりの量になる。処分する時間も方法も効果的なものがねぇ。

 そもそも、苦労の割に、得られるものが少なすぎる。

 ヴァンなら、どれだけ苦しい時でも、耐えて必ず反撃の目を探す筈だ。皇國将棋ピスコレの指し方は人間性が出る。嘘はつけねぇ。

 ハリスもそうだ。あいつも今まで最後の最後まで勝負を諦めた事はねぇ。詰みが確定していると自分では分かっていても、相手が打ち間違える可能性を、最後まで捨てずに、平静な顔を繕えるガキだ。

 ああ、いやだ。......あいつら、絶対にじっとしてねぇ。

 確か、林間学校でも魔物のイノシシを狩ったとか何とか、怖いもの知らずかよ。

 だが、そうだよな。......ガキ共が何かしようってんだ。止めても止まらねぇ。今までもそうだったし、今回も絶対にそうだ。

 なら、あいつらが動きそうなこと、考えそうなことを先読み、先回りしてやるのが、皇國将棋ピスコレの師匠として、やるべき事なんじゃねぇか?

 俺は、ありとあらゆるパターンを考えた。それは皇國将棋ピスコレに例えるなら、こちらの駒を一つも失わないで、相手の駒だけを全て打ち取る方法。それ以外に許されねぇ。捨て駒は絶対に使えねぇ勝ち方、無理に等しい方法だ。

 つまり、盤面に縛られちゃダメだ。もっと視野を広くしろ。駒は何も学院の中だけじゃねぇ。持ち駒ってもんがある。そうだ。アルフォンス先生が救援要請をする。必ず救援部隊が派遣されるはずだ。

 問題は時間だ。

 それまでに、どれだけ暴力を振るわれるか、誰が見せしめに殺されるか、分かったもんじゃねぇ。

 キャサリン。

 畜生め。貴族階級じゃねぇ俺やキャサリンは、生徒達と違って、人質としての価値はねぇ。それはダメだ。ゴーンズ・ウィリス、ここで惚れた女の為に、何もできねぇようじゃ、てめぇ男失格だぞ。

 待て待て、熱くなるな。俺がガキ共に教えて来た事だろ。

 常に冷静さを失うな。

 現状、俺は見付かってねぇ。場所は技術工作室。だが、この場所には敵にとっても有用な品が多い。

 木槌、鉄槌、鉄梃かなてこ、手斧、鉈、鋸、鎖、縄、石灰、油、樹脂、加熱棒ヒートシュトック、風圧筒ルフトブロワー等々。

 見ようによっては、ちょっとした武器庫だ。しかし、そんなものは無意味だ。連中は既に武器を持って侵入しているだろうし、これを学生達に使わせるのも危険だ。

 だが、今ここで一番の価値があって、敵の手に渡したくない品。

 結界杭バリア・ステイク。

 工事や、作業区画の安全を維持する為、障壁として使える品。これが敵の手に渡っちまえば、学院のあちこちで通行が簡単に制限されちまう。

 救援部隊が内部に突入して来た時、あちこちが封鎖されていたんじゃ、作戦の邪魔になる。逆にこっちが持ってりゃ、いざって時に使えるかも知れねぇ。

 その数、36本。

 俺一人でも運搬できる数だ。

 それに、この場所で隠れ続けるのも限界がある。今は夜だからいいが、昼になれば簡単に違和感に気付かれちまうだろう。あれを持って移動するのが、次の一手だ。

 半刻ばかりが過ぎたか、俺は静かになった頃を見計らって、こっそりと麻袋から這い出た。そのまま、袋を手に戸棚へ向かい、二番目の引き出しを開く。

 俺は中にある結界杭バリア・ステイクを残らず掻き集め、先端で布を破かないように気を付けて、麻袋へ全部ブチ込む。

 開け放しの扉から慎重に顔を出し、周囲を確かめる。遥か向こうに人の姿が見えるが、窓の外を警戒しているのか、こちらに背を向けている。

 大丈夫、気付かれねぇ。俺は最短距離で、隣の運動実技室に入る。この部屋は反対側にも扉があって、そのまま通り抜けられる。

 ......おっと、裏庭を見張っている男がいる。

 こちらに背を向けているが、すぐ目の前じゃねぇか。距離が近過ぎる。

 俺は扉の裏側で、慎重にじっと待ち続けた。

『裏庭、異常は無いか?』
 
「へい、異常なし」

 連中のやり取りが聞こえた。やつらは伝声術シュティンメを使ってねぇ。何かしらの魔道具マジックアイテムか、魔導具マギテクアイテムを使っている。

『そろそろ交代だ』

「うぃっス」

 こいつ、交代が来る前に移動しやがった。馬鹿か。

 だがこれは絶好の機会チャンスだ。

 俺は、男が廊下の角を曲がった瞬間に飛び出た。地下室への階段を降りる。扉の前で立ち止まる。中に人が居る気配は無い。明かりも点いてない。誰もいない。

 いた。

「みー」

 黒い仔猫。ルナだ。

 そういや、ここはこいつの寝床だった。

「おまえか、ビビらすんじゃねぇよ」

 俺は子供達が秘密基地と呼んでいる場所へ入る。あそこなら誰かが地下室へ降りて来ても、それに気付くだけの時間的余裕がある。

 先ずは結界杭バリア・ステイクだ。これを月姉妹シュヴェスタ・ムーンのワイン用木箱に入れておく。こいつはしばらく、月の女神ルナエ様に預かって頂こうじゃねぇか。

 俺は次に、貨物用の木箱を開いた。大人が一人隠れるには十分だ。中には、ガキ共が集めた宝物ガラクタが詰まっている。俺はそいつらを幾つか取り出した。

 凹んだ古い騎士兜。
 針の止まった大時計。
 刃の折れた儀礼用大剣。
 傾いた天球儀。
 帆柱の折れた大型帆船模型。

 いつか修理する予定で、とりあえず詰め込んだって感じの品々だ。俺はこれらを壁際に並べて箱の中にスペースを作ると、代わりに中へと入る。

 暗闇の中で、この作業をするのは骨が折れた。しかし、住み慣れた場所だ。問題はねぇ。そうして、俺は箱の中で少し眠りに落ちた。

  *

 扉の開く音がした。俺は目を覚ました。

 今は何時だ? いや、それは問題じゃねぇ。息を殺せ。静かにしろ。俺。

「......ったく、ガキ共はどこへ隠れてやがる」

「おーい、隠れてないで出て来い!」

 男が二人、地下室の扉を開けて入って来た。一人は大倉庫へ向かったようだ。もう一人がこっちにやって来る。

 部屋の灯が点いた。壁に掛けた永遠の灯ネウガシームの蓋が開かれた。俺の隠れる貨物用木箱の隙間から、光が漏れ込んで来る。

 俺はじっと動かない。男がやって来た。木箱の蓋を開く。

 大丈夫だ。俺は木箱の底板を押し上げて、その下に隠れている。上から覗いたぐらいでは見つからない。単に、不用品が詰まっているだけの木箱にしか見えないだろう。

「なんだ、ガラクタか」

「おい、そっちは何かあったか?」

 俺は、すぐそこの箱に放り込んだ結界杭バリア・ステイクが見付からないかと心配だった。あれが魔法の品だと知ってなきゃ、ただの鉄杭にしか見えねぇはずだから、多分あの品の価値には気付かないとは思うが。

「何もない。お宝の一つでもあれば、くすねてやろうと思ったのに」

「じゃ、さっさと引き上げるぜ」

「待ってくれ、オレはもう少し探してみる」

「けっ、好きにしやがれ」

 男の一人は探索を終えて、地下室の階段を登って行く。

 一人残った男は、しばらく俺の頭の上でガラクタを漁っていたが、断念したらしく。今度は、棚を調べ始めた。

「なんだこれ?」

 野郎、皇國将棋ピスコレ盤を見付けやがった。

「ちっ、ゴミか」

 しかも、無造作に放り投げやがった。こいつ。

 おまえは知らないかもしれないが、そいつは962年初版の限定品なんだ。今じゃ手に入らねぇ彫刻家マエストロの品なんだぞ。

 しまった。

 俺は身じろいで、物音を立てたようだ。

 一手、間違えた。

「おい、誰だ!」

 やばい。

「そこに誰かいるのか?」

 男が何かを取り出した音が聞こえた。

「おい、いるなら返事しろ!」

 いきなり目の前、刃の先端が飛び出た。

 木箱の隙間から、短剣を突き込まれたようだ。

 マジやべぇぞ、クソ。
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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