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十

 金獅子騎士団は一部を公国民の護衛に、代わりにシグルド率いる竜騎士達を加え、進軍を再開した。途中変異種ワイバーンと何度か接敵したが、難なく撃破し、公都にたどり着く。

 そこは、もはや竜の住処と化していた。





「何という数⋯⋯」

 公都を囲む城壁が見えてくると同時に、それを取り囲むように飛ぶ変異種ワイバーンの群れも見えてきた。

 その数は白い城壁が黒く染め上がるほどである。ワイバーン自体が真っ黒な鱗を持っている上に、黒い瘴気をまとっているため、広範囲が漆黒となっている。それがうじゃうじゃとうごめいているのは、生理的嫌悪をかきたてた。

「公都に入るのは、簡単そうだな」

ユリウスの呟く通り、城壁の門は開かれている。というより、閉めることができなかったのだろう。ワイバーンから逃げながら戸締りなどできるわけがない。

「ミカエルシュナ嬢、露払いを頼めるか」

「かしこまりました」

 ミカエルシュナは一歩前に出ると、魔力を練った。

「ティターニア、力を貸して」

”はい、姫君”

 ふわりと姿を現したティターニアは、その手に光を集めた。光はミカエルシュナの頭上に移動し、膨張する。その光に気付いたワイバーン達が襲いかかってくるが、それより早く、光の塊がワイバーン達を包み込んだ。

 光に触れたワイバーン達は、その身体を蒸発させて消えていく。光が収まった後は、城壁にへばりついていたほとんどのワイバーンが消え去っていた。

「⋯⋯改めて、すさまじいな。味方でよかった」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 呻くユリウスに、ミカエルシュナは微笑みかけた。少し離れた場所にいたシグルドは、顎が外れんばかりに開けている。

「⋯⋯ミカエルシュナ嬢は⋯⋯」

 何かを言いかけたシグルドは、結局口を閉ざした。言うべき言葉が見付からなかったのかもしれない。

 そんな彼にも微笑みを向け、ミカエルシュナは城壁を見た。城壁には一切傷が付いていない。今の光は、ワイバーンだけを消し去れるように調整していた。

「陛下」

「ああ。──全軍、突撃!」

 ユリウスは声を張り上げた。周囲の空気をびりびりと震わせ、心の芯まで届いて、思わず従わせる力を持った声だ。

 その声と共に、一軍は馬と竜を走らせた。



  ───



 精鋭を引き連れ、ユリウス、ミカエルシュナ、シグルドは公城を目指した。向かう道は城壁以上にワイバーンが密集しており、決して平坦な道程ではない。

 だがワイバーン討伐部隊がそれらを引き受け、何とか進んでいく。勿論、侵入部隊もワイバーンを打ち払い、苦心して城の中に侵入した。

「⋯⋯ワイバーンがいない?」

 そうして入り込んだ公城の中には、ワイバーンが一匹としていなかった。あちらこちらが荒らされ、破壊された跡が生々しく残っているが、それを成したであろうワイバーン達がどこにも見当たらない。

「どういうことだ? 全て外に出ているのか?」

「伝承では、絶え間無く生み出されているとされているのですが⋯⋯」

 戸惑うユリウスに、シグルドはそう答えるも、彼自身も面食らっているようだった。

「封印の間に集まっているのではないですか?」

 ミカエルシュナはそう言いながら、妖精魔法で周囲の探索を行った。現在いる階には、どうやらいないらしい。

 シグルドの言う伝承通りなら、むしろ公城にこそワイバーンが密集しているはずだが、そんな様子は無い。



 ──でも、足元が気持ち悪い。



 ミカエルシュナは視線を床に向けた。正確には、床の更に下、地下へ。

 公城に入ってからずっと感じている違和感。足元から這い出てくるような気配が、ずっとつきまとっている。その気配は、変異種ワイバーンのそれによく似ていた。

「公子殿下、封印の間は地下にあるのではないですか?」

「え?」

 シグルドは振り返り、目を見開いた。

「それは⋯⋯ええ、まあ。ですが、なぜそれを」

「地下から、嫌な気配を感じるのです。変異種ワイバーンと同じ気配ですわ」

「⋯⋯! もしやそれは、邪竜の気配では」

 シグルドはつられて下を見た。だが彼には、その気配が感じられない。同じく足元を眺めるユリウスも同様だ。おそらく、魔術師であるミカエルシュナだからこそ気付けたのだろう。

「生み出されたワイバーンが密集している可能性がある。公子、封印の間はどれほどの広さだ?」

「一個小隊が四つ入っても余裕がある程度の広さはあります。ただ、邪竜やワイバーンの群れがいるとなると、かなり手狭になっているでしょうな」

「そうか。俺達が入る分には問題無いだろうが⋯⋯」

 現在付いてきている騎士は、百名である。邪竜の大きさやワイバーンの数にもよるが、封印の間には入れるだろう。だが、入れるだけでは意味が無い。剣や魔法を振るうだけの空間を確保しなければ、戦うことができないのだ。

「ひとまず、封印の間を目指そう。公子、案内を頼む」

「勿論です」

 一行はシグルドの先導の元、再び進み出した。

 公城は廊下ひとつ取っても非常に広かった。これはニーベル公国の特色によるもので、公城内でも竜騎士の騎竜が共に通れるよう、全体的に大きく、丈夫に作られているのだ。

「公国は竜騎士が非常に多いのです。もともとニーベル公国が背にしているニーベル山は、竜の住処なのですが⋯⋯開拓にあたり、その竜と心を通わせる者が多かった。その者達が国を守るようになり、いつしか公国は竜騎士の国となったのです」

「公国の竜騎士の勇名はローディウムにも轟いている」

 ユリウスはシグルドの話を肯定するように頷いた。

「公国が別名竜の国と呼ばれるようになった所以ゆえんも、これだな。もっとも、最初は、邪竜を封印しているがゆえだったとも聞いているが」

「どちらも正しいのです。邪竜封印の際、人類種に友好的な竜が共に戦ったという記録があるのですが、それがもともとの理由ですから」

「そんな記録が⋯⋯」

 ミカエルシュナは目を細めた。

 ニーベル公国は千年前、アヴァロン王国の辺境ルフェ領だった。そこから二百年の時を経て、開拓されたのが今の国だとティターニアは言っていた。アヴァロン時代は敵対、あるいは静観していた竜種達が、今現在の人類種と協力して土地を守っている事実が、何だか不思議な感じがしたのである。

 ミカエルシュナの中で、竜種は討伐、あるいは追いやるものだった。だがもしあの頃彼らと心通わせることができたなら、もしかしたらよい隣人になれたのではと思うと、残念でならない。

 だが、今となってはただの想像だ。ミカエルシュナの時代にはそうならなかったし、今後ミカエルシュナ自身が彼らと友誼を結ぶ必要は無い。

 ルフェ領はすでに無く、今あるのは自分と関わりの無いドワーフが治めるニーベルという国だ。今ここにいるミカエルシュナも、ただのエルフに過ぎない。

「⋯⋯では、公子殿下の竜も、ニーベル山の竜なのですか?」

 寂寥せきりょうを振り払うように、ミカエルシュナは尋ねた。それに対し、シグルドは首を振る。

「いえ、我が騎竜は父の騎竜の子供で、私が幼竜の頃より世話した者です。我が一族は竜が幼い頃から共に過ごすことで、絆を育むのですよ。竜の成長は遅いので、ドワーフである我々だからこそできることですが」

「確かに、上位竜種は成体になるのに百年かかりますものね」

 エルフも成人は百歳だが、成長そのものは人間より多少遅い程度で、三十歳までに身体は大人のそれになる。ドワーフも同様で、三十も過ぎれば髭も生えそろって肉体的には大人になるそうだ。

 一方、上位竜種は成長が本当に遅い。人類種が大人の姿になるだけの年月程度では、上位竜種の身体はまだまだ少年期ぐらいしか育たないのだ。その分長命で、同じぐらい生きるのはエルフやドワーフ、竜人ぐらいだった。

「だからこそ、彼は私のかけがえのない相棒なのです。もはや一心同体ですよ」

 シグルドは自身の騎竜の鼻先を撫でる。騎竜はくるる、と喉を鳴らし、シグルドの手にすり寄った。
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望郷のエルフ作者:沙伊
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 金獅子騎士団は一部を公国民の護衛に、代わりにシグルド率いる竜騎士達を加え、進軍を再開した。途中変異種ワイバーンと何度か接敵したが、難なく撃破し、公都にたどり着く。

 そこは、もはや竜の住処と化していた。





「何という数⋯⋯」

 公都を囲む城壁が見えてくると同時に、それを取り囲むように飛ぶ変異種ワイバーンの群れも見えてきた。

 その数は白い城壁が黒く染め上がるほどである。ワイバーン自体が真っ黒な鱗を持っている上に、黒い瘴気をまとっているため、広範囲が漆黒となっている。それがうじゃうじゃとうごめいているのは、生理的嫌悪をかきたてた。

「公都に入るのは、簡単そうだな」

ユリウスの呟く通り、城壁の門は開かれている。というより、閉めることができなかったのだろう。ワイバーンから逃げながら戸締りなどできるわけがない。

「ミカエルシュナ嬢、露払いを頼めるか」

「かしこまりました」

 ミカエルシュナは一歩前に出ると、魔力を練った。

「ティターニア、力を貸して」

”はい、姫君”

 ふわりと姿を現したティターニアは、その手に光を集めた。光はミカエルシュナの頭上に移動し、膨張する。その光に気付いたワイバーン達が襲いかかってくるが、それより早く、光の塊がワイバーン達を包み込んだ。

 光に触れたワイバーン達は、その身体を蒸発させて消えていく。光が収まった後は、城壁にへばりついていたほとんどのワイバーンが消え去っていた。

「⋯⋯改めて、すさまじいな。味方でよかった」

「お褒めに預かり光栄ですわ」

 呻くユリウスに、ミカエルシュナは微笑みかけた。少し離れた場所にいたシグルドは、顎が外れんばかりに開けている。

「⋯⋯ミカエルシュナ嬢は⋯⋯」

 何かを言いかけたシグルドは、結局口を閉ざした。言うべき言葉が見付からなかったのかもしれない。

 そんな彼にも微笑みを向け、ミカエルシュナは城壁を見た。城壁には一切傷が付いていない。今の光は、ワイバーンだけを消し去れるように調整していた。

「陛下」

「ああ。──全軍、突撃!」

 ユリウスは声を張り上げた。周囲の空気をびりびりと震わせ、心の芯まで届いて、思わず従わせる力を持った声だ。

 その声と共に、一軍は馬と竜を走らせた。



  ───



 精鋭を引き連れ、ユリウス、ミカエルシュナ、シグルドは公城を目指した。向かう道は城壁以上にワイバーンが密集しており、決して平坦な道程ではない。

 だがワイバーン討伐部隊がそれらを引き受け、何とか進んでいく。勿論、侵入部隊もワイバーンを打ち払い、苦心して城の中に侵入した。

「⋯⋯ワイバーンがいない?」

 そうして入り込んだ公城の中には、ワイバーンが一匹としていなかった。あちらこちらが荒らされ、破壊された跡が生々しく残っているが、それを成したであろうワイバーン達がどこにも見当たらない。

「どういうことだ? 全て外に出ているのか?」

「伝承では、絶え間無く生み出されているとされているのですが⋯⋯」

 戸惑うユリウスに、シグルドはそう答えるも、彼自身も面食らっているようだった。

「封印の間に集まっているのではないですか?」

 ミカエルシュナはそう言いながら、妖精魔法で周囲の探索を行った。現在いる階には、どうやらいないらしい。

 シグルドの言う伝承通りなら、むしろ公城にこそワイバーンが密集しているはずだが、そんな様子は無い。



 ──でも、足元が気持ち悪い。



 ミカエルシュナは視線を床に向けた。正確には、床の更に下、地下へ。

 公城に入ってからずっと感じている違和感。足元から這い出てくるような気配が、ずっとつきまとっている。その気配は、変異種ワイバーンのそれによく似ていた。

「公子殿下、封印の間は地下にあるのではないですか?」

「え?」

 シグルドは振り返り、目を見開いた。

「それは⋯⋯ええ、まあ。ですが、なぜそれを」

「地下から、嫌な気配を感じるのです。変異種ワイバーンと同じ気配ですわ」

「⋯⋯! もしやそれは、邪竜の気配では」

 シグルドはつられて下を見た。だが彼には、その気配が感じられない。同じく足元を眺めるユリウスも同様だ。おそらく、魔術師であるミカエルシュナだからこそ気付けたのだろう。

「生み出されたワイバーンが密集している可能性がある。公子、封印の間はどれほどの広さだ?」

「一個小隊が四つ入っても余裕がある程度の広さはあります。ただ、邪竜やワイバーンの群れがいるとなると、かなり手狭になっているでしょうな」

「そうか。俺達が入る分には問題無いだろうが⋯⋯」

 現在付いてきている騎士は、百名である。邪竜の大きさやワイバーンの数にもよるが、封印の間には入れるだろう。だが、入れるだけでは意味が無い。剣や魔法を振るうだけの空間を確保しなければ、戦うことができないのだ。

「ひとまず、封印の間を目指そう。公子、案内を頼む」

「勿論です」

 一行はシグルドの先導の元、再び進み出した。

 公城は廊下ひとつ取っても非常に広かった。これはニーベル公国の特色によるもので、公城内でも竜騎士の騎竜が共に通れるよう、全体的に大きく、丈夫に作られているのだ。

「公国は竜騎士が非常に多いのです。もともとニーベル公国が背にしているニーベル山は、竜の住処なのですが⋯⋯開拓にあたり、その竜と心を通わせる者が多かった。その者達が国を守るようになり、いつしか公国は竜騎士の国となったのです」

「公国の竜騎士の勇名はローディウムにも轟いている」

 ユリウスはシグルドの話を肯定するように頷いた。

「公国が別名竜の国と呼ばれるようになった所以ゆえんも、これだな。もっとも、最初は、邪竜を封印しているがゆえだったとも聞いているが」

「どちらも正しいのです。邪竜封印の際、人類種に友好的な竜が共に戦ったという記録があるのですが、それがもともとの理由ですから」

「そんな記録が⋯⋯」

 ミカエルシュナは目を細めた。

 ニーベル公国は千年前、アヴァロン王国の辺境ルフェ領だった。そこから二百年の時を経て、開拓されたのが今の国だとティターニアは言っていた。アヴァロン時代は敵対、あるいは静観していた竜種達が、今現在の人類種と協力して土地を守っている事実が、何だか不思議な感じがしたのである。

 ミカエルシュナの中で、竜種は討伐、あるいは追いやるものだった。だがもしあの頃彼らと心通わせることができたなら、もしかしたらよい隣人になれたのではと思うと、残念でならない。

 だが、今となってはただの想像だ。ミカエルシュナの時代にはそうならなかったし、今後ミカエルシュナ自身が彼らと友誼を結ぶ必要は無い。

 ルフェ領はすでに無く、今あるのは自分と関わりの無いドワーフが治めるニーベルという国だ。今ここにいるミカエルシュナも、ただのエルフに過ぎない。

「⋯⋯では、公子殿下の竜も、ニーベル山の竜なのですか?」

 寂寥せきりょうを振り払うように、ミカエルシュナは尋ねた。それに対し、シグルドは首を振る。

「いえ、我が騎竜は父の騎竜の子供で、私が幼竜の頃より世話した者です。我が一族は竜が幼い頃から共に過ごすことで、絆を育むのですよ。竜の成長は遅いので、ドワーフである我々だからこそできることですが」

「確かに、上位竜種は成体になるのに百年かかりますものね」

 エルフも成人は百歳だが、成長そのものは人間より多少遅い程度で、三十歳までに身体は大人のそれになる。ドワーフも同様で、三十も過ぎれば髭も生えそろって肉体的には大人になるそうだ。

 一方、上位竜種は成長が本当に遅い。人類種が大人の姿になるだけの年月程度では、上位竜種の身体はまだまだ少年期ぐらいしか育たないのだ。その分長命で、同じぐらい生きるのはエルフやドワーフ、竜人ぐらいだった。

「だからこそ、彼は私のかけがえのない相棒なのです。もはや一心同体ですよ」

 シグルドは自身の騎竜の鼻先を撫でる。騎竜はくるる、と喉を鳴らし、シグルドの手にすり寄った。
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望郷のエルフ作者:沙伊
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