九
ニーベル公国に向かう道中、武装した集団に守られる一団に行きあった。戦争難民さながらの様子に警戒しつつ近付くと、上空から飛竜に乗ったドワーフが降りてきた。
「そこにいらっしゃるのは、ローディウム帝国のユリウス皇帝陛下か⁉」
そう言われて、先頭を馬で走っていたユリウスもその相手が誰かを判別できたようだった。
「シグルド公子か?」
「はい! お久しぶりです、陛下」
シグルドと呼ばれたドワーフは竜から降りて頭を下げた。
火のように赤い髪をした、鋼の鎧をまとったドワーフだった。身長こそミカエルシュナよりも低いものの、がっしりとした身体付きは、まさに戦士の風格である。
「ミカエルシュナ嬢、紹介する。彼はニーベル公国の公子、シグルド・ニーベルだ。シグルド公子、こちらはミカエルシュナ・ルフェ嬢。このたび一時的に手を貸してもらっている」
そっと様子をうかがっていたミカエルシュナに、ユリウスはそう紹介した。紹介を受けて、ミカエルシュナは胸に片手を当てて、頭を下げる。ここで覚えた、騎士の礼のしかただ。
「はじめまして、公子殿下。わたくしはミカエルシュナ・ルフェと申します。どうぞミカエルシュナとお呼びください」
「⋯⋯⋯⋯⋯⋯はっ」
ミカエルシュナのことを呆然と見つめていたシグルドは、慌てて頭を下げた。
「こちらこそはじめまして、シグルド・ニーベルです。いや⋯⋯まさかかように美しい方がいらっしゃるとは」
「まあ、ありがとうございます」
ミカエルシュナは微笑んだ。
ドワーフは男女共にふさふさした髭が生えている。それゆえ、彼らの美醜基準は髭の美しさだ。だから髭の薄い他種族と微妙に美的感覚が違う。ドワーフにとっての美人は、豊かで美しい髭を持つ者だからだ。
そんなドワーフのシグルドに素直に称賛されて、少しばかり面映ゆかった。
「ところで、なにゆえ皇帝陛下がここに⋯⋯?」
「貴殿の国と連絡が取れず、更に変異種ワイバーンが現れたのでな。何か変事があったのではと、こうして参ったのだ。何しろワイバーンは、我が国も襲った。もはや他人事ではない」
「何と⋯⋯もう貴国に被害が」
シグルドは苦々しげに呟いた。
「それは申しわけないことをしました。我が国が対処できればよかったのですが⋯⋯」
「起きてしまったことはしかたがない。それより、何があったのか教えてほしい」
ユリウスがそう言うと、シグルドはひとつ頷いて公国に何があったのかを話し始めた。
それは、突然のことだったのだという。
公城には封印の間というものがある。邪竜を封印した場所で、ニーベル家は代々封印を守っていた。
だが先日、突如としてその封印が解けたのだという。あるいは、破られたと言うべきなのかもしれない。
とにかく、邪竜は封印から解放され、その暴威を公国に向けた。
まず、その身から変異種ワイバーンを無数に生み出し、公城の人間を襲い始めた。公王を含めた騎士達は必死で抵抗したが、いかんせん数が多過ぎた。そのため、即座に公城を捨て、公都の人々も含めて逃がす方向に変更したのである。
人々は何組かに別れ、公都を捨てて隣国に助けを求めることにした。早馬を飛ばそうともしたのだが、ひとりになったところをワイバーンに襲われてひとたまりもない。そのため、最大限急ぎはしたものの、ワイバーン達を避けているのも相まって、その歩みは非常に遅かった。
結果、ワイバーン達は国境を越えて、ローディウムに被害を与えたというわけである。
それらの話を聞き、ユリウスは眉をひそめた。
「では、今の公都は⋯⋯」
「もはや邪竜とワイバーンどもの住処と化しているでしょう」
シグルドは悔しそうに言った。ぎり、と握り締められた拳が震えている。その心境を察して、ミカエルシュナは胸を痛めた。
故郷を蹂躙される悔しさ、何もできなかった無力感。それは、ミカエルシュナも味わったことがある。今なお心の内を焦がすそれは、簡単には無くならない。
「⋯⋯公王陛下は残ったとのことだな。では」
「おそらく、もう命は無いでしょう。父の死を無駄にしないためにも、私は民を安全な場所に送り届けねばなりません」
シグルドは自身が連れてきた民達を見遣った。
皆、ほとんど着の身着のまま逃れてきたのだろう。騎士達以外荷物らしい荷物を持っている者はいない。持っていきたいもの、置いていきたくないものはたくさんあっただろうに、命以外を置いていかざるをえなかった彼らの心境は、察するに余りある。
そんな民を安全圏に連れていきたいというシグルドの言い分は、痛いほど解った。だが。
「このまま逃げても、安全を得られるかは微妙なところだな」
ユリウスは重々しく言った。
「ここまで進軍していく中で、少なからずワイバーンと戦った。そちらでも同じだろう。邪竜を討たない限り、それに終わりは無い。どころか、着々と被害が広がることになる」
「それは」
シグルドは黙り込んだ。彼とて、それは解っているのだろう。ただ、認めたくないだけで。
そんな彼に、ユリウスは声をかけた。
「ならば、こちらから打って出るしかない」
「は⋯⋯?」
「これより、金獅子騎士団の人員を分ける。公国民の護衛と、余と共に邪竜討伐に向かう組み分けだ。よいな」
「「「「「は!」」」」」
金獅子騎士団の騎士達は、一斉に礼をすると、即座に人員再編に向けて動き出した。唖然とその様子を見るシグルドに、ユリウスは不敵に笑いかける。
「公子よ、余と共に邪竜討伐へ向かってくれるか? 無論、公国民の安全は、我らローディウムが保障しよう」
「は⋯⋯は? しかし、陛下」
「公国とは、古くより条約を結んだ間柄だ。その条約を履行する時だと思うがいい」
戸惑うシグルドを尻目に、ユリウスはミカエルシュナを振り返った。
「ミカエルシュナ嬢は」
「勿論、お供させていただきますわ」
「助かる。伝説に名高い邪竜となれば、戦力は多ければ多いほどよい」
頷くユリウスを見上げていたシグルドは、慌てて詰め寄った。
「陛下、これは封印を守れなかった我が一族の咎! ローディウムに迷惑をかけるつもりは毛頭ございませぬっ」
「余を、盟友の危機に駆け付けぬ臆病者にするつもりか? それこそ、我が国に対する迷惑となりうる。気になるようなら、こう考えればよい」
ユリウスは片目をつむった。
「これを機に、ローディウムはニーベル公国に恩を売るつもりなのだと。その恩は、いずれ何らかの形で返してもらうぞ」
「⋯⋯それは、何とも恐ろしいですな」
ようやく、シグルドはユリウスのことを受け入れたようだ。諦めたようにため息をつくと、つい、と頭を上げた。
「ご助力、感謝いたします。この恩は、いずれ返させていただく」
「うむ」
ユリウスは満足そうに答え、自身の配下を見回した。
「皆、心せよ! これより伝説の邪竜を退治しに向かうぞ」
ユリウスの言葉に感化したように、騎士達は武器をかかげる。皆の瞳には、主へのはっきりとした忠義と、伝説に挑むという高揚感があった。
そんな彼らにならうかのように、ミカエルシュナはそっと頭を下げる。
──八百年前に存在したという邪竜。
──もしかしてそれは、アヴァロン王国に関係しているのかもしれない。
時期を見れば、明らかに一致している。スタンピードが原因というなら、邪竜が引き起こした可能性は大いにあった。
かつての故国を破滅に追いやったかもしれない相手、かつての故郷に牙を剥いた相手と、戦うことになる。ミカエルシュナは逸る気持ちを抑えた。