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第8話 届かぬ剣と、その想い

 ――ふたりは近場にあった飲食店で、少し早めの昼食を取っていた。
 客の姿はまばらだった。

 ソルはナイフとフォークで魚介フライを切り分け、口に運んで歯で噛み切る。
 マーニは口の中のものを飲み込んでから声をかけた。

「さっきから何を怒っているの?」

「別に怒っていない」

 その声には怒気が含まれていた。
 マーニは静かに息を吐いた。

「ソルって昔から嘘が下手だよね。ツェーンが約束を守らなかったから怒っているの?」

 ソルは魚介フライを頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。

「それもあるが、自分でわかっていることをノインに指摘された」

 口の中のものを飲み込み、続けた。

「あの時、身体が動いてしまったんだ。仕方ないだろう......」

 ふたりの元に、人影が音も立てずに近寄った。
 ツェーンだった。
 彼女は鼻で笑った。

「取り繕うなよ、ソル」

 ふたりが目を丸くしてツェーンを見た。
 ツェーンはハルバードを壁に立て掛け、同じ席に腰を下ろした。

 マーニが冷たい口調で言った。

「他にも空いている席があります」

 ツェーンはマーニを睨みつけた。
 マーニは怯まず、視線を逸らさない。

「アタシも嫌われたもんだね」

 ツェーンはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。

「アタシと勝負しないか、ソル」

「勝負?」

「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」

 マーニが割って入った。

「ソル、相手にする必要ないよ」

 だが、ソルの答えはマーニを裏切るものだった。

「やる」

 マーニは眉を八の字にした。

「ヌシ討伐なんて危ないよ」

 ツェーンが身を乗り出し、笑った。

「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、ソル?」

 マーニは腰を浮かせた。
 ツェーンは不敵に笑った。

「なぜ知っているのか。不思議そうなツラをしているな。浄光教の情報網を甘く見るな」

 マーニは力なくイスに座り直した。

「決まりだな」

 ツェーンは店員に酒と料理を注文した。

 マーニが恐る恐る尋ねた。

「あの人は、どうなったんですか?」

 ツェーンは表情を変えずに嘘をついた。

「尋問はノインの担当だ。あのバカがどうなったのか、アタシは知らない」

 マーニはツェーンの目をまっすぐ見つめた。

「先ほど、口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」

 ツェーンはうんざりした表情で答えた。

「さっきから質問が多いな。ヌシ討伐は許されてんだよ」

 店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。

 ソルは魚介フライを咀嚼しながら、ツェーンに宣戦布告した。

「俺は強くなる。ツェーン、あんたには負けない」

 ふっ、とツェーンは笑った。

「口先だけじゃないことを願っているよ」

 その後、三人は無言で食事を済ませ、代金を支払って店を出た。

 *

「――案内してやる。黙ってついてこい」

 ツェーンの背にふたりは続いた。

 *

 ――水都アクアレインから西へ、歩いて小一時間の場所に、目的地の森があった。
 森は不気味なほど静かだった。

 ツェーンが一歩前に出る。

「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」

「魔獣?」

「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」

 ツェーンがふたりを一瞥した。

「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ふたりで狩ることを許してやる」

 ソルは拳を握り締めた。
 マーニは優しく微笑んだ。

「ソルは、ひとりでやりたいんだよね」

「マーニ......?」

「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すからね」

 ソルは笑った。

「ありがとな、マーニ」

 ツェーンはハルバードを持ち直し、腰を落とした。

「アタシを失望させるなよ、ソル」

 土埃を立てて走り出した。

「行こう、マーニ!」

「うん!」

 ツェーンが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。
 ソルはそれらを一瞥した。

「ご丁寧に道案内かよ」

「それだけ、力に余裕があるってことだよ」

 ふたりは走り続けた。

 森の奥でツェーンは全長数メートルはあろう紅虎と戦っていた。

 紅虎は大きくても全長三メートル。赤と黒の縞模様だが、ツェーンと交戦している紅虎は体毛が黒く染まり、尾を三本揺らしていた。

 すでに魔獣と化していた。

 魔獣の琥珀色の瞳が、ソルとマーニの姿を捉える。
 森中に響き渡る勢いで咆哮した。

 すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。

 ソルは剣を抜き、盾を構えた。

「前言撤回だ! マーニ、俺が盾になる!」

 マーニが頷き、詠唱を始めた。

「大地よ、敵を穿つ槍となれ」

 周囲の足元が揺れ、鋭利な岩が伸び、紅虎四頭の手足や腹を貫く。
 マーニが剣を抜いた。

「ソル、一頭逃した」

 ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰める。

「任せろ!」

 剣を振り下ろした。
 だが、空を斬った。

 その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。

「させるかよっ!」

 ソルは盾を振り払い、紅虎の頭を横に殴打した。
 紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振り払う。

「はあああぁぁぁあっ!」

 気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。

 次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。
 ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴る。

 やがて、紅虎は力を失って倒れた。
 ソルは馬乗りになり、盾を捨てて剣に持ち替え、紅虎の喉元に刃を突き立てる。

 マーニが慌てて駆け寄った。

「ソル、腕を見せて」

 カバンから自家製の回復薬の小瓶を取り出す。

「飲んで」

 栓を抜き、ソルに飲ませた。
 傷口が跡形もなく塞がる。

「気分はどう? 立てる?」

 ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。

「問題ない。マーニ、助かったよ」

「うん!」

 その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。
 意志のない眼が、ふたりを見つめている。

 顔を上げると、ツェーンが不敵な笑みを浮かべていた。
 返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。

 ソルは紅虎から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間――

 ツェーンがハルバードを振り上げ、駆け出した。

「マーニ、離れろ!」

 ツェーンがハルバードを振り下ろす。
 ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。

 衝撃で空気が振動した。

「どういうつもりだ、ツェーン!」

「ソル、今のお前は弱い。だから、アタシが確かめてやってるんだよ」

 ツェーンはハルバードを軽々と持ち上げ、値踏みするようにソルを見る。

「アタシに一撃でも当てることができれば見逃してやる。来い、ソル。アタシを愉しませろ!」

 ソルは地を蹴り、ツェーンに立ち向かった。

「距離を詰めればアタシに勝てると思ったか。甘いっ」

 ツェーンは全身を大きく揺らし、ハルバードを横に振った。
 ソルは咄嗟に足を止めたが、鉤爪が胸当てに深く食い込んでいた。

「歯ぁ食いしばれ!」

 ツェーンは横に一回転し、ソルを巨木目掛けて投げつけた。

「がはっ!」

 ソルは背中をぶつけた。
 その衝撃で木が大きく揺れる。

 ソルは、そのまま意識を失った。
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魔法は嘘をつく ―賢者が残した遺産―作者:虚空小白
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第8話 届かぬ剣と、その想い

 ――ふたりは近場にあった飲食店で、少し早めの昼食を取っていた。
 客の姿はまばらだった。

 ソルはナイフとフォークで魚介フライを切り分け、口に運んで歯で噛み切る。
 マーニは口の中のものを飲み込んでから声をかけた。

「さっきから何を怒っているの?」

「別に怒っていない」

 その声には怒気が含まれていた。
 マーニは静かに息を吐いた。

「ソルって昔から嘘が下手だよね。ツェーンが約束を守らなかったから怒っているの?」

 ソルは魚介フライを頬張り、咀嚼しながら首を横に振った。

「それもあるが、自分でわかっていることをノインに指摘された」

 口の中のものを飲み込み、続けた。

「あの時、身体が動いてしまったんだ。仕方ないだろう......」

 ふたりの元に、人影が音も立てずに近寄った。
 ツェーンだった。
 彼女は鼻で笑った。

「取り繕うなよ、ソル」

 ふたりが目を丸くしてツェーンを見た。
 ツェーンはハルバードを壁に立て掛け、同じ席に腰を下ろした。

 マーニが冷たい口調で言った。

「他にも空いている席があります」

 ツェーンはマーニを睨みつけた。
 マーニは怯まず、視線を逸らさない。

「アタシも嫌われたもんだね」

 ツェーンはイスの背にもたれ、ソルに視線を向けた。

「アタシと勝負しないか、ソル」

「勝負?」

「口入屋で森のヌシ討伐依頼を受けた。先にヌシを狩ったほうが勝ち。単純だろう?」

 マーニが割って入った。

「ソル、相手にする必要ないよ」

 だが、ソルの答えはマーニを裏切るものだった。

「やる」

 マーニは眉を八の字にした。

「ヌシ討伐なんて危ないよ」

 ツェーンが身を乗り出し、笑った。

「確かにな。だが、森のヌシ程度で日和るようじゃ、エレメンティアに辿り着いても死ぬだけだ。そうだろう、ソル?」

 マーニは腰を浮かせた。
 ツェーンは不敵に笑った。

「なぜ知っているのか。不思議そうなツラをしているな。浄光教の情報網を甘く見るな」

 マーニは力なくイスに座り直した。

「決まりだな」

 ツェーンは店員に酒と料理を注文した。

 マーニが恐る恐る尋ねた。

「あの人は、どうなったんですか?」

 ツェーンは表情を変えずに嘘をついた。

「尋問はノインの担当だ。あのバカがどうなったのか、アタシは知らない」

 マーニはツェーンの目をまっすぐ見つめた。

「先ほど、口入屋で依頼を受けたと仰いましたが、十二聖徒ですよね。いいんですか?」

 ツェーンはうんざりした表情で答えた。

「さっきから質問が多いな。ヌシ討伐は許されてんだよ」

 店員が酒と料理を並べ、足早に立ち去った。

 ソルは魚介フライを咀嚼しながら、ツェーンに宣戦布告した。

「俺は強くなる。ツェーン、あんたには負けない」

 ふっ、とツェーンは笑った。

「口先だけじゃないことを願っているよ」

 その後、三人は無言で食事を済ませ、代金を支払って店を出た。

 *

「――案内してやる。黙ってついてこい」

 ツェーンの背にふたりは続いた。

 *

 ――水都アクアレインから西へ、歩いて小一時間の場所に、目的地の森があった。
 森は不気味なほど静かだった。

 ツェーンが一歩前に出る。

「ヌシは巨大な獣だが、魔獣になっているかもな」

「魔獣?」

「いろんな肉を喰らった結果、堕ちた獣が魔獣と呼ばれている。魔物になる前に殺す必要がある」

 ツェーンがふたりを一瞥した。

「お前らはふたりで旅をしているんだったな。ふたりで狩ることを許してやる」

 ソルは拳を握り締めた。
 マーニは優しく微笑んだ。

「ソルは、ひとりでやりたいんだよね」

「マーニ......?」

「私は手を貸さないよ。でも、本当に危なくなったら手を出すからね」

 ソルは笑った。

「ありがとな、マーニ」

 ツェーンはハルバードを持ち直し、腰を落とした。

「アタシを失望させるなよ、ソル」

 土埃を立てて走り出した。

「行こう、マーニ!」

「うん!」

 ツェーンが通った跡には、肉食獣の死骸が転がっていた。
 ソルはそれらを一瞥した。

「ご丁寧に道案内かよ」

「それだけ、力に余裕があるってことだよ」

 ふたりは走り続けた。

 森の奥でツェーンは全長数メートルはあろう紅虎と戦っていた。

 紅虎は大きくても全長三メートル。赤と黒の縞模様だが、ツェーンと交戦している紅虎は体毛が黒く染まり、尾を三本揺らしていた。

 すでに魔獣と化していた。

 魔獣の琥珀色の瞳が、ソルとマーニの姿を捉える。
 森中に響き渡る勢いで咆哮した。

 すると、茂みから五頭の紅虎が現れ、静かな足取りでふたりを取り囲んだ。

 ソルは剣を抜き、盾を構えた。

「前言撤回だ! マーニ、俺が盾になる!」

 マーニが頷き、詠唱を始めた。

「大地よ、敵を穿つ槍となれ」

 周囲の足元が揺れ、鋭利な岩が伸び、紅虎四頭の手足や腹を貫く。
 マーニが剣を抜いた。

「ソル、一頭逃した」

 ソルは後ろに飛び退いた一頭を追い詰める。

「任せろ!」

 剣を振り下ろした。
 だが、空を斬った。

 その隙を見逃さなかった紅虎が爪を立てて飛び掛かる。

「させるかよっ!」

 ソルは盾を振り払い、紅虎の頭を横に殴打した。
 紅虎は大きくのけ反り、四肢をついて頭を振り払う。

「はあああぁぁぁあっ!」

 気迫の籠った一撃が、紅虎の顔を深く斬り付けた。

 次の瞬間、紅虎が大口を開け、ソルの右腕に噛み付いた。
 ソルは激痛で顔を歪ませ、紅虎の顔を盾で何度もぶん殴る。

 やがて、紅虎は力を失って倒れた。
 ソルは馬乗りになり、盾を捨てて剣に持ち替え、紅虎の喉元に刃を突き立てる。

 マーニが慌てて駆け寄った。

「ソル、腕を見せて」

 カバンから自家製の回復薬の小瓶を取り出す。

「飲んで」

 栓を抜き、ソルに飲ませた。
 傷口が跡形もなく塞がる。

「気分はどう? 立てる?」

 ソルは立ち上がり、右手を動かして確認した。

「問題ない。マーニ、助かったよ」

「うん!」

 その時、ふたりの足元に魔獣の首が転がってきた。
 意志のない眼が、ふたりを見つめている。

 顔を上げると、ツェーンが不敵な笑みを浮かべていた。
 返り血を浴びても、その眼は揺れていなかった。

 ソルは紅虎から剣を引き抜き、盾を拾い上げた瞬間――

 ツェーンがハルバードを振り上げ、駆け出した。

「マーニ、離れろ!」

 ツェーンがハルバードを振り下ろす。
 ふたりが後ろへ飛び退くと、地面が割れた。

 衝撃で空気が振動した。

「どういうつもりだ、ツェーン!」

「ソル、今のお前は弱い。だから、アタシが確かめてやってるんだよ」

 ツェーンはハルバードを軽々と持ち上げ、値踏みするようにソルを見る。

「アタシに一撃でも当てることができれば見逃してやる。来い、ソル。アタシを愉しませろ!」

 ソルは地を蹴り、ツェーンに立ち向かった。

「距離を詰めればアタシに勝てると思ったか。甘いっ」

 ツェーンは全身を大きく揺らし、ハルバードを横に振った。
 ソルは咄嗟に足を止めたが、鉤爪が胸当てに深く食い込んでいた。

「歯ぁ食いしばれ!」

 ツェーンは横に一回転し、ソルを巨木目掛けて投げつけた。

「がはっ!」

 ソルは背中をぶつけた。
 その衝撃で木が大きく揺れる。

 ソルは、そのまま意識を失った。
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