第八十九話 犯行声明
【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 5:45 七聖学院 】
街の衛兵隊によって、七聖学院は包囲されていた。
燃え崩れた正門を前にして、一定の距離を保って塔盾が並べられている。同様に東側の裏門前、北側の外壁前でも各数十名の衛兵隊が学院を取り囲んでいた。
南側の湖には、かなりの距離をとって三隻の小舟が浮かび、それぞれ望遠鏡を手にした観測係と、照準器が取り付けられた重弩を持つ狙撃手とが、二人一組で配置されていた。
とある天幕の中。
それらが示された配置図と、学院見取り図がテーブルの上に広げられていた。
エドワードは、地図を間に挟みながら、一人の男と向かい合っていた。
「ですから、突入は少し待って頂きたい。あまりにも情報が不足しております」
「だが、こちらは二人も負傷者を出しているのだ。正門に近付いただけで、いきなり魔法を撃たれたのだぞ」
その男は衛兵隊の軽装革鎧を身に着け、胸には大隊長の階級章があった。
「それは不用意に近付いたからです。人質の安全が確保もできていない状態で、無理な突入はお辞め下さい」
「エドワード少佐。それではお尋ねしますが、その情報収集とやらは進んでおりますかな? そちらのお嬢さんが、念視をお使いになるとか」
傍らには手鏡を持ち、自分の髪を弄ったり、化粧の仕上がり具合を見ているエリーがいた。
「エリー」
エドワードの声に、エリーは慌てて顔を上げた。
「あ、はい。......えっとぉ、それちょっと無理だったっていうか、秘匿聖域が邪魔っていうか、とりあえず、念視で得られる情報はなんもないっしょ」
「それみたことか、これでは何も分からんではないか」
「クラウゼン大隊長、それは違います。つまり、相手は念視を警戒し、対策を講じることができるほど計画的で、実力があるという話です」
「だが、こちらの方が圧倒的に人数が多い。制圧できる」
「見通しが甘過ぎます。普段は都市内の巡回や、城壁の上で歩哨に立つぐらいしか仕事の無い大勢の衛兵達が、この場所に駆り出されている事は分かっています。突入作戦に対する訓練も、経験も、圧倒的に不足している」
「確かに少佐の言う通り、兵の質は低いかもしれん、だがな、戦いは数だよ」
エドワードは、頭を抱えた。ちらりと、エリーを見る。こちらの交渉には一切の関わりを持とうとしない。助けにもならないが、足を引っ張らないだけまだマシかと、視線を戻した。
「では、人質の安全は? それが保証されずに、突入なんて無謀です」
「問題ない。マギ殿下、マナ殿下のお二人は既に救出されている」
「大問題です。他にも生徒達は大勢います。犠牲者が出たらどうするんですか?」
「やつらは身代金目的の犯罪集団だろ? そんな連中との交渉には応じない。人質には悪いが、不運だったと思って諦めて貰う」
「まだ、犯行声明も出されていません。」
「出ても、出なくても同じ事だよエドワード少佐。我々は交渉に応じない。ならば聞くまでもない」
天幕に一人の衛兵が入って来た。
「......あ、えーっと、エドワード少佐様は、こちらですか?」
「エドワードは、私だ」
「こんなものが本部に届いておりました。大至急、エドワード少佐に届けろって言われまして......」
男は、開いた小包の袋紙と、その中身、片面を平たく削ってある大きな水晶板を差し出した。念話水晶だ。
「なんだ貴様、どこの所属だ?」
「これはこれは、大隊長殿。いらしたんですね。失礼しやした。金翼湖支部の者です」
「責任者は私だ。なぜエドワード少佐なのだ?」
「本部にいらした双子さんと眼鏡の兄ちゃんがね、これをエドワード少佐に届けろって言うもんですからね。なんて言うか、すごい身分のありそうな感じで......」
「双子? 馬鹿者ッ! それはマギ皇弟殿下と、マナ皇妹殿下であろうが!」
「え? ああ、言われてみればそんな感じっすね。あはは......」
エリーが、ちらっと二人のやりとりを見て、一言。
「アホくさ」
「ちょ、なんで美人がここに?」
「いいから、用事が済んだら出て行け!」
隊長が怒鳴ったその時。
『あー、あー、聞こえているかね? 衛兵隊本部の諸君』
念話水晶から音と映像が流れた。
「エドワード少佐、これは......?」
「おそらく犯行声明ですよ。事前に、これを郵送してあったのでしょう」
「ならば、こちらに寄越せ。私が現場指揮官だ」
「でも、少佐に渡せって......」
「いいから、早くしろ。命令だ。減給されたいか」
しぶしぶ、衛兵の男は念話水晶を立てて置くと、その正面を大隊長に向けた。
「衛兵隊本部。大隊長のオスカー・フォン・クラウゼンだ。おまえ、何者だ?」
『我が名は、マディアラス・ヴネオン。この腐った国を、解く者だ』
「腐った国だと? 学生を人質にとるような腐った根性の持ち主が、ふざけおってからに、さっさと学生達を解放して、降伏しろ。貴様の目的は、既に失敗に終わった。両殿下は、こちらで無事に保護している」
『おお、なるほど。お二人はすでに学院を脱出しておりましたか』
なぜ不用意に情報を与えてしまうのかと、エドワードは溜め息を吐いた。
「そうだ。貴様の目論見は既に失敗している。馬鹿め!」
『では、シルヴァード家、ブラスシルド家、キルシュ家、その他もろもろ、大貴族の子供達は、どうなっても構わぬな?』
「待て。それは九大貴族ではないか」
『他にも、リンドホルム家の娘、カローナ商会の娘に、ヒギンズ商会の息子もいる。貴様が交渉相手として適さないのであれば、直接、その保護者達と交渉するまでだ』
「待て待て待て、聞いてないぞ。この学院って、そんなに名立たる家の者が?」
「おバカなの? 皇族が通っている時点で、気付けよって話じゃん?」
「エリー、口が過ぎるぞ」
「はーい」
『それでは、こちらの要求を伝えても構わないかな?』
「......よ、よかろう。言うだけ言うがよい」
『我々の要求は二つ。先ずは身代金を支払って貰う』
「き、金額は?」
『緋鋼皇國金貨にして、十万枚を要求する』
「な、なんだと!? ふざけているのか!」
『分かった。では二十万枚に変更する』
「ば、馬鹿な......、そんな話があるか」
『では三十万枚だ』
「......⁉」
『それとも、まだ金額を釣り上げて欲しいかね?』
「いや、分かった。金貨、三十万枚だな。金はともかく、もう一つの要求はなんだ?」
『ヴェナリスに伝えろ。......皇宝具だ』
「それは、私の判断では、どうにも......」
『分かっている。最初から貴様など相手にはしていない。あくまでも交渉の窓口に過ぎないからな。帰って上に報告しろ。こちらには、九大貴族と各大商会の子女を含む、計122名の生徒、それから教職員3名。合計125名の人質がいる』
「待て、先ずは人質の安否を確認させろ」
エドワードが、クラウゼン大隊長を押し退けた。
『おまえは何者だ?』
「緋鋼皇國海兵隊所属、エドワード・クィルズだ」
『海兵隊か。なるほど、それなら先ほどの男よりは話が通じそうだ』
「人質の安否を確認させろ。125名全員が生きているという証拠が欲しい。負傷者と死亡者の有無もだ」
『全員無事だ、と言ったところで信じまい』
「当然だ。生徒か職員の一人と話をさせろ。それが無理なら、負傷者だけでも解放しろ」
『断る。解放した者から、こちらの情報を聞き出すつもりだろう?』
「なら、生徒と話をさせろ」
僅かな沈黙があった。
『いいだろう。それくらいなら応じよう』
「それと、もう一つ。皇宝具と言ったな。どれを要求している?」
『それを知る必要があるのかね?』
「交渉しろと言ったのは、おまえだ。何を渡せばいいのかも分からず、皇帝陛下に話を持っていけると思うか?」
『......なるほど。もっともだ』
マディアラスの口元が、僅かに歪んだ。
『我々が要求する皇宝具は、聖者の冠、絶対の首輪、そして、終焉の指輪この三つだ。しかと、ヴェナリスに伝えてもらおうか』
エドワードは黙って続きを待った。
『そして期限は、今日の正午だ』
「無理だ」
『ほう?』
「金貨三十万枚を用意し、皇帝陛下の裁可を得て、指定された場所まで運ぶ。それを六時間余りでやれというのなら、最初から交渉する気がないのと同じだ」
『それは、そちらの都合だ』
「人質を生かして帰し、対価を得るつもりなら、実行可能な条件を出せ。殺すことが目的なら、交渉など必要ない」
水晶の向こうで、マディアラスがしばらくエドワードを見つめていた。
『......いいだろう。期限については考慮する』
「次の連絡は?」
『こちらから行う。それまで学院へ兵を入れるな。正門、裏門、湖、どこからであろうと同じだ』
マディアラスの笑みが消えた。
『誰か一人でも侵入を確認すれば、その時は人質を一人......』
エドワードの目が細くなった。
『──殺す』
エドワードは、表情を変えない。
『理解したかね、エドワード・クィルズ』
「......理解した。それでは安否を確認させろ」
『いいだろう。おい、見せてやれ』
念話水晶の映像が、壇上の椅子に座る男から、講堂の床に座っている生徒達へと移った。エドワードは、その中にハリエットの姿を見付けた。
一瞬だけ、目を細めたエドワード。
何気なく眺めていたエリーだったが、それは見逃さなかった。
『さあ、話せ』
「七聖学院の皆様、緋鋼皇國海兵隊の、エドワード・クィルズ少佐です。先ずは安心して下さい。我々が必ず救出いたします」
生徒達の中に安堵が広がる様子が見える。ハリエットが、じっとこちらを見ているのが分かった。エドワードが微笑みを浮かべる。
『......ええと、エドワード少佐。あたくし、校長のアンディアナです。この通り、生徒はみんな無事ざます。しかし、負傷者がおりますの。ジークハルト先生と、陽級の学生、ローティ・ネモニクトの二名ざます』
「マディアラス・ヴネオン。即刻、二人の解放を要求する」
『それは断る』
「ならば、治療を」
『生憎と、神聖魔術の使い手はいなくてね』
「生徒の中に、簡単な治療魔法を扱えるものなら存在するはずだ。その者達に、最低限の治療行為を行う許可を与えてくれ。これは人道的立場からの要求だ」
『......いいだろう。死なれては人質としての価値が下がる』
「感謝する」
『では改めて、正午に連絡する。くれぐれも愚かな真似はするな』
──映像途絶。
「クラウゼン大隊長。今の会話、お聞きになりましたね?」
「ああ、ちゃんと聞いておった。突入はさせない」
天幕が再び開いた。
「失礼いたします」
その者、人間よりもわずかに長い耳は、銀灰色の髪の間から控えめに覗いている。完全なエルフほど浮世離れしてはいないが、目元には長命種に近い静けさがあった。
濃紺の長衣に銀糸の縁取り、胸元には七聖学院の小さな徽章。華美ではないが、どこを切り取っても規律と格式があった。
「事件の報を聞いて駆け付けました。七聖学院教頭、クィジル・ロバートで御座います。何かお力になれる事があれば何でも仰って下さい」
「学院教頭か、悪いが一般市民の出る幕はない。安全な場所に下がっておれ」
「待って下さい。クィジル先生、エドワードです。去年の学芸会では、ろくに挨拶もできず、申し訳ありませんでした」
「おお、君だったか。随分と立派になったものだ」
「恐れ入ります。それより、クィジル先生。学院の生徒名簿は手に入りますか?」
「はい、もちろん。我が校では、六年前から情報基盤の魔導具を採用しています」
「エリー、情報照会は使えるな?」
「当たり前っしょ。これでも冒険者ギルドの受付嬢でバイトしてたし?」
「へえ、エリーって名前なんだ?」
衛兵の男が、へらへら笑っている。
エリーの瞼がすっと下がった。まるで珍妙な生き物でも観察するような目が、男へ向けられる。
「あんた、まだいたの? でも、まあ、ちょうどいいや。手伝ってもらうコトあるから」
「はいはい。猫とか美人のお誘いとあれば、何でも手伝いますよ~?」
「おじさん、ちょっとこの衛兵さん借りるね?」
「お、おじさん?」
「こら、エリー。クラウゼン大隊長に失礼だぞ」
「はーい、おじサマ」
エリーは全く反省の色を見せず、クィジル教頭に向かって手を出した。
「えっと、こっちのカッコイイおじサマは、先生? 情報基盤に紐付けしてある端末媒体あるでしょ? 貸してくれる?」
「はい、こちらに用意してあります」
クィジル教頭は、鞄から一枚の薄い石板を取り出して、両手で差し出す。
「はい、お兄さんこれ持って」
「あ、はい。......重っ、意外と重いっすね」
「だから手伝いが欲しかったの、それじゃ教官......じゃなかった、少佐。ちょっとあっちで仕事してくるよん」
「任せた。必要な情報が何か分かるな?」
「全然、ちっとも分かんない。だから、どーんと抜き出して、ぜーんぶ覚えて来るっしょ」
「おい、エドワード少佐。この娘は、賢いのか、馬鹿なのか?」
「御覧の通り、有能......では、あります」
「あはは、そんな褒めたら照れる~!」
浮かれながら、エリーと衛兵の男は天幕を出て行った。
それを見送った後、クラウゼン大隊長がエドワードに向き直った。
「エドワード少佐。時間を掛ければ掛けるほど、市民の不安も広がる。こちらとしても、包囲に人員を割かれて、その間、街の治安が心配なのだ」
「はい、それも分かります」
「正直に申し上げる。私は人質事件を甘く見ておった。まさか皇宝具にまで話が及ぶとは考えてもいなかった」
「それは私もです。大隊長」
「そこで相談なのだが......、命令がまだ届いておらんからと、突っ跳ねておったが、正式な命令書が届くまでの暫定措置として、現場判断を少佐に委任する」
「つまり、責任を今の内に逃れておきたい。......と、そういうお話でしょうか?」
「い、いや...⁉ ま、まあ......、それもある。あるが......、わしには大き過ぎる事件なのは確かだ」
「分かりました。元よりその要求はしておりましたし、謹んでお受け致します」
「ありがたい! では、私は少し本部の方へ戻り、上層部との折衝に当たる。両殿下の保護も、衛兵隊の重要任務だからな」
「ええ、是非ともそうして下さい。......ああ、ついでにアルフォンスという男に出会ったら、こちらに来るようお伝え下さい」
「了解した!」
そそくさと天幕を去る大隊長。
その背を見送った後、残った二人で少し肩を揺らして笑った。
「まったく、先が思いやられる」
「ふふ......、さて、エドワード少佐。他に何か必要なことがあれば、お聞き下さい」
クィジルの言葉に、エドワードは少し黙った。目を閉じる。
思案。
目を開く。
「では......、あの噂について、真実をお聞かせください」