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十一

 慎重な足取りで封印の間まで降りてきた一団は、重厚な鉄扉の前にいた。本来なら侵入を拒むはずの鉄扉は、半壊してその用途を成していない。その隙間から見える空間が封印の間なのだが、距離を取っていては真っ暗な中をうかがい知ることはできない。だが、ぎゃあぎゃあと、聞き苦しい声が響いていた。

 声の数からおそらく相当な数が存在しているだろうことを察し、ユリウス達は顔を見合わせた。

「⋯⋯ミカエルシュナ嬢」

「ええ、先手はお任せを」

 ユリウスが頼むと、ミカエルシュナは頷いて魔力を練った。するとその手に、両手で持てるほどの大きさの光の玉が現れる。光はミカエルシュナの手を離れ、するりと隙間を通り抜け、闇の中に消えていく。次いで、かっ、とまばゆい輝きが放たれた。

 輝きは一瞬のこと。だがその隙間から聞こえていた声が、明らかに数を減じさせ、苦しげなものに変化した。

「今だ、突撃!」

 ユリウスの号令と共に、一団は鉄扉を潜り抜けた。先頭が入ると同時に帯同した魔術師による灯りが灯る。

 灯りに照らされたのは、石畳で覆われた広大な地下空間と、高い天井から飛びかかる変異種ワイバーン、その奥に控える、巨大な黒竜だった。

 変異種ワイバーンより濃い漆黒の鱗、ぬらぬらと輝くユリウスの大剣ほどもある爪、生臭い息を吐く口からは鋭い牙が見え隠れしており、その背中には蝙蝠にも虫にも似た翼が四対生えている。眠そうに輝く目は気味の悪い色合いの黄緑で、左右それぞれふたつあった。

 だが、それらの特徴を押しのけるように、その身体は巨大だった。巨躯という言葉すら可愛く見える、もはや小山のような大きさである。その大きさに、勇猛な騎士が怯んで足を止めるほどだった。

 だが、竜達は待ってくれない。まずワイバーンが騎士達にブレスを吐きかけた。それを魔術師達とミカエルシュナによる魔法障壁で防ぎ、弓兵達が矢を射かける。翼や胴体に矢を受けたワイバーン達は、しかしその程度で墜落などしなかった。それでも、ブレスは中断されることになる。

 その隙に、竜騎士達が突撃した。四方八方から突き出される槍に、ワイバーン達は今度こそ落ちていった。

 その間に、騎士達は巨大な竜──邪竜へと向かっていった。だがその騎士達は、邪竜の吐き出したブレスによって阻まれる。

 それは、黒い炎だった。黒い炎は騎士達を飲み込み、彼らを焼き尽くす。炎が収まった時に残ったのは、溶けかけた空っぽの鎧だった。

「「「「「⋯⋯⁉」」」」」

 騎士達が息を飲み、足を止めた。兜の下の顔色は、皆一様に青くなっている。誰もが邪竜に踏み込むのをためらっていた。

 だが、そんな中でも前に出る者がいた。

「ひるむな‼」

 その一喝と共に、だんっ、と地面を蹴ったのは、ユリウスだった。黄金の髪をなびかせ、大剣を構えるその姿は、蛮勇より勇猛さを感じさせる。

 そんなユリウスにも、邪竜は黒い炎を吐きかけた。それを見たミカエルシュナは、とっさにユリウスに強力な障壁をかける。これで少なくとも即死は免れるはずだと思ったのだが──



 ぶおん!



 大剣が大きな音を立てて振るわれた。質量と威力を備えた一閃は、なんと空気だけでなく炎を斬り裂いた。

「え⋯⋯?」

 呆けるミカエルシュナの視線の先で、ユリウスは邪竜に肉薄する。白銀に煌めく刃は、頭を動かした邪竜の右頬を傷付けた。

「ぎゃおう⁉」

 おそらく避けようとしたのだろうが、それが叶わなかった邪竜は、驚いたような悲鳴を上げて立ち上がった。ユリウスはいったん距離を取った後、騎士達に向けて声を張り上げる。

「邪竜は余に任せろ! おまえ達はワイバーン討伐に専念しろ。決して城の外に出すな!」

「「「「「⋯⋯はっ‼」」」」」

 邪竜への恐怖で硬直していた騎士達は、ユリウスの指示に奮い立った。彼らは未だ残るワイバーン達に向かって、各々の武器を振るい始める。それらを見つめていたミカエルシュナは、思わず噴き出した。

「⋯⋯とんでもない人がいたものだわ」

 その言葉と共に、頭が切り替わった。ミカエルシュナは妖精と精霊を呼び出すと、ユリウスに追従するように走り出した。

「”氷よ、風をまとえ”!」

 魔力を練り上げて呼び出したのは、氷の刃である。魔力を帯びた氷刃は、追い風によって威力を増し、邪竜に突き刺さる。たたらを踏んだ邪竜はそれでも倒れることなく、炎を吐き出した。

 ミカエルシュナはその炎を、氷の壁を作り出して防ぐ。壁は一瞬で蒸発して消えるが、見事に炎を防ぎ切った。

「ミカエルシュナ嬢」

「おひとりで戦うおつもりですか? わたくしもお手伝いさせてくださいませ」

「助かる」

 そんなやり取りをしたふたりに噛み付かんと、邪竜は大きく口を開ける。だがその横っ面に、突進する者がいた。邪竜に乗ったシグルドである。

「ミカエルシュナ嬢だけではありませんぞ! 私も共に戦う所存っ」

 突き出された槍は、先ほどユリウスが斬り付けた頬に突き刺さった。絶叫を上げながら爪を振るう邪竜を回避し、シグルドは空中を舞う。

「公子、奴の弱点は伝承されていないと言っていたな⁉」

「左様。ですが封印の仕方も残っていない以上、ここで斃すしかありませぬ! ニーベル公家として、責任を果たしますぞっ」

 勇ましい言葉と共に、シグルドは再び突進する。そんな彼に、邪竜は炎を吐きかけようとした。それを邪魔するため、ユリウスが下顎を突き上げる。

 下顎を突き破った大剣によって、邪竜は口を閉じざるをえなくなった。炎は口の中で暴れ狂い、外に僅かに漏れる程度となる。

 大剣を引き抜き、ミカエルシュナのいるところまで戻ってきたユリウスは、剣をちらりと見、ほっと息をついた。

 おそらく特別製であることに加え、ユリウス自身が強化魔法をかけているのだろう。ユリウスの剣は溶けるどころか刃こぼれひとつしていなかった。だが何度も炎を受けていては、そのうち耐えられなくなるはずだ。

 ミカエルシュナも剣を抜き、走り出した。刃に炎をまとわせ、地面を蹴る。狙うは、翼のひとつだ。

「っく」

 だが、そう簡単にはいかない。剣を振るおうとしたミカエルシュナを、邪竜はその翼でぶった。辛うじて避けられたものの、剣は浅く斬るだけに終わる。



 ──鱗の硬さも、さすがのものね。



 剣を伝って感じた硬度に、はしたなくも舌打ちをしたくなる。

 ミカエルシュナの剣は軽い分斬れ味抜群で、ミカエルシュナの技量も相まって急所を狙うのに適している。だが軽いということは重量が無いということ。ミカエルシュナ自身も決して体重が多いわけではないため、重さで威力を出すことができない。加えて腕力も突出して強いわけではないため、剣そのものの斬れ味が通用しないととたんに不利になる。

 自分の剣が通じないと瞬時に判断したミカエルシュナが、頭を切り替えて魔法を主体にしようとした時だった。



 ぎゃおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼



 突如として、邪竜が咆哮を上げた。聞く者の心胆を凍えさせる、ぞっとするような声だった。それに全員が固まっていると、邪竜の身体からじわりじわりと黒泥がにじみ出てくる。黒泥はぼたぼたと床に落ちると、形を取り始めた。形成されたのは、変異種ワイバーンだった。

「あんな風に生み出すのか⋯⋯」

 ユリウスは呟き、大剣を構え直した。だが、その目が見開かれる。

 黒泥を流す邪竜の姿が、変わり始めたからだ。

 床に落ちない黒泥は邪竜の身体を覆い、ぐにゃぐにゃと蠢く。直感的にまずい、と感じたミカエルシュナは、炎の精霊を呼び出して火炎を放射した。

 火炎は邪竜を包み込み、火柱を上げる。その勢いは上空にいたシグルドが慌てて退避するほどのものである。

 飛び上がっても届かないほど高い天井さえも焦がして、火炎は巻き上がる。いかな邪竜といえど、その炎を受けて無傷ではいられないのではと思われたほどである。

 だが、火炎が収まって現れたのは。

「何だ⋯⋯あれは」

 最初に現れたのは、四対から六対に増えた翼。その下の身体はひと回り大きくなり、首は蛇のように長く伸びている。頭部にはねじれた巨大な角が二本突き出し、目も翼同様六対に増えていた。その巨体を支える四肢も更に太くなり、爪などもはやユリウスの大剣が玩具に見える有様だ。

 誰もが悟った。邪竜が、本気になったと。
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望郷のエルフ作者:沙伊
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 慎重な足取りで封印の間まで降りてきた一団は、重厚な鉄扉の前にいた。本来なら侵入を拒むはずの鉄扉は、半壊してその用途を成していない。その隙間から見える空間が封印の間なのだが、距離を取っていては真っ暗な中をうかがい知ることはできない。だが、ぎゃあぎゃあと、聞き苦しい声が響いていた。

 声の数からおそらく相当な数が存在しているだろうことを察し、ユリウス達は顔を見合わせた。

「⋯⋯ミカエルシュナ嬢」

「ええ、先手はお任せを」

 ユリウスが頼むと、ミカエルシュナは頷いて魔力を練った。するとその手に、両手で持てるほどの大きさの光の玉が現れる。光はミカエルシュナの手を離れ、するりと隙間を通り抜け、闇の中に消えていく。次いで、かっ、とまばゆい輝きが放たれた。

 輝きは一瞬のこと。だがその隙間から聞こえていた声が、明らかに数を減じさせ、苦しげなものに変化した。

「今だ、突撃!」

 ユリウスの号令と共に、一団は鉄扉を潜り抜けた。先頭が入ると同時に帯同した魔術師による灯りが灯る。

 灯りに照らされたのは、石畳で覆われた広大な地下空間と、高い天井から飛びかかる変異種ワイバーン、その奥に控える、巨大な黒竜だった。

 変異種ワイバーンより濃い漆黒の鱗、ぬらぬらと輝くユリウスの大剣ほどもある爪、生臭い息を吐く口からは鋭い牙が見え隠れしており、その背中には蝙蝠にも虫にも似た翼が四対生えている。眠そうに輝く目は気味の悪い色合いの黄緑で、左右それぞれふたつあった。

 だが、それらの特徴を押しのけるように、その身体は巨大だった。巨躯という言葉すら可愛く見える、もはや小山のような大きさである。その大きさに、勇猛な騎士が怯んで足を止めるほどだった。

 だが、竜達は待ってくれない。まずワイバーンが騎士達にブレスを吐きかけた。それを魔術師達とミカエルシュナによる魔法障壁で防ぎ、弓兵達が矢を射かける。翼や胴体に矢を受けたワイバーン達は、しかしその程度で墜落などしなかった。それでも、ブレスは中断されることになる。

 その隙に、竜騎士達が突撃した。四方八方から突き出される槍に、ワイバーン達は今度こそ落ちていった。

 その間に、騎士達は巨大な竜──邪竜へと向かっていった。だがその騎士達は、邪竜の吐き出したブレスによって阻まれる。

 それは、黒い炎だった。黒い炎は騎士達を飲み込み、彼らを焼き尽くす。炎が収まった時に残ったのは、溶けかけた空っぽの鎧だった。

「「「「「⋯⋯⁉」」」」」

 騎士達が息を飲み、足を止めた。兜の下の顔色は、皆一様に青くなっている。誰もが邪竜に踏み込むのをためらっていた。

 だが、そんな中でも前に出る者がいた。

「ひるむな‼」

 その一喝と共に、だんっ、と地面を蹴ったのは、ユリウスだった。黄金の髪をなびかせ、大剣を構えるその姿は、蛮勇より勇猛さを感じさせる。

 そんなユリウスにも、邪竜は黒い炎を吐きかけた。それを見たミカエルシュナは、とっさにユリウスに強力な障壁をかける。これで少なくとも即死は免れるはずだと思ったのだが──



 ぶおん!



 大剣が大きな音を立てて振るわれた。質量と威力を備えた一閃は、なんと空気だけでなく炎を斬り裂いた。

「え⋯⋯?」

 呆けるミカエルシュナの視線の先で、ユリウスは邪竜に肉薄する。白銀に煌めく刃は、頭を動かした邪竜の右頬を傷付けた。

「ぎゃおう⁉」

 おそらく避けようとしたのだろうが、それが叶わなかった邪竜は、驚いたような悲鳴を上げて立ち上がった。ユリウスはいったん距離を取った後、騎士達に向けて声を張り上げる。

「邪竜は余に任せろ! おまえ達はワイバーン討伐に専念しろ。決して城の外に出すな!」

「「「「「⋯⋯はっ‼」」」」」

 邪竜への恐怖で硬直していた騎士達は、ユリウスの指示に奮い立った。彼らは未だ残るワイバーン達に向かって、各々の武器を振るい始める。それらを見つめていたミカエルシュナは、思わず噴き出した。

「⋯⋯とんでもない人がいたものだわ」

 その言葉と共に、頭が切り替わった。ミカエルシュナは妖精と精霊を呼び出すと、ユリウスに追従するように走り出した。

「”氷よ、風をまとえ”!」

 魔力を練り上げて呼び出したのは、氷の刃である。魔力を帯びた氷刃は、追い風によって威力を増し、邪竜に突き刺さる。たたらを踏んだ邪竜はそれでも倒れることなく、炎を吐き出した。

 ミカエルシュナはその炎を、氷の壁を作り出して防ぐ。壁は一瞬で蒸発して消えるが、見事に炎を防ぎ切った。

「ミカエルシュナ嬢」

「おひとりで戦うおつもりですか? わたくしもお手伝いさせてくださいませ」

「助かる」

 そんなやり取りをしたふたりに噛み付かんと、邪竜は大きく口を開ける。だがその横っ面に、突進する者がいた。邪竜に乗ったシグルドである。

「ミカエルシュナ嬢だけではありませんぞ! 私も共に戦う所存っ」

 突き出された槍は、先ほどユリウスが斬り付けた頬に突き刺さった。絶叫を上げながら爪を振るう邪竜を回避し、シグルドは空中を舞う。

「公子、奴の弱点は伝承されていないと言っていたな⁉」

「左様。ですが封印の仕方も残っていない以上、ここで斃すしかありませぬ! ニーベル公家として、責任を果たしますぞっ」

 勇ましい言葉と共に、シグルドは再び突進する。そんな彼に、邪竜は炎を吐きかけようとした。それを邪魔するため、ユリウスが下顎を突き上げる。

 下顎を突き破った大剣によって、邪竜は口を閉じざるをえなくなった。炎は口の中で暴れ狂い、外に僅かに漏れる程度となる。

 大剣を引き抜き、ミカエルシュナのいるところまで戻ってきたユリウスは、剣をちらりと見、ほっと息をついた。

 おそらく特別製であることに加え、ユリウス自身が強化魔法をかけているのだろう。ユリウスの剣は溶けるどころか刃こぼれひとつしていなかった。だが何度も炎を受けていては、そのうち耐えられなくなるはずだ。

 ミカエルシュナも剣を抜き、走り出した。刃に炎をまとわせ、地面を蹴る。狙うは、翼のひとつだ。

「っく」

 だが、そう簡単にはいかない。剣を振るおうとしたミカエルシュナを、邪竜はその翼でぶった。辛うじて避けられたものの、剣は浅く斬るだけに終わる。



 ──鱗の硬さも、さすがのものね。



 剣を伝って感じた硬度に、はしたなくも舌打ちをしたくなる。

 ミカエルシュナの剣は軽い分斬れ味抜群で、ミカエルシュナの技量も相まって急所を狙うのに適している。だが軽いということは重量が無いということ。ミカエルシュナ自身も決して体重が多いわけではないため、重さで威力を出すことができない。加えて腕力も突出して強いわけではないため、剣そのものの斬れ味が通用しないととたんに不利になる。

 自分の剣が通じないと瞬時に判断したミカエルシュナが、頭を切り替えて魔法を主体にしようとした時だった。



 ぎゃおおおおぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ‼



 突如として、邪竜が咆哮を上げた。聞く者の心胆を凍えさせる、ぞっとするような声だった。それに全員が固まっていると、邪竜の身体からじわりじわりと黒泥がにじみ出てくる。黒泥はぼたぼたと床に落ちると、形を取り始めた。形成されたのは、変異種ワイバーンだった。

「あんな風に生み出すのか⋯⋯」

 ユリウスは呟き、大剣を構え直した。だが、その目が見開かれる。

 黒泥を流す邪竜の姿が、変わり始めたからだ。

 床に落ちない黒泥は邪竜の身体を覆い、ぐにゃぐにゃと蠢く。直感的にまずい、と感じたミカエルシュナは、炎の精霊を呼び出して火炎を放射した。

 火炎は邪竜を包み込み、火柱を上げる。その勢いは上空にいたシグルドが慌てて退避するほどのものである。

 飛び上がっても届かないほど高い天井さえも焦がして、火炎は巻き上がる。いかな邪竜といえど、その炎を受けて無傷ではいられないのではと思われたほどである。

 だが、火炎が収まって現れたのは。

「何だ⋯⋯あれは」

 最初に現れたのは、四対から六対に増えた翼。その下の身体はひと回り大きくなり、首は蛇のように長く伸びている。頭部にはねじれた巨大な角が二本突き出し、目も翼同様六対に増えていた。その巨体を支える四肢も更に太くなり、爪などもはやユリウスの大剣が玩具に見える有様だ。

 誰もが悟った。邪竜が、本気になったと。
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望郷のエルフ作者:沙伊
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