ホーム天窓の魚第六章 天の窓、開く
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第六章 天の窓、開く

全国大会当日の朝は、雲一つない秋晴れだった。隼人は誰よりも早く目を覚まし、身支度を整えると、慎重にマブイを運搬用の容器に移した。ムラさんから借りた発泡スチロールの容器は、何度も使ってきたことですっかり手に馴染んでいた。窓から差し込む朝日が、まだ薄暗い部屋を淡く照らし始めていた。
「今日は、ありのままのお前を見てもらおう」
 隼人は水槽を覗き込み、そう語りかけた。マブイは、いつもと変わらぬ優雅さで、上向きの目をこちらに向けていた。数ヶ月前、この魚を初めて水槽に迎えた日のことを、隼人はふと思い出していた。
 会場までは電車で二時間ほどかかる。母に見送られ、隼人は美咲と駅で待ち合わせた。改札前の時計は、まだ約束の時間の十分前を指していた。
「おはよう。緊張してる?」
 美咲が尋ねると、隼人は苦笑いを浮かべた。改札前で待つ彼女の手には、いつもと同じ几帳面に整理された資料ファイルが握られていた。
「うん、少し。でも、地方予選の時とは違う気がする」
 隼人は自分の心の変化を、素直に言葉にした。結果への執着よりも、今はただマブイの様子を大切に見守りたいという気持ちの方が、はるかに大きくなっていた。
 電車を乗り継ぎ、隣県の大きな展示場に到着すると、その規模の大きさに、隼人は思わず息を呑んだ。地方予選とは比較にならないほど広い会場に、全国各地から集まった出品者たちがそれぞれの金魚を携えて並んでいる。駐車場には観光バスまで停まっており、この大会がいかに大規模なものかを物語っていた。
「すごい人の数だね......」
 美咲も圧倒された様子で呟いた。展示場の入り口には、大きな垂れ幕が掲げられ、全国大会の正式名称と開催回数を示す数字が誇らしげに記されていた。案内係の指示に従いながら、二人は受付を目指して長い列に並んだ。
 受付を済ませ、指定された審査エリアにマブイを移す。隣には、これまで見たこともないような様々な地方から集まった頂天眼たちが並んでいた。会場のスピーカーから、開会を告げるアナウンスが低く流れていた。それぞれの個体が、その土地ならではの育て方を反映しているのか、微妙に異なる特徴を持っているのが素人目にも分かった。
 午前中は、学生研究発表の審査だった。地方予選を勝ち抜いた学校が、全国各地から集まっている。控室では、様々な地方の言葉が飛び交い、隼人はその賑わいに圧倒された。隼人と美咲は、これまでで最も洗練された内容に仕上げたポスターを掲げ、審査員たちの前に立った。
「頂天眼の飼育記録と、地域に伝わる言い伝えについて、そして私たち自身の気づきの過程を発表します」
 美咲が落ち着いた声で切り出した。ポスターには、これまでの記録に加え、対立と和解を経て得た気づきについても新たな項目として書き加えられていた。審査員たちの視線が、そのポスターの端々に注がれているのを隼人は感じ取っていた。全国大会向けに書き加えた対立と和解の経緯についても、二人は正直に語った。
「一時期、結果を求めるあまり、金魚に無理な負担をかけそうになったことがありました。しかし、そこで踏みとどまり、初心に返ることができました」
 隼人がそう話すと、審査員の一人が興味深そうに身を乗り出した。教室で何度も練習してきた言葉が、今、確かな実感を伴って口から出てくるのを、隼人自身も感じていた。
「その経験は、研究者としても飼育者としても、大切な学びですね」
 審査員の言葉に、隼人と美咲は顔を見合わせ、小さく頷き合った。これまでの苦い経験がこうして肯定的に評価される瞬間に、隼人は深い安堵を覚えていた。
 午後になり、品評会本審査の時間が訪れた。全国から集まった頂天眼たちが一堂に会する光景は、圧巻としか言いようがなかった。審査エリアを囲む人だかりの中には、地方予選で顔を合わせた出品者の姿もちらほら見えた。隼人は緊張しながらも、マブイの水槽をじっと見守っていた。
 審査員たちが、一匹ずつ丁寧に観察していく。マブイの番が近づくにつれ、隼人の心臓は早鐘のように打ち始めた。隣で見守る美咲の手も、緊張からか小さく震えているようだった。
「この子は、地方予選で優秀賞を取った研究発表の個体ですね」
 審査員の一人がそう言いながら、マブイの水槽に近づいた。手元の資料をめくり、事前情報を確認している様子だった。その瞬間だった。
「あっ......」
 美咲が小さく声を上げた。隼人も、その変化に気づいた。マブイの頭頂部にある、上向きの目の周辺の模様が、まるで内側から光を放つようにはっきりとした輪郭を描き始めていたのだ。水槽の照明を受けて、その輝きは一段と鮮やかに見えた。
「これは......」
 審査員たちもその様子に気づき、驚いたように顔を見合わせた。まるで、頭頂部にぽっかりと小さな窓が開いたかのような、澄んだ輝きだった。
 隼人はその光景を見つめながら、ムラさんから聞いた言い伝えを思い出していた。天の窓――誰かの想いを託されて大切に育てられた金魚に、ごく稀に現れるという模様。育てる者の心のありようが、そのまま映るのだと、ムラさんはこの土地に古くから伝わる話としてそう語っていた。周囲のざわめきが、次第に遠くのもののように感じられた。
「これが、天の窓......」
 隼人は、震える声でそう呟いた。周囲がどよめく中、隼人の視界にはもうマブイの姿しか映っていなかった。焦りに駆られていた時期には見えなかったものが、初心に戻り、マブイと真摯に向き合い直したことで、ようやく姿を現したのだ。数値化できる基準では測れない目に見えない何かが、確かにこの瞬間、結実していた。傍らに立つ美咲も、言葉を失ったままその輝きに見入っていた。
 審査員長が、ゆっくりと口を開いた。周囲に集まっていた他の審査員たちも、その様子を食い入るように見つめていた。
「これほど鮮明な天の窓は、私も長年この世界に携わってきましたが、初めて目にしました」
 審査員長は、そう言いながら、隼人とマブイを交互に見つめた。
 周囲に集まっていた他の出品者たちも、口々にどよめきの声を上げていた。地方予選で顔を合わせた、あの著名な養魚場から出品された個体の飼い主も、驚いた様子でマブイの水槽を覗き込んでいた。
「こんな模様、初めて見たな」
「これが噂に聞く天の窓か......」
 誰かがそう漏らす声が、隼人の耳にも届いた。周囲の声を聞きながら、隼人はどこか現実味の薄い感覚に包まれていた。これまで、資料館でも祖母の記憶の中でも確かな答えを得られなかった謎が、今、目の前で確かな形をとって現れている。その事実に、隼人はただ呆然と見入っていた。
 審査が終わり、結果発表までの間、隼人と美咲は会場のベンチに並んで座った。
「あんなことが起きるなんて、思ってもみなかったね」
 美咲が興奮を隠しきれない様子で言った。ベンチに座っても、その手はまだ小さく震えているようだった。
「うん。でも、なんだか不思議と、驚きよりも納得の方が大きい気がする」
 隼人は静かにそう答えた。あの模様が現れた瞬間、これまでの数ヶ月間の日々が、すべて意味を持って繋がっていくような、そんな感覚があった。二位という結果に悔しさを覚えた予選、美咲との対立、ムラさんから聞いた正一の過去。そのすべてが、今この瞬間のために、必要な道のりだったのかもしれない。
 結果発表の時間が近づき、会場全体に緊張感が満ちていった。隼人は、隣に座る美咲の横顔をちらりと見た。彼女もまた、真剣な表情で壇上を見つめていた。マブイの入った容器を、隼人は膝の上でそっと抱えていた。
 結果発表の時間、隼人と美咲は緊張した面持ちで壇上を見つめていた。司会者がマイクを手に、順位の発表を始めていく。三位、二位、一位と、次々に名前が呼ばれていったが、その中にマブイの名前はなかった。しかし、司会者の口から思いがけない言葉が発せられた。
「特別賞、鈴木隼人様の『マブイ』天の窓と呼ばれる稀少な特徴を有し、審査員一同、深い感銘を受けました」
 司会者の声が、会場中に響き渡った。隼人は、自分の名前が呼ばれたことに、しばらく実感が湧かなかった。隣に座る美咲が、そっと肩に手を添えてくれた。会場に、驚きと祝福の拍手が広がった。隼人は、その瞬間、これまでのすべての出来事が一つの意味を持って繋がっていくのを感じた。
 続けて、学生研究発表部門の結果も読み上げられた。優秀賞として二人の名前が呼ばれた時、美咲が息を呑むのが隣で分かった。地方予選に続いての受賞だった。
 壇上で賞状を受け取りながら、隼人はふと、会場の隅に視線を向けた。
 壇上で賞状を受け取りながら、隼人はふと、会場の隅に視線を向けた。そこには、事前に連絡を受けて駆けつけてくれたムラさんの姿があった。ムラさんは、両手で顔を覆うようにして何度も涙を拭っていた。壇上から見下ろす会場の景色は、これまで経験したどんな瞬間よりも、鮮明に隼人の目に焼き付いた。
 表彰式が終わり、隼人と美咲はムラさんのもとへと駆け寄った。人混みをかき分けながら、隼人は思わず駆け足になっていた。
「ムラさん、見てくれましたか」
「ああ、しっかり見てたよ」
 ムラさんは、感極まった様子で何度も頷いた。目の縁には、まだうっすらと涙の跡が残っていた。
「天の窓が開くところを、この目で見られるとはな。親父が最期に見たっていう景色を、俺も今、初めて見ることができた」
 ムラさんは、そう言いながら、遠くを見つめるような目をしていた。長年、父の言葉としてしか知らなかった光景を、今、現実のものとして目撃した感慨が、その表情に滲んでいた。
 ムラさんの言葉に、隼人は胸が熱くなった。正一が生涯をかけて見つめ続けた何かに、自分もまた確かに触れることができたのだと、じんわりとした実感が広がっていった。
 会場を出る前に、隼人は母に電話をかけた。
「お母さん、特別賞をもらえたよ。それに、天の窓っていう珍しい模様も見られたんだ」
 隼人は、興奮を抑えきれない様子で、電話越しに一気にそう伝えた。
「本当に? すごいじゃない!」
 電話越しに、母の弾んだ声が聞こえてきた。
「今から写真、送るね」
 隼人はそう言って、賞状と頭頂部の模様がはっきり写るように撮ったマブイの写真をその場で母に送った。展示場の外に設置されたベンチに腰掛けながら、スマートフォンの画面を何度も確認する。しばらくすると、母から「おめでとう。本当によく頑張ったね」という短いメッセージが届いた。その素朴な言葉に、隼人は胸がいっぱいになった。
 会場の撤収作業が始まる中、隼人と美咲、ムラさんの三人は、マブイの容器を丁寧に整えながら帰り支度を進めた。展示場の外に出ると、秋の夕日が会場全体を橙色に染め上げていた。
「今日は本当にありがとうございました。ムラさんが色々教えてくれたおかげで、ここまで来られました」
 隼人が深く頭を下げると、ムラさんは照れくさそうに笑った。
「いや、隼人くんと美咲さんが、自分たちの力でここまで来たんだ。俺はただ、見守ってただけだよ」
 ムラさんの謙遜する言葉の奥に、二人への深い信頼が滲んでいるのを隼人は感じ取った。夕暮れの光が、三人の影を長く地面に伸ばしていた。
 帰りの電車の中、隼人は膝の上に置いた容器の中で、ゆらゆらと揺れるマブイを見つめていた。車窓を流れる景色が、次第に住み慣れた町並みへと変わっていく。窓の外を流れる夕暮れの景色を眺めながら、美咲がぽつりと言った。
「天の窓、本当に見られたね」
「うん。ずっと追いかけてきた謎が、こんな形で応えてくれるなんて、思ってもみなかった」
 隼人はそう答えた。全国大会という大きな舞台での結果以上に、この数ヶ月間の日々そのものがかけがえのないものだったのだと、改めて実感していた。
「隼人くん、最初にマブイを引き取った時のこと、覚えてる?」
 美咲がふと尋ねた。
「うん。あの頃は、金魚を飼うことすらまだ迷ってたな」
 隼人は、懐かしむように答えた。狭い電車の座席から見える景色が、少しずつ夜の色に染まっていく。
「あの頃の隼人くんと、今の隼人くんじゃ、全然違う人みたい」
 美咲が微笑みながら言った。その言葉に、隼人は少し照れくさそうに笑い返した。確かにこの数ヶ月間で、自分の中の何かが大きく変わったのだと、隼人自身も感じていた。
「そういえば、講評、まだちゃんと読んでないね」
 美咲が思い出したように言った。表彰式の後で配られた冊子を、鞄から取り出す。座席の間の狭いスペースで、二人は紙面を覗き込むように顔を寄せ合った。
「『半年に及ぶ毎日の観察記録は、それ自体が得難い資料である』......だって」
 美咲が声に出して読み上げると、隼人は思わず口元が緩むのを感じた。派手な発見があったわけではない。ただ毎朝、水温を測ってノートに書き続けただけだ。その地味な繰り返しを、誰かがちゃんと見ていてくれた。
「ちゃんと読んでもらえてたんだね、あのノート」
 美咲も嬉しそうに、資料を覗き込んだ。二人で積み重ねてきた研究が、全国という舞台でも確かに評価されたのだという実感が、じんわりと胸に広がっていった。
 電車の窓に映る自分の顔を見つめながら、隼人はマブイの入った容器にそっと手を添えた。この先も、この小さな命と共に歩んでいきたいという思いが、胸の中に満ちていた。
 最寄り駅に着き、隼人と美咲は駅前で別れることになった。
「今日は本当にありがとう。美咲がいなかったら、ここまで来られなかった」
 隼人が改めてそう伝えると、美咲は少し照れくさそうに首を横に振った。夕暮れの駅前を行き交う人々の中で、二人はしばらく立ち止まったままだった。
「私だって、隼人くんと出会わなかったら、こんな経験できなかったよ。お互い様だね」
 美咲の言葉に、隼人は温かい気持ちで頷いた。夕暮れの駅前に、二人の影が長く伸びていた。
「また明日、学校で」
 隼人がそう声をかけると、美咲は小さく頷いた。
「うん、また明日」
 美咲が手を振りながら、改札の向こうへと消えていった。隼人はその後ろ姿を見送りながら、この一日の出来事をもう一度胸の中で反芻していた。
 家に着くと、母が玄関先で待っていてくれた。
「おかえりなさい。おめでとう、隼人」
 母は、隼人の顔を見るなり、優しく微笑んだ。エプロン姿のまま、玄関先まで駆け出してきたのだろう。少し息が弾んでいた。
「ただいま。今日は本当に、色々あったよ」
 隼人はそう言いながら、慎重にマブイの容器を持ち上げた。母は容器を覗き込むなり、小さく声を上げた。
「これが、天の窓......。写真で見るより、ずっとはっきりしてるのね」
 毎朝、水槽の前を通るたびに眺めていたはずのマブイを、母は初めて会う相手のように見つめている。
「うん。今日、開いたんだ」
 母はまるで自分のことのように、目を輝かせて聞き入っていた。台所からは、お祝いの夕食を作る匂いが既に漂い始めていた。
 その夜、隼人は自室でマブイの水槽を新しい水にセッティングし直した。長旅の疲れを癒すように、マブイはゆったりと水槽の中を泳ぎ始めた。上向きの目にある天の窓の模様は、家に帰ってきてからも変わらぬ輝きを保っていた。
 隼人は、机の上に置かれた正一のノートを開いた。そこに記された「天の窓」という一文を、もう一度指でなぞる。
「正一さん、僕、見ることができました」
 隼人は、ノートに向かって小さく呟いた。会ったことのない人物への、ささやかな報告だった。それから余白にペンを走らせる。いつもより一字ずつ確かめるような筆致になっているのを、隼人は自分でも感じていた。
「全国大会にて、天の窓が開いた。審査員の方々も驚いていた。ムラさんも、お父様が見たという景色を、初めて見ることができたと喜んでくれた」
 そう書き終えると、隼人はしばらくの間、ノートを見つめ続けていた。この空白のページを埋めていく作業に、これまとは違う確かな重みを感じていた。
 翌日、学校では、隼人と美咲が全国大会で特別賞と優秀賞をダブル受賞したという話が、あっという間に広まっていた。
「すごいじゃん、隼人。全国大会で賞取ったんだって」
 バスケ部の友人が、興奮した様子で声をかけてきた。教室の入り口で、他のクラスメイトたちも興味津々にこちらを見ている。
「うん......まあ、順位には入れなかったんだけどね」
 隼人は照れくさそうに答えたが、内心では、誰かに素直に喜びを分かち合えることが嬉しかった。
 担任の教師も朝のホームルームで、隼人と美咲の受賞をクラス全員の前で紹介してくれた。黒板の隅には、二人の名前と受賞内容が丁寧な文字で書き添えられていた。
「二人とも、本当によく頑張りましたね。特に、一度困難にぶつかりながらも、それを乗り越えて結果を出したという経緯は、皆さんにとっても良い学びになると思います」
 担任の言葉に、クラスメイトたちから温かい拍手が送られた。普段はあまり交流のない生徒たちからも称賛の声が飛んでくるのが、隼人には少しくすぐったく感じられた。隼人はその拍手を受けながら、これまでの数ヶ月間の日々が確かに実を結んだのだと、改めて実感していた。
 放課後、隼人は美咲と共に改めてムラさんの家を訪れた。全国大会で受け取った賞状を、額装して持参していた。手には、正一の名前が書かれた発泡スチロールの容器も携えていた。
「ムラさん、これ、受け取ってください」
 隼人が賞状を差し出すと、ムラさんは驚いた様子で目を丸くした。玄関先で立ったまま、しばらくその賞状を見つめていた。
「これは、隼人くんが受け取ったものだろう。俺が貰うわけには」
「いえ、この賞は、ムラさんと正一さんがいなかったら、絶対に取れなかったものです。だから、ムラさんの家に飾ってほしいんです」
 隼人の真剣な言葉に、ムラさんはしばらく黙り込んだ後、深く頷いた。
「分かった。ありがたく受け取らせてもらうよ」
 ムラさんは、賞状を大切そうに両手で受け取ると、仏壇のある部屋へと向かった。正一の遺影の前に、その賞状をそっと置いた。
「親父、見てくれたか。隼人くんがこんなに立派な賞を取ってくれたぞ」
 ムラさんが遺影に向かってそう語りかける姿を、隼人と美咲は少し離れた場所からじっと見守っていた。線香の香りが、部屋の中に細く漂っていた。
 仏間を出ると、隼人は発泡スチロールの容器を差し出した。
「これも、長い間お借りしました。おかげで無事に運ぶことができました」
「ああ、これも親父の相棒だったからな。また何かの時にはいつでも貸すよ」
 ムラさんはそう言って、容器を懐かしそうに撫でながら受け取った。
 その帰り道、美咲がふと提案した。
「今度、おばあちゃんにもこの結果を報告しに行かない? 昔の話も聞かせてもらったし、写真まで分けてもらったし。きっと喜んでくれると思う」
「うん、そうだね。ぜひ、お伝えしたい」
 週末、隼人は美咲と共に、彼女の祖母の家を訪れた。庭先の畑は夏野菜の名残を終え、代わりに菊の花が慎ましく咲いていた。
「まあ、隼人くん。久しぶりだねえ」
 祖母は、以前と変わらぬ温かい笑顔で二人を迎えてくれた。縁側に腰掛けるよう促され、二人は湯呑みに注がれたほうじ茶をいただいた。
「おばあちゃん、聞いてください。マブイに、天の窓っていう模様が現れたんです」
 美咲が興奮気味に報告すると、祖母は湯呑みを持つ手を止めた。
「天の窓......。前に来た時も、そんなことを聞かれたねえ」
 あの時は何も答えられなかった、と祖母は申し訳なさそうに付け加えた。隼人は、実際に模様が浮かんだ時の様子を順を追って話した。頭頂部にぽっかりと窓が開いたように見えたこと。審査員も初めて見ると言っていたこと。祖母は相槌を打ちながら、じっと耳を傾けていた。
 やがて、遠い記憶をたぐり寄せるように、庭の方へと目をやった。
「そう言われてみると、思い出すことがあるよ。昔、うちの近所に金魚のことになると人が変わったみたいに熱心になる人がいてね。あの人が育てていた金魚の頭に、確か、そんな風な模様が浮かんでいたような気がするんだよ」
 祖母がふと漏らした一言に、隼人と美咲は顔を見合わせた。庭先に吹く風が、菊の花をかすかに揺らしていた。
「その人が、ムラさんのお父さんだった、ってことでしょうか」
 隼人が尋ねると、祖母はゆっくりと頷いた。
「名前はもう覚えちゃいないけど、そうだったのかもしれないねえ。あんたたちが、こうして確かめさせてくれたんだ」
「そうだったら、素敵な繋がりですね」
 美咲がそう言うと、祖母は目を細めて頷いた。
「この町にずっと眠っていた何かが、隼人くんの手でまた花開いたんだろうねえ」
 祖母の言葉を聞きながら、隼人は改めて自分がこの土地の見えない歴史の一部に、確かに触れているのだという実感を覚えていた。天の窓という現象の科学的な仕組みは、今も分からないままだった。それでも、この地に生きた人々の想いが、時を超えて確かに繋がっているのだと、隼人は素直に信じられるようになっていた。
 全国大会から数日が経ち、隼人の日常は少しずつ元の形に戻っていった。授業に出て、バスケ部の練習に顔を出し、夕方には家に帰る。大会の準備に追われていた頃は、そんな当たり前の一日がどこか遠くにあった。それでも、水槽の前で過ごす時間だけは、以前とは少し違う質感を帯びるようになっていた。
「マブイ、今日も天の窓、綺麗だな」
 毎朝の水質チェックのついでに、隼人はそう声をかけるのが習慣になっていた。学校へ向かう前のほんの数分間のこの時間が、隼人にとって一日の始まりに欠かせないものになっていた。マブイの頭頂部に浮かぶ模様はあの日ほどの強い輝きではなくなっていたが、それでも確かに以前よりもくっきりとした形を保ち続けていた。水槽の脇に置かれた温度計を確認すると、数字はいつも通りの安定した範囲を示していた。朝の光が、部屋の中に少しずつ満ちてくる。
「なんだか、前より堂々と泳いでる気がする」
 ある日、部屋を訪れた美咲が、水槽を覗き込みながら言った。午後の光が、水槽の水面をきらきらと照らしていた。
「全国の水槽で、あれだけ人に見られたからかな」
 隼人が言うと、美咲は小さく吹き出した。マブイは二人の視線などどこ吹く風で、いつも通り水槽の中央を悠然と回っている。
 全国大会から一週間後、地元の新聞に隼人たちの快挙を伝える記事が掲載された。会場で写真を撮っていた記者が、地方紙にも情報を提供してくれていたのだった。
「地元高校生、全国大会で特別賞。稀少な『天の窓』現象で審査員を驚かせる」
 という見出しと共に、隼人がマブイの水槽を覗き込む写真が大きく掲載されていた。
「まさか新聞に載るなんてね」
 隼人は新聞を手に取りながら、まだ実感が湧かない様子で呟いた。紙面の写真に写る自分の姿を、何度も見返してしまう。
「学校の先生たちも、みんな話題にしてたよ」
 美咲がそう教えてくれた。記事には、地方予選からの経緯や地域に伝わる言い伝えについての研究内容も、簡潔にまとめられていた。
 その記事を読んだムラさんからも、電話がかかってきた。
「隼人くん、新聞見たぞ。親父の名前は出てないが、俺には分かる。あれは、間違いなく親父が繋いでくれた縁だ」
 電話越しのムラさんの声には、深い感慨が滲んでいた。受話器を握りながら、隼人はその言葉を深く胸に刻んでいた。
 季節は少しずつ深まり、河川敷の木々も紅葉から落葉へと移り変わっていった。隼人は相変わらず休日の朝には河川敷に足を運び、ムラさんと釣りを共にする日々を続けていた。
「隼人くん、これからも金魚は続けるのか」
 ある朝、竿を垂れながらムラさんがふと尋ねた。川霧がまだ薄く残る中、二人並んで釣り糸を垂らす時間がいつものように流れていた。
「はい。マブイのことは、これからもずっと大切に育てていきたいです」
 隼人は迷うことなく、そう答えた。
「そうか。それを聞いて安心したよ」
 ムラさんは満足そうに頷きながら、川面に視線を戻した。朝霧に包まれた川の流れは、隼人が初めてこの場所でムラさんと出会ったあの朝と何も変わらない穏やかな表情を見せていた。
 放課後の教室で、隼人と美咲は次の研究テーマについて時折話し合うようになっていた。
「せっかくだから、来年もまた何か新しい研究に挑戦してみようか」
 隼人が提案すると、美咲は目を輝かせた。放課後の教室に差し込む西日が、二人の座る机を橙色に照らしていた。
「いいね。今度は、頂天眼以外の品種についても調べてみたいな」
「うん、それも面白そうだ」
 二人はこれからの計画について、あれこれと語り合った。かつての対立を経て、二人の間には以前よりもさらに深い信頼関係が築かれているのを隼人は感じていた。
「じゃあ今度の休み、また行くね」
 美咲が、当たり前のようにそう言った。
「うん、もちろん。マブイも待ってると思う」
 隼人は自然な笑顔でそう答えた。二人の間に流れるこの穏やかで温かい時間が、これからも続いていくことを隼人は心の底から願っていた。
 その夜、隼人は自室の机に向かい、正一のノートの最後のページを開いた。かつて真っ白だった余白は、いつのまにか自分の字で半分ほど埋まっている。震える筆致で書き継がれた正一の記録と、その続きを書いている自分の字が、同じ一冊の中で隣り合っていた。
「マブイ、ここまで一緒に頑張ってきたな」
 隼人が声をかけると、マブイは水槽の中央をゆったりと旋回した。上向きの目にある天の窓の模様が、部屋の明かりを受けて淡く輝いている。
 冬が近づくにつれ、隼人は水槽用のヒーターを季節に合わせて調整するようになった。今度は色揚げのためではなく、純粋にマブイの快適な環境を保つための調整だった。水温計を確認しながら、隼人はノートに記録をつけていく。この地道な作業の一つ一つが、これからも続いていく日々の礎になるのだと、隼人は実感していた。
 部活動から帰る夕暮れの道すがら、隼人はふとこの半年あまりの日々を振り返ることがあった。金魚を飼うことすら迷っていたあの初夏の朝から、全国大会で天の窓を見るに至るまでの濃密な道のり。その一つ一つの出来事が今の自分を形作っているのだと、隼人は嚙みしめるように思った。
 窓の外には、冬の訪れを感じさせる澄んだ夜空が広がっていた。全国大会という大きな山を越えた今、隼人の胸には穏やかな充実感と、これから先も続いていくであろうマブイとの日々への確かな期待が満ちていた。
 天の窓という現象の正体は、今も科学的には解き明かされていない。それでも、この半年あまりの日々を通じて、隼人は確かに一つの真実を掴んでいた。大切なのは、結果を追い求めることではなく、目の前の命と真摯に向き合い続けることなのだと。焦りに駆られていた頃の自分と今の自分との違いを、隼人は確かに感じ取っていた。
 この先の季節がどんなものになろうとも、隼人はこの小さな相棒と共に一歩ずつ歩んでいくのだろう。明日もまた、いつもと変わらない朝が来る。水温を測り、餌をやり、ノートに一行を書き足す。その繰り返しの先にこそ、あの窓は開いたのだった。
 その夜、隼人はそっとノートを閉じ、水槽の明かりだけを残して静かな眠りに落ちていった。マブイはその寝息を見守るように、今夜もひっそりと、水槽の中を泳ぎ続けていた。
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天窓の魚作者:森本 凛
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第六章 天の窓、開く

全国大会当日の朝は、雲一つない秋晴れだった。隼人は誰よりも早く目を覚まし、身支度を整えると、慎重にマブイを運搬用の容器に移した。ムラさんから借りた発泡スチロールの容器は、何度も使ってきたことですっかり手に馴染んでいた。窓から差し込む朝日が、まだ薄暗い部屋を淡く照らし始めていた。
「今日は、ありのままのお前を見てもらおう」
 隼人は水槽を覗き込み、そう語りかけた。マブイは、いつもと変わらぬ優雅さで、上向きの目をこちらに向けていた。数ヶ月前、この魚を初めて水槽に迎えた日のことを、隼人はふと思い出していた。
 会場までは電車で二時間ほどかかる。母に見送られ、隼人は美咲と駅で待ち合わせた。改札前の時計は、まだ約束の時間の十分前を指していた。
「おはよう。緊張してる?」
 美咲が尋ねると、隼人は苦笑いを浮かべた。改札前で待つ彼女の手には、いつもと同じ几帳面に整理された資料ファイルが握られていた。
「うん、少し。でも、地方予選の時とは違う気がする」
 隼人は自分の心の変化を、素直に言葉にした。結果への執着よりも、今はただマブイの様子を大切に見守りたいという気持ちの方が、はるかに大きくなっていた。
 電車を乗り継ぎ、隣県の大きな展示場に到着すると、その規模の大きさに、隼人は思わず息を呑んだ。地方予選とは比較にならないほど広い会場に、全国各地から集まった出品者たちがそれぞれの金魚を携えて並んでいる。駐車場には観光バスまで停まっており、この大会がいかに大規模なものかを物語っていた。
「すごい人の数だね......」
 美咲も圧倒された様子で呟いた。展示場の入り口には、大きな垂れ幕が掲げられ、全国大会の正式名称と開催回数を示す数字が誇らしげに記されていた。案内係の指示に従いながら、二人は受付を目指して長い列に並んだ。
 受付を済ませ、指定された審査エリアにマブイを移す。隣には、これまで見たこともないような様々な地方から集まった頂天眼たちが並んでいた。会場のスピーカーから、開会を告げるアナウンスが低く流れていた。それぞれの個体が、その土地ならではの育て方を反映しているのか、微妙に異なる特徴を持っているのが素人目にも分かった。
 午前中は、学生研究発表の審査だった。地方予選を勝ち抜いた学校が、全国各地から集まっている。控室では、様々な地方の言葉が飛び交い、隼人はその賑わいに圧倒された。隼人と美咲は、これまでで最も洗練された内容に仕上げたポスターを掲げ、審査員たちの前に立った。
「頂天眼の飼育記録と、地域に伝わる言い伝えについて、そして私たち自身の気づきの過程を発表します」
 美咲が落ち着いた声で切り出した。ポスターには、これまでの記録に加え、対立と和解を経て得た気づきについても新たな項目として書き加えられていた。審査員たちの視線が、そのポスターの端々に注がれているのを隼人は感じ取っていた。全国大会向けに書き加えた対立と和解の経緯についても、二人は正直に語った。
「一時期、結果を求めるあまり、金魚に無理な負担をかけそうになったことがありました。しかし、そこで踏みとどまり、初心に返ることができました」
 隼人がそう話すと、審査員の一人が興味深そうに身を乗り出した。教室で何度も練習してきた言葉が、今、確かな実感を伴って口から出てくるのを、隼人自身も感じていた。
「その経験は、研究者としても飼育者としても、大切な学びですね」
 審査員の言葉に、隼人と美咲は顔を見合わせ、小さく頷き合った。これまでの苦い経験がこうして肯定的に評価される瞬間に、隼人は深い安堵を覚えていた。
 午後になり、品評会本審査の時間が訪れた。全国から集まった頂天眼たちが一堂に会する光景は、圧巻としか言いようがなかった。審査エリアを囲む人だかりの中には、地方予選で顔を合わせた出品者の姿もちらほら見えた。隼人は緊張しながらも、マブイの水槽をじっと見守っていた。
 審査員たちが、一匹ずつ丁寧に観察していく。マブイの番が近づくにつれ、隼人の心臓は早鐘のように打ち始めた。隣で見守る美咲の手も、緊張からか小さく震えているようだった。
「この子は、地方予選で優秀賞を取った研究発表の個体ですね」
 審査員の一人がそう言いながら、マブイの水槽に近づいた。手元の資料をめくり、事前情報を確認している様子だった。その瞬間だった。
「あっ......」
 美咲が小さく声を上げた。隼人も、その変化に気づいた。マブイの頭頂部にある、上向きの目の周辺の模様が、まるで内側から光を放つようにはっきりとした輪郭を描き始めていたのだ。水槽の照明を受けて、その輝きは一段と鮮やかに見えた。
「これは......」
 審査員たちもその様子に気づき、驚いたように顔を見合わせた。まるで、頭頂部にぽっかりと小さな窓が開いたかのような、澄んだ輝きだった。
 隼人はその光景を見つめながら、ムラさんから聞いた言い伝えを思い出していた。天の窓――誰かの想いを託されて大切に育てられた金魚に、ごく稀に現れるという模様。育てる者の心のありようが、そのまま映るのだと、ムラさんはこの土地に古くから伝わる話としてそう語っていた。周囲のざわめきが、次第に遠くのもののように感じられた。
「これが、天の窓......」
 隼人は、震える声でそう呟いた。周囲がどよめく中、隼人の視界にはもうマブイの姿しか映っていなかった。焦りに駆られていた時期には見えなかったものが、初心に戻り、マブイと真摯に向き合い直したことで、ようやく姿を現したのだ。数値化できる基準では測れない目に見えない何かが、確かにこの瞬間、結実していた。傍らに立つ美咲も、言葉を失ったままその輝きに見入っていた。
 審査員長が、ゆっくりと口を開いた。周囲に集まっていた他の審査員たちも、その様子を食い入るように見つめていた。
「これほど鮮明な天の窓は、私も長年この世界に携わってきましたが、初めて目にしました」
 審査員長は、そう言いながら、隼人とマブイを交互に見つめた。
 周囲に集まっていた他の出品者たちも、口々にどよめきの声を上げていた。地方予選で顔を合わせた、あの著名な養魚場から出品された個体の飼い主も、驚いた様子でマブイの水槽を覗き込んでいた。
「こんな模様、初めて見たな」
「これが噂に聞く天の窓か......」
 誰かがそう漏らす声が、隼人の耳にも届いた。周囲の声を聞きながら、隼人はどこか現実味の薄い感覚に包まれていた。これまで、資料館でも祖母の記憶の中でも確かな答えを得られなかった謎が、今、目の前で確かな形をとって現れている。その事実に、隼人はただ呆然と見入っていた。
 審査が終わり、結果発表までの間、隼人と美咲は会場のベンチに並んで座った。
「あんなことが起きるなんて、思ってもみなかったね」
 美咲が興奮を隠しきれない様子で言った。ベンチに座っても、その手はまだ小さく震えているようだった。
「うん。でも、なんだか不思議と、驚きよりも納得の方が大きい気がする」
 隼人は静かにそう答えた。あの模様が現れた瞬間、これまでの数ヶ月間の日々が、すべて意味を持って繋がっていくような、そんな感覚があった。二位という結果に悔しさを覚えた予選、美咲との対立、ムラさんから聞いた正一の過去。そのすべてが、今この瞬間のために、必要な道のりだったのかもしれない。
 結果発表の時間が近づき、会場全体に緊張感が満ちていった。隼人は、隣に座る美咲の横顔をちらりと見た。彼女もまた、真剣な表情で壇上を見つめていた。マブイの入った容器を、隼人は膝の上でそっと抱えていた。
 結果発表の時間、隼人と美咲は緊張した面持ちで壇上を見つめていた。司会者がマイクを手に、順位の発表を始めていく。三位、二位、一位と、次々に名前が呼ばれていったが、その中にマブイの名前はなかった。しかし、司会者の口から思いがけない言葉が発せられた。
「特別賞、鈴木隼人様の『マブイ』天の窓と呼ばれる稀少な特徴を有し、審査員一同、深い感銘を受けました」
 司会者の声が、会場中に響き渡った。隼人は、自分の名前が呼ばれたことに、しばらく実感が湧かなかった。隣に座る美咲が、そっと肩に手を添えてくれた。会場に、驚きと祝福の拍手が広がった。隼人は、その瞬間、これまでのすべての出来事が一つの意味を持って繋がっていくのを感じた。
 続けて、学生研究発表部門の結果も読み上げられた。優秀賞として二人の名前が呼ばれた時、美咲が息を呑むのが隣で分かった。地方予選に続いての受賞だった。
 壇上で賞状を受け取りながら、隼人はふと、会場の隅に視線を向けた。
 壇上で賞状を受け取りながら、隼人はふと、会場の隅に視線を向けた。そこには、事前に連絡を受けて駆けつけてくれたムラさんの姿があった。ムラさんは、両手で顔を覆うようにして何度も涙を拭っていた。壇上から見下ろす会場の景色は、これまで経験したどんな瞬間よりも、鮮明に隼人の目に焼き付いた。
 表彰式が終わり、隼人と美咲はムラさんのもとへと駆け寄った。人混みをかき分けながら、隼人は思わず駆け足になっていた。
「ムラさん、見てくれましたか」
「ああ、しっかり見てたよ」
 ムラさんは、感極まった様子で何度も頷いた。目の縁には、まだうっすらと涙の跡が残っていた。
「天の窓が開くところを、この目で見られるとはな。親父が最期に見たっていう景色を、俺も今、初めて見ることができた」
 ムラさんは、そう言いながら、遠くを見つめるような目をしていた。長年、父の言葉としてしか知らなかった光景を、今、現実のものとして目撃した感慨が、その表情に滲んでいた。
 ムラさんの言葉に、隼人は胸が熱くなった。正一が生涯をかけて見つめ続けた何かに、自分もまた確かに触れることができたのだと、じんわりとした実感が広がっていった。
 会場を出る前に、隼人は母に電話をかけた。
「お母さん、特別賞をもらえたよ。それに、天の窓っていう珍しい模様も見られたんだ」
 隼人は、興奮を抑えきれない様子で、電話越しに一気にそう伝えた。
「本当に? すごいじゃない!」
 電話越しに、母の弾んだ声が聞こえてきた。
「今から写真、送るね」
 隼人はそう言って、賞状と頭頂部の模様がはっきり写るように撮ったマブイの写真をその場で母に送った。展示場の外に設置されたベンチに腰掛けながら、スマートフォンの画面を何度も確認する。しばらくすると、母から「おめでとう。本当によく頑張ったね」という短いメッセージが届いた。その素朴な言葉に、隼人は胸がいっぱいになった。
 会場の撤収作業が始まる中、隼人と美咲、ムラさんの三人は、マブイの容器を丁寧に整えながら帰り支度を進めた。展示場の外に出ると、秋の夕日が会場全体を橙色に染め上げていた。
「今日は本当にありがとうございました。ムラさんが色々教えてくれたおかげで、ここまで来られました」
 隼人が深く頭を下げると、ムラさんは照れくさそうに笑った。
「いや、隼人くんと美咲さんが、自分たちの力でここまで来たんだ。俺はただ、見守ってただけだよ」
 ムラさんの謙遜する言葉の奥に、二人への深い信頼が滲んでいるのを隼人は感じ取った。夕暮れの光が、三人の影を長く地面に伸ばしていた。
 帰りの電車の中、隼人は膝の上に置いた容器の中で、ゆらゆらと揺れるマブイを見つめていた。車窓を流れる景色が、次第に住み慣れた町並みへと変わっていく。窓の外を流れる夕暮れの景色を眺めながら、美咲がぽつりと言った。
「天の窓、本当に見られたね」
「うん。ずっと追いかけてきた謎が、こんな形で応えてくれるなんて、思ってもみなかった」
 隼人はそう答えた。全国大会という大きな舞台での結果以上に、この数ヶ月間の日々そのものがかけがえのないものだったのだと、改めて実感していた。
「隼人くん、最初にマブイを引き取った時のこと、覚えてる?」
 美咲がふと尋ねた。
「うん。あの頃は、金魚を飼うことすらまだ迷ってたな」
 隼人は、懐かしむように答えた。狭い電車の座席から見える景色が、少しずつ夜の色に染まっていく。
「あの頃の隼人くんと、今の隼人くんじゃ、全然違う人みたい」
 美咲が微笑みながら言った。その言葉に、隼人は少し照れくさそうに笑い返した。確かにこの数ヶ月間で、自分の中の何かが大きく変わったのだと、隼人自身も感じていた。
「そういえば、講評、まだちゃんと読んでないね」
 美咲が思い出したように言った。表彰式の後で配られた冊子を、鞄から取り出す。座席の間の狭いスペースで、二人は紙面を覗き込むように顔を寄せ合った。
「『半年に及ぶ毎日の観察記録は、それ自体が得難い資料である』......だって」
 美咲が声に出して読み上げると、隼人は思わず口元が緩むのを感じた。派手な発見があったわけではない。ただ毎朝、水温を測ってノートに書き続けただけだ。その地味な繰り返しを、誰かがちゃんと見ていてくれた。
「ちゃんと読んでもらえてたんだね、あのノート」
 美咲も嬉しそうに、資料を覗き込んだ。二人で積み重ねてきた研究が、全国という舞台でも確かに評価されたのだという実感が、じんわりと胸に広がっていった。
 電車の窓に映る自分の顔を見つめながら、隼人はマブイの入った容器にそっと手を添えた。この先も、この小さな命と共に歩んでいきたいという思いが、胸の中に満ちていた。
 最寄り駅に着き、隼人と美咲は駅前で別れることになった。
「今日は本当にありがとう。美咲がいなかったら、ここまで来られなかった」
 隼人が改めてそう伝えると、美咲は少し照れくさそうに首を横に振った。夕暮れの駅前を行き交う人々の中で、二人はしばらく立ち止まったままだった。
「私だって、隼人くんと出会わなかったら、こんな経験できなかったよ。お互い様だね」
 美咲の言葉に、隼人は温かい気持ちで頷いた。夕暮れの駅前に、二人の影が長く伸びていた。
「また明日、学校で」
 隼人がそう声をかけると、美咲は小さく頷いた。
「うん、また明日」
 美咲が手を振りながら、改札の向こうへと消えていった。隼人はその後ろ姿を見送りながら、この一日の出来事をもう一度胸の中で反芻していた。
 家に着くと、母が玄関先で待っていてくれた。
「おかえりなさい。おめでとう、隼人」
 母は、隼人の顔を見るなり、優しく微笑んだ。エプロン姿のまま、玄関先まで駆け出してきたのだろう。少し息が弾んでいた。
「ただいま。今日は本当に、色々あったよ」
 隼人はそう言いながら、慎重にマブイの容器を持ち上げた。母は容器を覗き込むなり、小さく声を上げた。
「これが、天の窓......。写真で見るより、ずっとはっきりしてるのね」
 毎朝、水槽の前を通るたびに眺めていたはずのマブイを、母は初めて会う相手のように見つめている。
「うん。今日、開いたんだ」
 母はまるで自分のことのように、目を輝かせて聞き入っていた。台所からは、お祝いの夕食を作る匂いが既に漂い始めていた。
 その夜、隼人は自室でマブイの水槽を新しい水にセッティングし直した。長旅の疲れを癒すように、マブイはゆったりと水槽の中を泳ぎ始めた。上向きの目にある天の窓の模様は、家に帰ってきてからも変わらぬ輝きを保っていた。
 隼人は、机の上に置かれた正一のノートを開いた。そこに記された「天の窓」という一文を、もう一度指でなぞる。
「正一さん、僕、見ることができました」
 隼人は、ノートに向かって小さく呟いた。会ったことのない人物への、ささやかな報告だった。それから余白にペンを走らせる。いつもより一字ずつ確かめるような筆致になっているのを、隼人は自分でも感じていた。
「全国大会にて、天の窓が開いた。審査員の方々も驚いていた。ムラさんも、お父様が見たという景色を、初めて見ることができたと喜んでくれた」
 そう書き終えると、隼人はしばらくの間、ノートを見つめ続けていた。この空白のページを埋めていく作業に、これまとは違う確かな重みを感じていた。
 翌日、学校では、隼人と美咲が全国大会で特別賞と優秀賞をダブル受賞したという話が、あっという間に広まっていた。
「すごいじゃん、隼人。全国大会で賞取ったんだって」
 バスケ部の友人が、興奮した様子で声をかけてきた。教室の入り口で、他のクラスメイトたちも興味津々にこちらを見ている。
「うん......まあ、順位には入れなかったんだけどね」
 隼人は照れくさそうに答えたが、内心では、誰かに素直に喜びを分かち合えることが嬉しかった。
 担任の教師も朝のホームルームで、隼人と美咲の受賞をクラス全員の前で紹介してくれた。黒板の隅には、二人の名前と受賞内容が丁寧な文字で書き添えられていた。
「二人とも、本当によく頑張りましたね。特に、一度困難にぶつかりながらも、それを乗り越えて結果を出したという経緯は、皆さんにとっても良い学びになると思います」
 担任の言葉に、クラスメイトたちから温かい拍手が送られた。普段はあまり交流のない生徒たちからも称賛の声が飛んでくるのが、隼人には少しくすぐったく感じられた。隼人はその拍手を受けながら、これまでの数ヶ月間の日々が確かに実を結んだのだと、改めて実感していた。
 放課後、隼人は美咲と共に改めてムラさんの家を訪れた。全国大会で受け取った賞状を、額装して持参していた。手には、正一の名前が書かれた発泡スチロールの容器も携えていた。
「ムラさん、これ、受け取ってください」
 隼人が賞状を差し出すと、ムラさんは驚いた様子で目を丸くした。玄関先で立ったまま、しばらくその賞状を見つめていた。
「これは、隼人くんが受け取ったものだろう。俺が貰うわけには」
「いえ、この賞は、ムラさんと正一さんがいなかったら、絶対に取れなかったものです。だから、ムラさんの家に飾ってほしいんです」
 隼人の真剣な言葉に、ムラさんはしばらく黙り込んだ後、深く頷いた。
「分かった。ありがたく受け取らせてもらうよ」
 ムラさんは、賞状を大切そうに両手で受け取ると、仏壇のある部屋へと向かった。正一の遺影の前に、その賞状をそっと置いた。
「親父、見てくれたか。隼人くんがこんなに立派な賞を取ってくれたぞ」
 ムラさんが遺影に向かってそう語りかける姿を、隼人と美咲は少し離れた場所からじっと見守っていた。線香の香りが、部屋の中に細く漂っていた。
 仏間を出ると、隼人は発泡スチロールの容器を差し出した。
「これも、長い間お借りしました。おかげで無事に運ぶことができました」
「ああ、これも親父の相棒だったからな。また何かの時にはいつでも貸すよ」
 ムラさんはそう言って、容器を懐かしそうに撫でながら受け取った。
 その帰り道、美咲がふと提案した。
「今度、おばあちゃんにもこの結果を報告しに行かない? 昔の話も聞かせてもらったし、写真まで分けてもらったし。きっと喜んでくれると思う」
「うん、そうだね。ぜひ、お伝えしたい」
 週末、隼人は美咲と共に、彼女の祖母の家を訪れた。庭先の畑は夏野菜の名残を終え、代わりに菊の花が慎ましく咲いていた。
「まあ、隼人くん。久しぶりだねえ」
 祖母は、以前と変わらぬ温かい笑顔で二人を迎えてくれた。縁側に腰掛けるよう促され、二人は湯呑みに注がれたほうじ茶をいただいた。
「おばあちゃん、聞いてください。マブイに、天の窓っていう模様が現れたんです」
 美咲が興奮気味に報告すると、祖母は湯呑みを持つ手を止めた。
「天の窓......。前に来た時も、そんなことを聞かれたねえ」
 あの時は何も答えられなかった、と祖母は申し訳なさそうに付け加えた。隼人は、実際に模様が浮かんだ時の様子を順を追って話した。頭頂部にぽっかりと窓が開いたように見えたこと。審査員も初めて見ると言っていたこと。祖母は相槌を打ちながら、じっと耳を傾けていた。
 やがて、遠い記憶をたぐり寄せるように、庭の方へと目をやった。
「そう言われてみると、思い出すことがあるよ。昔、うちの近所に金魚のことになると人が変わったみたいに熱心になる人がいてね。あの人が育てていた金魚の頭に、確か、そんな風な模様が浮かんでいたような気がするんだよ」
 祖母がふと漏らした一言に、隼人と美咲は顔を見合わせた。庭先に吹く風が、菊の花をかすかに揺らしていた。
「その人が、ムラさんのお父さんだった、ってことでしょうか」
 隼人が尋ねると、祖母はゆっくりと頷いた。
「名前はもう覚えちゃいないけど、そうだったのかもしれないねえ。あんたたちが、こうして確かめさせてくれたんだ」
「そうだったら、素敵な繋がりですね」
 美咲がそう言うと、祖母は目を細めて頷いた。
「この町にずっと眠っていた何かが、隼人くんの手でまた花開いたんだろうねえ」
 祖母の言葉を聞きながら、隼人は改めて自分がこの土地の見えない歴史の一部に、確かに触れているのだという実感を覚えていた。天の窓という現象の科学的な仕組みは、今も分からないままだった。それでも、この地に生きた人々の想いが、時を超えて確かに繋がっているのだと、隼人は素直に信じられるようになっていた。
 全国大会から数日が経ち、隼人の日常は少しずつ元の形に戻っていった。授業に出て、バスケ部の練習に顔を出し、夕方には家に帰る。大会の準備に追われていた頃は、そんな当たり前の一日がどこか遠くにあった。それでも、水槽の前で過ごす時間だけは、以前とは少し違う質感を帯びるようになっていた。
「マブイ、今日も天の窓、綺麗だな」
 毎朝の水質チェックのついでに、隼人はそう声をかけるのが習慣になっていた。学校へ向かう前のほんの数分間のこの時間が、隼人にとって一日の始まりに欠かせないものになっていた。マブイの頭頂部に浮かぶ模様はあの日ほどの強い輝きではなくなっていたが、それでも確かに以前よりもくっきりとした形を保ち続けていた。水槽の脇に置かれた温度計を確認すると、数字はいつも通りの安定した範囲を示していた。朝の光が、部屋の中に少しずつ満ちてくる。
「なんだか、前より堂々と泳いでる気がする」
 ある日、部屋を訪れた美咲が、水槽を覗き込みながら言った。午後の光が、水槽の水面をきらきらと照らしていた。
「全国の水槽で、あれだけ人に見られたからかな」
 隼人が言うと、美咲は小さく吹き出した。マブイは二人の視線などどこ吹く風で、いつも通り水槽の中央を悠然と回っている。
 全国大会から一週間後、地元の新聞に隼人たちの快挙を伝える記事が掲載された。会場で写真を撮っていた記者が、地方紙にも情報を提供してくれていたのだった。
「地元高校生、全国大会で特別賞。稀少な『天の窓』現象で審査員を驚かせる」
 という見出しと共に、隼人がマブイの水槽を覗き込む写真が大きく掲載されていた。
「まさか新聞に載るなんてね」
 隼人は新聞を手に取りながら、まだ実感が湧かない様子で呟いた。紙面の写真に写る自分の姿を、何度も見返してしまう。
「学校の先生たちも、みんな話題にしてたよ」
 美咲がそう教えてくれた。記事には、地方予選からの経緯や地域に伝わる言い伝えについての研究内容も、簡潔にまとめられていた。
 その記事を読んだムラさんからも、電話がかかってきた。
「隼人くん、新聞見たぞ。親父の名前は出てないが、俺には分かる。あれは、間違いなく親父が繋いでくれた縁だ」
 電話越しのムラさんの声には、深い感慨が滲んでいた。受話器を握りながら、隼人はその言葉を深く胸に刻んでいた。
 季節は少しずつ深まり、河川敷の木々も紅葉から落葉へと移り変わっていった。隼人は相変わらず休日の朝には河川敷に足を運び、ムラさんと釣りを共にする日々を続けていた。
「隼人くん、これからも金魚は続けるのか」
 ある朝、竿を垂れながらムラさんがふと尋ねた。川霧がまだ薄く残る中、二人並んで釣り糸を垂らす時間がいつものように流れていた。
「はい。マブイのことは、これからもずっと大切に育てていきたいです」
 隼人は迷うことなく、そう答えた。
「そうか。それを聞いて安心したよ」
 ムラさんは満足そうに頷きながら、川面に視線を戻した。朝霧に包まれた川の流れは、隼人が初めてこの場所でムラさんと出会ったあの朝と何も変わらない穏やかな表情を見せていた。
 放課後の教室で、隼人と美咲は次の研究テーマについて時折話し合うようになっていた。
「せっかくだから、来年もまた何か新しい研究に挑戦してみようか」
 隼人が提案すると、美咲は目を輝かせた。放課後の教室に差し込む西日が、二人の座る机を橙色に照らしていた。
「いいね。今度は、頂天眼以外の品種についても調べてみたいな」
「うん、それも面白そうだ」
 二人はこれからの計画について、あれこれと語り合った。かつての対立を経て、二人の間には以前よりもさらに深い信頼関係が築かれているのを隼人は感じていた。
「じゃあ今度の休み、また行くね」
 美咲が、当たり前のようにそう言った。
「うん、もちろん。マブイも待ってると思う」
 隼人は自然な笑顔でそう答えた。二人の間に流れるこの穏やかで温かい時間が、これからも続いていくことを隼人は心の底から願っていた。
 その夜、隼人は自室の机に向かい、正一のノートの最後のページを開いた。かつて真っ白だった余白は、いつのまにか自分の字で半分ほど埋まっている。震える筆致で書き継がれた正一の記録と、その続きを書いている自分の字が、同じ一冊の中で隣り合っていた。
「マブイ、ここまで一緒に頑張ってきたな」
 隼人が声をかけると、マブイは水槽の中央をゆったりと旋回した。上向きの目にある天の窓の模様が、部屋の明かりを受けて淡く輝いている。
 冬が近づくにつれ、隼人は水槽用のヒーターを季節に合わせて調整するようになった。今度は色揚げのためではなく、純粋にマブイの快適な環境を保つための調整だった。水温計を確認しながら、隼人はノートに記録をつけていく。この地道な作業の一つ一つが、これからも続いていく日々の礎になるのだと、隼人は実感していた。
 部活動から帰る夕暮れの道すがら、隼人はふとこの半年あまりの日々を振り返ることがあった。金魚を飼うことすら迷っていたあの初夏の朝から、全国大会で天の窓を見るに至るまでの濃密な道のり。その一つ一つの出来事が今の自分を形作っているのだと、隼人は嚙みしめるように思った。
 窓の外には、冬の訪れを感じさせる澄んだ夜空が広がっていた。全国大会という大きな山を越えた今、隼人の胸には穏やかな充実感と、これから先も続いていくであろうマブイとの日々への確かな期待が満ちていた。
 天の窓という現象の正体は、今も科学的には解き明かされていない。それでも、この半年あまりの日々を通じて、隼人は確かに一つの真実を掴んでいた。大切なのは、結果を追い求めることではなく、目の前の命と真摯に向き合い続けることなのだと。焦りに駆られていた頃の自分と今の自分との違いを、隼人は確かに感じ取っていた。
 この先の季節がどんなものになろうとも、隼人はこの小さな相棒と共に一歩ずつ歩んでいくのだろう。明日もまた、いつもと変わらない朝が来る。水温を測り、餌をやり、ノートに一行を書き足す。その繰り返しの先にこそ、あの窓は開いたのだった。
 その夜、隼人はそっとノートを閉じ、水槽の明かりだけを残して静かな眠りに落ちていった。マブイはその寝息を見守るように、今夜もひっそりと、水槽の中を泳ぎ続けていた。
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第五章 軋みと和解
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天窓の魚作者:森本 凛
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