2.両片想いはいいよね!
話は簡単なのだ。こんがらがった関係なんかじゃ、全然ない。
わたしの婚約者・北大路和幸さんと我が家のハウスキーパー・西浦沙依さんは相思相愛の仲だ。お互いにそれを知らないだけで。ううん、知ってるかもしれない。きっと知ってる。世に言う「両片想い」ってやつです!
ふたりは、知らないふりをし通すつもりでいる。
わたしが何も知らないと思って。......そんなはず、ないと思うのに。
複雑な関係なんかじゃない。
簡単に終わる話なんだ。わたしが動きさえすれば。
我が五十風家はいわゆる「成り金」だ。小富豪といっても差し支えない。そしてわたしは「お嬢様」だ。いや全然そんな自覚はないし、周りもそんな風には見てくれないけど。まあ、たまに馬鹿にされたりはしますけどね。世間知らずのお嬢様、みたいにさ。
否定はしませんよ! けど、もう親が金持ちで何が悪いって開き直ってやるもんねって感情がでっかかったりもする。
成金な我が家の家訓は「魚心あれば水心・人脈は金脈」、ありていにいえば「利用しましょうコネクション」。使えるものはなんでも使えと言われて育ったし、利用する価値のあるものの見極めはしっかりしろとも言われた。
それはさておき。
そんなわけで我がパパ殿は、北大路家を通じて政界へのコネクションを新たに結ぼうと考えた。野心家なのである。
成金仲間ともいえる北大路家は、財政界隈とのコネクションが太い。それで我が家とも懇意にしていたわけだけど、さらに関係を深めていこうというので、婚姻の話が出たというわけだ。
で、五十風家の末娘のわたしと北大路家の次男坊・和くんが選ばれた。
幸い、わたしと和くんは幼馴染ともいえる関係で、親しく付き合っていた。年が近い......とまではいかないけど、他の兄弟たちに比べたら近い方だったし、何より「独身」だ。
そんなこんなで話はとんとん拍子に進んで、本人の了承もそこのけに、婚約決定の運びとなっていた。
「婚約が嫌なら断ればいいだけの話だろ」
先生のご指摘はごもっともである。
だけど、とわたしは反駁してみる。分が悪いものだから、消極的な声になっちゃったのは否めない。
「わたしだけの問題じゃないんです」
といっても、パパの反対を案じてるわけじゃない。パパは末っ子のわたしに激甘だし、まだ口約束の段階だから、峻拒すれば婚約解消は了承してくれるはずだ。多少、未練がましいことは言うだろうけど。
「ただ婚約解消するだけじゃ、勢いづかないの、あの二人は」
和くんも沙依さんも優柔不断すぎる。家の事情を汲んでいることもあるだろうけど、なによりあれは、わたしに遠慮してる。......んだと、思う。
わたしを押しのけて幸せになってやる、みたいな強引さが二人にないのは事実だ。
二人が結ばれるために、ここはわたしが一肌脱ぐべきでしょう!
「大きなお世話だな」
先生! もうっ、ばっさり斬りすぎですから!
「失恋したきゃ勝手にすればいいだろ。なんで俺の協力が必要なんだ」
ぶつくさと文句をたれる先生を所長が宥めてくれた。
「まぁまぁ、いいじゃないの。可愛い元教え子のために諸肌を脱いであげなくちゃ、ね、みーくん?」
「みーくん言うな」
「なんといってもはなちゃんちのコネクションは我が事務所の大事な金脈だからねぇ。機嫌はとっておかないと」
「所長、本音がだだ漏れです」
よいですけどね、コネは大事ですから。先生がわたしの家庭教師してくれたのも縁を辿ってだったし、その縁でいまわたしはこうして探偵事務所でアルバイトしてるわけだし。
「俺がすることなんて何もないだろ」
元家庭教師の先生は不機嫌極まりない表情だ。けど、所長には逆らえないみたい。渋々ではあったけどなんとか了承を得られた。
よしっ、まずは第一関門突破ですよ!
「そうとなったら先生、アイデアだしてくださいよ。二人をハッピーエンドにもってくためのドラマチックなイベントの案が浮かばなくって。先生ならいい感じのシナリオ書いてくれるかなぁって。昔話とかおとぎ話とか、先生詳しいじゃないですか。専門ですよね」
「民俗学だ」
先生は短く訂正する。けれど、わたしは先生をまねてさらっと無視してみせた。
「作戦名は『マーメイド・オペレーション』です! 気張っていきますよぉ」
「マーメイドてっておまえがか」
「ううん。ヒロインはやっぱ沙依さんだよ。王子様と結ばれなきゃなんだから」
「人魚姫は想い叶わず海の泡になるんだが。いいのか」
「あっ」
ハタと気づいてポンと手を打つ。そーでしたね。じゃ、いい作戦名が決まるまで(仮)ってことに。ごまかし笑いで応えると、先生は心底呆れかえったように何度目かのため息を吐いた。
「おまえ、底なしのアホだな。無計画すぎるだろ」
わたしの隣で、所長は楽しげにふくふくと笑っていた。
さて、先生に協力を申し出てから、三日後のこと。
わたしは『マーメイド・オペレーション(仮)』の計画内容を先生と練るべく、事務所へ向かった。ところがその道中、思わぬものを目撃した。
港を見下ろせる小ぢんまりとした公園。通りがかる人もなく、遊ぶ子どももいない。その公園、入口にほど近いところで二人の人物が向かい合って立っていた。
一人は上背のある男性。一人は長い黒髪の女性。どちらもわたしの知ってる人物......先生と沙依さんだ。
何を話してるの? しかも人気のない公園でツーショットって!!
盗み聞きをせねば! なんてったって探偵事務所のアルバイターですからね! ここは抜かりなく立ち聞きに勤しまねば! と、素早く樹の影に身を隠したものの、あっさり先生に見つかってしまった。むむぅ、痛恨。というか隠れるとこなさすぎるっ!
「おまえな、隠れるの下手すぎ。面倒だ、こっち来い」
「......っ」
驚いたのはわたしより沙依さんの方だった。うろたえて、わたしから顔を逸らした。
わたしはちょっぴり気まずく思いながらも二人の傍に歩み寄り、かくなるうえはと、直球に尋ねた。「何を話していたのか」と。先生の答えも直球ど真ん中だった。しかも剛速球。
「おまえの失恋計画を話しておいた。北大路和幸とさっさとくっつけってな」
「ちょぉぉぉっ」
何をぶっちゃけてくれるんですか、先生は! ネタバレしすぎだからぁっ!
「まだるっこしいのは嫌なんだよ。さっさとケリをつけさせろ」
「ちょっ、先生っ、もう......ひどい。いろいろ台無しなんですけど......」
両手で顔を覆ってメソメソ泣いたふりをしてみせる。けど、先生には何の効き目もない。
「台無しも何も、まだなんも計画立ててないだろ」
「............」
その通りですけどね? だけどもうちょっとこう......焦らしイベントとかあってもいいんじゃないとか考えてたのにぃ。
拗ねてむくれるわたしなぞ、先生はいつものごとくガン無視だ。
「はなちゃん、ごめんね」
そんなわたしに謝罪してきたのは、沙依さんだった。