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第18話 背中を預ける者

 ソルは視線を感じ、周囲に目を向けた。

 目を血走らせた男女らが、近寄りがたい空気を纏っていた。
 不用意に物音一つ立てれば、今にも殺し合いが始まりそうなほど、この部屋は殺気に満ちている。

 ソルは息苦しさを覚えた。

 通路から足音が聞こえ、全員の視線がドアに注視された。
 ドアが開かれ、信徒が声高らかに言った。

「間もなく杯の試練が始まります。帝都劇場中央の戦場にお集まりください」

 控室から一人ひとり出ていく。
 ソルは息を吐き、最後に部屋を出た。

 観客席から歓声が発せられ、通路にまで響き渡る。
 一歩、また一歩と足を進めた。
 その度に観客の熱気が広がる。
 戦場に足を踏み入れたソルは、観客席を見渡し、マーニに手を振った。

 マーニは柔らかく微笑み、小さく手を振り返す。

 ソルは拳を握り締め、力強く頷いた。

 観客席の一部には赤い敷物が敷かれていた。
 祭事用に誂えられた白い衣類を纏った聖女は少し俯いている。
 隣に座る高位の信徒――教皇は色鮮やかな装飾がついた杖を手に持ち、腰を上げた。

 杖を天に掲げ、声高らかに宣言した。

「百八十九の欲の化身どもよ、穢れを払いて再臨せよ!」

 教皇の声に応じて、記憶結界が張られ、戦場を覆いつくす。
 参加者全員が武器を抜いて構えた。

「白日の下で、醜悪な姿を晒せ。紛争の刻を始めよ!」

 歓声がひと際大きな波となり、杯の試練が始まった。

 それと同時に誰かが魔法を唱えた。
 次の瞬間、戦場に風が吹き荒れる。

 やがて、それはうねり狂う竜巻となり、参加者を巻き上げながら直進し――ソルの背後に迫った。

「えっ......?」

 気づいた時には遅かった。
 身体が軽くなったかと思うと、竜巻に飲まれ、勢いよく弾き飛ばされていた。
 記憶結界を貫通し、そのまま場外へと落下する。
 地面に背中を強く打ち付け、ソルは盾で顔を覆い隠した。

「くそっ」

 剣を置き、右の拳を地面に叩きつけ、後悔をぶつけた。

 ――なぜ、詠唱しなかった。

 ソルは剣を持って立ち上がり、肩を落とした。

「くそっ、魔法が有利だとわかっていたはずなのに......」

 戦場を見つめ、歯を噛み締めた。
 何もできずに終わってしまったことが、何よりも悔しかった。

 ソルは息を吐き、剣を鞘に収めて、静かに退場した。

 その背中を見ていたマーニは立ち上がり、急いでソルの後を追った。

 階段で足を止める。

「少し時間を置いたほうがいいのかな」

 壁にもたれ、俯いた。

「こういう時、何て声をかければいいんだろう」

 ソルにかける言葉を探した。

 *

 ――帝都劇場の外で、ソルは地面に座り込んでいた。

 マーニはソルの隣に腰を下ろした。

「残念だったね」

「ずっと考えていたんだ」

「うん」

「あの場では魔法が有利だった。受付にも聞いた」

「使えなかったんだね」

 ソルは頷いた。

「マルコスに言われた。それでも、俺は最後まで魔法で攻撃することを躊躇ってしまった」

 ため息をついた。

 マーニはソルにデコピンをした。

「それでいいと思うよ」

 ソルは赤くなった額を手で摩った。

「私は、今のソルが好きだから変わらないでほしい」

 マーニは立ち上がり、ソルに手を伸ばした。

「ソル、私たちの冒険を続けよう」

 ソルは笑い、マーニの手を取って立ち上がった。

「そうだったな。俺たちは旅の途中だった。この街で足を止めている場合じゃなかった」

 マーニは柔らかく微笑んだ。

「マルコスの話だと、祭事は他の大陸でも行われるようだよ」

 ソルは首を横に振った。

「俺ひとりじゃ無理だってことはわかった。マーニがいたから、俺は戦えたんだ」

「私以外の女の人に、そんなこと言うと勘違いさせちゃうから気をつけなよ」

 ソルは肩を竦めた。

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」

 マーニがクスッと笑った。

「行こう」

「おう」

 ふたりは前へ歩き出した。

 帝都劇場周辺を巡回している警備兵に、ソルは声をかけた。

「俺たちは北部平原を目指している。地図を持ってないか」

「地図はないが、北部平原はルミナルディアが管理している。あまり詳しくはないが、現在ルミナルディアでは北部平原を調査するために優秀な人材を集めている、と耳にした」

 警備兵は槍を握り直した。

「試験を行っているが、それに合格しなければ、北部平原に行くことはできない」

 一拍置いて、続けた。

「さらに悪い話がある。北の国境には橋を架けているが、天候の変化で川が増水し、氾濫した。橋が壊れてしまったため、今は通行できない状態が続いている」

「ルミナルディアは北の国境を越えた先にあるのか?」

「ああ。国境を越えた先は、アルテリア大陸だな。国境を越えてから五節の距離に、ルミナルディアがある」

 ソルは顎にそっと手を当てた。

「他に、ルミナルディアへ行く方法はないのか」

 警備兵は腕を組んだ。

「遠回りになるが、迂回するしかない。西のサヴァンナ大陸、北西のヴァルカニア大陸を横断する。橋が完成する頃よりも早く到着できるかはわからないけどな」

 口元を緩めた。

「そういえば、サヴァンナ大陸には、北東に『亡霊の森』がある。あの森を抜ければ迂回する必要がなくなる。だが、森に入った者は忽然と姿を消してしまう」

 笑って続けた。

「過去に調査隊を編成して、森を調査したことがあった、しかし、誰一人として戻らなかった。それ以来、あの森には亡霊が棲みついていると云われ、亡霊の森と呼ばれるようになった」

 ソルはマーニと顔を見合わせた。

「それは、いつの話だ」

 警備兵は真顔だったが、声は笑っていた。

「100年以上前の出来事になると思う。曰くつきの森だから、今では誰も近寄ろうとはしない」

 にやりと笑った。

「もしかしたら、今も亡霊は棲みついているのかもしれないな」

「ありがとう」

 警備兵は巡回に戻った。

 ソルはマーニに尋ねた。

「どうする?」

「迂回したほうが安全だし、確実だよ。でも、お金が足りない。森のヌシ討伐の報酬が金貨1枚だったことを考えると、口入屋の報酬は労力に見合っていない。あの時は魔獣だったけど、命を賭ける対価が金貨1枚じゃ割に合わないよ」

 ソルは息を吐いた。

「マーニ、金はどれだけ残っているんだ?」

「昨日、寝る前に数えた時は、金貨3枚、銀貨47枚、銅貨83枚だったよ」

 しばしの沈黙。
 ソルは口を開いた。

「たとえ迂回したとしても、どれだけの距離があるのかわからない」

 マーニは眉尻を下げた。

「迂回した先で、何が起こるのかわからないよ」

 ソルは頷いた。

「よし、決まりだな」

「うん。亡霊の森を抜けよう」

 ソルは盾の持ち手を握り直した。

「いつ出発する?」

 マーニは目を伏せた。

「それなんだけど、この街を出る前に楽市露店に行きたいけど、いいかな?」

「母さんの遺品と賢者の落書きを探すのか」

 マーニは首を横に振った。

「お金に余裕がないから、賢者の落書きはもういいよ」

 ソルは首を縦に振った。

「わかった。母さんの遺品だけを探そう」

 ふたりは巡回している警備兵に楽市露店の場所を聞き、向かった。
 しかし、母親の遺品は見つからなかった。

 それがわかっただけで、マーニは安堵した。

 *

 ――その後、ふたりは通りがかった人々に飲食店の場所を聞いて回り、一番美味しそうな店を吟味して、食事を済ませた。

 情報収集しながら水や食料、絶消石を二十日分買い込んだ。

 そして、帝都ヴァルトクローネの西門へ向かった。

 ソルはセルメア大陸の地図を広げ、距離を測った。

「サヴァンナ大陸の地図はないが、地図の端まで八節の距離がある」

「亡霊の森はサヴァンナ大陸の北東だよ」

 ソルは肩を竦めた。

「クイック号に乗れれば近道ができたんだけどな。星鼠が暑さに弱いんじゃ仕方ないな」

 ソルは拳を前に出した。

 マーニも拳を前に出し、軽くぶつけた。

「少し名残惜しいが、行くとするか」

「うん!」

 ふたりは帝都ヴァルトクローネを出て、亡霊の森を目指した。
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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―作者:虚空小白
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第18話 背中を預ける者

 ソルは視線を感じ、周囲に目を向けた。

 目を血走らせた男女らが、近寄りがたい空気を纏っていた。
 不用意に物音一つ立てれば、今にも殺し合いが始まりそうなほど、この部屋は殺気に満ちている。

 ソルは息苦しさを覚えた。

 通路から足音が聞こえ、全員の視線がドアに注視された。
 ドアが開かれ、信徒が声高らかに言った。

「間もなく杯の試練が始まります。帝都劇場中央の戦場にお集まりください」

 控室から一人ひとり出ていく。
 ソルは息を吐き、最後に部屋を出た。

 観客席から歓声が発せられ、通路にまで響き渡る。
 一歩、また一歩と足を進めた。
 その度に観客の熱気が広がる。
 戦場に足を踏み入れたソルは、観客席を見渡し、マーニに手を振った。

 マーニは柔らかく微笑み、小さく手を振り返す。

 ソルは拳を握り締め、力強く頷いた。

 観客席の一部には赤い敷物が敷かれていた。
 祭事用に誂えられた白い衣類を纏った聖女は少し俯いている。
 隣に座る高位の信徒――教皇は色鮮やかな装飾がついた杖を手に持ち、腰を上げた。

 杖を天に掲げ、声高らかに宣言した。

「百八十九の欲の化身どもよ、穢れを払いて再臨せよ!」

 教皇の声に応じて、記憶結界が張られ、戦場を覆いつくす。
 参加者全員が武器を抜いて構えた。

「白日の下で、醜悪な姿を晒せ。紛争の刻を始めよ!」

 歓声がひと際大きな波となり、杯の試練が始まった。

 それと同時に誰かが魔法を唱えた。
 次の瞬間、戦場に風が吹き荒れる。

 やがて、それはうねり狂う竜巻となり、参加者を巻き上げながら直進し――ソルの背後に迫った。

「えっ......?」

 気づいた時には遅かった。
 身体が軽くなったかと思うと、竜巻に飲まれ、勢いよく弾き飛ばされていた。
 記憶結界を貫通し、そのまま場外へと落下する。
 地面に背中を強く打ち付け、ソルは盾で顔を覆い隠した。

「くそっ」

 剣を置き、右の拳を地面に叩きつけ、後悔をぶつけた。

 ――なぜ、詠唱しなかった。

 ソルは剣を持って立ち上がり、肩を落とした。

「くそっ、魔法が有利だとわかっていたはずなのに......」

 戦場を見つめ、歯を噛み締めた。
 何もできずに終わってしまったことが、何よりも悔しかった。

 ソルは息を吐き、剣を鞘に収めて、静かに退場した。

 その背中を見ていたマーニは立ち上がり、急いでソルの後を追った。

 階段で足を止める。

「少し時間を置いたほうがいいのかな」

 壁にもたれ、俯いた。

「こういう時、何て声をかければいいんだろう」

 ソルにかける言葉を探した。

 *

 ――帝都劇場の外で、ソルは地面に座り込んでいた。

 マーニはソルの隣に腰を下ろした。

「残念だったね」

「ずっと考えていたんだ」

「うん」

「あの場では魔法が有利だった。受付にも聞いた」

「使えなかったんだね」

 ソルは頷いた。

「マルコスに言われた。それでも、俺は最後まで魔法で攻撃することを躊躇ってしまった」

 ため息をついた。

 マーニはソルにデコピンをした。

「それでいいと思うよ」

 ソルは赤くなった額を手で摩った。

「私は、今のソルが好きだから変わらないでほしい」

 マーニは立ち上がり、ソルに手を伸ばした。

「ソル、私たちの冒険を続けよう」

 ソルは笑い、マーニの手を取って立ち上がった。

「そうだったな。俺たちは旅の途中だった。この街で足を止めている場合じゃなかった」

 マーニは柔らかく微笑んだ。

「マルコスの話だと、祭事は他の大陸でも行われるようだよ」

 ソルは首を横に振った。

「俺ひとりじゃ無理だってことはわかった。マーニがいたから、俺は戦えたんだ」

「私以外の女の人に、そんなこと言うと勘違いさせちゃうから気をつけなよ」

 ソルは肩を竦めた。

「そういう意味で言ったんじゃないんだけどな」

 マーニがクスッと笑った。

「行こう」

「おう」

 ふたりは前へ歩き出した。

 帝都劇場周辺を巡回している警備兵に、ソルは声をかけた。

「俺たちは北部平原を目指している。地図を持ってないか」

「地図はないが、北部平原はルミナルディアが管理している。あまり詳しくはないが、現在ルミナルディアでは北部平原を調査するために優秀な人材を集めている、と耳にした」

 警備兵は槍を握り直した。

「試験を行っているが、それに合格しなければ、北部平原に行くことはできない」

 一拍置いて、続けた。

「さらに悪い話がある。北の国境には橋を架けているが、天候の変化で川が増水し、氾濫した。橋が壊れてしまったため、今は通行できない状態が続いている」

「ルミナルディアは北の国境を越えた先にあるのか?」

「ああ。国境を越えた先は、アルテリア大陸だな。国境を越えてから五節の距離に、ルミナルディアがある」

 ソルは顎にそっと手を当てた。

「他に、ルミナルディアへ行く方法はないのか」

 警備兵は腕を組んだ。

「遠回りになるが、迂回するしかない。西のサヴァンナ大陸、北西のヴァルカニア大陸を横断する。橋が完成する頃よりも早く到着できるかはわからないけどな」

 口元を緩めた。

「そういえば、サヴァンナ大陸には、北東に『亡霊の森』がある。あの森を抜ければ迂回する必要がなくなる。だが、森に入った者は忽然と姿を消してしまう」

 笑って続けた。

「過去に調査隊を編成して、森を調査したことがあった、しかし、誰一人として戻らなかった。それ以来、あの森には亡霊が棲みついていると云われ、亡霊の森と呼ばれるようになった」

 ソルはマーニと顔を見合わせた。

「それは、いつの話だ」

 警備兵は真顔だったが、声は笑っていた。

「100年以上前の出来事になると思う。曰くつきの森だから、今では誰も近寄ろうとはしない」

 にやりと笑った。

「もしかしたら、今も亡霊は棲みついているのかもしれないな」

「ありがとう」

 警備兵は巡回に戻った。

 ソルはマーニに尋ねた。

「どうする?」

「迂回したほうが安全だし、確実だよ。でも、お金が足りない。森のヌシ討伐の報酬が金貨1枚だったことを考えると、口入屋の報酬は労力に見合っていない。あの時は魔獣だったけど、命を賭ける対価が金貨1枚じゃ割に合わないよ」

 ソルは息を吐いた。

「マーニ、金はどれだけ残っているんだ?」

「昨日、寝る前に数えた時は、金貨3枚、銀貨47枚、銅貨83枚だったよ」

 しばしの沈黙。
 ソルは口を開いた。

「たとえ迂回したとしても、どれだけの距離があるのかわからない」

 マーニは眉尻を下げた。

「迂回した先で、何が起こるのかわからないよ」

 ソルは頷いた。

「よし、決まりだな」

「うん。亡霊の森を抜けよう」

 ソルは盾の持ち手を握り直した。

「いつ出発する?」

 マーニは目を伏せた。

「それなんだけど、この街を出る前に楽市露店に行きたいけど、いいかな?」

「母さんの遺品と賢者の落書きを探すのか」

 マーニは首を横に振った。

「お金に余裕がないから、賢者の落書きはもういいよ」

 ソルは首を縦に振った。

「わかった。母さんの遺品だけを探そう」

 ふたりは巡回している警備兵に楽市露店の場所を聞き、向かった。
 しかし、母親の遺品は見つからなかった。

 それがわかっただけで、マーニは安堵した。

 *

 ――その後、ふたりは通りがかった人々に飲食店の場所を聞いて回り、一番美味しそうな店を吟味して、食事を済ませた。

 情報収集しながら水や食料、絶消石を二十日分買い込んだ。

 そして、帝都ヴァルトクローネの西門へ向かった。

 ソルはセルメア大陸の地図を広げ、距離を測った。

「サヴァンナ大陸の地図はないが、地図の端まで八節の距離がある」

「亡霊の森はサヴァンナ大陸の北東だよ」

 ソルは肩を竦めた。

「クイック号に乗れれば近道ができたんだけどな。星鼠が暑さに弱いんじゃ仕方ないな」

 ソルは拳を前に出した。

 マーニも拳を前に出し、軽くぶつけた。

「少し名残惜しいが、行くとするか」

「うん!」

 ふたりは帝都ヴァルトクローネを出て、亡霊の森を目指した。
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