文化祭は各クラス5万円の予算がありますが、それ以上は自腹です。なお、売上は100万を軽く超えます。
教室に向かう足取りが重い。
そう遠くはないはずなのだけれど、進んでいる気がしない。
正直、帰りたい。
けれど、そうしたらもっと酷いことになる。頭ではわかってるのに体が拒否反応をだす。
歩く、歩く。
しばらくして、ようやく教室にたどり着いた。
教室の扉は開きっぱなしで中の様子はよく見える。
男子もすでにそろっていて、僕が最後のようだった。誰も楽しそうにはしていない
――キーン コン カーン コーン
チャイムがなる。
遅れないように早くでたはずなのに、いつの間にか時間が経っていたようだ。慌てて席に座る。橘の隣と覚えていたから間違えることはなかった。
先生。
ではなく、委員長が教壇に立つ。
「チャイムが鳴りました。それでは文化祭の準備を始めます」
さぁ、始めよう。
少しでもマシな罰ゲームにするために。
―――――――――――――――――――――
会議は思っていた以上に静かだった。
お触り厳禁という提案も料金全ての高額化にも、女子の反発もなくあっさりと通ってしまう。
明らかにおかしい。嵐の前の静けさというべきか、絶対になにか企んでいる。それだけはわかる。
けれど、そこまでして何を通したいのかわからない。それなのに議論は少しづつ終わりに近づいていく。
男子が言いたいことを全部話し終わったの確認して、委員長は動いた。
「それでは最後に私から販売商品について提案があります」
――来る
委員の女子が話し始める。
「はじめに、これは女子全員の総意です。もし、これが通らなかったら今までに決めたことが全て白紙になります。男子は素直に受け止めることをおすすめします」
そう前置きする。
そんな酷い提案は無いとは思う。パッと思いつく限りでは絶対に嫌というものが見つからない。大丈夫、大丈夫なはずだ。
次の言葉を言う前に委員長の口がニヤリと曲がる。
「――シチュエーションボイスです」
は?
考えもしなかった言葉に思わず思考が止まる。
「執事にあった束縛・甘々・目覚ましの3種を販売する予定です。男子は10人居ますので30種類になりますね」
淡々と決定事項かのように委員は告げる。
「⋯⋯せ、せめて一つに、、」
「そうですか、では高額化はやめましょう。その方がお客がたくさん来そうですし。あと、お触りもOKにしましょうか」
一人の男子が声を上げるが、あっさりと流される。というか交換条件が釣り合っていない。ボイスが3個から1個になってもあまり変わらないのにその2は絶対にダメ。
「ちょっと待って、男子で相談させて」
僕は話に割り込む。このまま決めてしまうと最悪な結果になることが目に見えている。
「いいですよ。早くしてくださいね」
委員から了承を得ると、さっとクラスの隅の方で固まる。本当は女子が来れない男性専用教室まで行きたいのだけど、そこまで許してくれる気がしなかった。
「どうする?」
誰からも返事は返ってこない。嫌ではある、でもどうにかする対処法が存在しない。
「そんな悩むこと?ボイスなんていつも彼女達に言ってるでしょ?」
御形がそう言った。さすが、ハーレム野郎言うことが違う。
「それが不特定多数に聞かれることが嫌なんだよ。あと、甘ったるい言葉なんて言いたくない」
なお、僕には彼女がいないので、初めて口にする相手がマイクになる。むなしいな。
「じゃあ、どうする?私はボイスのために他を犠牲のするのは絶対に嫌」
「⋯⋯」
わかる。他を犠牲にするほどか?と聞かれたらそこまでではないという答えになってしまう。
でも、あとで絶対にこの選択に後悔する。シチュエーションボイスなんて黒歴史にしかならない。
それでも、受け入れるしかないな。
そんな空気が僕達の中に流れる。
「⋯⋯なにかあるか?」
最終確認だ。全員で顔を見合わせる。
反論は⋯⋯なさそうだ。
「⋯⋯ないよ」
「よし。意見はまとまった。委員長、男子はその提案を受け入れる」
席に戻る暇もなく、そう御形が伝える。
「そうですか。では、アレを配ってください」
あれ?
委員長がさっと目配せをすると、副委員が紙袋を取り出す。
中身はなんだろうなと考えるより先に、中身の1つが前の方にある男性席に置かれる。
――あつい
単行本と言われたら、納得してしまうくらいの分厚さ。ここからだと少し遠くて表紙に何が書かれているかはわからない。
副委員が一冊ずつ丁寧に置いていく。一つ一つ表紙の色が違う。
全員が別々に作られたのか。そんなことを考えてしまうくらいには、軽く絶望していた。
男子の固まっている場所の近くに一冊置かれる。光に誘われる蛾のようにフラフラと僕達は近づく。
見た目は思ったよりシンプルだった。タイトルとかそういったものはなく、『台本』とその男子の『名前』だけ。
やっぱり個別で用意していそうだ。
開くのはその台本の持ち主ということで、一人の男子に無理やり冊子を開かせた。
手は震えている。けれど、一筋の希望を求め、彼は勢いよくページを開く。
一面に広がる文字。
余白なんて甘えはない。見やすさを犠牲にした、圧倒的質量がそこにはあった。
「ヒィッ」
思わず声が出てしまう。
あれが単行本サイズであるのだ。何十分間しゃべればいいのか。下手したら2時間超えそう。
「そんな一箇所に集まらなくても人数分ちゃんとありますよ。セリフも一人一人にあったものを、ね」
語尾に音符がついていそうなほど上機嫌な声。僕達が怯える姿を見て楽しんでるな。悪趣味だ。
このままここで突っ立ているわけには行かなず、自分の席に戻る。戻ってもこの冊子からは逃げられないのだけど。
僕の机に鎮座する分厚い冊子。
自分の分だからか、さっきの冊子より存在感がすごい。中を見たくない。けれど、見ないわけにはいかない。
中身はあまり見ないように、パラパラとめくる。
うん、黒い。あのページだけぎっしりというわけではなかったようだ。
ヤバい、活字嫌いじゃないはずなのに目眩と吐き気がする。日常的に本を読む僕でさえこれなのだ。活字嫌いな男子だったらどうなっていたことか。そこそこいそうだな、このクラスに。
「どうですか?この台本?すごかったですよね」
橘が心底楽しそうに聞いてくる。
「うん、すごかったよ。燃やしたいくらいにね」
「半年授業に参加したいのならどうぞ」
「やだよ」
逃げ場はない。ため息でもつきたくなる。
「ちなみにページをめくる音が入ったらダメなので本番は台本見ずに言えるようにして下さいね」
⋯⋯⋯ハ、ハハッ
台本と格闘しているだけでその日は終わった。
4割も読めてない(泣)