第13話 残された家族の想い、この胸に
ちょうど昼時だったので、食堂は賑わっていた。
忙しそうに働くメアリーが三人に声をかけた。
「こちらの席へどうぞ」
三人はイスに腰を下ろし、ツヴォルフはメアリーに料理を注文した。
「水都アクアレインは魚介料理が美味しいと聞いたのだけれど、オススメをくださいな」
「ふたりも同じものでいい?」
「ああ」
「うん」
メアリーは厨房へ向かう。
ツヴォルフは微笑んでいた。
ソルと視線が合うとマーニは笑顔を作った。
「何?」
「いや、別に......」
突如、食堂内が静まり返った。
全員の視線が出入口へ注がれる。
ツェーンは鋭い目つきで周囲を見渡し、三人の元へ近寄った。
そして、ツヴォルフに耳打ちをする。
彼女の表情が沈み、静かに席を立った。
「ふたりとも、ごめんなさい」
それだけ言って、食堂を後にした。
ツェーンはふたりを一瞥した。
どこか優しい目をしていたことに、ソルは違和感を覚えた。
声をかける間もなく、ツヴォルフの後に続く。
ソルは追いかけようとしたが、マーニが手を掴んだ。
「マーニ?」
マーニはポケットから紙切れを取り出し、ソルに差し出した。
「ツヴォルフが書いた手紙だよ。読めばわかるから」
ソルは手紙を手に取り、目を通した。
そこには、聖女の身分を隠し、十二聖徒のツヴォルフと名乗ったことへの謝罪が書かれていた。
「......マーニは、知っていたのか?」
「うん。お金を取りに戻った時に、打ち明けられた。時間がないから断片的なことしか言わなかったけど、私たちに悪魔化現象のことを伝えるためだけに、巡礼の旅の最中に抜け出したんだって」
ソルは手紙を握り締めた。
「何で俺に言わないんだよ!」
マーニはソルの目をまっすぐ見つめた。
「言っても何も変わらないからだよ」
ソルはマーニの手を振り払い、後を追おうとした。
マーニが強い口調で制止した。
「ソル、ダメだよ。私たちが聖女様を唆した重罪人になる」
「くそっ」
ソルはイスに座り直した。
マーニは息を吐いて、続けた。
「ツェーンは初めから知っていたんだよ。だから、ソルに突っかかったし、さっきは何も言わずに立ち去ったんだよ」
ソルは髪をくしゃくしゃにし、頭を抱えた。
「一緒にご飯を食べるんじゃなかったのかよ!」
しばしの沈黙。
「聖女様は言っていたよ。ソルには運命を変える力があるって」
ソルはマーニを横目で見た。
「マーニは何も言われなかったのか」
マーニは目を伏せた。
「私は......」
顔を上げ、笑顔で答えた。
「同じことを言われたよ!」
ソルは思わず笑った。
「変な間を作るなよ。普段から冗談を言わないから何かあったのかと思っただろう」
マーニは顔を伏せる。
耳まで赤くなっていた。
「空気を変えようと思ったんだけど、慣れないことはしないほうがいいね」
「悪い。少し感情的になってしまった」
マーニはこくんと頷いた。
メアリーが料理を並べながら、ふたりに尋ねた。
「急用でもできたのかな。紅色鯖の香草焼き、温かいうちに食べてもらいたかったんだけどな」
「俺たちで食べるよ」
メアリーは笑顔を作った。
「ありがとう。他にもあるから、足りなかったら言ってね」
メアリーは注文を取りに行ってしまった。
ソルはフォークを突き刺し、頭から食べ始めた。
マーニは周囲を観察し、ソルに言った。
「頭と骨は残しても大丈夫だよ。食べているのはソルだけだよ......」
ソルは口の中にものを入れたまま言った。
「それ、早く言ってくれよ」
「大丈夫?」
「骨が刺さって痛い」
マーニはクスッと笑った。
「ありがとね、ソル」
ソルはコップの水をぐいっと飲んで、口の中のものを胃袋に流し込んだ。
「マーニが笑ってくれたのなら、痛い思いをして正解だったな」
ふふっ、とマーニは笑う。
ふたりはナイフとフォークで料理を切り分け、口に運んだ。
香草の香りが紅色鯖特有の臭みを消し、程よい塩味が口いっぱいに広がった。
ソルが咀嚼しながらつぶやいた。
「この味とも、もうすぐお別れか」
マーニは小骨を皿の端へ避けながら言った。
「骨がなければ丸かじりできるんだけどね」
「そうだな」
ソルは聖女の言葉を思い出していた。
――運命を変える力がある。
胸の高鳴りが止まらなかった。
*
――食事を済ませ、代金を支払ったふたりは、すぐに旅の支度を始めた。
ソルが情報収集し、マーニは楽市露店で不要品を売り払い、彼女とともに必要なものを買い揃えた。
*
――翌日。
朝食を済ませた後、街の外へ向かう。
ソルは地図と方位磁石を重ね、地平線の彼方を指さした。
「次の目的地は、レイ・ドランの故郷――ヴェントクレアだ!」
セルメア大陸の中央からやや南に位置するヴェントクレアは、小麦粉の産地として有名な村だった。
建ち並んだ石造りの巨大な風車は、粉引きをするための空間が中にあり、村全体から小麦のいい香りが漂っていた。
*
――水都アクアレインから移動を開始した四日後の昼過ぎ。
ふたりはヴェントクレアに到着した。
「ソル、三日で着くんじゃなかったの?」
ソルは地図に視線を落とした。
「地図と方位磁石なんて初めて使ったからな。方角だけだとわからないって」
マーニは息を吐いた。
「地図をくれた警備兵の人が親切で良かったね。あのまま風車が見つからなかったら、今頃どうなっていたことか」
ソルは笑って誤魔化した。
「こうなると思って、食料をたくさん買っておいて正解だっただろう」
マーニが横目でソルを見る。
「それは、ソルが食べたかっただけでしょう!」
マーニに言い当てられ、ソルは返す言葉が見つからなかった。
一陣の風が吹き、広大な小麦畑が揺れる。
ソルは小麦畑の前で屈み、耕された土を手に取り、匂いを嗅いだ。
少量の土を口に含み、飲み込む。
「この村は気候に恵まれているな」
「ソル、その妙な癖、直したほうがいいよ」
ソルは立ち上がり、土汚れを手で払った。
「悪い。雨のにおいがしなかったから、つい気になってな」
マーニは小首を傾げた。
「雨なんか降らなかったよ?」
ソルは腕を組んだ。
「アクアレインでメアリーが言っていただろう? 小麦の質が落ちたって」
「そんなこと言っていたね」
ソルは首を縦に振った。
「だから、気になったんだよ」
「まさか、調べるなんて言わないよね?」
ソルが歩き出し、マーニは隣に並ぶ。
「それが、障害になるようならな」
ふたりは周囲を見渡した。
「マーニ、先に宿と食事ができる場所を探そう」
「うん」
ふたりは通りがかった男性に声をかけた。
「この村はヴェントクレアで間違いないか?」
男性は微笑んだ。
「そうだよ。宿と食事ができる場所を探しているのなら、この通りを歩いた先にある」
「ありがとう。ついでに尋ねるが、レイ・ドランの家族は、どこに住んでいるんだ」
男性は肩を竦めた。
「キミたち、大口叩きのレイに騙されたのか?」
「大口叩きのレイ?」
男性は首を縦に振った。
「ああ。あいつはいつも嘘ばかりついていたからね。大口叩きのレイと言えば、この村で知らない奴はいないよ」
ソルは冷静な口調で言った。
「俺たちは、レイ・ドランについて何も知らない。それでも、残された家族に伝えるべきことがあってやってきたんだ」
男性は言葉の意味を考えた。
「残された家族......?」
ため息をついた。
「そういうことか。高台の大きな家に、あいつの家族は住んでいる」
立ち去ろうとして、足を止めた。
「レイはいつも嘘をついていたが、どこか憎めない奴だった。この村も静かになるな......」
男性の背中が遠ざかった。
「先に、レイ・ドランの家族に会いにいこう」
マーニはソルの服を引っ張った。
「本当に、それでいいのかな」
「じゃあ、このまま次の街を目指すのか?」
マーニは首を横に振った。
「わからないよ」
俯き、そのまま続けた。
「ここへ来る途中、父さんが母さんのことを話さなかった理由を、ずっと考えていたの。エレメンティアの話を聞いた時、もしかしたら、生きているかもしれないと思ってしまったんだよ」
顔を上げ、ソルを見つめる。
「楽市露店で遺品が見つからなければ、母さんは何か事情があって帰ることができない。――そう考えるようになってしまったの」
ソルはマーニの肩を掴んだ。
「レイ・ドランは嘘つきだったかもしれない。だが、手記を書いた本人がそれを望んでいる。マーニの言いたいことはわかるし、間違っていない。だが、俺には死を覚悟したレイ・ドランの気持ちを踏みにじることはできない」
しばしの沈黙。
「......そうだね。この問題は私たちだけで決めていいわけじゃない。高台だったね、行こう」
ふたりはレイ・ドランの家へ向かった。
ひと際大きな家の前で足を止め、ソルはドアをノックした。
ドアが開き、中年の女性は不審な表情でふたりを見た。
「レイ・ドランの家族ですか?」
「はい。母のケニーです」
ソルは手記を取り出し、ケニーに手渡した。
「これを届けに来ました」
ケニーは首を傾げて手記を見た。
「あの、これは......?」
「レイ・ドランの手帳です」
「まあ、それはご親切にありがとうございます。一カ月前に家出して帰ってこないので、心配していたんです。レイは元気でしたか?」
ソルが言い淀んでいると、マーニがまじないをかけた。
「偶然道端に落ちていたのを見つけたので、知り合いではないんです」
ケニーは手記を胸元に当てた。
「そうだったんですね」
「俺たちは急いでいるので、これで失礼します」
ふたりは一礼し、足早に立ち去った。
ドアが閉まった。
高台を下りようとしたところで――ケニーの泣き声が背中を打った。
声を押し殺そうとして、押し殺しきれない、そういう泣き方だった。
ふたりは足を止めなかった。止められなかった。
「マーニ、これでよかったんだよな」
マーニは無言のまま、俯いていた。
「俺はレイ・ドランの気持ちを優先したが、残された家族の気持ちを深く考えないようにしていた。喜ばれるとは思っていない。だけど、残された家族の顔を見た瞬間、マーニの言う通り、あれが正しい行いだったのかわからなくなってしまった」
「でも、ソルは決断した。私は......」
マーニはしばらく黙って、ドランの家を振り返った。
それから、ソルに微笑んだ。
「あれでよかったと思うよ。残された家族は、ずっと忘れないだろうから」
ソルは口元を緩めた。
「少し気が楽になった。ありがとな、マーニ」
「うん」
マーニは前を向いた。
「宿で部屋を取ったら、次の目的地を決めよう」
「ああ」
ふたりは宿へ向かった。