第三十四話 思い込みが生んだ、罠
二人は休息を取りながら移動した。
日が暮れる頃には、目的地に辿り着いた。
しかし、出入口は閉ざされ、旅装束の男女らは困惑していた。
ロゼンは前にいた男性に声をかけた。
「おい、なぜ入らないんだ?」
男性は振り向かずに答えた。
「わからない。前の奴の話じゃ、門が閉じている上に、誰もいないらしいんだ」
ロゼンは額の右側を人差し指で掻いた。
受付とのやり取りを思い出す。
カイレンは妙に地図に拘っていた。
あの地図に細工がしてあるのかもしれない、とロゼンは考え、すぐにカイレンに声をかける。
「カイレン、すぐに引き返すぞ」
ロゼンは踵を返し、走り出した。
カイレンは慌てて、その後を追う。
ロゼンの隣に並び、カイレンは尋ねた。
「何で引き返すんっすか」
「これは俺の推測だが、目的地が違ったんだ。俺は地図の向きから北へ向かうものだと思い込んでいた」
ロゼンは息を吐いた。
「全員が同じ方向へ進んでいるから、それが正しいと錯覚していた。だから、もう一度地図を確認する」
「じゃあ、うちらは北以外の方角にいるってことっすか?」
「可能性の話だ。だが、『第二鏡面璧ヴェルナート』は、北部平原から防衛するための拠点として建てられている。だから、ルミナルディアの北以外を防衛する意味がない」
カイレンが声を荒げた。
「じゃあ、うちらは騙されたんっすか!」
「いや、俺たちが勝手に勘違いしただけだ」
ロゼンは乱れた呼吸を整えて続ける。
「それに、試験はすでに始まっている」
「でも、受付は試験が二日後の午前九時って言ってたっすよ」
「ああ。二次試験を二日後の午前九時に行うという意味だ。猶予が一日あることに疑問を持つべきだった」
「これからどうするんっすか」
「もう一度、ハウンド管理局で地図を見せてもらう。聞いて教えてもらえれば苦労はしないがな」
*
――守護の鏡ルミナルディア。午後十時前。
二人は息を切らし、汗だくになりながらハウンド管理局を訪れた。
「試験を受けに来た者だが、本物の地図を見せてくれないだろうか」
受付は微笑を浮かべる。
「承りました」
二人の前に、地図を広げた。
ロゼンはカウンターに手をつき、食い入るように地図を見つめる。しかし、何の手がかりもなかった。
顔を上げ、受付に尋ねた。
「これは、本物の地図なのか?」
「はい」
「ロゼン、うちにも見せてほしいっす」
「ああ」
ロゼンは後ろへ下がり、カイレンが地図に顔を近づけた。
次の瞬間、カイレンが地図を奪おうとする。
その前に受付が地図を回収し、息を吐いた。
「一体何の真似ですか」
カイレンはカウンターを叩いた。
「絶対あの地図に何か細工がしてあるっす!」
「しておりません」
ロゼンは「そういうことか」と呟き、カイレンに言った。
「カイレン、いくぞ。確認したいことができた」
ロゼンは外に出ていき、カイレンは後に続く。
前を歩くロゼンにカイレンは質問を投げかけた。
「ロゼン、そっちは宿の方向っす。疲れたんっすか?」
ロゼンは周囲の風景を見渡し、足を止める。
「やはりそういうことか」
「......何がっすか?」
「カイレン、俺たちは長い間、同じ宿で寝泊まりした。この道を通った記憶があるか?」
カイレンは周辺を見渡し、首を横に振った。
「ないっす。ここはどこっすか?」
「単純な話だ。どういう訳か、ハウンド管理局は北区画以外にも存在する。恐らく、この試験のために東西南の区画にも用意したんだろう」
ロゼンは口の端を釣り上げる。
「地図に細工はなかった」
カイレンは腰に手を当てた。
「じゃあ、どういうことっすか?」
ロゼンは肩を竦める。
「俺たちは馬車で市場へ移動した。北門へも馬車を使ってな。俺たちは知らず知らずのうちに、案内された門を北門と思い込んでいたんだ」
カイレンは腕を組んだ。
「つまり、馬車の御者も協力していたってことっすか?」
「ああ。住民は白い羽を身に着けている。御者も含めてな。ノアの話を思い出してみろ。ハウンド管理局と浄光教には、繋がりがあると見るのが妥当だろう」
カイレンは再び腰に手を当てた。
「どうしてそうなるんっすか?」
「警備兵の話を思い出せ。馬車の料金は浄光教が負担している」
カイレンが手をポンと叩く。
「そんなこと言っていた気がするっす」
ロゼンは踵を返し、カイレンに言った。
「時間がない。急ぐぞ」
「はいっす!」
ロゼンは通りがかった人に声をかけ、北門の場所を教えてもらった。
二人は馬車を使わずに走る。
*
――朝日が昇る前に、二人は『第二鏡面璧ヴェルナート』に到着した。
警備兵が二人に声をかける。
「試験の参加者か?」
ロゼンは首を縦に振った。
「ああ」
「案内する。はぐれるなよ」
二人は警備兵の後に続いた。
建物の前で足を止め、警備兵は説明を始める。
「この中に受付がいる。あとはその者に聞け」
警備兵は踵を返し、その場を後にした。
ロゼンはドアに手を伸ばして開け、中へ入る。カイレンが後に続いた。
左手には、長テーブルを置いた簡易的な受付窓口があり、黒い制服を纏った男性が大きな欠伸をひとつした。
「名前は?」
「ロゼンだ」
「カイレンっす」
男性は書類に名前を記入する。
「ロゼンダとカイレンッス、と」
二人は息を吐いた。
「――『だ』は余計だ」
「――『っす』は余計っす」
男性は笑って言った。
「冗談だよ。これ、無くすなよ」
番号札を二人に渡す。
ロゼンの番号札は二十一番、カイレンは二十二番だった。
「番号札と同じ部屋を使え。お前ら、同室だからってエロいことに使うなよ」
「カイレン、いくぞ」
「はいっす」
こつんこつんと靴音が反響した。
二人は部屋に入り、足を止める。
二段ベッドと小さな窓しかない、狭くて殺風景な部屋だった。
「カイレン、俺は下のベッドを使うが構わないか」
「それはいいっすけど、エロいことって何っすか?」
ロゼンは装備を外し、靴を脱ぎ、ベッドに寝転んだ。
「子どもを作る行為のことだ。俺には生殖機能がないから安心しろ。俺は疲れたから、もう寝る」
カイレンは装備と靴を脱ぎ捨て、梯子を上りながら言った。
「うちはロゼンの子どもなら大歓迎だったっす」
「つまらないこと言ってないで早く寝ろ」
ロゼンは眠りについた。
*
――翌日。外へ出ることも許されず、丸一日が過ぎた。
その間、ロゼンはカイレンに魔法のことを教え続けた。
「わかったっす!」
カイレンは自信満々に頷くが、その実、半分も理解していないのが見て取れた。
――そして、一次試験を四十三名が通過した。
*
――一次試験開始から二日後の午前九時。
二次試験として、四十三名は場所を移し、外に作られた巨大な迷路の前に集められた。
黒い制服を纏った金髪の男性が現れ、四十三名の前で足を止める。
男性の年齢は四十過ぎ。前髪を残さず後ろへ撫で上げて束ね、引き締まった顔つきで四十三名を一瞥した。
男性はロゼンの隣にいた赤髪の男性を指さす。
「赤髪のお前は失格だ!」
指名された男性は言い返した。
「何で俺が失格なんだよ!」
「先ほど欠伸をしていた。やる気がない者はハウンドに必要ない」
「そんな理由で納得できるか! 責任者を出せ!」
「ワタシがハウンド管理局の代表を務める、局長のクラント・エーレンだ」
クラントは冷たい眼差しを向けた。
「番号札を置いて立ち去れ」
「くそっ、こっちから願い下げだ!」
男性は番号札を地面に叩きつけ、立ち去った。
クラントは咳払いを一つ挟み、二次試験の説明を始める。
「これから諸君には、ワタシの後ろにある迷路に入り、出口を目指してもらう。ただし、行き止まりになっている入口も存在する。先に警告しておくが、魔法で壁を乗り越える行為は禁止している」
淡々とした口調で続ける。
「そして、全員が入口を選んだ後、記憶結界を張る。この記憶結界は時間経過とともに出口へ向かって移動する。記憶結界に触れると、迷路の外へ弾き飛ばされるようになっている。出口に辿り着いた者だけを合格とする」
参加者全員を一瞥し、続けた。
「番号札一番から順番に入口を選択しろ」
参加者が次々と入口の前に立つ。
――ロゼンの順番になり、隣にいるカイレンに言った。
「出口で待ってるからな」
「はいっす」
ロゼンは勘を頼りに、左から三つ目の入口を選択した。
カイレンは正面の入口を選ぶ。
参加者全員が配置につき、クラントが声を張り上げた。
「始めろ!」
参加者全員が迷路の中に足を踏み入れる。
すぐに記憶結界が張られた。
カイレンは全速力で直進した。
だが、突き当りは壁だった。
カイレンは壁を見上げる。
自身の背丈の倍はあろう高さ。
彼女は三角跳びのように壁を蹴って上ろうとした。
しかし、寸でのところで手が届かずに落下する。
「靴のせいで足が滑るっす」
ブーツを脱ぎ、歯で挟み、再度試みる。
壁を蹴り、右手を伸ばした。
右手の指が引っかかり、反対の手も伸ばす。
壁を蹴ってよじ登った。
足場十センチの壁の上を走り、カイレンはそのまま出口へ向かう。
*
――一方、ロゼンも壁に阻まれていた。
「くそっ、こんなところで諦められるか。要は、魔法で壁を乗り越えなければいいんだろう!」
斜め右を見て、詠唱を始めた。
「焔よ、剣となりて我が道を阻む障害を断ち切れ」
ロゼンの前に炎剣が現れ、壁を斬り付け、消滅した。
隙間から向こう側が見えている。
続けて斜め左を見て魔法を唱える。
「灼熱よ、剣身に宿り、我を遮るすべてを焼き断て」
再び炎剣が現れ、壁を斬り付けて消える。
さらに詠唱する。
「蠢く大地よ、障壁を呑み込み、我が道を解き放て」
正面の壁がずるずると地面に引き摺り込まれる。
ロゼンは急いで出口へ向かった。
*
――二人の行動を監視していた部下からの報告で、一部始終を聞いたクラントは微笑を浮かべた。
「クラント局長、彼らは出口へ辿り着きましたが、どうしますか?」
「その二人を面談に通せ。ワタシが合否を言い渡す」
*
――副長ヴェルナー・ホルストに案内され、ロゼンとカイレンは部屋に入った。
クラントは窓辺に立ち、外を眺めていた。
「クラント局長、二人を連れてきました」
「ああ。わかっている」
クラントが振り向く。
その目に温度はなかった。
「お前たち二人は――失格だ」