3.ヒロインは応援したいのです!
沙依さんはおとぎ話のヒロインみたいだって、いつも思って、内心羨んでた。
目を惹く美人っていうのではなく、癒し系っていうんだろう。ストレートヘアの黒髪が印象的で、「清楚」っていうのかもしれない。控えめでおっとりした見た目だけど、しっかりした一面もある。
物語のヒロインにはぴったりって感じで、つまり、わたしとは正反対の性格と見た目だ。
そんな沙依さんの恋は、やっぱり控えめで、受け身だった。
沙依さんのこと羨ましいなと思ってたけど、それ以上に大好きだった。自分に持ってないものに惹かれるって、あるじゃない? わたしより年上だけど、歳の差ってあんま感じなくて、仲良くなりたいって思ったし、実際「友達」に近い間柄にはなれてたと思う。
沙依さんにとってわたしは雇主の娘なわけだから、あんまり親しくなりすぎないよう線を引いてくれてた。たぶん、その距離感がよかったんだろうなと思う。
ともあれ、わたしとしては、沙依さんの「恋」を知った以上、応援したいって思ったわけ。
友人の恋を手助けするなんてかっこいい! とかいう自己満もそりゃありましたけれども。
その相手が和くんだと知って、ほんの少しだけ気が萎んでしまったのも、事実だ。
それでも、やっぱり応援したかった。
ヒロインの恋は、応援したくなるものじゃない? しかも「両片想い」ですよ? もだもだしてるのを見てるのは、現実だとものっすごい精神疲労を起こすんだなってわかったし!
わたしが気を利かせて二人きりにさせようとしても、微妙にすれ違っちゃったり、遠慮されちゃったりとかで、なかなかうまくいかなかった。
それに、当の二人......とくに沙依さんはいまどき本気で「身分違いだ」と考えてたらしく、和くんに気持ちを打ち明けるつもりはなかったみたいだ。わたしに気も遣ってた。
和くんは、沙依さんに想いを告げる意思はあったようだけど、いつもなんとなくタイミングを逃してるっぽかった。
「人魚姫」が声を失ったように、沙依さんもまた「言葉」を失ってたみたいだ。
想い合っているのにすれ違いが続いて、このままでは二人の恋は泡になって消えてしまう。
焦ったのは、傍から見てるわたしだった。
あげく「婚約」ですよ?
もっと早くにわたしが間に入って取り持ってあげればよかったんだろう。だけど一応葛藤なり逡巡なりはあって、そうして瞬く間に月日が流れてしまったのだ。
だから、
「ごめんね」
それは、わたしが先に言いたかったのに。
悔しくて、やつあたりっぽく先生を睨みつけた。
「先生、先に帰らないでくださいよ?」
気を利かせてなのかさっさと帰ろうとする先生を引きとめ、待機させた。先生は肩を竦め、面倒くさげにため息を吐いたものの、言う通りにしてくれた。
ともあれ、先生の言う通りに「さっさと」話を切り出した。
「わたし、和くんと結婚なんてしないから」
「............」
「沙依さん気づいてたよね? 和くんが好きなのは沙依さんなんだって。でもそれが勘違いだったら恥ずかしいし、怖い。だからわたしを盾にして気づかないふりしてたんでしょ?」
あえて、ズケズケ言ってやった。そしてきびしーく睨みつけてもみる。先生の三白眼を真似してみたのだけど、うまくできてる自信はない。
図星だったらしい沙依さんは俯き、唇を嚙みしめた。
わたしは沙依さんに近づき、それから両手でぺちりと沙依さんの両頬を軽く叩いた。
「さ・よ・り・さんっ!」
目を瞬かせ、沙依さんはようやくわたしを見てくれた。
「和くんはたしかにわたしの初恋の人だよ。沙依さんにそう話したこともあったし。けど、知ってるはずだよ、子供の頃の初恋だったってこと」
過去形なんだよ、と念を押す。中学生の頃の、恋に恋した頃の、そういう過去の他愛無い恋。今現在の恋じゃない。
「そして今、現在進行で和くんに恋してるのは、沙依さんでしょ?」
「......はなちゃん」
「認めなきゃ、今後、はなちゃんとは呼ばせません」
この条件は、わたしの方がちょっと不利なんだけど。沙依さんと仲良くなりたくて「はなちゃんって呼んでね」って頼んだのはわたしなんだから。できればもっと友達みたいな関係になりたかった。
「認めて、それでちゃんと和くんに気持ち伝えて。じゃないと、本気の本気で絶交するから!」
「......はなちゃん......」
沙依さんは黒目がちな瞳を潤ませながら、ぎこちなく微笑んだ。
はなちゃん、と呼んでくれた以上、了承ってことだよね?
訊くと、沙依さんはちょっと困ったような笑みを見せて頷いた。
「約束してよね」とわたしが強く念を押すと、沙依さんは「わかった」と答えてくれた。
「ごめんね」と「ありがとう」も、添えて。
沙依さんと別れ、暮れなずむ空の下、わたしはとぼとぼと歩く。先生はわたしと並んで歩いてくれていた。
茜色の薄雲が細波のようにかかってる水色の空を仰ぎ見、綺麗だなぁと思う心の端っこで、淋しい気持ちが膝を抱えてうずくまってた。
脱力しきって、堪えようもなくため息がこぼれ出る。
「あーあ......」
口惜しいなぁ。ヒロインの恋を叶える魔女を気取りたかったのに。そうしたら少しは気も晴れるかなぁって考えてたのに。
ボヤくと、先生は呆れたようなまなざしをこちらに向けた。
「無理だろ、おまえには。魔女になるには経験不足だ」
「ううっ」
ズバリと言いきってくれちゃって!
先生は歩みを止めない。前に向き直り、少しだけ歩調を速めた。わたしは小走りになって先生の後を追う。
「くだらないこと考えず、王子様の方ともさっさと話つけてこい。回りくどいことはせずにな」
「......うん、がんばる」
素直に応じると、先生は肩越しに振り返ってわたしを見た。そしてほんの一瞬だったけれど、笑ったみたいだった。
......気のせいかな? でも先生が笑いかけてくれるなんてすごく縁起がいい。
「先生、......――」
先生のシャツの裾を掴んだ。先生は足を止めない。わたしの手も振りほどかなかった。