ホーム›魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―›第三十一話 金貨一枚と、その理由
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第三十一話 金貨一枚と、その理由

 二人は馬車に乗りながら、依頼主の家へと向かっていた。

 依頼主は、アルベルト・レイフォード。
 浄光教の司祭の一人だった。

 ロゼンは受付から、ため息混じりに伝えられていた。

「アルベルト司祭の御子息に少々問題がありまして、利用者の方にこのお仕事を紹介しても長続きしないんです」

 ロゼンは息を吐いた。

「旨い話には裏があるよな」

 カイレンが笑った。

「美味いメシ?」

 ロゼンは額の右側を人差し指で掻く。

 先が思いやられるな、とロゼンは内心でつぶやいた。

 *

 ――レイフォード家に到着した。

 ロゼンは門の前に立っている白い外套を纏った警備兵に声をかける。

「家庭教師の依頼で来たんだが」

 次の瞬間、カイレンが剣を抜き、警備兵の喉元に突き付けた。
 警備兵は額から汗を滲ませていた。その手は剣に伸びている。

 彼は口を開いた。

「お見事」

 ロゼンがカイレンに言う。

「カイレン、剣を下ろせ」

 カイレンは剣を鞘に収めた。

 警備兵は姿勢を正し、口元を緩める。

「あなた方がノア様の家庭教師に相応しいのか、試すような真似をして申し訳ありませんでした」

 ロゼンは警備兵に聞き返した。

「何でそんなことしたんだよ」

 警備兵は淡々とした口調で答える。

「実力不足を理由に、諦めてもらうためです」

 ロゼンは腕を組み、首を傾げた。

 警備兵は門を開き、二人に言う。

「奥の屋敷の者に、声をかけてください」

 ロゼンは左手にある立派な屋敷を見て、警備兵に尋ねた。

「あそこには誰が住んでいるんだ?」

「あちらは我々使用人の屋敷です」

 二人は門を潜り、奥の屋敷へと向かった。

 手入れが行き届いた庭の中央には噴水がある。
 噴水には、女神ルミナの石像があり、石像が抱えた杯から水が流れ落ちていた。

 庭園には、綺麗な薔薇が咲き、いい香りが漂っている。

 ロゼンとカイレンが入口に近づくと、二人の使用人が両扉を開けた。

 玄関ホールには、執事服を着た高齢の男性が立っている。

「ワタシは、ノア様の世話係を任されたベルントと申します。ノア様の家庭教師を引き受けた方々でお間違いありませんか」

「ああ。俺はロゼン、連れはカイレン」

「ロゼン様、カイレン様。ノア様の部屋へご案内します」

 ベルントは左手の廊下へ向かった。
 二人はその後に続く。

 廊下の壁には、さまざまな絵画が飾られていた。

 部屋の前で足を止め、ドアをノックする。

「ノア様、新しい家庭教師の方が来られました」

 少年の声が返ってくる。

「家庭教師の先生だけ部屋に入ってください。ベルントは下がってください」

 ベルントは少し俯き、二人に言った。

「ノア様のこと、よろしくお願いします」

 ベルントはその場を後にする。

 ロゼンはドアに手を伸ばし、開けた。

 次の瞬間、紐に吊るされた蛇たちが視界に映る。

 ロゼンはため息をついた。

「カイレン、作り物だから食おうとするなよ」

 ロゼンは手で払いのけて部屋に入る。
 カイレンは感触を確かめた後、においを嗅ぎ、それから部屋に入った。

 水色の髪をした少年は床に腰を下ろしたまま、つまらなそうに言う。

「悲鳴の一つでも上げろよな」

「あんたがノアか」

 ノアは立ち上がり、腰に手を当てた。

「失礼な奴め。様をつけろ。僕の父上は司祭なんだぞ!」

 ロゼンは肩を竦める。

「あんたは司祭の息子ってだけで何もしていない。違うか?」

 ノアは指先を握り締めた。
 ロゼンを指さす。

「お前たちが僕の家庭教師に相応しいか試してやる。ついてこい」

 ノアはふんぞり返りながら部屋を出る。
 二人は後に続いた。

 突き当たりの部屋に入る。

 広々とした部屋の片隅には木剣が置かれていた。

「まずは、剣の腕を見せてもらう」

 ロゼンはカイレンに言った。

「俺がやる。お前じゃ加減できないだろう」

 カイレンは頷き、壁にもたれる。

 ノアはロゼンに言った。

「お前は左の木剣を使え。僕は右の木剣を使う」

 二人は木剣を手に取り、対峙した。
 ノアは不敵に笑う。

「どこからでもかかってこい」

 ロゼンは走り、木剣を振り下ろした。
 ノアが木剣で頭上を守る。

 一合。

 ロゼンの木剣が砕け、ノアの破損した木剣から金属が覗く。
 ノアは嘲笑した。

「剣を失ったお前の敗――ッ!」

 ロゼンの放った蹴りが、ノアのお腹に食い込んだ。
 ノアはお腹を手で押さえ、蹲る。

「僕にこんな真似して、許されると思っているのか!」

「それは誰が決めるんだ? あんたの父親か?」

 ノアは指先を握り締めた。
 お腹を手で押さえながら立ち上がり、ロゼンを睨みつける。

 ロゼンは冷たい眼差しを向けた。

「あんたは俺が木剣を失った瞬間、勝ったと思い込んだ。もし、ここが戦場だったら、あんたは死んでいる」

 鼻で笑う。

「その程度の怪我で済んでよかったな」

 ノアは木剣を投げ捨て、ロゼンに言った。

「もういい。お前は僕の家庭教師に相応しくない。この屋敷から今すぐ出ていけ!」

 ロゼンは息を吐く。

「断る。依頼主は、あんたの父親だ。あんたにそれを決める権限はない」

 ノアは指先を握り締めた。

 ロゼンは剣の位置を調整する。

「剣の腕は見せた。次は、魔法だな」

 ノアは肩を落とし、声を振り絞る。

「......僕は、魔法が使えないんだ」

 ノアは力なく笑った。

「司祭の息子なのに、魔法が使えない。笑えるよな」

 ロゼンはノアに近寄り、拳骨をした。

「痛っ!」

 ノアは頭を手で押さえて蹲る。

「何するんだよ!」

「一人で勝手に諦めるな。俺はノアの家庭教師になった。魔法を使えるようにしてやる」

 ノアは顔を上げた。

 ロゼンはノアが捨てた木剣を見て言う。

「だから、もうこんなことするなよ」

「うん」

「ノア、この部屋を使っても構わないか」

 ノアは立ち上がった。

「それは構わないけど、何をするの?」

「ノア、コップを一つ借りてきてくれるか」

「わかった」

 ノアは足早に部屋を出て行った。

 カイレンは立ったまま眠っている。

 *

 ――しばらくして、コップを手にしたノアが戻ってくる。
 ロゼンにコップを手渡す。

「コップで何をするの?」

 ロゼンはコップを床に置き、詠唱した。

「流水よ、杯を満たせ」

 コップの底に水が生まれ、瞬く間に水位が上がっていく。
 やがて縁まで満たされると、水の生成が止まった。

 ロゼンはノアに言う。

「今のが水の魔法だが、同じことができるか?」

 ノアは首を横に振った。

「できないよ」

「だが、ノアは水の魔法を見た。魔法には具体的な想像が求められる。そのために詠唱が必要とされている」

 ロゼンはコップを手に持ち、窓を開けて、水を捨てた。
 ノアの前にコップを置く。

「次はノアの番だ。やってみろ」

「うん」

 ノアは静かに目を閉じ、深呼吸を一つ。

 ロゼンの言葉を脳内で復唱し、詠唱を始める。

「流れる水よ、器を満たしたまえ」

 何も入っていなかったコップの底に水が現れ、みるみるうちに嵩を増していく。
 水面が縁に達すると、それ以上、水が生まれることはなかった。

 ロゼンはノアに声をかける。

「ノア、目を開けてみろ」

 ノアは恐る恐る目を開けた。

 コップの水を見て、目を見開く。

「これ、僕がやったの?」

 ロゼンは笑顔で頷いた。

「ああ。ノアが自分の力でやった」

 ノアは笑みを浮かべる。

「ありがとう、先生」

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はロゼン、連れはカイレン」

 ノアの瞳が潤み、やがて涙が頬を伝った。

「ロゼン先生、本当にありがとう」

 ロゼンはノアの涙を親指で拭う。

「あとは、ひたすら練習あるのみだ」

 ノアは姿勢を正した。

「はい!」
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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―作者:虚空小白
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第三十一話 金貨一枚と、その理由

 二人は馬車に乗りながら、依頼主の家へと向かっていた。

 依頼主は、アルベルト・レイフォード。
 浄光教の司祭の一人だった。

 ロゼンは受付から、ため息混じりに伝えられていた。

「アルベルト司祭の御子息に少々問題がありまして、利用者の方にこのお仕事を紹介しても長続きしないんです」

 ロゼンは息を吐いた。

「旨い話には裏があるよな」

 カイレンが笑った。

「美味いメシ?」

 ロゼンは額の右側を人差し指で掻く。

 先が思いやられるな、とロゼンは内心でつぶやいた。

 *

 ――レイフォード家に到着した。

 ロゼンは門の前に立っている白い外套を纏った警備兵に声をかける。

「家庭教師の依頼で来たんだが」

 次の瞬間、カイレンが剣を抜き、警備兵の喉元に突き付けた。
 警備兵は額から汗を滲ませていた。その手は剣に伸びている。

 彼は口を開いた。

「お見事」

 ロゼンがカイレンに言う。

「カイレン、剣を下ろせ」

 カイレンは剣を鞘に収めた。

 警備兵は姿勢を正し、口元を緩める。

「あなた方がノア様の家庭教師に相応しいのか、試すような真似をして申し訳ありませんでした」

 ロゼンは警備兵に聞き返した。

「何でそんなことしたんだよ」

 警備兵は淡々とした口調で答える。

「実力不足を理由に、諦めてもらうためです」

 ロゼンは腕を組み、首を傾げた。

 警備兵は門を開き、二人に言う。

「奥の屋敷の者に、声をかけてください」

 ロゼンは左手にある立派な屋敷を見て、警備兵に尋ねた。

「あそこには誰が住んでいるんだ?」

「あちらは我々使用人の屋敷です」

 二人は門を潜り、奥の屋敷へと向かった。

 手入れが行き届いた庭の中央には噴水がある。
 噴水には、女神ルミナの石像があり、石像が抱えた杯から水が流れ落ちていた。

 庭園には、綺麗な薔薇が咲き、いい香りが漂っている。

 ロゼンとカイレンが入口に近づくと、二人の使用人が両扉を開けた。

 玄関ホールには、執事服を着た高齢の男性が立っている。

「ワタシは、ノア様の世話係を任されたベルントと申します。ノア様の家庭教師を引き受けた方々でお間違いありませんか」

「ああ。俺はロゼン、連れはカイレン」

「ロゼン様、カイレン様。ノア様の部屋へご案内します」

 ベルントは左手の廊下へ向かった。
 二人はその後に続く。

 廊下の壁には、さまざまな絵画が飾られていた。

 部屋の前で足を止め、ドアをノックする。

「ノア様、新しい家庭教師の方が来られました」

 少年の声が返ってくる。

「家庭教師の先生だけ部屋に入ってください。ベルントは下がってください」

 ベルントは少し俯き、二人に言った。

「ノア様のこと、よろしくお願いします」

 ベルントはその場を後にする。

 ロゼンはドアに手を伸ばし、開けた。

 次の瞬間、紐に吊るされた蛇たちが視界に映る。

 ロゼンはため息をついた。

「カイレン、作り物だから食おうとするなよ」

 ロゼンは手で払いのけて部屋に入る。
 カイレンは感触を確かめた後、においを嗅ぎ、それから部屋に入った。

 水色の髪をした少年は床に腰を下ろしたまま、つまらなそうに言う。

「悲鳴の一つでも上げろよな」

「あんたがノアか」

 ノアは立ち上がり、腰に手を当てた。

「失礼な奴め。様をつけろ。僕の父上は司祭なんだぞ!」

 ロゼンは肩を竦める。

「あんたは司祭の息子ってだけで何もしていない。違うか?」

 ノアは指先を握り締めた。
 ロゼンを指さす。

「お前たちが僕の家庭教師に相応しいか試してやる。ついてこい」

 ノアはふんぞり返りながら部屋を出る。
 二人は後に続いた。

 突き当たりの部屋に入る。

 広々とした部屋の片隅には木剣が置かれていた。

「まずは、剣の腕を見せてもらう」

 ロゼンはカイレンに言った。

「俺がやる。お前じゃ加減できないだろう」

 カイレンは頷き、壁にもたれる。

 ノアはロゼンに言った。

「お前は左の木剣を使え。僕は右の木剣を使う」

 二人は木剣を手に取り、対峙した。
 ノアは不敵に笑う。

「どこからでもかかってこい」

 ロゼンは走り、木剣を振り下ろした。
 ノアが木剣で頭上を守る。

 一合。

 ロゼンの木剣が砕け、ノアの破損した木剣から金属が覗く。
 ノアは嘲笑した。

「剣を失ったお前の敗――ッ!」

 ロゼンの放った蹴りが、ノアのお腹に食い込んだ。
 ノアはお腹を手で押さえ、蹲る。

「僕にこんな真似して、許されると思っているのか!」

「それは誰が決めるんだ? あんたの父親か?」

 ノアは指先を握り締めた。
 お腹を手で押さえながら立ち上がり、ロゼンを睨みつける。

 ロゼンは冷たい眼差しを向けた。

「あんたは俺が木剣を失った瞬間、勝ったと思い込んだ。もし、ここが戦場だったら、あんたは死んでいる」

 鼻で笑う。

「その程度の怪我で済んでよかったな」

 ノアは木剣を投げ捨て、ロゼンに言った。

「もういい。お前は僕の家庭教師に相応しくない。この屋敷から今すぐ出ていけ!」

 ロゼンは息を吐く。

「断る。依頼主は、あんたの父親だ。あんたにそれを決める権限はない」

 ノアは指先を握り締めた。

 ロゼンは剣の位置を調整する。

「剣の腕は見せた。次は、魔法だな」

 ノアは肩を落とし、声を振り絞る。

「......僕は、魔法が使えないんだ」

 ノアは力なく笑った。

「司祭の息子なのに、魔法が使えない。笑えるよな」

 ロゼンはノアに近寄り、拳骨をした。

「痛っ!」

 ノアは頭を手で押さえて蹲る。

「何するんだよ!」

「一人で勝手に諦めるな。俺はノアの家庭教師になった。魔法を使えるようにしてやる」

 ノアは顔を上げた。

 ロゼンはノアが捨てた木剣を見て言う。

「だから、もうこんなことするなよ」

「うん」

「ノア、この部屋を使っても構わないか」

 ノアは立ち上がった。

「それは構わないけど、何をするの?」

「ノア、コップを一つ借りてきてくれるか」

「わかった」

 ノアは足早に部屋を出て行った。

 カイレンは立ったまま眠っている。

 *

 ――しばらくして、コップを手にしたノアが戻ってくる。
 ロゼンにコップを手渡す。

「コップで何をするの?」

 ロゼンはコップを床に置き、詠唱した。

「流水よ、杯を満たせ」

 コップの底に水が生まれ、瞬く間に水位が上がっていく。
 やがて縁まで満たされると、水の生成が止まった。

 ロゼンはノアに言う。

「今のが水の魔法だが、同じことができるか?」

 ノアは首を横に振った。

「できないよ」

「だが、ノアは水の魔法を見た。魔法には具体的な想像が求められる。そのために詠唱が必要とされている」

 ロゼンはコップを手に持ち、窓を開けて、水を捨てた。
 ノアの前にコップを置く。

「次はノアの番だ。やってみろ」

「うん」

 ノアは静かに目を閉じ、深呼吸を一つ。

 ロゼンの言葉を脳内で復唱し、詠唱を始める。

「流れる水よ、器を満たしたまえ」

 何も入っていなかったコップの底に水が現れ、みるみるうちに嵩を増していく。
 水面が縁に達すると、それ以上、水が生まれることはなかった。

 ロゼンはノアに声をかける。

「ノア、目を開けてみろ」

 ノアは恐る恐る目を開けた。

 コップの水を見て、目を見開く。

「これ、僕がやったの?」

 ロゼンは笑顔で頷いた。

「ああ。ノアが自分の力でやった」

 ノアは笑みを浮かべる。

「ありがとう、先生」

「そういえば、まだ名乗っていなかったな。俺はロゼン、連れはカイレン」

 ノアの瞳が潤み、やがて涙が頬を伝った。

「ロゼン先生、本当にありがとう」

 ロゼンはノアの涙を親指で拭う。

「あとは、ひたすら練習あるのみだ」

 ノアは姿勢を正した。

「はい!」
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