ホーム›緋鋼皇國物語Ⅰ›第八十九話 犯行声明
← 次の話目次前の話 →

第八十九話 犯行声明

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 5:45 七聖学院 】

 街の衛兵隊によって、七聖学院は包囲されていた。

 燃え崩れた正門を前にして、一定の距離を保って塔盾タワー・シールドが並べられている。同様に東側の裏門前、北側の外壁前でも各数十名の衛兵隊が学院を取り囲んでいた。

 南側の湖には、かなりの距離をとって三隻の小舟が浮かび、それぞれ望遠鏡を手にした観測係と、照準器スコープが取り付けられた重弩ヘヴィ・クロスボウを持つ狙撃手とが、二人一組で配置されていた。

 とある天幕の中。

 それらが示された配置図と、学院見取り図がテーブルの上に広げられていた。

 エドワードは、地図を間に挟みながら、一人の男と向かい合っていた。

「ですから、突入は少し待って頂きたい。あまりにも情報が不足しております」

「だが、こちらは二人も負傷者を出しているのだ。正門に近付いただけで、いきなり魔法を撃たれたのだぞ」

 その男は衛兵隊の軽装革鎧レザー・アーマーを身に着け、胸には大隊長の階級章があった。

「それは不用意に近付いたからです。人質の安全が確保もできていない状態で、無理な突入はお辞め下さい」

「エドワード少佐。それではお尋ねしますが、その情報収集とやらは進んでおりますかな? そちらのお嬢さんが、念視フェルンシーアをお使いになるとか」

 傍らには手鏡を持ち、自分の髪を弄ったり、化粧の仕上がり具合を見ているエリーがいた。

「エリー」

 エドワードの声に、エリーは慌てて顔を上げた。

「あ、はい。......えっとぉ、それちょっと無理だったっていうか、秘匿聖域ゲヘイムサンクトゥムが邪魔っていうか、とりあえず、念視フェルンシーアで得られる情報はなんもないっしょ」

「それみたことか、これでは何も分からんではないか」

「クラウゼン大隊長、それは違います。つまり、相手は念視フェルンシーアを警戒し、対策を講じることができるほど計画的で、実力があるという話です」

「だが、こちらの方が圧倒的に人数が多い。制圧できる」

「見通しが甘過ぎます。普段は都市内の巡回や、城壁の上で歩哨に立つぐらいしか仕事の無い大勢の衛兵達が、この場所に駆り出されている事は分かっています。突入作戦に対する訓練も、経験も、圧倒的に不足している」

「確かに少佐の言う通り、兵の質は低いかもしれん、だがな、戦いは数だよ」

 エドワードは、頭を抱えた。ちらりと、エリーを見る。こちらの交渉には一切の関わりを持とうとしない。助けにもならないが、足を引っ張らないだけまだマシかと、視線を戻した。

「では、人質の安全は? それが保証されずに、突入なんて無謀です」

「問題ない。マギ殿下、マナ殿下のお二人は既に救出されている」

「大問題です。他にも生徒達は大勢います。犠牲者が出たらどうするんですか?」

「やつらは身代金目的の犯罪集団だろ? そんな連中との交渉には応じない。人質には悪いが、不運だったと思って諦めて貰う」

「まだ、犯行声明も出されていません。」

「出ても、出なくても同じ事だよエドワード少佐。我々は交渉に応じない。ならば聞くまでもない」

 天幕に一人の衛兵が入って来た。

「......あ、えーっと、エドワード少佐様は、こちらですか?」

「エドワードは、私だ」

「こんなものが本部に届いておりました。大至急、エドワード少佐に届けろって言われまして......」

 男は、開いた小包の袋紙と、その中身、片面を平たく削ってある大きな水晶板を差し出した。念話水晶ゲダンク・スフィアだ。

「なんだ貴様、どこの所属だ?」

「これはこれは、大隊長殿。いらしたんですね。失礼しやした。金翼湖ゴルトクリロー支部の者です」

「責任者は私だ。なぜエドワード少佐なのだ?」

「本部にいらした双子さんと眼鏡の兄ちゃんがね、これをエドワード少佐に届けろって言うもんですからね。なんて言うか、すごい身分のありそうな感じで......」

「双子? 馬鹿者ッ! それはマギ皇弟殿下と、マナ皇妹殿下であろうが!」

「え? ああ、言われてみればそんな感じっすね。あはは......」

 エリーが、ちらっと二人のやりとりを見て、一言。

「アホくさ」

「ちょ、なんで美人がここに?」

「いいから、用事が済んだら出て行け!」

 隊長が怒鳴ったその時。

『あー、あー、聞こえているかね? 衛兵隊本部の諸君』

 念話水晶ゲダンク・スフィアから音と映像が流れた。

「エドワード少佐、これは......?」

「おそらく犯行声明ですよ。事前に、これを郵送してあったのでしょう」

「ならば、こちらに寄越せ。私が現場指揮官だ」

「でも、少佐に渡せって......」

「いいから、早くしろ。命令だ。減給されたいか」

 しぶしぶ、衛兵の男は念話水晶ゲダンク・スフィアを立てて置くと、その正面を大隊長に向けた。

「衛兵隊本部。大隊長のオスカー・フォン・クラウゼンだ。おまえ、何者だ?」

『我が名は、マディアラス・ヴネオン。この腐った国を、解ほどく者だ』

「腐った国だと? 学生を人質にとるような腐った根性の持ち主が、ふざけおってからに、さっさと学生達を解放して、降伏しろ。貴様の目的は、既に失敗に終わった。両殿下は、こちらで無事に保護している」

『おお、なるほど。お二人はすでに学院を脱出しておりましたか』

 なぜ不用意に情報を与えてしまうのかと、エドワードは溜め息を吐いた。

「そうだ。貴様の目論見は既に失敗している。馬鹿め!」

『では、シルヴァード家、ブラスシルド家、キルシュ家、その他もろもろ、大貴族の子供達は、どうなっても構わぬな?』

「待て。それは九大貴族ではないか」

『他にも、リンドホルム家の娘、カローナ商会の娘に、ヒギンズ商会の息子もいる。貴様が交渉相手として適さないのであれば、直接、その保護者達と交渉するまでだ』

「待て待て待て、聞いてないぞ。この学院って、そんなに名立たる家の者が?」

「おバカなの? 皇族が通っている時点で、気付けよって話じゃん?」

「エリー、口が過ぎるぞ」

「はーい」

『それでは、こちらの要求を伝えても構わないかな?』

「......よ、よかろう。言うだけ言うがよい」

『我々の要求は二つ。先ずは身代金を支払って貰う』

「き、金額は?」

『緋鋼皇國金貨にして、十万枚を要求する』

「な、なんだと!? ふざけているのか!」

『分かった。では二十万枚に変更する』
 
「ば、馬鹿な......、そんな話があるか」

『では三十万枚だ』

「......⁉」

『それとも、まだ金額を釣り上げて欲しいかね?』

「いや、分かった。金貨、三十万枚だな。金はともかく、もう一つの要求はなんだ?」

『ヴェナリスに伝えろ。......皇宝具インペリアル・レガシーだ』

「それは、私の判断では、どうにも......」

『分かっている。最初から貴様など相手にはしていない。あくまでも交渉の窓口に過ぎないからな。帰って上に報告しろ。こちらには、九大貴族と各大商会の子女を含む、計122名の生徒、それから教職員3名。合計125名の人質がいる』

「待て、先ずは人質の安否を確認させろ」

 エドワードが、クラウゼン大隊長を押し退けた。

『おまえは何者だ?』

「緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファング所属、エドワード・クィルズだ」

『海兵隊か。なるほど、それなら先ほどの男よりは話が通じそうだ』

「人質の安否を確認させろ。125名全員が生きているという証拠が欲しい。負傷者と死亡者の有無もだ」

『全員無事だ、と言ったところで信じまい』

「当然だ。生徒か職員の一人と話をさせろ。それが無理なら、負傷者だけでも解放しろ」

『断る。解放した者から、こちらの情報を聞き出すつもりだろう?』

「なら、生徒と話をさせろ」

 僅かな沈黙があった。

『いいだろう。それくらいなら応じよう』

「それと、もう一つ。皇宝具インペリアル・レガシーと言ったな。どれを要求している?」

『それを知る必要があるのかね?』

「交渉しろと言ったのは、おまえだ。何を渡せばいいのかも分からず、皇帝陛下に話を持っていけると思うか?」

『......なるほど。もっともだ』

 マディアラスの口元が、僅かに歪んだ。

『我々が要求する皇宝具インペリアル・レガシーは、聖者の冠セイント・クラウン、絶対の首輪アブソリュート・カラー、そして、終焉の指輪ゲッター・デメルンこの三つだ。しかと、ヴェナリスに伝えてもらおうか』

 エドワードは黙って続きを待った。

『そして期限は、今日の正午だ』

「無理だ」

『ほう?』

「金貨三十万枚を用意し、皇帝陛下の裁可を得て、指定された場所まで運ぶ。それを六時間余りでやれというのなら、最初から交渉する気がないのと同じだ」

『それは、そちらの都合だ』

「人質を生かして帰し、対価を得るつもりなら、実行可能な条件を出せ。殺すことが目的なら、交渉など必要ない」

 水晶の向こうで、マディアラスがしばらくエドワードを見つめていた。

『......いいだろう。期限については考慮する』

「次の連絡は?」

『こちらから行う。それまで学院へ兵を入れるな。正門、裏門、湖、どこからであろうと同じだ』

 マディアラスの笑みが消えた。

『誰か一人でも侵入を確認すれば、その時は人質を一人......』

 エドワードの目が細くなった。

『──殺す』

 エドワードは、表情を変えない。

『理解したかね、エドワード・クィルズ』

「......理解した。それでは安否を確認させろ」

『いいだろう。おい、見せてやれ』

 念話水晶ゲダンク・スフィアの映像が、壇上の椅子に座る男から、講堂の床に座っている生徒達へと移った。エドワードは、その中にハリエットの姿を見付けた。

 一瞬だけ、目を細めたエドワード。

 何気なく眺めていたエリーだったが、それは見逃さなかった。

『さあ、話せ』

「七聖学院の皆様、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの、エドワード・クィルズ少佐です。先ずは安心して下さい。我々が必ず救出いたします」

 生徒達の中に安堵が広がる様子が見える。ハリエットが、じっとこちらを見ているのが分かった。エドワードが微笑みを浮かべる。

『......ええと、エドワード少佐。あたくし、校長のアンディアナです。この通り、生徒はみんな無事ざます。しかし、負傷者がおりますの。ジークハルト先生と、陽級ソルネ・クラスの学生、ローティ・ネモニクトの二名ざます』

「マディアラス・ヴネオン。即刻、二人の解放を要求する」

『それは断る』

「ならば、治療を」

『生憎と、神聖魔術の使い手はいなくてね』

「生徒の中に、簡単な治療魔法を扱えるものなら存在するはずだ。その者達に、最低限の治療行為を行う許可を与えてくれ。これは人道的立場からの要求だ」

『......いいだろう。死なれては人質としての価値が下がる』

「感謝する」
 
『では改めて、正午に連絡する。くれぐれも愚かな真似はするな』

 ──映像途絶。

「クラウゼン大隊長。今の会話、お聞きになりましたね?」

「ああ、ちゃんと聞いておった。突入はさせない」

 天幕が再び開いた。

「失礼いたします」

 その者、人間よりもわずかに長い耳は、銀灰色の髪の間から控えめに覗いている。完全なエルフほど浮世離れしてはいないが、目元には長命種に近い静けさがあった。

 濃紺の長衣に銀糸の縁取り、胸元には七聖学院の小さな徽章。華美ではないが、どこを切り取っても規律と格式があった。

「事件の報を聞いて駆け付けました。七聖学院教頭、クィジル・ロバートで御座います。何かお力になれる事があれば何でも仰って下さい」

「学院教頭か、悪いが一般市民の出る幕はない。安全な場所に下がっておれ」

「待って下さい。クィジル先生、エドワードです。去年の学芸会では、ろくに挨拶もできず、申し訳ありませんでした」

「おお、君だったか。随分と立派になったものだ」

「恐れ入ります。それより、クィジル先生。学院の生徒名簿は手に入りますか?」

「はい、もちろん。我が校では、六年前から情報基盤ダーテンベースメントの魔導具を採用しています」

「エリー、情報照会ダーテンサーチは使えるな?」

「当たり前っしょ。これでも冒険者ギルドアイアン・シルトの受付嬢でバイトしてたし?」

「へえ、エリーって名前なんだ?」

 衛兵の男が、へらへら笑っている。

 エリーの瞼がすっと下がった。まるで珍妙な生き物でも観察するような目が、男へ向けられる。

「あんた、まだいたの? でも、まあ、ちょうどいいや。手伝ってもらうコトあるから」

「はいはい。猫とか美人のお誘いとあれば、何でも手伝いますよ~?」
 
「おじさん、ちょっとこの衛兵さん借りるね?」

「お、おじさん?」

「こら、エリー。クラウゼン大隊長に失礼だぞ」

「はーい、おじサマ」

 エリーは全く反省の色を見せず、クィジル教頭に向かって手を出した。

「えっと、こっちのカッコイイおじサマは、先生? 情報基盤ダーテンベースメントに紐付けしてある端末媒体トレーガーあるでしょ? 貸してくれる?」

「はい、こちらに用意してあります」

 クィジル教頭は、鞄から一枚の薄い石板を取り出して、両手で差し出す。

「はい、お兄さんこれ持って」

「あ、はい。......重っ、意外と重いっすね」

「だから手伝いが欲しかったの、それじゃ教官......じゃなかった、少佐。ちょっとあっちで仕事してくるよん」

「任せた。必要な情報が何か分かるな?」

「全然、ちっとも分かんない。だから、どーんと抜き出して、ぜーんぶ覚えて来るっしょ」

「おい、エドワード少佐。この娘は、賢いのか、馬鹿なのか?」

「御覧の通り、有能......では、あります」

「あはは、そんな褒めたら照れる~!」

 浮かれながら、エリーと衛兵の男は天幕を出て行った。

 それを見送った後、クラウゼン大隊長がエドワードに向き直った。

「エドワード少佐。時間を掛ければ掛けるほど、市民の不安も広がる。こちらとしても、包囲に人員を割かれて、その間、街の治安が心配なのだ」

「はい、それも分かります」

「正直に申し上げる。私は人質事件を甘く見ておった。まさか皇宝具インペリアル・レガシーにまで話が及ぶとは考えてもいなかった」

「それは私もです。大隊長」

「そこで相談なのだが......、命令がまだ届いておらんからと、突っ跳ねておったが、正式な命令書が届くまでの暫定措置として、現場判断を少佐に委任する」

「つまり、責任を今の内に逃れておきたい。......と、そういうお話でしょうか?」

「い、いや...⁉ ま、まあ......、それもある。あるが......、わしには大き過ぎる事件なのは確かだ」

「分かりました。元よりその要求はしておりましたし、謹んでお受け致します」

「ありがたい! では、私は少し本部の方へ戻り、上層部との折衝に当たる。両殿下の保護も、衛兵隊の重要任務だからな」

「ええ、是非ともそうして下さい。......ああ、ついでにアルフォンスという男に出会ったら、こちらに来るようお伝え下さい」

「了解した!」

 そそくさと天幕を去る大隊長。

 その背を見送った後、残った二人で少し肩を揺らして笑った。

「まったく、先が思いやられる」

「ふふ......、さて、エドワード少佐。他に何か必要なことがあれば、お聞き下さい」

 クィジルの言葉に、エドワードは少し黙った。目を閉じる。

 思案。

 目を開く。

「では......、あの噂について、真実をお聞かせください」
 
シェア
前の話 →
第八十八話 総責任者
← 次の話
第九十話  真実
緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
目次を見る
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません
ホーム›緋鋼皇國物語Ⅰ›第八十九話 犯行声明
← 前の話目次次の話 →

第八十九話 犯行声明

【 緋鋼皇國暦1003年 覇竜12年 3月8日 銀狼曜日 5:45 七聖学院 】

 街の衛兵隊によって、七聖学院は包囲されていた。

 燃え崩れた正門を前にして、一定の距離を保って塔盾タワー・シールドが並べられている。同様に東側の裏門前、北側の外壁前でも各数十名の衛兵隊が学院を取り囲んでいた。

 南側の湖には、かなりの距離をとって三隻の小舟が浮かび、それぞれ望遠鏡を手にした観測係と、照準器スコープが取り付けられた重弩ヘヴィ・クロスボウを持つ狙撃手とが、二人一組で配置されていた。

 とある天幕の中。

 それらが示された配置図と、学院見取り図がテーブルの上に広げられていた。

 エドワードは、地図を間に挟みながら、一人の男と向かい合っていた。

「ですから、突入は少し待って頂きたい。あまりにも情報が不足しております」

「だが、こちらは二人も負傷者を出しているのだ。正門に近付いただけで、いきなり魔法を撃たれたのだぞ」

 その男は衛兵隊の軽装革鎧レザー・アーマーを身に着け、胸には大隊長の階級章があった。

「それは不用意に近付いたからです。人質の安全が確保もできていない状態で、無理な突入はお辞め下さい」

「エドワード少佐。それではお尋ねしますが、その情報収集とやらは進んでおりますかな? そちらのお嬢さんが、念視フェルンシーアをお使いになるとか」

 傍らには手鏡を持ち、自分の髪を弄ったり、化粧の仕上がり具合を見ているエリーがいた。

「エリー」

 エドワードの声に、エリーは慌てて顔を上げた。

「あ、はい。......えっとぉ、それちょっと無理だったっていうか、秘匿聖域ゲヘイムサンクトゥムが邪魔っていうか、とりあえず、念視フェルンシーアで得られる情報はなんもないっしょ」

「それみたことか、これでは何も分からんではないか」

「クラウゼン大隊長、それは違います。つまり、相手は念視フェルンシーアを警戒し、対策を講じることができるほど計画的で、実力があるという話です」

「だが、こちらの方が圧倒的に人数が多い。制圧できる」

「見通しが甘過ぎます。普段は都市内の巡回や、城壁の上で歩哨に立つぐらいしか仕事の無い大勢の衛兵達が、この場所に駆り出されている事は分かっています。突入作戦に対する訓練も、経験も、圧倒的に不足している」

「確かに少佐の言う通り、兵の質は低いかもしれん、だがな、戦いは数だよ」

 エドワードは、頭を抱えた。ちらりと、エリーを見る。こちらの交渉には一切の関わりを持とうとしない。助けにもならないが、足を引っ張らないだけまだマシかと、視線を戻した。

「では、人質の安全は? それが保証されずに、突入なんて無謀です」

「問題ない。マギ殿下、マナ殿下のお二人は既に救出されている」

「大問題です。他にも生徒達は大勢います。犠牲者が出たらどうするんですか?」

「やつらは身代金目的の犯罪集団だろ? そんな連中との交渉には応じない。人質には悪いが、不運だったと思って諦めて貰う」

「まだ、犯行声明も出されていません。」

「出ても、出なくても同じ事だよエドワード少佐。我々は交渉に応じない。ならば聞くまでもない」

 天幕に一人の衛兵が入って来た。

「......あ、えーっと、エドワード少佐様は、こちらですか?」

「エドワードは、私だ」

「こんなものが本部に届いておりました。大至急、エドワード少佐に届けろって言われまして......」

 男は、開いた小包の袋紙と、その中身、片面を平たく削ってある大きな水晶板を差し出した。念話水晶ゲダンク・スフィアだ。

「なんだ貴様、どこの所属だ?」

「これはこれは、大隊長殿。いらしたんですね。失礼しやした。金翼湖ゴルトクリロー支部の者です」

「責任者は私だ。なぜエドワード少佐なのだ?」

「本部にいらした双子さんと眼鏡の兄ちゃんがね、これをエドワード少佐に届けろって言うもんですからね。なんて言うか、すごい身分のありそうな感じで......」

「双子? 馬鹿者ッ! それはマギ皇弟殿下と、マナ皇妹殿下であろうが!」

「え? ああ、言われてみればそんな感じっすね。あはは......」

 エリーが、ちらっと二人のやりとりを見て、一言。

「アホくさ」

「ちょ、なんで美人がここに?」

「いいから、用事が済んだら出て行け!」

 隊長が怒鳴ったその時。

『あー、あー、聞こえているかね? 衛兵隊本部の諸君』

 念話水晶ゲダンク・スフィアから音と映像が流れた。

「エドワード少佐、これは......?」

「おそらく犯行声明ですよ。事前に、これを郵送してあったのでしょう」

「ならば、こちらに寄越せ。私が現場指揮官だ」

「でも、少佐に渡せって......」

「いいから、早くしろ。命令だ。減給されたいか」

 しぶしぶ、衛兵の男は念話水晶ゲダンク・スフィアを立てて置くと、その正面を大隊長に向けた。

「衛兵隊本部。大隊長のオスカー・フォン・クラウゼンだ。おまえ、何者だ?」

『我が名は、マディアラス・ヴネオン。この腐った国を、解ほどく者だ』

「腐った国だと? 学生を人質にとるような腐った根性の持ち主が、ふざけおってからに、さっさと学生達を解放して、降伏しろ。貴様の目的は、既に失敗に終わった。両殿下は、こちらで無事に保護している」

『おお、なるほど。お二人はすでに学院を脱出しておりましたか』

 なぜ不用意に情報を与えてしまうのかと、エドワードは溜め息を吐いた。

「そうだ。貴様の目論見は既に失敗している。馬鹿め!」

『では、シルヴァード家、ブラスシルド家、キルシュ家、その他もろもろ、大貴族の子供達は、どうなっても構わぬな?』

「待て。それは九大貴族ではないか」

『他にも、リンドホルム家の娘、カローナ商会の娘に、ヒギンズ商会の息子もいる。貴様が交渉相手として適さないのであれば、直接、その保護者達と交渉するまでだ』

「待て待て待て、聞いてないぞ。この学院って、そんなに名立たる家の者が?」

「おバカなの? 皇族が通っている時点で、気付けよって話じゃん?」

「エリー、口が過ぎるぞ」

「はーい」

『それでは、こちらの要求を伝えても構わないかな?』

「......よ、よかろう。言うだけ言うがよい」

『我々の要求は二つ。先ずは身代金を支払って貰う』

「き、金額は?」

『緋鋼皇國金貨にして、十万枚を要求する』

「な、なんだと!? ふざけているのか!」

『分かった。では二十万枚に変更する』
 
「ば、馬鹿な......、そんな話があるか」

『では三十万枚だ』

「......⁉」

『それとも、まだ金額を釣り上げて欲しいかね?』

「いや、分かった。金貨、三十万枚だな。金はともかく、もう一つの要求はなんだ?」

『ヴェナリスに伝えろ。......皇宝具インペリアル・レガシーだ』

「それは、私の判断では、どうにも......」

『分かっている。最初から貴様など相手にはしていない。あくまでも交渉の窓口に過ぎないからな。帰って上に報告しろ。こちらには、九大貴族と各大商会の子女を含む、計122名の生徒、それから教職員3名。合計125名の人質がいる』

「待て、先ずは人質の安否を確認させろ」

 エドワードが、クラウゼン大隊長を押し退けた。

『おまえは何者だ?』

「緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファング所属、エドワード・クィルズだ」

『海兵隊か。なるほど、それなら先ほどの男よりは話が通じそうだ』

「人質の安否を確認させろ。125名全員が生きているという証拠が欲しい。負傷者と死亡者の有無もだ」

『全員無事だ、と言ったところで信じまい』

「当然だ。生徒か職員の一人と話をさせろ。それが無理なら、負傷者だけでも解放しろ」

『断る。解放した者から、こちらの情報を聞き出すつもりだろう?』

「なら、生徒と話をさせろ」

 僅かな沈黙があった。

『いいだろう。それくらいなら応じよう』

「それと、もう一つ。皇宝具インペリアル・レガシーと言ったな。どれを要求している?」

『それを知る必要があるのかね?』

「交渉しろと言ったのは、おまえだ。何を渡せばいいのかも分からず、皇帝陛下に話を持っていけると思うか?」

『......なるほど。もっともだ』

 マディアラスの口元が、僅かに歪んだ。

『我々が要求する皇宝具インペリアル・レガシーは、聖者の冠セイント・クラウン、絶対の首輪アブソリュート・カラー、そして、終焉の指輪ゲッター・デメルンこの三つだ。しかと、ヴェナリスに伝えてもらおうか』

 エドワードは黙って続きを待った。

『そして期限は、今日の正午だ』

「無理だ」

『ほう?』

「金貨三十万枚を用意し、皇帝陛下の裁可を得て、指定された場所まで運ぶ。それを六時間余りでやれというのなら、最初から交渉する気がないのと同じだ」

『それは、そちらの都合だ』

「人質を生かして帰し、対価を得るつもりなら、実行可能な条件を出せ。殺すことが目的なら、交渉など必要ない」

 水晶の向こうで、マディアラスがしばらくエドワードを見つめていた。

『......いいだろう。期限については考慮する』

「次の連絡は?」

『こちらから行う。それまで学院へ兵を入れるな。正門、裏門、湖、どこからであろうと同じだ』

 マディアラスの笑みが消えた。

『誰か一人でも侵入を確認すれば、その時は人質を一人......』

 エドワードの目が細くなった。

『──殺す』

 エドワードは、表情を変えない。

『理解したかね、エドワード・クィルズ』

「......理解した。それでは安否を確認させろ」

『いいだろう。おい、見せてやれ』

 念話水晶ゲダンク・スフィアの映像が、壇上の椅子に座る男から、講堂の床に座っている生徒達へと移った。エドワードは、その中にハリエットの姿を見付けた。

 一瞬だけ、目を細めたエドワード。

 何気なく眺めていたエリーだったが、それは見逃さなかった。

『さあ、話せ』

「七聖学院の皆様、緋鋼皇國海兵隊ブラック・ファングの、エドワード・クィルズ少佐です。先ずは安心して下さい。我々が必ず救出いたします」

 生徒達の中に安堵が広がる様子が見える。ハリエットが、じっとこちらを見ているのが分かった。エドワードが微笑みを浮かべる。

『......ええと、エドワード少佐。あたくし、校長のアンディアナです。この通り、生徒はみんな無事ざます。しかし、負傷者がおりますの。ジークハルト先生と、陽級ソルネ・クラスの学生、ローティ・ネモニクトの二名ざます』

「マディアラス・ヴネオン。即刻、二人の解放を要求する」

『それは断る』

「ならば、治療を」

『生憎と、神聖魔術の使い手はいなくてね』

「生徒の中に、簡単な治療魔法を扱えるものなら存在するはずだ。その者達に、最低限の治療行為を行う許可を与えてくれ。これは人道的立場からの要求だ」

『......いいだろう。死なれては人質としての価値が下がる』

「感謝する」
 
『では改めて、正午に連絡する。くれぐれも愚かな真似はするな』

 ──映像途絶。

「クラウゼン大隊長。今の会話、お聞きになりましたね?」

「ああ、ちゃんと聞いておった。突入はさせない」

 天幕が再び開いた。

「失礼いたします」

 その者、人間よりもわずかに長い耳は、銀灰色の髪の間から控えめに覗いている。完全なエルフほど浮世離れしてはいないが、目元には長命種に近い静けさがあった。

 濃紺の長衣に銀糸の縁取り、胸元には七聖学院の小さな徽章。華美ではないが、どこを切り取っても規律と格式があった。

「事件の報を聞いて駆け付けました。七聖学院教頭、クィジル・ロバートで御座います。何かお力になれる事があれば何でも仰って下さい」

「学院教頭か、悪いが一般市民の出る幕はない。安全な場所に下がっておれ」

「待って下さい。クィジル先生、エドワードです。去年の学芸会では、ろくに挨拶もできず、申し訳ありませんでした」

「おお、君だったか。随分と立派になったものだ」

「恐れ入ります。それより、クィジル先生。学院の生徒名簿は手に入りますか?」

「はい、もちろん。我が校では、六年前から情報基盤ダーテンベースメントの魔導具を採用しています」

「エリー、情報照会ダーテンサーチは使えるな?」

「当たり前っしょ。これでも冒険者ギルドアイアン・シルトの受付嬢でバイトしてたし?」

「へえ、エリーって名前なんだ?」

 衛兵の男が、へらへら笑っている。

 エリーの瞼がすっと下がった。まるで珍妙な生き物でも観察するような目が、男へ向けられる。

「あんた、まだいたの? でも、まあ、ちょうどいいや。手伝ってもらうコトあるから」

「はいはい。猫とか美人のお誘いとあれば、何でも手伝いますよ~?」
 
「おじさん、ちょっとこの衛兵さん借りるね?」

「お、おじさん?」

「こら、エリー。クラウゼン大隊長に失礼だぞ」

「はーい、おじサマ」

 エリーは全く反省の色を見せず、クィジル教頭に向かって手を出した。

「えっと、こっちのカッコイイおじサマは、先生? 情報基盤ダーテンベースメントに紐付けしてある端末媒体トレーガーあるでしょ? 貸してくれる?」

「はい、こちらに用意してあります」

 クィジル教頭は、鞄から一枚の薄い石板を取り出して、両手で差し出す。

「はい、お兄さんこれ持って」

「あ、はい。......重っ、意外と重いっすね」

「だから手伝いが欲しかったの、それじゃ教官......じゃなかった、少佐。ちょっとあっちで仕事してくるよん」

「任せた。必要な情報が何か分かるな?」

「全然、ちっとも分かんない。だから、どーんと抜き出して、ぜーんぶ覚えて来るっしょ」

「おい、エドワード少佐。この娘は、賢いのか、馬鹿なのか?」

「御覧の通り、有能......では、あります」

「あはは、そんな褒めたら照れる~!」

 浮かれながら、エリーと衛兵の男は天幕を出て行った。

 それを見送った後、クラウゼン大隊長がエドワードに向き直った。

「エドワード少佐。時間を掛ければ掛けるほど、市民の不安も広がる。こちらとしても、包囲に人員を割かれて、その間、街の治安が心配なのだ」

「はい、それも分かります」

「正直に申し上げる。私は人質事件を甘く見ておった。まさか皇宝具インペリアル・レガシーにまで話が及ぶとは考えてもいなかった」

「それは私もです。大隊長」

「そこで相談なのだが......、命令がまだ届いておらんからと、突っ跳ねておったが、正式な命令書が届くまでの暫定措置として、現場判断を少佐に委任する」

「つまり、責任を今の内に逃れておきたい。......と、そういうお話でしょうか?」

「い、いや...⁉ ま、まあ......、それもある。あるが......、わしには大き過ぎる事件なのは確かだ」

「分かりました。元よりその要求はしておりましたし、謹んでお受け致します」

「ありがたい! では、私は少し本部の方へ戻り、上層部との折衝に当たる。両殿下の保護も、衛兵隊の重要任務だからな」

「ええ、是非ともそうして下さい。......ああ、ついでにアルフォンスという男に出会ったら、こちらに来るようお伝え下さい」

「了解した!」

 そそくさと天幕を去る大隊長。

 その背を見送った後、残った二人で少し肩を揺らして笑った。

「まったく、先が思いやられる」

「ふふ......、さて、エドワード少佐。他に何か必要なことがあれば、お聞き下さい」

 クィジルの言葉に、エドワードは少し黙った。目を閉じる。

 思案。

 目を開く。

「では......、あの噂について、真実をお聞かせください」
 
シェア
← 前の話
第八十八話 総責任者
次の話 →
第九十話  真実
緋鋼皇國物語Ⅰ作者:ふみの世界樹
目次
コメント0件
ログインしてコメントする
まだコメントがありません