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第19話 亡霊の棲む森

 ――帝都ヴァルトクローネを出発してから十日が経過した。

 サヴァンナ大陸は荒れ地が広がっている。
 日中はうだるような暑さ。夜中でも蒸し暑い場所だった。

 不慣れな土地で、ふたりは体力を著しく消耗していた。

 それでも互いに励まし合い、亡霊の森に到着した。
 周囲に人の気配はなく、静けさが漂う。

 ふたりは木陰に移動し、腰を下ろした。

 風袋から水入れを取り出し、喉を潤す。

「マーニ、水と食料はまだ残っているか?」

「食料は大丈夫だけど、水が足りないかな」

 ソルは手を翳して空を見上げた。

「俺もだな。まさか、こんなに暑いとは思わなかった」

「うん。森の中に果実があればいいけど」

「少し待ってろ」

 ソルは立ち上がり、ナイフを取り出し、木の幹を傷つける。
 樹液に触れ、においを嗅いだ。

「食材はあると思う。断言はできないがな」

 ナイフを風袋に入れ、続けた。

「セルメア大陸とアルテリア大陸を繋ぐ国境の手前には川が流れている。方角からして、森の中に水源があっても不思議じゃない。なければ、この森は枯れているだろうからな」

 ソルはマーニに手を伸ばした。

「急ごう。日が暮れる前に、休めそうな場所を見つけて野宿する」

 マーニはソルの手を取って立ち上がった。

「うん」

 ソルを先頭に、ふたりは森の奥へと進んだ。獣の足跡を見つければ進行方向を変える。
 マーニはソルを信じ、その後に続いた。

 開けた場所に出て、ソルは足を止めた。
 マーニが後ろから顔を出して覗き込む。

 ふたりの視線の先には、褐色肌の少女が立っていた。

 粗く縫い合わせた獣皮を胴に巻き、肩から背へ白い毛皮を羽織っていた。
 首には獣の牙を連ねた飾りが下がり、ボサボサの黒髪が風に揺れる。

 両の目元の下には紅で一本線が引かれている。
 腰には剣を下げていた。

 茶色い瞳の少女は、剣を抜き、口を開いた。

「Vat a strange geruch......zwei Juugial estar hier. Zis ist ze sacred Raven Romien」

 マーニがソルの服を引っ張った。

「ソル、あの子、何を言ってるの」

「わからないが、歓迎されていないのは、確かだな」

 少女はマーニを一瞥した。

「Ze femalen lives. Aber ze malen muerto」

 ソルは目を細め、盾を構えて叫んだ。

「マーニ、引き返せ!」

 マーニは慌てて引き返そうとして、すぐに足を止めた。
 数人の男に囲まれていた。男どもは弓に矢を番えた。

 少女が叫んだ。

「Warten! Ze femalen wird bear kinder. Solo ze malen Juugial sera hunted!」

 次の瞬間、一斉に矢が放たれた。

 ソルの脇腹に矢が食い込む。
 マーニは目を見開いた。

 続けざまに、右肩、左の太もも。
 ソルは血を吐いて倒れた。

「マーニ、逃げろ......」

 マーニは膝から崩れ落ちた。
 手を伸ばし、泣き叫んだ。

「やめてぇぇぇっ!」

 少女はソルの背中に剣を突き刺した。
 血が流れ、ソルはわずかに痙攣し、動かなくなった。

「......嘘、だよね? ソル......?」

 少女は剣を引き抜き、男どもに命じた。

「Blinden ze femalen Juugial. Nein harmen ze anderen」

 男どもが近寄り、マーニは地面を這うようにソルの元へ向かった。
 だが、足を掴まれた。

 マーニは泣きながら必死に手を伸ばす。

「マーニを泣かすんじゃねぇ!」

 ソルが苦痛に顔を歪め、起き上がった。
 少女は目を見開き、後退りする。

「Ze messengeral von gott......」

「俺がマーニを守る! その薄汚い手を退けろ!」

 ソルは剣を抜き、男どもに斬りかかった。

 少女が男どもに命じた。

「Ze malen war ze messengeral von gott. Ze femalen tambien ser ze messengeral von gott. Toten zu confirmalen!」

 ソルは必死にマーニを守ろうとした。だが、多勢に無勢。
 男の一人が剣を抜いた。
 それは無情にも、マーニの胸元に突き刺された。

「ソ、ル......」

 マーニの伸ばした手が力なく地面に落ちる。
 ソルは慌てて彼女の元へ駆け寄った。

「ごめん、ね......」

「何謝ってんだよ!」

 マーニはポケットから手帳を取り出し、ソルの手に握らせた。

「言いたいこと......」

 吐血して、続けた。

「山ほどある......」

「回復薬! まだ間に合う!」

 マーニは血の気が失せた表情で、精いっぱい微笑んだ。

「聞いて......私は、助からない......」

「バカなことを言うな!」

「私の夢......ソル、託す......」

 マーニは目を閉じ、力が抜け落ちるように手が滑り落ちた。

 ソルはすぐに自家製の回復薬を飲ませようとした。
 だが、マーニの唇から零れた。

 ソルはマーニの頬を叩いた。

「目を開けろ! 開けてくれ! 俺を置いて、逝かないでくれ!」

 目から涙が流れ落ちる。

「お願いだから、逝かないでくれよ、マーニ......」

 マーニは返事をしない。

 ソルはマーニの体を強く抱きしめた。

「守ってやれなくて、ごめん。約束を破って、すまなかった――っ!」

 少女の剣が、ソルの背中を突き刺した。
 ソルは意識を失った。

 *

 ..................。
 ............。
 ......。
 水滴の垂れる音が聞こえる。

 ソルが目を開けると、手足を縛られ、岩壁の窪みに閉じ込められていた。
 入口には丸太を粗く組んだ格子が嵌まっている。

 その向こうに、褐色肌の中年男が立っていた。

 頭には二本の角が生えた獣の頭蓋骨を載せ、黒い毛皮の外套を羽織り、腰には粗く編んだ蓑を巻いていた。

 頭蓋骨の隙間からこぼれ落ちる白髪が、揺れもせずに肩へ垂れている。
 赤紫色の瞳が、ソルを静かに見下ろしていた。

 男は無表情のまま告げた。

「僕の声が聞こえていたら頷いてくれるかな」

 ソルは首を縦に振った。

「少年、キミは死に拒絶された」

 ソルは顔を顰めた。

「不死になった、と言えば理解できるかな」

 聖女の言葉を思い出し、ソルは口にした。

「......悪魔化現象」

 男は顎にそっと手を当てた。

「今は悪魔化現象と呼ばれているのか」

 ソルに質問を投げかけた。

「体調はどうかな? 喉が渇いているのなら水を用意するが」

 ソルは男を睨みつけた。

「喉が渇いているし、頭がくらくらして気持ち悪い。この手足の拘束も外してほしい」

 男は静かに頷いた。

「わかった。水を用意するので、少し待ってほしい」

 その場を立ち去った。
 ソルは岩肌の地面に頭を当てた。

 男は水入れを持って戻ってきた。
 閂板かんぬきいたを外して出入口を開け、中に入る。

「ゆっくりと飲むんだ」

 ソルに水を飲ませた。
 ソルの口から飲み口を離し、手足の拘束をナイフで切る。

 ソルは起き上がれないほど衰弱していた。

「不死といっても体調を崩す。キミは何も変わっていない。食事を用意しよう」

 ソルはぐったりしたまま男に尋ねた。

「マーニも生きているのか」

 男はわずかに目を伏せた。

「同行していた少女については、キミの体力が回復してから話すよ。ここから出してあげることはできないが、可能な限り、キミの要望に応えるよ」

 出入口を開けたまま出ていった。
 だが、ソルに起き上がるだけの体力は残っていない。

 男は料理が入った木の器を持って戻ってきた。

「キミの口には合わないかもしれないが、我慢してほしい。危険なものは入っていない。キミが口にしても死ぬことはないからね」

 漂う異臭にソルは顔を顰めたが、強引に食べさせられた。

「今のキミに必要なものは休息だ。排泄物は、奥に置いた入れ物で済ませてくれると助かるよ」

 男は出入口を閉め、閂板を嵌めて立ち去った。
 ソルの意識は混濁し、そのまま眠りにつく。

 *

 ――ソルは目を覚ました瞬間、吐瀉物を撒き散らした。
 ふらつきながら立ち上がり、格子へ近寄って声を絞り出す。

「誰かいないのか。喉が渇いた。水をくれないか」

 しばらくして足音が聞こえ、男が水入れを持ってやってきた。
 ソルに水入れを手渡し、吐瀉物を一瞥する。

「やはり口に合わなかったか。だが、内臓が回復しているようで安心したよ」

 ソルは水で喉を潤し、男に尋ねた。

「まだ話してくれないのか?」

「顔色も良くなっている」

 男は中に入り、出入口を塞ぐように立った。

「それでは話すとしよう」

 男は咳払いをひとつ。

「同行していた少女についてだったね。彼女は亡くなったよ」
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第19話 亡霊の棲む森

 ――帝都ヴァルトクローネを出発してから十日が経過した。

 サヴァンナ大陸は荒れ地が広がっている。
 日中はうだるような暑さ。夜中でも蒸し暑い場所だった。

 不慣れな土地で、ふたりは体力を著しく消耗していた。

 それでも互いに励まし合い、亡霊の森に到着した。
 周囲に人の気配はなく、静けさが漂う。

 ふたりは木陰に移動し、腰を下ろした。

 風袋から水入れを取り出し、喉を潤す。

「マーニ、水と食料はまだ残っているか?」

「食料は大丈夫だけど、水が足りないかな」

 ソルは手を翳して空を見上げた。

「俺もだな。まさか、こんなに暑いとは思わなかった」

「うん。森の中に果実があればいいけど」

「少し待ってろ」

 ソルは立ち上がり、ナイフを取り出し、木の幹を傷つける。
 樹液に触れ、においを嗅いだ。

「食材はあると思う。断言はできないがな」

 ナイフを風袋に入れ、続けた。

「セルメア大陸とアルテリア大陸を繋ぐ国境の手前には川が流れている。方角からして、森の中に水源があっても不思議じゃない。なければ、この森は枯れているだろうからな」

 ソルはマーニに手を伸ばした。

「急ごう。日が暮れる前に、休めそうな場所を見つけて野宿する」

 マーニはソルの手を取って立ち上がった。

「うん」

 ソルを先頭に、ふたりは森の奥へと進んだ。獣の足跡を見つければ進行方向を変える。
 マーニはソルを信じ、その後に続いた。

 開けた場所に出て、ソルは足を止めた。
 マーニが後ろから顔を出して覗き込む。

 ふたりの視線の先には、褐色肌の少女が立っていた。

 粗く縫い合わせた獣皮を胴に巻き、肩から背へ白い毛皮を羽織っていた。
 首には獣の牙を連ねた飾りが下がり、ボサボサの黒髪が風に揺れる。

 両の目元の下には紅で一本線が引かれている。
 腰には剣を下げていた。

 茶色い瞳の少女は、剣を抜き、口を開いた。

「Vat a strange geruch......zwei Juugial estar hier. Zis ist ze sacred Raven Romien」

 マーニがソルの服を引っ張った。

「ソル、あの子、何を言ってるの」

「わからないが、歓迎されていないのは、確かだな」

 少女はマーニを一瞥した。

「Ze femalen lives. Aber ze malen muerto」

 ソルは目を細め、盾を構えて叫んだ。

「マーニ、引き返せ!」

 マーニは慌てて引き返そうとして、すぐに足を止めた。
 数人の男に囲まれていた。男どもは弓に矢を番えた。

 少女が叫んだ。

「Warten! Ze femalen wird bear kinder. Solo ze malen Juugial sera hunted!」

 次の瞬間、一斉に矢が放たれた。

 ソルの脇腹に矢が食い込む。
 マーニは目を見開いた。

 続けざまに、右肩、左の太もも。
 ソルは血を吐いて倒れた。

「マーニ、逃げろ......」

 マーニは膝から崩れ落ちた。
 手を伸ばし、泣き叫んだ。

「やめてぇぇぇっ!」

 少女はソルの背中に剣を突き刺した。
 血が流れ、ソルはわずかに痙攣し、動かなくなった。

「......嘘、だよね? ソル......?」

 少女は剣を引き抜き、男どもに命じた。

「Blinden ze femalen Juugial. Nein harmen ze anderen」

 男どもが近寄り、マーニは地面を這うようにソルの元へ向かった。
 だが、足を掴まれた。

 マーニは泣きながら必死に手を伸ばす。

「マーニを泣かすんじゃねぇ!」

 ソルが苦痛に顔を歪め、起き上がった。
 少女は目を見開き、後退りする。

「Ze messengeral von gott......」

「俺がマーニを守る! その薄汚い手を退けろ!」

 ソルは剣を抜き、男どもに斬りかかった。

 少女が男どもに命じた。

「Ze malen war ze messengeral von gott. Ze femalen tambien ser ze messengeral von gott. Toten zu confirmalen!」

 ソルは必死にマーニを守ろうとした。だが、多勢に無勢。
 男の一人が剣を抜いた。
 それは無情にも、マーニの胸元に突き刺された。

「ソ、ル......」

 マーニの伸ばした手が力なく地面に落ちる。
 ソルは慌てて彼女の元へ駆け寄った。

「ごめん、ね......」

「何謝ってんだよ!」

 マーニはポケットから手帳を取り出し、ソルの手に握らせた。

「言いたいこと......」

 吐血して、続けた。

「山ほどある......」

「回復薬! まだ間に合う!」

 マーニは血の気が失せた表情で、精いっぱい微笑んだ。

「聞いて......私は、助からない......」

「バカなことを言うな!」

「私の夢......ソル、託す......」

 マーニは目を閉じ、力が抜け落ちるように手が滑り落ちた。

 ソルはすぐに自家製の回復薬を飲ませようとした。
 だが、マーニの唇から零れた。

 ソルはマーニの頬を叩いた。

「目を開けろ! 開けてくれ! 俺を置いて、逝かないでくれ!」

 目から涙が流れ落ちる。

「お願いだから、逝かないでくれよ、マーニ......」

 マーニは返事をしない。

 ソルはマーニの体を強く抱きしめた。

「守ってやれなくて、ごめん。約束を破って、すまなかった――っ!」

 少女の剣が、ソルの背中を突き刺した。
 ソルは意識を失った。

 *

 ..................。
 ............。
 ......。
 水滴の垂れる音が聞こえる。

 ソルが目を開けると、手足を縛られ、岩壁の窪みに閉じ込められていた。
 入口には丸太を粗く組んだ格子が嵌まっている。

 その向こうに、褐色肌の中年男が立っていた。

 頭には二本の角が生えた獣の頭蓋骨を載せ、黒い毛皮の外套を羽織り、腰には粗く編んだ蓑を巻いていた。

 頭蓋骨の隙間からこぼれ落ちる白髪が、揺れもせずに肩へ垂れている。
 赤紫色の瞳が、ソルを静かに見下ろしていた。

 男は無表情のまま告げた。

「僕の声が聞こえていたら頷いてくれるかな」

 ソルは首を縦に振った。

「少年、キミは死に拒絶された」

 ソルは顔を顰めた。

「不死になった、と言えば理解できるかな」

 聖女の言葉を思い出し、ソルは口にした。

「......悪魔化現象」

 男は顎にそっと手を当てた。

「今は悪魔化現象と呼ばれているのか」

 ソルに質問を投げかけた。

「体調はどうかな? 喉が渇いているのなら水を用意するが」

 ソルは男を睨みつけた。

「喉が渇いているし、頭がくらくらして気持ち悪い。この手足の拘束も外してほしい」

 男は静かに頷いた。

「わかった。水を用意するので、少し待ってほしい」

 その場を立ち去った。
 ソルは岩肌の地面に頭を当てた。

 男は水入れを持って戻ってきた。
 閂板かんぬきいたを外して出入口を開け、中に入る。

「ゆっくりと飲むんだ」

 ソルに水を飲ませた。
 ソルの口から飲み口を離し、手足の拘束をナイフで切る。

 ソルは起き上がれないほど衰弱していた。

「不死といっても体調を崩す。キミは何も変わっていない。食事を用意しよう」

 ソルはぐったりしたまま男に尋ねた。

「マーニも生きているのか」

 男はわずかに目を伏せた。

「同行していた少女については、キミの体力が回復してから話すよ。ここから出してあげることはできないが、可能な限り、キミの要望に応えるよ」

 出入口を開けたまま出ていった。
 だが、ソルに起き上がるだけの体力は残っていない。

 男は料理が入った木の器を持って戻ってきた。

「キミの口には合わないかもしれないが、我慢してほしい。危険なものは入っていない。キミが口にしても死ぬことはないからね」

 漂う異臭にソルは顔を顰めたが、強引に食べさせられた。

「今のキミに必要なものは休息だ。排泄物は、奥に置いた入れ物で済ませてくれると助かるよ」

 男は出入口を閉め、閂板を嵌めて立ち去った。
 ソルの意識は混濁し、そのまま眠りにつく。

 *

 ――ソルは目を覚ました瞬間、吐瀉物を撒き散らした。
 ふらつきながら立ち上がり、格子へ近寄って声を絞り出す。

「誰かいないのか。喉が渇いた。水をくれないか」

 しばらくして足音が聞こえ、男が水入れを持ってやってきた。
 ソルに水入れを手渡し、吐瀉物を一瞥する。

「やはり口に合わなかったか。だが、内臓が回復しているようで安心したよ」

 ソルは水で喉を潤し、男に尋ねた。

「まだ話してくれないのか?」

「顔色も良くなっている」

 男は中に入り、出入口を塞ぐように立った。

「それでは話すとしよう」

 男は咳払いをひとつ。

「同行していた少女についてだったね。彼女は亡くなったよ」
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