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第八十四話 正解への道

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 ゴーンズの呟きが聞こえる。私は己の鼻と口許を手のひらで覆いながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。これは儀式だ。

 万象因果収束ミリオン・パスト──、発動。

 ほんの少し思案する程の時間に、私は全神経と全意識を集中させて、確率世界を網羅していく。

 一度目は失敗だった。

 マナとマギ、あの二人を連れて脱出する。それが最優先、最適解で間違いない。しかし、瞬間移動ペレホートが不発に終わったのは、何故だろうか?

 それに最後、私を撃ち抜いた魔法。魔力弾マギー・ミサイルでも、火炎光線フラムシュトラールでも無かった。

 分解ラスパード。

 間違いない。あれは第六位列術式魔法の変成術、分解ラスパードに違いない。身体が穿たれるでも、燃えるでも、溶けるでも、弾けるでもなかった。単に解ほどかれた。物質が物質として在る為の、構成要素と条件が、順に消失していく感覚。

 忌々しい。今の私では、あの男に正面から魔法の撃ち合いを挑んだとしても、勝てる気がしない。それに、手下の数も多い。正確な人数は分からないが、非常に厄介だ。
 
「ゴーンズさん、敵の狙いはマナ皇妹殿下とマギ皇弟殿下の確保にあります」

「なんだって? 敵? これって敵の襲撃なのか? 海竜王国リヴァイアスの連中か?」

「多分、違います。反皇帝派とか、革命を謳う者達でしょう。先ずは急ぎましょう」

 私は取り急ぎ祈祷室を出て、エントランスで立ち止まった。ゴーンズさんは武装していない。下手に向かわせると、侵入者と遭遇して殺されるかもしれない。子供達と違って、身代金を請求できる相手もいないので、不要と判断される可能性が高い。

 私は立ち止まり、振り返る。彼を礼拝室に留めて、告げる。

「ゴーンズさん、先ずはこれを......」

 私は運命の女神アルモニア・ミラに短い祈りを捧げる。神格から与えられた魔法の力が、自身の内に込み上げてくるのが分かる。私は手のひらを、彼の肩にそっと置いた。

「我が手に結びし命の縁よ、痛みと危機を祈りの内へ映せ」

 祈りの言葉を紡ぐと、触れた相手の鼓動が聞こえ始める。

「──容態把握ツーシュタント」

 自身の胸の内に、少し温かいものが生じる。

「アルフォンス先生、今のは?」

「ちょっとした情報収集です。気にしないで下さい。それより、ゴーンズさんは、見つかると殺される可能性もある。どこかに隠れて下さい」

「隠れるってどこへ......」

「建物を出れば見つかります。礼拝堂の中へ隠れて、中から施錠して下さい」

「分かりました」

 私は自分で酷い事をしている。罪深い事をしている。その自覚はある。彼の目を見て、その姿を脳裏に焼き付けた後、礼拝堂を後にする。

 今回は、マナ様とマギ様の救助は諦める。宿直のジークハルト先生と合流する。今、まともな戦力になる者は彼しかいない。それに宿直室で待機しているならば、外壁を越えて侵入してきた者達を、警戒術アラルムで把握しているはずだ。

 渡り廊下を抜けて本校舎へと入る。こちら側は侵入者がまだ来ていない。中庭を横目に見ながら、真っ直ぐに宿直室を目指す。乱れる足音。金属と金属がぶつかる音。怒号。戦闘音が聞こえてくる。

「警告はしたぞ」

 ジークハルト先生は、既に抜剣していた。三名の仮面を付けた侵入者が廊下に転がっている。爆発からまだ三分も経過していない。その間に、もうこれだけの相手を倒したのか......。

 だが彼もまた、左肩を抑え、右足を引きずっている。恐らく奇襲を受けたのだろう。教師の宿直室は、警備室を兼ねている。武器も保管してある。真っ先に狙われるのは当然だ。ここは奇襲を凌いで、ここまで応戦できている事を褒めるべきだ。

 突如。

 ジークハルト先生が不自然なタイミングで振り返った。

 打撃音。

 そして額から血を飛び散らせた。

「うっ」

 背後からの一撃だった。攻撃をした事で、不可視化ウンジヒトの効果が切れて、仮面を被った侵入者の姿が現れる。手には金属製の戦棍メイスを持っている。

 打たれたのは頭部だ。当たり所が悪ければ死ぬ。後頭部だったら命も危なかった。彼は間一髪で、背後から迫る気配に気付けたから、振り返ることができた。まだ骨の硬い額部分で受ける事ができた。

 しかし、敵はまだ三人も残っている。時間を掛けている暇はない。

 私は袖の内側に仕込んだ呪文触媒用の隠しポケットから、右手は小さなガラス棒。左手は毛皮の切れ端一片を取り出す。

 敵がこちらに気付いて走り寄る。私はガラス棒の先端を毛皮で包む。

「白雷よ、我が指より走れ。示す道を貫け!」

 詠唱と共に、毛皮と摩擦させて、ガラス棒を一気に引き抜き、その先端を突き向ける。

「──雷撃ブリッツシュラーク‼」

 狙いは先頭の一人。うまい具合に三人が一列の直線で結べる。ジークハルト先生が倒れているのも好都合だ。攻撃に巻き込む心配がない。

 雷鳴が轟とどろいたような空気の裂ける音。

 幾条もの雷光が、一直線の奔流となって、一人目の胸を穿ち、二人目の脇腹を貫き、三人目の顔面を焼いた。

 焦死体が三つ。倒れて転がる音は一つに重なった。

 一瞥いちべつを向ける事も、弔いの祈りも与えてやる必要はない。私はジークハルト先生の傍に駆け寄った。まだ生きている。もう死ぬかもしれない。だが、彼も軍人だ。

「ジークハルト先生、状況は?」

「最低でも三名、校長室へ向かった......、警戒術アラルム盤の反応は54名まで確認できた」

 上出来だ。ここで知りたい情報は全て手に入った。

 敵は警戒術アラルムを解除する必要を感じていない。そして、隠密作戦ではなく、人海戦術による速攻制圧作戦だ。

 校長は人質となった生徒達を管理する為にも、必要不可欠な存在だろう。それに女性だし、おそらく直ぐに降伏する。ならば殺される事はない。放置だ。

 それよりも次元封鎖ディメンジョンシュロスを使って、私の瞬間移動ペレホートを封じた者を探し出して無力化──おそらくは殺害する必要がある。

 中庭。

 ふと目をやると、その中央を突っ切る渡り廊下の真ん中。人が集まって輪になっていた。同じく仮面を付けていたが、全員が術士の魔道衣ローブを身に纏まとっていた。

 その数、十二名。

 直感が告げる。あいつらだ。

 しかし、その直後。私は雷撃ブリッツシュラークを使った事を後悔した。

「ぐっ」

 私に突き刺さる何十発もの魔力弾マギー・ミサイル。

 腕に、脚に、腹に、胸に、力場クラフトフェルトで構成された魔法の矢弾が刺さり、私の命を奪う。

 咄嗟に出した魔力盾マギー・シルトでは、頭部を守って、意識を保つのが精一杯だった。

 轟音と閃光。最短時間で敵を倒すためとはいえ、あんな呪文を放ってしまったばかりに、あの数の術士に気付かれて、先制攻撃を許してしまった。

 だが問題はない。

 倒れ行く中、私は二つの事を確認した。

 一つ。彼らが中庭に据えていたのは、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーの触媒。つまりあの時、私をピンポイントで狙ったのではなく、この学院全体が、転移不能領域に変えられてしまったのだ。

 そして、もう一つ。

 容態把握ツーシュタントで感じていた温もりが、段々と冷たくなっていった。つまり、魔法を通じて確認できるゴーンズさんの状態が、負傷から、重傷、そして死亡へと向かっている事実。

 ──────────。

【 同日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 三回目の呟きが聞こえる。私は己の鼻と口許を手のひらで覆いながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。これは起点がここであると迷わない為の儀式だ。

 礼拝堂は施錠しても破られる。そして直ぐに発見されて、ゴーンズさんは殺される。

 ジークハルト先生は応戦するも負傷する。だがあの様子では死にはしない。私が干渉しなければ、彼は負傷して捕虜となるだけで済む可能性が非常に高い。

 校長も放っておいて問題ない。

 中庭で発動される広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーは、十二名の協力による合体詠唱だ。範囲も広いし効果時間も長い。それに、あの人数。全員が攻撃呪文を準備している。

 あれを無力化した上で、マナ様とマギ様を安全に確保する事は不可能だ。範囲魔法の奇襲一発で、十二名を同時に処理できたとしても、その間にお二人は分解ラスパードを使える術士に確保されてしまう。

 答えは出た。

 最速で両殿下と合流し、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーが発動するよりも先に瞬間移動ペレホートで脱出する。

 だが、ゴーンズはどうする? 残る定員一名として連れて行くか?

 いや、駄目だ。私と違って、初見であの寄宿舎の混乱を抜けて、両殿下の所へ最短時間で辿り着くことはできない。

 別の場所に隠れて貰うしかない。学院の外壁は、全て敵の侵入経路として使われているだろう。最低でも54名だ。湖側を除く、全方位から迫っているとみて間違いない。

 生徒達は、両殿下を失ったとしても、九大貴族の子息達もいるし、富豪の子らもいる。人質としての価値がある限り、彼らは殺されない。

 厨房長のキャサリンは、夜間は舎監として寄宿舎にいるはずだ。彼女も女性だし、何人も籠城する事を考えたなら、必要不可欠な人員だ。殺されることは無いだろう。

 やはり、問題はゴーンズさん、彼を死なせたくない。

「ゴーンズさん、敵襲です。この礼拝堂は直ぐに見つかって殺される。どこか適切な隠れ場所を知りませんか?」

「え? 敵襲? 隠れ場所? うーん、そう言われても......」

 まずいですね。状況を説明している時間が勿体ない。こうしている間に、時間制限タイムリミットが来てしまう。

 私はとりあえず再び彼に容態把握ツーシュタントを発動してから、背中を押して送り出した。

「ともかく、どこかへ隠れて下さい。私は両殿下を救って来ます」

「あ、あぁ......」

 直後、私は不可視化ウンジヒトを使って、寄宿舎へ向かう。

 マギ様と合流し、マナ様が二階から飛び降りた。

 前々回より速い。

 ......だが、間に合わなかった。

 瞬間移動ペレホートは失敗し、私は再び分解ラスパードによって塵となった。

 しかし、ゴーンズさんの容態は、現時点では良好を維持していた。

 ──────────。

【 同日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 四回目の呟きが聞こえる。儀式。

 魔法を何度も使ったので、精神が限界に近い。

 実際に魔力を消費している訳ではないが、その分だけ私の精神的負担と、脳への負荷は大きくなる。

 もう次はない。

「ちょ、アルフォンス先生⁉」

 私は走り出す。一分、一秒が惜しい。

「我が声よ、風に散るな。細き糸となり、選びし耳へ届け。」

 祈祷室の扉を開きながら、指先をゴーンズさんに向ける。

「──伝声術シュティンメ」

「先生、これは?」

「後で説明します」

 私は全力で走る。不可視化ウンジヒトも使わない。私が無傷である事よりも、マギ様が一目で私と判断できる数秒の方が価値が高い。

「おい、止まれ!」

 男の声が聞こえた。肩を携帯式弩ハンド・クロスボウの矢弾ボルトが掠めた。熱い痛み。

 私は構わずに走る。運動は、そこまで得意ではないと言うのに......。

『ゴーンズさん、敵が来ます。あなたは見つかれば殺されます。必ずどこかへ隠れて下さい』

 移動しながら、私は囁く。可能な限りの情報を彼に伝える。

 やがて目的の部屋についた。少し開いた状態の扉、蹴り開けて中へ。

「マギ様、窓の外へ! マナ様と合流を!」

 私は即座にマギ様の手を掴む。

「は、はい」

 余計な質問は挟まない。賢い子だ。

 私は窓を叩き割る。拳を硝子で切った。そんな些細な事は構わない。

「此処を閉じ、彼方を開け」

 窓枠に脚を掛けながら詠唱を開始する。廊下をやって来る男達の足音も、まだ遠い。

「空間の皺よ、我が足もとに折り重なれ」

 寄宿舎の外へと出て、芝生の上。マギ様と手を繋いだまま上を見上げる。マナ様が羽落術フェーダーファルで降りて来る。

「距離は門となり、門は一歩となる」

 着地まで待たない。その足首を掴む。これで三人で跳べる。 

「──瞬間移動ペレホート!」

 成功。

 私は正解の道へと辿り着いた。

 幾重に分岐する確率世界を、これで確定とする。

 ただ一つ。

 ゴーンズさんの生死に関しては、不確定。

 我が守護神、運命の女神アルモニア・ミラ様。

 どうか彼をお導き下さいますよう──。
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緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
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第八十四話 正解への道

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 ゴーンズの呟きが聞こえる。私は己の鼻と口許を手のひらで覆いながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。これは儀式だ。

 万象因果収束ミリオン・パスト──、発動。

 ほんの少し思案する程の時間に、私は全神経と全意識を集中させて、確率世界を網羅していく。

 一度目は失敗だった。

 マナとマギ、あの二人を連れて脱出する。それが最優先、最適解で間違いない。しかし、瞬間移動ペレホートが不発に終わったのは、何故だろうか?

 それに最後、私を撃ち抜いた魔法。魔力弾マギー・ミサイルでも、火炎光線フラムシュトラールでも無かった。

 分解ラスパード。

 間違いない。あれは第六位列術式魔法の変成術、分解ラスパードに違いない。身体が穿たれるでも、燃えるでも、溶けるでも、弾けるでもなかった。単に解ほどかれた。物質が物質として在る為の、構成要素と条件が、順に消失していく感覚。

 忌々しい。今の私では、あの男に正面から魔法の撃ち合いを挑んだとしても、勝てる気がしない。それに、手下の数も多い。正確な人数は分からないが、非常に厄介だ。
 
「ゴーンズさん、敵の狙いはマナ皇妹殿下とマギ皇弟殿下の確保にあります」

「なんだって? 敵? これって敵の襲撃なのか? 海竜王国リヴァイアスの連中か?」

「多分、違います。反皇帝派とか、革命を謳う者達でしょう。先ずは急ぎましょう」

 私は取り急ぎ祈祷室を出て、エントランスで立ち止まった。ゴーンズさんは武装していない。下手に向かわせると、侵入者と遭遇して殺されるかもしれない。子供達と違って、身代金を請求できる相手もいないので、不要と判断される可能性が高い。

 私は立ち止まり、振り返る。彼を礼拝室に留めて、告げる。

「ゴーンズさん、先ずはこれを......」

 私は運命の女神アルモニア・ミラに短い祈りを捧げる。神格から与えられた魔法の力が、自身の内に込み上げてくるのが分かる。私は手のひらを、彼の肩にそっと置いた。

「我が手に結びし命の縁よ、痛みと危機を祈りの内へ映せ」

 祈りの言葉を紡ぐと、触れた相手の鼓動が聞こえ始める。

「──容態把握ツーシュタント」

 自身の胸の内に、少し温かいものが生じる。

「アルフォンス先生、今のは?」

「ちょっとした情報収集です。気にしないで下さい。それより、ゴーンズさんは、見つかると殺される可能性もある。どこかに隠れて下さい」

「隠れるってどこへ......」

「建物を出れば見つかります。礼拝堂の中へ隠れて、中から施錠して下さい」

「分かりました」

 私は自分で酷い事をしている。罪深い事をしている。その自覚はある。彼の目を見て、その姿を脳裏に焼き付けた後、礼拝堂を後にする。

 今回は、マナ様とマギ様の救助は諦める。宿直のジークハルト先生と合流する。今、まともな戦力になる者は彼しかいない。それに宿直室で待機しているならば、外壁を越えて侵入してきた者達を、警戒術アラルムで把握しているはずだ。

 渡り廊下を抜けて本校舎へと入る。こちら側は侵入者がまだ来ていない。中庭を横目に見ながら、真っ直ぐに宿直室を目指す。乱れる足音。金属と金属がぶつかる音。怒号。戦闘音が聞こえてくる。

「警告はしたぞ」

 ジークハルト先生は、既に抜剣していた。三名の仮面を付けた侵入者が廊下に転がっている。爆発からまだ三分も経過していない。その間に、もうこれだけの相手を倒したのか......。

 だが彼もまた、左肩を抑え、右足を引きずっている。恐らく奇襲を受けたのだろう。教師の宿直室は、警備室を兼ねている。武器も保管してある。真っ先に狙われるのは当然だ。ここは奇襲を凌いで、ここまで応戦できている事を褒めるべきだ。

 突如。

 ジークハルト先生が不自然なタイミングで振り返った。

 打撃音。

 そして額から血を飛び散らせた。

「うっ」

 背後からの一撃だった。攻撃をした事で、不可視化ウンジヒトの効果が切れて、仮面を被った侵入者の姿が現れる。手には金属製の戦棍メイスを持っている。

 打たれたのは頭部だ。当たり所が悪ければ死ぬ。後頭部だったら命も危なかった。彼は間一髪で、背後から迫る気配に気付けたから、振り返ることができた。まだ骨の硬い額部分で受ける事ができた。

 しかし、敵はまだ三人も残っている。時間を掛けている暇はない。

 私は袖の内側に仕込んだ呪文触媒用の隠しポケットから、右手は小さなガラス棒。左手は毛皮の切れ端一片を取り出す。

 敵がこちらに気付いて走り寄る。私はガラス棒の先端を毛皮で包む。

「白雷よ、我が指より走れ。示す道を貫け!」

 詠唱と共に、毛皮と摩擦させて、ガラス棒を一気に引き抜き、その先端を突き向ける。

「──雷撃ブリッツシュラーク‼」

 狙いは先頭の一人。うまい具合に三人が一列の直線で結べる。ジークハルト先生が倒れているのも好都合だ。攻撃に巻き込む心配がない。

 雷鳴が轟とどろいたような空気の裂ける音。

 幾条もの雷光が、一直線の奔流となって、一人目の胸を穿ち、二人目の脇腹を貫き、三人目の顔面を焼いた。

 焦死体が三つ。倒れて転がる音は一つに重なった。

 一瞥いちべつを向ける事も、弔いの祈りも与えてやる必要はない。私はジークハルト先生の傍に駆け寄った。まだ生きている。もう死ぬかもしれない。だが、彼も軍人だ。

「ジークハルト先生、状況は?」

「最低でも三名、校長室へ向かった......、警戒術アラルム盤の反応は54名まで確認できた」

 上出来だ。ここで知りたい情報は全て手に入った。

 敵は警戒術アラルムを解除する必要を感じていない。そして、隠密作戦ではなく、人海戦術による速攻制圧作戦だ。

 校長は人質となった生徒達を管理する為にも、必要不可欠な存在だろう。それに女性だし、おそらく直ぐに降伏する。ならば殺される事はない。放置だ。

 それよりも次元封鎖ディメンジョンシュロスを使って、私の瞬間移動ペレホートを封じた者を探し出して無力化──おそらくは殺害する必要がある。

 中庭。

 ふと目をやると、その中央を突っ切る渡り廊下の真ん中。人が集まって輪になっていた。同じく仮面を付けていたが、全員が術士の魔道衣ローブを身に纏まとっていた。

 その数、十二名。

 直感が告げる。あいつらだ。

 しかし、その直後。私は雷撃ブリッツシュラークを使った事を後悔した。

「ぐっ」

 私に突き刺さる何十発もの魔力弾マギー・ミサイル。

 腕に、脚に、腹に、胸に、力場クラフトフェルトで構成された魔法の矢弾が刺さり、私の命を奪う。

 咄嗟に出した魔力盾マギー・シルトでは、頭部を守って、意識を保つのが精一杯だった。

 轟音と閃光。最短時間で敵を倒すためとはいえ、あんな呪文を放ってしまったばかりに、あの数の術士に気付かれて、先制攻撃を許してしまった。

 だが問題はない。

 倒れ行く中、私は二つの事を確認した。

 一つ。彼らが中庭に据えていたのは、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーの触媒。つまりあの時、私をピンポイントで狙ったのではなく、この学院全体が、転移不能領域に変えられてしまったのだ。

 そして、もう一つ。

 容態把握ツーシュタントで感じていた温もりが、段々と冷たくなっていった。つまり、魔法を通じて確認できるゴーンズさんの状態が、負傷から、重傷、そして死亡へと向かっている事実。

 ──────────。

【 同日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 三回目の呟きが聞こえる。私は己の鼻と口許を手のひらで覆いながら、眼鏡のブリッジを中指で押し上げる。これは起点がここであると迷わない為の儀式だ。

 礼拝堂は施錠しても破られる。そして直ぐに発見されて、ゴーンズさんは殺される。

 ジークハルト先生は応戦するも負傷する。だがあの様子では死にはしない。私が干渉しなければ、彼は負傷して捕虜となるだけで済む可能性が非常に高い。

 校長も放っておいて問題ない。

 中庭で発動される広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーは、十二名の協力による合体詠唱だ。範囲も広いし効果時間も長い。それに、あの人数。全員が攻撃呪文を準備している。

 あれを無力化した上で、マナ様とマギ様を安全に確保する事は不可能だ。範囲魔法の奇襲一発で、十二名を同時に処理できたとしても、その間にお二人は分解ラスパードを使える術士に確保されてしまう。

 答えは出た。

 最速で両殿下と合流し、広域次元封鎖ディメンジョンシュロス・フェルダーが発動するよりも先に瞬間移動ペレホートで脱出する。

 だが、ゴーンズはどうする? 残る定員一名として連れて行くか?

 いや、駄目だ。私と違って、初見であの寄宿舎の混乱を抜けて、両殿下の所へ最短時間で辿り着くことはできない。

 別の場所に隠れて貰うしかない。学院の外壁は、全て敵の侵入経路として使われているだろう。最低でも54名だ。湖側を除く、全方位から迫っているとみて間違いない。

 生徒達は、両殿下を失ったとしても、九大貴族の子息達もいるし、富豪の子らもいる。人質としての価値がある限り、彼らは殺されない。

 厨房長のキャサリンは、夜間は舎監として寄宿舎にいるはずだ。彼女も女性だし、何人も籠城する事を考えたなら、必要不可欠な人員だ。殺されることは無いだろう。

 やはり、問題はゴーンズさん、彼を死なせたくない。

「ゴーンズさん、敵襲です。この礼拝堂は直ぐに見つかって殺される。どこか適切な隠れ場所を知りませんか?」

「え? 敵襲? 隠れ場所? うーん、そう言われても......」

 まずいですね。状況を説明している時間が勿体ない。こうしている間に、時間制限タイムリミットが来てしまう。

 私はとりあえず再び彼に容態把握ツーシュタントを発動してから、背中を押して送り出した。

「ともかく、どこかへ隠れて下さい。私は両殿下を救って来ます」

「あ、あぁ......」

 直後、私は不可視化ウンジヒトを使って、寄宿舎へ向かう。

 マギ様と合流し、マナ様が二階から飛び降りた。

 前々回より速い。

 ......だが、間に合わなかった。

 瞬間移動ペレホートは失敗し、私は再び分解ラスパードによって塵となった。

 しかし、ゴーンズさんの容態は、現時点では良好を維持していた。

 ──────────。

【 同日 0:16 礼拝堂 祈祷室 】

「今のは......」

 四回目の呟きが聞こえる。儀式。

 魔法を何度も使ったので、精神が限界に近い。

 実際に魔力を消費している訳ではないが、その分だけ私の精神的負担と、脳への負荷は大きくなる。

 もう次はない。

「ちょ、アルフォンス先生⁉」

 私は走り出す。一分、一秒が惜しい。

「我が声よ、風に散るな。細き糸となり、選びし耳へ届け。」

 祈祷室の扉を開きながら、指先をゴーンズさんに向ける。

「──伝声術シュティンメ」

「先生、これは?」

「後で説明します」

 私は全力で走る。不可視化ウンジヒトも使わない。私が無傷である事よりも、マギ様が一目で私と判断できる数秒の方が価値が高い。

「おい、止まれ!」

 男の声が聞こえた。肩を携帯式弩ハンド・クロスボウの矢弾ボルトが掠めた。熱い痛み。

 私は構わずに走る。運動は、そこまで得意ではないと言うのに......。

『ゴーンズさん、敵が来ます。あなたは見つかれば殺されます。必ずどこかへ隠れて下さい』

 移動しながら、私は囁く。可能な限りの情報を彼に伝える。

 やがて目的の部屋についた。少し開いた状態の扉、蹴り開けて中へ。

「マギ様、窓の外へ! マナ様と合流を!」

 私は即座にマギ様の手を掴む。

「は、はい」

 余計な質問は挟まない。賢い子だ。

 私は窓を叩き割る。拳を硝子で切った。そんな些細な事は構わない。

「此処を閉じ、彼方を開け」

 窓枠に脚を掛けながら詠唱を開始する。廊下をやって来る男達の足音も、まだ遠い。

「空間の皺よ、我が足もとに折り重なれ」

 寄宿舎の外へと出て、芝生の上。マギ様と手を繋いだまま上を見上げる。マナ様が羽落術フェーダーファルで降りて来る。

「距離は門となり、門は一歩となる」

 着地まで待たない。その足首を掴む。これで三人で跳べる。 

「──瞬間移動ペレホート!」

 成功。

 私は正解の道へと辿り着いた。

 幾重に分岐する確率世界を、これで確定とする。

 ただ一つ。

 ゴーンズさんの生死に関しては、不確定。

 我が守護神、運命の女神アルモニア・ミラ様。

 どうか彼をお導き下さいますよう──。
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